第3話 ドワーフ



 リトは怒気の含んだ眼で老人を睨む。だが老人は軽く流して、「来い」と荒っぽく手招きし、家の外壁に沿って裏へ回った。その声は怒りを含めたリトの声色よりも野太く低い。リトは沸々した気持ちをため息と共に吐き出し、アルファとSanと一緒に老人の後を追った。


 老人の名前は“モーリ”。鉄鋼や鍛冶を得意とするドワーフ種族の老人である。西側の王国の境を越えると、龍のように大きく長い山脈があるが、モーリはもともとその山脈の地下にあるドワーフの国の出身だ。幼少期に人間のテクノロジーに憧れを持ち、成人すると同時に、このグラカ村へ移住してきたらしい。現在、ドワーフとしての腕と工作機械を使って、鉄鋼の精製や加工を仕事にしている。


「昨日までは何ともなかったんだが、今朝、なんでかポックリ逝きやがった」


 モーリは家の裏側に設置された発電機をゴンゴンと殴るように叩いた。


「そんな殴っても直んねぇよ。てか防音ボックスで囲ってんだから、そんなことしても意味ねぇーぞ!」

「そうかい。よく分からんが、はやく直してくれ」


 素っ気ない態度に、リトはモーリにも聴こえるような大きい舌打ちをした。だが、そんな事は気にも止めず、モーリは平気そうにしていた。


 モーリのように人間の機械を使うヒトは、このグラカ村では珍しくないが、彼らは使い方だけ学ぶと、それ以外のことについては、まったく知ろうとしなくなる。ゆえに、水で濡らしたり衝撃を与えたりして、彼らが機械を壊すことは少なくない。


 リトはカバンをSanに預け、中から道具を取り出すと、大型犬くらいの大きさがある発電機の前で中腰になり、修理に取り掛かった。彼が外装を外すと、アルファも後ろから中を覗き込む。


 発電機の中には車のエンジンルームのように、機械が収まっていた。だが、所々のパーツは埃や塵をかぶっており錆びも目立つ。


「これ、買ったのいつだ?」

「ちょうど二十五年前だ、新品を買った」

「あ、私より年上!」


 モーリのリトへの返答に、アルファが反応した。ちなみに、彼女の年齢は19歳だ。


「二十五年ね……いままで掃除やメンテは?」

「俺ができると思うか?」

「はいはい……手入れせず毎日使ってりゃ、それはガタも来ますよっと」


 そんな独り言をこぼしながら、リトは手袋をつけた手で発電機の中の機械を触り、故障の原因を探った。外装を取った状態で起動してみるも、発電機はまったく動かない。


「スターターは、特に壊れてなさそうだな……ん。あぁ、コレだな多分」


 特に手こずることもなく、リトは故障の原因を見つけた。だが、すぐに修理に取り掛かると思いきや、リトは手袋を外して立ち上がり、後ろにいるアルファに自分のいる場所を譲る。


「アルファ、リアクターのアルティチウムを入れ換えろ。あとはお前の好きにして良い」


 リトの指示に、アルファは「ラージャー!」と明るく返事をし、道具を手にして楽しそうに発電機のパーツに手をつけ始めた。


「直りそうか?」

「あぁ、リアクターがスクラム化してたから、多分それを直せば動くようになる。時間は掛かるがな……」


 モーリの元に行き、リトは脱力するように肩を回す。彼らの目の前では、アルファが自身の頭にのせていた愛用のゴーグルを装着して、手際よく作業を進めている。彼女の横ではSanが手術をするドクターに器具を渡す看護師のように道具を渡している。


「あちゃー、S2キャパシタとバルブが錆び付いてる……よし、ついでに交換しちゃおう!」


 そう言って、まるでピアノでも弾くかのように、アルファは機械を分解して壊れた部品を取り替えていく。本当は余計なことをして欲しくないのだが、彼女の好きにやらせるようにした方が、修理後の出来が良くなることを、リトはよく知っていた。


「代金は?」


 横目でリトを見ながら腕を組み、モーリが訊ねる。


「5金と10銀」

「高い。まけろ」

「相場並みだよ。むしろ、他のトコがやったら3日掛かる作業を、依頼した当日中に済ませてやるんだから、お得だろ」

「……ちっ!」


 モーリは苦虫を噛み潰したような顔をして、家の中へ金を取りに行った。






 ***






 修理を終えた頃には、すっかり陽が落ちてしまっていた。


「終わったーっ!」


 アルファは腕を大きく広げて、その場に倒れ込む。横ではSanが「お疲れさまです」と言いながら、アルファが修理中に散らかした工具を片付けている。


 リトは発電機の中を見て、修理の出来具合を確認した。


「3時間で、この出来か。ホント見事だな……」


 アルファの持つハードに関する知識や技術は、もともとリトが教えたものだ。なので当然リトにも彼女とほぼ同等の腕を持ち合わせているのだが、ハードに関してはアルファほどセンスがないため、彼女のように、普通のエンジニアが3日かかる作業を3時間で終わらせることはできない。全力で取り組んでも、せいぜい1日が最短だ。


 修理を終え、リトが発電機の外装を元に戻していると、アルファの終わりの声を聴いたのか、家の窓からモーリが顔を出した。


「お前ら。この後、暇か?」

「あ? まぁー、このあと帰るだけだけど……」

「なら、今日は泊まってけ」

「は?」


 突然のモーリの提案に、リトは眉を歪める。対してアルファは「えっ良いの!」と反応して上体を起こした。その反応を横目で見て、「なんで好反応なんだよ」と、リトは眼を細めた。


「肉が余ってんだ。今日中に使い切りてぇンだよ」


 そう言って、リトたちの返答を聞くことなく、モーリは家の中に引っ込んだ。


「残飯処理かよ……」

「やったー、肉だー!」


 駆け足でモーリの家へ入っていくアルファを見ながら、リトは頭を横に振りながら大きなため息をつく。


「良かったじゃないですか、リト。食費が浮きますよ」

「晩飯代を気にするほど、金に困ってねぇーよ」


 頓珍漢な励ましをするSanに、ついにリトは頭を抱えた。




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