第3話 見知らぬ景色に心惹かれて

気がついて辺りを見渡すと、そこに広がっていたのは花畑だった。

(ここは・・・どこだ?)

色とりどりのガーベラやバラ、スイートピーなどの花々がずっと遠く、地平線まで広がっている。甘い香りが漂い、優しい光に包み込まれていた。

(私の街にこんな花畑はなかったはず。そもそも、地球のどこかにまだ残っているとも思えない・・・。)

そんなことを考えながら、花畑の中の一本道を歩いて行った。

数十分ほど歩いただろうか。その時、道の向こうに誰かが立っているのが見えた。走って近づいてみると、初老のおばさんとすらりとした青年だった。

(あれ、見覚えがある!・・・はず、なのに、全然思い出せない。)

「あの、ちょっと、聞いても良いですか?」

「ええ、私もちょうどあなたに声をかけようと思っていたから。」

私の問いかけに、おばさんは優しい声で答えてくれた。

「えっと、あなたは・・・誰、なんでしょうか?」

「・・・それは、今は答えてあげられないの。ごめんなさいね。」

私が青年の方を向くと、青年も察したのか、

「すまないが、今は僕も答えることは出来ない。」

と言った。

「じゃあ、いつ答えてくれるんですか?」

「そうね・・・。あなたが現実世界に戻った後、‘門’をくぐってここに戻ってきてくれたら、かな。」

おばさんはまた優しい声で答えた。それに続いて青年が、

「春夏がまさか‘門’をくぐらずにここに来るとは思ってなかったから、僕らもまだ準備が終わっていないんだよ。」

と答えた。

「なんで私の名前を・・・?」

「それも含めて、また‘門’をくぐって来てくれた時に話すよ。とにかく今は、元いた世界に戻りな。」

青年は私をじっと見て言った。

「じゃあそろそろ、元の世界に戻してあげましょうか。」

おばさんが言ったのを遮るように青年が、

「母さんちょっと!‘門’のこと伝え忘れてる!」

と言った。

(親子だったのか。)

「ああ、いけない!忘れるところだったわ。‘門’までの行き方を説明しますね。まず春夏のマンションの横の路地を少し進んだところにある、地下階段を通って歯車用の地下通路に行って下さい。通路に出たら右に行って、次の曲がり角を左です。しばらく真っ直ぐ進むと、〈歯車神社〉と書かれた小さな鳥居があります。その鳥居の下にある隠し扉を開けると、下に続く階段があります。それを下って行った先にある祠、それが‘門’です。そこに辿り着いた後、気がつけばこの花畑にいると思いますよ。」

おばさんはゆっくりと、ゆっくりと言った。

(覚えられる訳ない!)

「忘れないように、この記憶だけ春香の脳に焼き付けておいてあげましょう。」

そう言うとおばさんは、私の頭をそっと撫でた。

(なんだろう、この撫で方、温かさというか、懐かしさを感じる・・・。)

見上げてみると、なぜかおばさんが泣いていた。でも笑っていた。

「ちょっと、母さん!」

「ご、ごめんなさい。では、そろそろ元の世界に戻しますね。春夏、‘門’をくぐって会いに来てくれると、信じていますよ・・・。」

そこで私の記憶は途絶えた。


気がつくとそこには、見知らぬ白い天井があった。

「春夏ちゃん?」

聞き覚えのある声。首を左に傾けると、ベッドに寝転ぶリンが見えた。モニターやら点滴やらに繋がれている。自分の方に視線を戻すと、自分も同じ状況だった。

「病院・・・?」

私が呟く。

「良かった〜、春夏ちゃん、丸1日意識なかったから。」

リンがほっとしたような表情で言った。

「えっ、丸1日⁉︎」

驚いて叫んでしまった。

「あまりうるさくしないでね。」

そう言いながら看護師さんが近づいてきた。

「ごめんなさい。」

「足の包帯、換えますね。」

足?包帯?そう思い、左足を見た。そこにあったのは包帯でぐるぐる巻きにされ、真っ直ぐに固定された左足だった。まだじんと痛む。看護師さんは慣れた手つきで包帯を巻き取っていく。青あざが広がり、大きな切り傷が1本刻まれた、奇妙な皮膚が姿を表した。

「気がつきましたか、森川さん。」

医者が近づいてきた。

「えっと、私の足は・・・?」

「昨日、大歯車の下敷きになったのは覚えていますか?」

覚えてはいる。だが、その後の出来事のインパクトが強すぎて、はっきりとは覚えていなかった。

「あの時、左足が落ちてきた歯車にぶつかり、地面との間に挟まれたのですよ。それで骨折と、歯車の縁で切り傷を負ったのです。あと右足の打撲ですね。あ、お友達は右足が挟まれ、隣で入院してます。」

リンを見ると、ちょうど右足の包帯を換えてもらっていた。私と同じであざだらけで傷もあった。

「ああ、そうそう。意識を失っていたのはおそらく、歯車が当たって倒れ込んだ時に頭を打ったからでしょう。検査したところ、特に問題はなさそうなので心配なさらず。じゃ、何かあったら呼んでください。」

そう早口で言い、医者はそそくさと去っていった。

医者と入れ替わるようにして、私と同い年くらいの女の子が1人、私の元に来た。茶髪だが、前髪の左側の一部だけ黄色の髪で、黄色の髪のところに黄色いバラの髪飾りをつけていた。

その子は私とリンのベッドの間で立ち止まり、こちらに体を向けた。

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