第4話 神の試練
モーリの作った料理がなかなか美味しいものだったことに、リトは意外に思った。決してオシャレではなかったが、余計な味付けをしておらず肉そのものの旨味が感じることができ、アルファはご飯が、リトは酒が止まらなかった。途中モーリが飲み比べを勧めてきたが、流石に酒豪で知られるドワーフにはかなわず、リトが飲んだ酒の量はモーリの5分の1にも満たなかった。
「……飲みすぎたな」
グラカ村の全員が寝静まった深夜、リトは屋根に上がり夜風に当たっていた。辺りが平原で、かつ小高い丘にある村とあって、都と違い、グラカ村では澄んだ風を感じることができる。
北の地平線から光が上がっている。王都の光だ。昔、ヒトは夜になると星を見て方角を確かめたそうだが、現在の王都周辺では、その王都の光を見て方角を知ることができる。
リトが大きく息をついて横になると、上空には都では決して見ることのできない無数の星が輝いていた。
「何してんだ?」
リトが星を眺めていると、モーリの声が聴こえてきた。視線を下すと屋根の隅にモーリの手と頭が見えた。身体能力のあるリトはそうでもないが、小柄の老人であるモーリが屋根に上がるには、そこそこ苦労する。モーリは屋根に手をついて目いっぱい力を入れ、のっそりと屋根に上がった。その手には酒の入ったボトル瓶が2つ握られていた。
「別に、ただ風に当たってただけだ……って、まだ飲むのかよ」
「あんな晩酌程度で足りるかよ。お前も付き合え」
モーリからボトル瓶を手渡され、リトは渋い顔をしたが、ボトル瓶程度の量ならまだ大丈夫だろうと思い直し、ボトルをあけて酒を口にした。
しかし、その瞬間、そのあまりのアルコール濃度に、思わずリトは口に入れた酒を吹き出しかける。
「んぐッ……ウイスキーかよ!」
「昼に買っといたんだよ」
てっきり食事の時に出されたエール(ビール)が入っているものと思っていたリトは、想定した味と風味のギャップに驚く。
リトの反応を小馬鹿にして笑いながら、モーリはゴクゴクと酒を飲んだ。
「ウイスキーならロックが好きなんだけど……」
「気取ってんな若造ぉ。酒は飲み方じゃねぇ、量だ!」
「いや、俺ドワーフじゃねぇから。そんなの知らねぇよ」
ドワーフの酒豪っぷりに呆れながら、リトはチビりチビりと酒を飲む。
ちなみに、この世界にウイスキーやワインを作る技術はあるにはあるが、そのほとんどは王国産だ。エルフやドワーフなどのヒトが作る酒はエール(ビール)が多く、その他の色々な酒を入手するには王国で買うしかない。
今、二人が飲んでるウイスキーも、昼間モーリが王国に出向いた時に買ったものである。
「人間たちは、まだ“選別”を続けてんのか?」
「あぁ」
モーリは『明日の天気を知ってるか?』という世間話のような調子で訊いてきた。
8年前の王宮に最高神が現れたのは、王が伝令を出したこともあり、王国ないし王国周辺の村や里にも知られている。以降、王国の人間は、最高神の言ったものに該当するモノを国中で捜索して、かき集めている。その収集活動を国民は総じて“選別”と呼んだ。
「王都では、また今日もお偉いさんが無駄な会議して、衛兵が回収に走り回ってるよ。アレに国民の血税が使われてると思うと泣けてくる」
「まぁ、目的のものが見つかんなきゃ猿になっちまうってんじゃ、仕方ないんじゃねぇか?」
最高神が言った“偉大なるモノ”が何かはまだ判明していない。それと同じく、ヒトから“知恵”が奪われたらどうなるのかも、正確には分かっていない。
だが今のところ、世間ではヒトから“知恵”が抜かれたら、言葉を失い、理性を失い、猿のようになるだろうと言われている。
「巷じゃ、集めた物を金貨銀貨にすれば、国家予算の半分くらいの価値はあるんじゃねぇか、なんて言われてる」
「ほほぅ、そりゃあ面白そうだな」
モーリは愉快そうに口元を緩め、またグビリと酒を飲んだ。対して、リトの表情は固い。その王都が“選別”した国家予算級のモノの山が自国の領土の中だけから集められたとは、到底思えない。
王国の上層部は、自国の民だけでなく周りのヒトの国や集落からも、大きな反感を買っているのだろうと、リトは推測していた。
そんなリトの不穏な雰囲気を察したのか、モーリは笑みを消して酒を飲みだした。
「……南で不穏な空気が広がってる。王国が好き放題してるせいで、他の種族の不満が溜まってる」
「不満って……まさか王国に戦争でも仕掛けるつもりか?」
「いや、流石にそこまでは行っちゃいねぇ。今の王国と戦おうなんて考えてるバカはおらんからな」
南方にいるエルフやドワーフ、獣人などの集落も、害獣(
人間の持つ科学の力が自分たちの力ではどうにもならないのは、他のヒト種族はイヤというほど自覚していた。
ゆえに、いくら王国が気にいらなくても、王国周辺のヒトはそう簡単に争いをけしかけたりはしない。
「お前は、何だと思う?」
「は? 何が?」
「“神の試練”だ。神のヤツが求める“偉大なるモノ”ってのは何だと思う」
8年前の最高神が皇帝に出した問題を、人々は“神の試練”と呼んでいる。そのリミットが残り2年とあって、今その“答え”が何なのかというのは、国内だけでなく周りのヒトの集落でも、こうして話題になるくらい皆、興味を持っていた。
「さぁな……アンタはどう思うよ?」
「俺は人間じゃねぇ。人間が作った“偉大なるモノ”なんて分からん」
「じゃあ、ドワーフが作った“偉大なるモノ”だったら何だと思う?」
「そりゃあ、鍛治だな」
少しの間も考えることなく、モーリは答えた。その答えは、リトにも想定内だったため、特に驚きもない。
「鍛治はドワーフの十八番だ。例え人間の科学でもドワーフが作る宝石の精巧さや武器の頑丈さは真似できん」
「そうだな」
ドワーフが作り出す剣や鎧、宝石、ガラス製品は、どれも一級品だ。銃や防弾ジョッキのある王国ではドワーフの武器は配備されていないが、嗜好品として評価され、宝石やガラス類、食器などは、今でも王都内では高値で取引されている。
それらの技術はドワーフの誇りであり、ある種のアイデンティティーだ。モーリだけでなく、ドワーフなら同じ質問に皆口を揃えて鍛冶と答えるだろう。
「ま、何にしても、早く決着つけて“試練”を終わらしてほしいもんだな」
「そうだな」
そんな風に、しばらく二人は王都内外の噂や世間話を肴にして酒を飲んだ。
「……ん?」
「どうした?」
しばらく男二人で雑談していると、リトは遠くに光る何かを見つけた。
グラカ村は小高い丘の上にあり、今リトは屋根の上にいたとあって村周辺の様子を眺めることができた。しかも周辺に街灯などの光を発するものはないため、夜に動く光源があれば、すぐに見つけられる。
「あれ」
「あん、何だアレ?」
リトが指さした光源をモーリも目を凝らして見た。光り方から見て何かの火の光のようである。
「ランタン……いや、松明の火か?」
「あぁ、どうやらこんな夜中にヒトが歩いてるみたいだな」
「あぁ、人間じゃなさそうだけどな……」
王都の人間であれば、夜道を行くのに使うならLEDや電球といった高度な人工的ライトを使うため、揺らめくオレンジ色の光を発したりはしない。
その光が動くスピードも、車にしては遅いように見える。
「……おい、あの光、こっちに向かってきてないか?」
「王都にでも向かってんじゃねぇのか」
夜中に出歩く謎のヒトというのは十分不審なものだが、モーリは気にせず酒を飲む。
リトは目を細め、さらに火の光を観察した。ゆらゆらする光の加減から見て、火の光であることは間違いない。その光を持つものが人間じゃないのも確かだろう。
しかし、リトにはその光の揺めきがどこか妙に思えた。王都周辺とあって比較的に盗賊や獣に襲われにくいとはいえ、こんな真夜中に出歩くこともそうだが、歩いているにしては移動スピードと揺めきが大きい。
まるで馬にでも乗って走っているようだ。
やがて、リトはその火の光の中に、一瞬キラリと輝いた閃光を見た。
「……まさか」
その閃光を見て、リトの脳裏にひとつの考えが過る。すると今度は、二度三度と立て続けに、閃光が走った。
そこでリトは確信した。
「あのヒト、何かに襲われてる」
「何っ? あっおい!」
リトは屋根から飛び降りて、自身のバイクのところまで走った。
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