第11話 中央役所




 リト達が王国の中心へと進むにつれて、周辺の流れる風景は荒廃的な街並みから都会的かつ先進的な街並みへと変わっていった。建ち並ぶ建物は小綺麗なものばかりになり、道行く人たちの服装も整っている。

 建物のあちこちにはモニターやホログラムが投影され、企業の広告や流行している商品の宣伝が眩しい程に輝いていた。広告のサウンドが獣の咆哮か、あるいは雷鳴のように騒がしく感じられた。


 しかし、そんな喧騒を道行く人間はまったく気にしていないようだった。皆、耳を塞いで何かの機械を操作しながら歩いている。後ろには召し使いのように様々な形のロボットを連れていた。

 街並みが栄えていくにつれ、そんな身なりの人間が増えたことにユーファニムはかなり奇妙に感じたが、王国の中心地区には、そんな風景よりも目を奪われるものがあった。


 それは、街中を縫うように走っている飛行車の群れだ。

 中心地区に入ると、リト達の頭上では、反重力装置で浮いている市販の車やバイク、バスや電車といった公共的な乗り物が走っていた。発展した科学力のおかげで、王国の車で地上を走るものは少ない。そして王国の中において、飛行車は、その走るスピードによって飛行して良い高さが決まっている。一般車は地上に近い空中を飛行し、電車はそれより高い位置で飛行している形となっていた。

 まるで川のカーブに水流の速いところと遅いところがあるような、自然が作り出す風情に似たものを、ユーファニムは感じ取った。


「これが人間の街か……!」


 すでに太陽は頂点を過ぎた時間になり、長時間の運転に辟易していたが、そんな超高度な文明の街の風景に、ユーファニムは疲れを忘れ、思わず見とれてしまっていた。その様子は山頂から夜空の星を眺める子供のようだった。


「驚いた?」


 赤信号で停止すると、アルファがユーファニムに訊ねた。治安の整った王国内まで来たとあって、流石に彼女も無謀な運転はせず、リト達の乗るサイドカーに大人しく後続している。


「あぁ、人間の技術については知っていたつもりだったが……凄まじいな」

「貪欲に知恵を育んだ結果だな」


 人間がヒトの中でも神から与えられた知恵の能力をより高めているのは、よく知られた話である。

 そして人間が電気で生活の基盤を賄っていたレベルから、このような超高度な科学レベルを実現するまで、時間として100年も掛かっていていない。長寿のエルフなら、その発展を一世代で目の当たりにできる。


 人間の進化の異常さを、ユーファニムは改めて実感した。


「それより師匠、なにか食べない? 私お腹すいちゃったよ」

「そうだな、中央役所に行く前に何か食べとくか」

「私としては、早くその中央役所とやらに行きたいのだが……」

「ここまで来れば、飯を食おうが食うまいが変われねぇーよ。良いから行くぞ」


 ユーファニムは不満そうな顔をしていたが、その場でちょうど信号が変わり、彼女が何か言い出す前にリトはアクセルを回してサイドカーを走らせた。




 ***




 リト達はその辺のファーストフードで遅めの昼御飯を済ませた。気が急いでいるからなのか、あるいは奢られるのが申し訳なかったのか、ユーファニムはドリンクの紅茶だけチビチビ飲んでいた。


 その後、リト達一行は中央役所にやってきた。

 役所の外観は、大きさは立派なものだが、これまで見た近未来的な建物と違い、木と石と鉄でできた割と古風なものだった。所々にある窓ガラスも小さな石を投げつけたら割れるのではと思うほど、薄く脆そうに見える。増築を繰り返しているのか、継ぎ目らしき箇所もいくつか見え、建物のバランスも歪だ。


 中に入るとやたら広い玄関ホールの先に簡素な受付と役人のデスクが並んでいた。5階分くらい吹き抜けになっている玄関ホールのせいで、それらのスペースが手狭になっているように感じられる。


「だから、そこにはもう行ったと言っているだろ!」


 そして今、ユーファニムは役所の窓口係ロボットからたらい回しにあっていた。

 最初に役所の窓口に訪れた際、ユーファニムが用件を言うとロボットは別の窓口に行くよう指示した。その指示に従えば、そこではまた別の係の窓口へ行くよう案内され、さらに言われた通りに行けば、またまた別の係のところへ行けと指示される。

 案内の指示通りに足を進めたユーファニムは、やがてまた最初に訪れた係の窓口に戻ってきてしまっていた。


「頼むから、ここのおさに会わせてくれ」


 ロボットはユーファニムがいくら強く言おうと、無機質かつ淡々と同じ回答で対応するだけだった。機械音声の返答とはいえ、その対応の仕方に、ユーファニムは壁に声を掛けるような感覚さえ覚えた。

 ただでさえ容姿端麗なエルフということで目を引きやすいが、役所の中を歩き回ったり大声をあげたことでよりいっそう周りの人々の注目が集まる。


 その視線に嫌気がさし、リトとアルファは役所から出て、途中から建物の外にある駐車場でサイドカーに跨って待つことにした。念のため、Sanにはユーファニムに付くよう指示しておいた。


「師匠、いい加減止めに行ったら? かれこれ、一時間もあんな感じですよ」


 リトのサイドカーの隣に停めた飛行車に、彼と同じように跨っているアルファが言った。


「言って聞くかよ。エルフの頑固さはドワーフと負けず劣らずだ。てかここに行こうって言いだしたのはお前じゃなかったか?」

「それは……あははは」

「ったく」


 こうなることを半ば予想していたリトは、笑いながら頬をかくアルファを細い目で見ながら、サイドカーのフューエルタンク部分に肘を置いて頬杖をついた。


「……このままじゃ、俺達も帰れないな。今日はその辺のホテルに泊まるか」

「ロイヤルホテル?」

「アホ、カジュアルホテルに決まってるだろ」

「えぇー、カジュアルホテルなんてサラリーマンの泊まるとこじゃん!」

「仕方ないだろ、金ないんだから」

「ぶぅぅ!」


 不満げに口を尖らせるアルファに、リトは顔を逸らして無視した。


「あのぉ」


 二人がそんなやり取りをしていると、妙齢の女性が作り笑いを浮かべながら腰を低くして近づいてきた。

 小綺麗になるように薄い化粧をしてほのかに香水の匂いもする。身なりは良くも悪くも無い、王国の中でよく目にする中間層の格好だ。


「お二人とも、自由政治連合に興味はありませんか?」

「結構です」

「貴方は? 今の皇帝中心の国政に不満はありませんか。明日にセミナーもあるので是非いかがですか?」

「ノーサンキュー」


 アルファは短く丁寧に、リトは適当に女性の誘いをばっさり断った。


 自由政治連合とは、王国の政治体制に不満を持っている者たちの集まりだ。勢力的には小さな組織なので王国は犯罪を起こさない限り対応しないことにしている。最近は“神の試練”のせいで特に放置しているのが目立つ。巷の噂では『自由政治連合が革命を狙うなら今だ』と冗談で話す者もいる。


 いずれにしても、政治に関心のない二人には積極的に関わる必要のない組織だ。


「そうですか。もし気が変わりましたら、その時は是非来てください」


 二人が断ると女性は顔色ひとつ変えず頭を下げて、そのまま去っていった。

 こういった勧誘は駅前などの人通りの多いところでよく行われている。王国の中心部では大して珍しくない光景である。


 その後、正面玄関からユーファニムとSanが出てきた。


「どうだった?」

「話にならん!」


 ユーファニムは苛立ちから力任せに地を踏んだ。目の端はつり上がり、顔色も血の気が増している。それでもやけに様になっているのは、エルフならではだろう。


「なんなのだ、あのゴーレムは。話はできるが会話が通じない!」

「所詮プログラムだからな、決まった言葉にしかまともに反応しないんだよ」

「プロ、グラム……? よく分からないが、ここに人間はいないのか?」

「いないわけじゃないが、自分から表に出てはこないだろうな」

「どうしてだ?」

「困っている人を助けるお人好しは、ここにはいないってことさ」


 自動化や無人化が歪に進んだこの王国では、もはや中央役所ですら人間がいる理由が無い。本来なら、ロボットで対応しきれない時に備えて人間の役員が配置されているが、彼らは王国の公務で出世競争に敗れた者達だ。

 種族の代表と来たわけでもないただのひとりのエルフに、丁重に対応するわけもなかった。


「出てこないなら、こちらから訪ねに行けば……?」

「やめとけ。訪ねたところでその役員が上層部に話を持っていくわけがないし、下手すれば公務執行妨害で衛兵に捕まるぞ」

「お前、それ知っててここ来たのか?」

「おおよそな」

「なぜ先に言わなかった?」

「言ったら諦めたか?」

「…………くっ」


 ユーファニムは奥歯を噛む。中央役所に来たのが無駄足に終わったのもそうだが、それを分かって止めなかったリトと彼の言っていることに反論できない自分自身に、小さなイラつきを覚えていた。


「それで、これからどうするの?」

「それは……」


 ユーファニムはアルファの質問に答えられず口を閉ざした。一刻も早く長を助けたいと願う彼女だが、王国に詳しいわけでもなく、長を助ける具体的な方法を知っているわけでもないので気持ちだけが先走り、うまく考えが出てこなかった。

 熟考するユーファニムに、このままでは埒が明かないと判断したリトはため息をついてヘルメットをかぶる。


「今日はもう遅い。続きは明日にして、今晩の寝床を確保するとしよう。ほら、乗れ」

「……分かった」


 そう言って側車に乗り込んだユーファニムだが、返答する彼女はまるで心ここにあらずだった。





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