第12話 魔法




 リト達は最寄りのロイヤルホテルのフロントを訪ねた。当初は格安で泊まれるカジュアルホテルを目指していた一行であったが、周辺のカジュアルホテルは運悪くどこも満室で、ロイヤルホテルへ泊まざるを得なくなった。

 リト達がホテルの空き部屋を2つ押さえたときには、太陽もすっかりと落ちて王国中が人工的な灯りで照らされる時間になっていた。電気の光の強さと見える空が狭いこともあって、月明かりや星の明かりはグラカ村ほど目立たない。


「……はぁ、一泊とはいえ高いなオイ」

「やったぁ、ロイヤルホテルだ!」


 リトは余計な出費ができたと頭を抱え、アルファは豪華な部屋に宿泊できることに大はしゃぎする。Sanは対称的な反応をしている二人を不思議そうに見比べ、その後ろではユーファニムが煌びやかなホテルの内装に目を奪われていた。


 ホテルの名前は『ナツレノカミホテル』。太古に世界の生物を想像した神々の中の頂点にいると言われる神の名前、つまり最高神の名前を取ったホテルだ。

 開業から五十年以上経っているにも関わらず古臭さを感じない豪華なデザインと丁寧なサービスを提供しているとあって、シーズンによっては王国のVIPや上級層も利用しているほどのハイクラスなホテルだ。

 しかし、“神の試練”が与えられてからというもの、ナツレノカミへの人間のイメージは過去最悪だ。そしてその名前のせいで、このホテルの客足は、ここ最近、減少傾向にある。


 リトとSan、アルファとユーファニムのペアで部屋を押さえた一行は、早速それぞれの部屋に向かった。


 アルファは部屋に入ると、フロントの豪華なデザインとはうって変わった上品で落ち着いた部屋に大喜びし、思わずベッドに飛び込んだ。


「おおっ、なにこのベッド! 布団は軽くて柔らか、マットレスもスプリングの弾力が絶妙だよぉ!」

「これが人間達の寝床か……」


 部屋の中には、シングルサイズのベッドが2つ、一人用のソファーとローテーブルが1つずつ。そしてローテーブルの上には“黒い円盤”のようなものが置かれていた。広さは比較的に手狭ながらも、ヒト二人が泊まるには十分なスペースだ。加えて、一方の側面には大きな窓があり、周辺の綺麗な夜景が臨めるようになっていた。

 他にも広いバスルームに、綺麗な洗面台やトイレなど、ずっと住んでいたくなるような環境が室内には備わっている。


 ふと、ユーファニムは部屋の隅に設置された黒い箱のようなものに目をやった。


「これは何だ?」

『そちらは冷蔵庫です。設定温度は0℃から3℃。希望なら更に温度を下げて冷凍庫としてもお使いいただけます』

「誰だ!」


 突然聞こえてきた女性の声に、ユーファニムは周辺へ目をやった。しかし、室内には自分とアルファ以外おらず、他の生き物の気配もない。代わりにユーファニムは、ローテーブルに置かれていた“黒い円盤”が光を放っているのに気がついた。

 やがて円盤の中心から溢れるように光が照射されると、ホテルスタッフの格好をした小さな女性が現れた。


「なっ、こんな所から小人が!」

『私は当ホテルの案内システム、HOtel Guide Intelligence Systemこと、通称“ホーギス”と申します。以後お見知りおきを』

「あ、あぁ、その、はじめまして」


 ホーギスの丁寧なお辞儀に、ついユーファニムも頭を下げて返した。


「これは、召喚魔法の類か?」

「あぁそれ、ただのホログラムのキャラクターだよ」

「ホログラム?」

「立体映像のこと。街中でも企業広告にも使われてたでしょ?」


 そう言われて、ユーファニムは昼間に通った街の景色を思い出す。大量にあった街の広告の中にはまるで飛び出したように見える絵があった。


『当ホテルでは、スタッフと共に私が御客様である皆様のご案内をしております。ご用があれば何なりとお申し付けくだ』

「えい」


 ホーギスがまだ話している途中だったが、いつの間にかそばに来ていたアルファが円盤のスイッチを押した。するとプツンとノイズを鳴らしてホーギスは姿を消す。


「消えた!」

「電源をオフすれば消えるよ。自動案内なんてうるさいだけだしねぇ」


 アルファはベットに腰を下ろす。


「これは、彼女を魔法陣の先に送り返した、ということか?」

「うーん、まぁそんな感じ……なのかな?」


 魔法については知識が無いためアルファは曖昧に答えたが、その返答を聞いてユーファニムは眉をひそめた。


「わざわざ来てくれたのに、少し扱いがひどくはないか」

「いやいや、そもそも生きてないから。役所の窓口にも案内ロボットがいたでしょ?」

「あぁ、あの話の通じないゴーレムか」

「そう、今のホログラムも中身はアレと一緒だよ」

「そうなのか?」

「うん。見た目はヒトみたいな形してるけど、所詮は自由度の低いプログラムでできたシステムだから、気を使う必要はないよ」

「……そうか。本当にスゴいな、人間のテクノロジーは」

「んー、でもイマイチ気が利かないんだよねぇ。できることと言ったら、既定の場所を案内するとか限定的な単純作業だけだし……」


 アルファは大したことないように言うが、ユーファニムは「それでも十分スゴいのでは……」と舌を巻く。


 思えば、今日一日でいかに人間の技術が進んでいるかをユーファニムは思い知らされた。

 馬よりも速く走るだけでなく空も飛べる乗り物やヒトのように動くゴーレム、簡単に敵を退けさせる非殺傷武器、現実と同じように動いたり飛び出す絵、他にも動く歩道や階段、至るところで暖かい食べ物や冷たい飲み物を売る箱、市民の持っていた小型かつ多機能な通信機器など、ここへ来るまでいくつもの人間の高度な機械文明の産物を見てきた。

 きっと他にもまだ見ていない便利な道具や技術があるのだろう。


 いくら高度な戦術や魔法が使えようとも、これでは過去、人間が他のヒトとの戦いで勝利したのも当然だと、ユーファニムは改めて実感した。

 そして、ここなら自分達エルフの長を救う方法も必ずある。そんなユーファニムの期待が確信めいたものになっていった。


「そういえば、師匠から聞いたんだけど、エルフって魔法が使えるんだよね?」


 ユーファニムが人間の技術への高度さと期待をしみじみと感じていると、ふとアルファが別の話題を振った。


「ユーファニムも魔法使えるの?」

「あぁ。そんな大したものじゃないが、いくつかな」

「見せて見せて!」


 キラキラした眼をしながら前のめりになって依頼するアルファに、ユーファニムは渋々構えを取る。構えといっても、動作としては人差し指を上に向けただけだが、この時ユーファニムは無意識に魔法を使う者特有の“神経”を働かせていた。


「lam」

「おぉー! 凄い凄い!」


 ユーファニムが呪文のような言葉を発すると、ボッと音が鳴って彼女の指先にランプのような火の玉が浮かんだ。橙赤色の火は揺らめき、周辺の空気はほのかに暖かい。間違いなく本物の火が彼女の指先に浮いていた。


「これは灯の魔法だ。エルフが初めに習う魔法で、夜の森を歩く時や生活で火を使う時に使っている」

「へぇー、良いなぁ。ねぇ、この火ってどれくらいまで熱くできるの? はんだ付けできる?」


 エンジニアの癖なのか、アルファは早速魔法の利便性を見出そうとしていた。


「はんだ……? よく分からんが、魔力を込めればさらに火力を大きくすることもできるな。しかしこの程度、お前たち人間にもできるだろ?」

「まぁ確かにね。これくらいならライターがあれば再現できるけど、でも自分の体一つあれば良いっていうのは大きなメリットだよ」


 ユーファニムは「そうか」と頷きながら空中に浮いていた火の玉を消した。


「他には他には? どんな魔法があるの?」

「あとは風や水を操ったり、物を浮かせたり、軽い傷を治したり、姿を消す魔法とかもあるな」

「へぇー、ちょっとやってみてよ」

「……また今度な」

「えぇー良いじゃん、見せてよ」


 不満げな表情で魔法を見せるようにねだるアルファに、ユーファニムは顔を横に振った。


「魔法は見世物じゃない。必要以上に使うのは身体に毒だ」

「ケチぃ、ふーんだ!」


 いじけたアルファは、勢いよくベットにうつぶせになった。

 その光景を見て、ふとユーファニムの口元が緩む。外見的には彼女とアルファは同い年くらいだが、その光景はまるで幼少期の自分を見ているようだった。

 魔法を初めて教えてもらった時、ユーファニムもアルファのように『もっと見せて』と無邪気にせがんだことがあった。思い返せば、今アルファに言った言葉は、当時ねだる彼女が言われたものだった。

 そしてユーファニムに魔法を教えたのは、今彼女が助けたがっているエルフの長だ。


 そんな昔の記憶をユーファニムが思い出していた時、部屋のドアからコンコンという音が聴こえた。その音に、ユーファニムの意識は現実へと戻される。


「ん、師匠かな?」


 ノックの音を聴いて、アルファは顔を上げて、すぐさま玄関へと小走りで向かった。

 扉を開けると、そこにはリトがSanを連れて立っていた。


「飯食いに行くぞ」

「やったー」


 このホテルに入ってきたときに、最上階に宿泊者用のレストランがあるのは確認済みだった。アルファがそれなりに期待するほどに、良い値段がして美味な料理を提供しているレストランだ。


「ユーファニムも行こう」

「あ、あぁ」


 アルファの呼びかけに、ユーファニムは部屋を出てレストランへ向かうリト達の後に続いた。




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