第2話 グラカ村
人間の王国は、皇帝のいる城を中心に栄え、その都は鉄の壁で囲われている。
王国の領地は、数百年前の大戦で大きく広がったが、栄えている都以外は、穏やかな草原や森、山岳がほとんどだ。そのため、都を囲う鉄壁を越えると、風景は鉄とコンクリートのジャングルから一変する。
リトたちは、その壁の各所にある門を通り、舗装されてない野道をバイクで走っていた。先ほどまで後ろにあった王国の鉄壁は、すでに見えなくなっており、周りは穏やかな草原が広がっている。
今回、リト達の依頼主がいる場所は、都の一番近くにある“グラカ村”という、そこそこ賑わっている多種族村だ。広い草原の中にポツンとある、その村は、普通なら
しかし、この長時間移動も、リト達にとっては、すっかり慣れたものである。はじめの頃は、移動中「やっぱり
やがて、三人の前方にグラカ村が見えてきた。穏やかな草原の中、やや高台となっている場所には、石造りでできた家屋がいくつも並んでいる。その数は、百から二百くらいだ。外側から見た村の風景は、都とは違い、のどかで牧歌的だ。
リトは慣れた動作で村の入口にバイクを止める。入口といっても村に門らしいものはない。村の周囲には簡素な木の囲いがあって、リトはそれに沿ってバイクを置いた。
リト達は囲いを跨ぎ、村へ入る。この村の囲いには、ちゃんとした扉が取り付けてあるらしいのだが、リト達がそこから村に入ったことは今まで一度もなかった。
高台に作られた村とあって、この村にある道のほとんどが勾配のある道だ。そして村には人間だけでなく、ホビットやゴブリン、獣人などの姿もある。村の人たちは皆、家の敷地ないにある小さな畑を鍬で耕したり、家の前を箒で掃除したりしている。王都とは違い、生活の中に機械の気配がまったくない。
「おぉー、リトにアルファ。また来たのか!」
「あぁ」
リト達の姿を見つけた村人のホビットの老人が家の窓から身体を出して声をかける。真っ赤になっている顔色から、酔っ払っているのがすぐに分かる。
「なんだ、またモーリんトコの機械いじりかい!」
「そうだよ!」
リトは足を止めることなく不機嫌そうな声で返事をしたが、老人はゲラゲラと笑って気にも止めなかった。
「アンタも物好きだよなァ。毎度毎度あのモーリの所に行ってよー!」
「仕事だからな!」
「そーかァ。せいぜい、あの石頭に頭かち割られないよーになァ!」
後方から聴こえる高笑いに、リトはしかめっ面で舌打ちした。
「あらぁ、リトちゃんとアルファちゃんじゃない!」
ホビットの老人の高笑いが聴こえなくなって、すぐにリトたちは犬っぽい獣人の女性に声を掛けられた。少ししゃがれた声を出しながら、女性は誘うように手をヒラヒラさせる。毛に覆われた顔から年齢を察する事はできないが、口調や仕草から、その人がそこそこ年のいった既婚女性であることが分かる。
「……どうも」
「あっ、テーラーさん、こんにちは」
「はいはい、こんにちは」
リトが小さく頭を下げ、アルファが明るい声で挨拶をすると、テーラーと呼ばれた獣人の女性はこなれた様子で頭を深く下げた後、何が面白いのか「まぁまぁ」と笑いながら話し出した。
「ついこの前にも会ったのに、また来ちゃったの? またモーリさん家? あなた達も大変よねぇ、わざわざ都から来てぇ。あっ、良かったらウチで野うさぎ肉のシチュー食べてかないかい? 昨日主人が南の草原でたくさん捕まえてね、一食じゃ食べきれなくて、まだ余ってんのよ。それにねぇ、庭の野菜が良い感じに育って、今日の朝、収穫したの!」
「すいません、仕事があるんで」
テーラーの様子と口調から、このまま喋らせたら長くなると悟ったリトは、バッサリと遮った。テーラーは一度立ち話を始めると永遠と話すんじゃないかというくらいに話し続ける。初めて彼女と会ったときに、リトとアルファが彼女の話を親身に聞いたのが災いし、今でも二人を見かけては、嬉々として話しかけてくる。
「そう? じゃあ帰りにでも寄っておくれよ。待ってるからさ!」
「気が向いたらな」
「それじゃあ、また!」
リトは冷ややかな様子で先を急ぐが、アルファは軽く手を振って応えた。後ろに上品な笑い声を聞きながら、リトは絶対に行くもんかと思った。
「もうすっかりこの村の人たちと顔馴染みですねぇ、私達!」
「ぜんぶジジィのせいだ……」
仕事道具の入ったカバンを乱暴に背負いなお し、リトは悪態をつく。
やがて、リト達は一件の家の前まで歩いた。石でできた平屋の家は周りの家とは違い、屋根にソーラーパネルや室外機が取り付けられている。人間でないヒトで、ここまで科学技術を感じる家は、この村ではこの家だけだろう。
アルファはその家の扉を数回ノックした。扉は彼女の胸辺りまでの高さしかないため、自然に彼女は中腰になる。
「モーリ爺、来たよー!」
アルファが大きな声で呼び掛けても、家の中から返事はなく、扉が開く気配もない。
「モーリ爺ぃー?」
再度、アルファが呼び掛けても強めに扉を叩いたが、家から物音ひとつ無かった。
「いないのかなぁ」
「なわけないだろ……!」
リトはアルファを一歩下がらせ、変わって扉の前に立った。
「オイ、くそジジィ!」
リトが荒々しい声をあげ、ドンドンと強くノックした瞬間、ガチャと勢いよく扉が開いた。外開きの扉とあって、開いた扉は、すぐ前に立っていたリトに体当たりの如くぶつかった。
リトは「ガハッ!」と声をあげ、痛みに悶える。
家の中から出てきたのは、背筋がまっすぐ伸びているにも関わらず、身長が一メートルに満たない老人だった。一見、ホビットのような老人だが、彼の腕や脚は、グラカ村でよく見るホビットとは違い、丸太のように大きい筋肉がついている。そして、彼の顎には、そんな屈強な体にも負けないほど目を引く、立派な髭があった。
「このジジィ……!」
「ドアの前におるお前が悪いんじゃろーが」
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