第2話 歯車は回り始める
入学式と最初のホームルームを終えた私は、リンと共に私の最寄り駅まで戻ってきた。
「まさか同じクラスだったとは!びっくりだねー!」
リンが話しかけてきた。
「はい。これからもよろしくお願いします。」
「うん、よろしくねー!そうだ、今から時間ある?」
私はリュックからタブレット端末を取り出し、予定を確認した。
「大丈夫ですよ。」
「良かったら、私の家に来ない?」
私は少し考えた。
(家に帰って一人寂しく過ごすよりは全然良いかも・・・)
「行ってみたいです。」
「よーし、決まり!」
リンはそう言うと私の手を引き、駅の階段を駆け降りた。
(ちょっ、速い!転んじゃう!)
私は必死にリンのスピードについていった。途中どのルートを通ったのかは覚えていない。無我夢中でリンについていくことしか出来なかった。
リンに連れられるがまま電車に乗り、一駅行ったところで電車を降りた。
「ここが私の最寄り駅だよ。」
リンにそう言われた後、辺りを見渡した。
「こぢんまりとした駅でしょー。」
「た、確かに・・・。」
私の最寄り駅とは比べものにならない程だった。リン曰く、普通列車しか停まらない駅で、この都市では珍しい無人駅らしい。
「ここの両隣は快速も特急も止まるのになー。」
改札を出ると、すぐそこに住宅街が広がっていた。沢山のマンションがところ狭しと並んでいる。リンの案内で数分ほど歩き、目的地に着いた。
「ここの一階と二階が私の家だよ。」
私は驚いた。そこにあったのはダークブラウンのビルで、一階がカフェになっていた。〈カフェ・スカーレット〉と書かれたオシャレな看板が掛かっている。
「カフェやってるんですか⁉︎」
リンに尋ねる。
「うん、お父さんとお母さんが切り盛りしてるんだー。」
リンは得意げに言った。
「すごくオシャレですね。」
「へへ、そうでしょー。」
リンはそう言いながら、カフェのドアを開けた。
「いらっし・・・、ああ、リン、おかえり。」
お淑やかな女性の声が聞こえてきた。
「ただいまー!それと、お客さん一名様です!」
次に聞こえてきたのは陽気な男性の声。
「やっぱり誰か連れてきたか。ハハ、やっぱりリンは友達ができるのが早いな!」
(確かにまだ出会って数時間しか経ってないのにここまで距離が近づいてるとは・・・もはや一種の才能としか思えない!)
そう思いながら、私もカフェへ入った。
「お、お邪魔します。」
「いらしゃいませ。この子がリンが連れてきた・・・」
女性が私を見て話しかけてきた。
「は、はい。森川春夏と、いいます。よ、よろしくお願いします。」
カタコトな言葉しか出てこなかった。
「素敵な友達ができたな、リン。」
男性の声は思っていたよりも渋かった。
「改めて、カフェ・スカーレットへようこそ。リンの父で店主の紅グレイだ。リンのこと、よろしくな。」
「リンの母のアールです。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
二人とも優しそうな印象だ。
「そういえば、春夏ちゃんのお父さんとお母さんは何してるの?」
リンが聞いた。私は少し答えるのを躊躇ったが、
(別に隠す理由もないか)
そう思い、口を開いた。
「お父さんは都市の歯車管理の会社に勤めてます。お母さんは・・・」
少しだけ間を置いて、
「今はいません。」
そう言った。
「・・・ごめん、聞いちゃいけなかった?」
リンが小声で言った。
「いえ、構いませんよ。もう何年も昔のことですし。」
私はそうはっきりと言った。すると、グレイさんは何かを私のテーブルに持ってきてそっと置いた。
(紅茶・・・)
「触れたくない過去だったら本当に申し訳ない。お詫びといってはなんだが、サービスさせてくれ。」
「い、いえ!そんな触れたくないとか、そんなこと思ってませんので大丈夫です!」
リンは何も悪くない。私のお母さんのことなんて知る由もないのだから。でも明らかに落ち込んで見える。リンに安心してもらいたくて、私は「気にしてない」と言い続けるしかなかった。しかしグレイさんがどうしても飲んでくれと言って引かなかったので、結局私はその紅茶を無料で飲むことになった。
紅茶から漂う、みずみずしい香り。そして軽い口当たりで、ほんのりと苦い。
「・・・ダージリンのファーストフラッシュ。」
私が呟いた途端、アールさんが
「よく分かったわね。正解よ。」
と言いながらクッキーを運んできた。
「これはここで紅茶を頼んだらついてくるものだから、これもどうぞ。」
そう言われるとなんか断りづらい。
(ここまでしてもらうと私の方が申し訳なくなってくるな・・・)
そう思いつつも頂くことにした。
ほんのりと甘く、卵のコクが効いていて美味しい。アールさんがグレイさんの淹れる紅茶に合うように、と考えて作り始めたものらしい。
それから小一時間ほど、リンやグレイさん、アールさんとおしゃべりをしていた。どの部活に入りたいかとか、芸術科目の選択は何にするかとか、そんなたわいもない話。でも私はそんな話ができて嬉しかった。
(お父さんとも、こんな話ができたらなぁ)
あの時から、お父さんはほとんど家に帰ることもなく、狂ったように歯車管理の仕事に打ち込むようになった。なのでここ数年、お父さんとまともに話した覚えがない。だから日常の話ができること自体が嬉しかった。
(歯車の事故で二人を亡くして悔しいのは分かるけど、私のことも考えてほしいな・・・)
そうしておしゃべりしているうちに夕方になってしまった。
「じゃあ私、そろそろ帰ります。」
そう言いながら席を立った。
「またいつでもいらして下さい。」
「またいつでも来てね。」
二人にそう言われながら、私はリンと一緒にカフェを出た。
駅まで歩いているときに、リンが口を開いた。
「・・・あの」
「うん?」
「春夏ちゃんのお母さんのことを聞いちゃったこと、改めて謝らせて。」
「まだそんなこと思ってたのですか?全く気にしていないのに。」
「いや私、昔から地雷踏んじゃうこと多くて。その度に、またやっちゃった、って思うんだよね。何ていうか、私、空気読めないし、おっちょこちょいだし。」
リンは俯きながら言った。
「・・・少なくとも」
私は強くいった。
「少なくとも私は、リンさんの言葉を迷惑に思ったことはありません。むしろ気づかせてもらいました。私の名前、〈春夏〉の意味はリンさんが聞いてくれなかったら気づくことなんてありませんでした。だからこれからも、もっとおしゃべりしましょう。その時に空気を読めなくたて、私は気にしません。空気を読めないという欠点以上の価値が、リンさんの言葉にはありますよ。」
リンの目には涙が浮かんでいた。
「リンさん、これからも友達として、よろしくお願いします。」
そう言いながら、リンに手を差し伸べた。
「・・・うん、よろしく!」
リンは私の手をとり、二人手を繋いで駅へと向かった。
駅に着いたところで私たちは手を離した。
「じゃあ、また明日ね!」
リンが言った。
「うん、じゃあね・・・っ⁉︎」
その時突然、私の頭に何かが落ちてきた。少し重たくて、
「ぐわっ・・・っ」
思わず声をあげた。足に激痛を感じながら、私は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます