第6話 エルフ
南からやって来た謎のエルフをサイドカーの側車に乗せて、リトはグラカ村へと戻った。彼女の乗ってきた馬も引き連れて戻ったため、行きの時間より少し時間を要した。
やがて村の入口まで来ると、リトはサイドカーのそばに馬を止めてエルフの少女を抱え、モーリの家へと戻った。
「おぉ、どうだった?」
家に入るとモーリが訊ねながら玄関まで出てきた。
「話は後でする。それより寝床はあるか?」
「ソイツは……エルフか?」
「あぁ、外傷は無いがかなり疲労しているみたいだ」
「分かった。とりあえず、部屋にあるソファーを使え」
ドワーフのモーリの家は、基本的に彼に合わせたサイズで家具などが揃えられている。リトやアルファが寝泊まりする際は、空き部屋にハンモックをぶら下げたり、床に敷物を置いて寝ているが、長身のエルフを休ませるとなると、リビングに置かれた横長のソファーくらいしかなかった。
リトはモーリの言われるまま、ソファーにエルフの少女を寝かせ、一息ついた。薄暗かった外と違い、明かりがある室内で改めて容体を見てみたけれど、やはり出血や怪我などは見当たらない。
「そんで、何があった?」
「この子が猪に追われてた」
「猪だと? この辺じゃあ野生の猪なんていやしねぇだろ」
「あぁ、どうやら南の彼方から走ってきたらしい。猪の方も相当頭に来てたみたいでな、日を跨いで走りっぱなしって感じだった」
「どうしてそんなこと?」
「さぁな、この子が起きてから聞けば良いさ」
リトはモーリが持ってきた毛布を少女に掛ける。
「もう深夜だ。特に目立った怪我もしてないみたいだし、この子の面倒は明日の朝に事情を説明してアルファとSanに見させよう」
「そうだな」
目の前で静かに眠る少女について疑問を残しながらも、リトとモーリは朝が来るのを待った。
***
「ほえぇぇ。それでそのエルフがこの人ってわけですかぁ」
翌朝、起床したアルファに昨晩の出来事を説明したリトは、日が昇ってもまだ眠り続けているエルフの面倒を見るように、アルファとSanへ指示した。
事情を聞いたアルファは、エルフの寝顔を興味深そうに眺めている。
「本当に耳が尖ってるんですねぇ。私、エルフって初めて見ましたよぉ」
「エルフってヤツは、滅多に自分達の住み処である森から出てこないからな、無理もねぇ」
朝飯の支度をしながらモーリが言う。事実、彼自身もエルフを目にするのは片手で数える程しかなかった。多種族村とはいえ、グラカ村にもエルフは一人としていない。
「これは?」
「エルフが作ったナイフだ。おそらく護身用だろう」
そばにある机に置かれていたナイフをアルファがつんつんと指さす。
アルファにはただのナイフにしか見えなかったが、鍛冶の腕を誇るドワーフとあって、モーリにはそのナイフがエルフによって作られていることが分かった。頑丈さは人間の機械で作ったものに劣るが、刃や持ち手が繊細に作りこまれている。
「エルフっていったら弓持ってるイメージだったんだけど、そうでもないんですか?」
アルファはSanと共にモーリの手伝いをしているリトを見ながら訊いた。
「昔だったらエルフの武器といえば弓だったけど、戦争をきっかけにめっきり減った。今じゃ弓より魔法と
「へぇー、じゃあこの子も魔法を使えるんですか?」
「多分な。起きてから訊いてみろ」
アルファの質問に答えながら、リトは未だに目を覚まさないエルフの少女にチラリと目をやった。
金色の長髪と碧色の瞳、尖がった耳に容姿端麗といった特徴を持ち、聡明で、天然の樹々や草、鉱石から武器や日用品、食事を作って森を住処として暮らす、エルフはそんな種族だ。彼らの作るものすべては高品質かつ丈夫に仕上げられているため皆にとても重宝される。
加えて、争いを好まない種族であるため、他のヒトとの関係も比較的良好だ。エルフ本人たちも知性や礼儀のあるヒトには、それ相応の態度で返す。
そんなエルフたちは過去に人間と戦争し、人間の科学力を前に敗北した。当時のエルフは、まだ剣や弓、投石器、馬で引く戦車を主な武器としており、人間の重火器やミサイルを防ぐことができなかった。やがて魔法を戦争に取り入れ、何とか銃撃や爆撃に対抗することができたが、その後、人間が航空機や無人機、光学兵器、バイオ兵器などを導入すると、いよいよ敵わないと悟り、すぐさま降伏した。それによって、エルフの被害は最小限に抑えられた。
過去、数ある戦争では国が滅びるまで人間に抗うものも少なくなかったが、エルフがすぐに降伏の道を選択できたのは、ひとえに彼らが賢かったからこそであろう。
朝食を終え、リト達はエルフの乗っていた馬の面倒を見たり、モーリにこき使われる形で彼がたまに使うディスクグラインダーや工作機械などをメンテナンスしたりして適当に暇を潰した。
そんなことをしているうちに時間は過ぎていき、やがて太陽が一番高い所を通り過ぎて地平線に向かって降りていく時間になった。
「う、うぅん……ハッ!」
そしていよいよ暇をつぶすことにも飽き始めた時に、エルフが目を覚ました。自分が横になっていることと慣れない部屋の匂いに、エルフの少女は驚き、勢いよく状態を起こす。
「おっ。ようやく起きたねぇ」
「ッ!」
そばにいたアルファを見て、起きたエルフは警戒心を示す。アルファはモーリに頼まれてロボット掃除機を改造している最中だった。それはモーリが人間の王国で買った代物で、グラカ村の家屋ではうまく動作せず壊れたらしい。
多機能ゴーグルを拡大鏡として使いモーターや回路の配線を半田ごてでいじるアルファの様は、見方よってはマッドサイエンティストのようにも見える。
「ここはどこだ?」
「ここはグラカ村にあるモーリ爺の家」
エルフの声は女性特有の凛とした響きを持ちながら、柔らかく温かみのある声色だった。
「グラカ村?」
「人間の王国のそばにある多種族村だよ」
ロボット掃除機のモーターを取り替え終え、作業が一段落したアルファは手に持っていた道具を置いてエルフの問いに答えた。
エルフの少女は自身の寝ていたソファーから周辺の家具へと視線を移して部屋全体を見渡す。森に住むエルフの家屋とは作りやデザインが全く違うので、目に入るもの全てが彼女には新鮮に感じられた。
「お前は、人間か?」
「うん、まーねぇ。貴女はエルフ、なんだよね?」
ゴーグルを外して確かめるように訊いたアルファの質問に、エルフの少女はゆっくり頷いた。
「あぁ……それで、そっちのは何だ?」
エルフは目線でアルファの横にいたSanを示す。Sanはアルファの横で、彼女が使っていたペンチや小型オシロスコープを片付けていた。
「この子はSan。ヒューマノイドロボットだよ」
「ヒューマノイド、ロボット?」
「どうも初めまして」
「なっ!」
Sanが軽く手を上げて挨拶すると、エルフは目を見開いて驚いた。ヒトの形をしているが見るからにヒトではないSanが、ヒトのように言葉を発してヒトのように動作する。機械に縁のないエルフにはSanの見た目は随分、異形の者のように映った。言わば、未知との遭遇だ。
「ソレ、いやソイツか? ソイツは、生きてるのか?」
「うーーん、どうだろうね?」
アルファはSanを見ながら、その問いの答えをあえて濁した。
Sanは機械だ。当然、生きてはいない。しかし、アルファはSanを他の機械と同じように扱ったことは今まで一度も無かった。その扱いとしては、人間が年下の家族や友達と接するものに近い。
「私にはヒトと同じような生命活動はありません。身体はすべて無機物で構成されています」
「そ、そうか……つまり、ゴーレムみたいなものなんだな」
エルフの使う魔法には石や岩をヒト型に集積して動かすものがあり、エルフや魔法使いはそれをゴーレムと呼ぶ。主に重い物を運ぶ時などに使用される。
性能や大きさに差はあれど、その認識はそんなに間違っていない。
「おぉー、目が覚めたようだな」
「やっと起きたか」
エルフがSanの挙動に気を取られていると、リトとモーリが部屋に入ってきた。するとエルフの表情がまた警戒したものに変わる。
「また人間か。そっちはドワーフのようだが?」
「あぁ、リトという。こっちはドワーフのモーリ。ここの家主だ」
「あっ、ちなみに私の名前はアルファ」
「……私の名前はユーファニムだ」
エルフの少女……ユーファニムは渋々といった感じで自身の名前を口にする。名乗られたら名乗り返すのはエルフの中でも礼儀だ。典型的なエルフの返しだと、リトは思った。
「それで、ユーファニムは気を失う前に何があったのか覚えてるか?」
「……あっ!」
リトに問われると、ユーファニムはふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば私は確か……そうだ! リリアンは?」
「リリアン?」
「お前が乗ってきた馬のことか?」
アルファが首を傾けるが、モーリは察しがつきユーファニムに訊いた。
「そうだ、彼女はどこだ!」
「馬なら村の入口の柵に繋いである。怪我も無い」
「本当だろうな?」
「嘘ついてどうする。なんなら見に行くか?」
「あぁ」
ユーファニムに対して、リトは淡々と答えた。
エルフは賢い。故にこういった時、彼らは特に疑り深くなる。人間相手なら尚更だろう。
だからエルフに下心や敵対心が無いことを示すには、まず下手に嘘をつかず正直に話すことが第一だとリトは理解していた。
「訊きたいことがあるなら教える。代わりにそっちも色々教えてくれ。お前は何で猪に襲われていたんだ?」
「……それは」
ユーファニムが話そうとした瞬間、どこからか、ぐぅぅぅっと、お腹の音が鳴った。その音を聴き、一時の間、部屋の中に沈黙が流れる。そして、リト、アルファ、モーリ、ついにはSanまでもが、腹の虫を鳴らした本人に目を向けた。
視線を向けられたユーファニムは俯き、その顔はみるみる赤くなっていく。
「まずは飯でも出そうか」
「……頼む」
モーリの提案に、ユーファニムは消え入りそうな声で短く答えた。
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