正しいと灼かれると愛

犬丸寛太

第1話正しいと灼かれると愛

 これは遠い、遠い昔のお話。

 あるところに一人の男と一人の女がいました。二人は互いを清く正しく愛し合っていました。しかし、二人の愛は許されざるものだったのです。

 二人の間には壁も、差も、溝も、ほんの一点の曇りもない真実の愛であったにも関わらず。

 やがて二人は裁きを受け火あぶりの刑に処されることになりました。

 二人は刑場へ連行されるその最中、脱走を試みました。脱走は見事に成功し、二人はできるだけ遠くへ、力の限り遠くへ逃げ出しました。

 何日も続いた逃亡は二人から理性を奪い去ろうとします。空腹を与え、衣服を剥ぎ、罵声を浴びせました。

 それでも二人は決して理性を失うことはありませんでした。

誰からも奪わず、誰をも憎まず、自らの信じる愛を信じ続けました。

しかし、二人の運命は決まっていました。


この世界は狂っていたのです。


正しきは悪、真実は虚構、誠実は背徳。


二人の存在こそは吹き抜ける風、鎮まりかえる森、澄み渡る湖、そして、この世界における最大最悪の大罪。


闇夜に一等光る月と星のような二人の逃亡劇は長くは続かず、やがて火刑台へ磔となります。

逃亡生活の中で衣服を剥ぎ取られた二人は生まれたままの美しい姿で処刑の時を待ちます。

やがて炎が二人を灼き始めました。

近寄る男共は下卑た眼差しで女の体を舐め回し、遠巻きに眺める女共は調律の乱れた弦楽器のごとき声で汚らしく笑い合いました。

狂った世界と醜悪な炎の揺らめきの中、それでもなお二人は互いの愛を信じ、言葉を交わします。


「ああ、咲き誇る花よ、煌めく宝石よ、金色の麦畑よ、この世の美しきもの全てを持ってしても替えるものの無い愛しい君よ。お前はその美しき罪で以って地獄へと向かう。」


「ああ、猛々しき大地よ、澄み渡る大空よ、どこまでも広き海原よ、この世の正しき全てを持ってしても替えるものの無い愛しい人よ。貴方はその正しき罪で以って地獄へと向かうでしょう。」


燃え落ちる最期の刹那二人は天に向け声を上げました。


「たとえ、如何なる時、如何なる世界であろうとも。」

「たとえ、如何なる困難、如何なる障害があろうとも。」


「私たちは永遠に正しく美しき愛を誓う。」


罪深き誓いを立てた二人は燃え盛る炎に包まれ地獄へと落ちました。




地獄。そこは女のごとき咲き誇る花に包まれ、煌めく宝石が空に輝き、金色の麦畑が地を覆う。


地獄。そこは男のごとき猛々しき大地が広がり、澄み渡る大空が世界を包み、どこまでも広き海原が世界を抱く。


世界は狂っていました。 

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