第4話 欠けた花びら2
いつのまにか日が沈んでいた。
遊び疲れた私たちは走り回るのを止め、散歩ついでにお互いの身の上話、とくに兄の愚痴を言い合っていた。
「もう、イヤになっちゃう」
フィーネが口を尖らせて
そんなたわいもない会話をしているときだった。急に攻撃的な声がすぐそばから発せられた。
「やい、魔獣! こんなところで何をしてる?」
目をやると、同い年っぽい少年少女が数人、一塊になってこちらを睨みつけている。どの目つきもこちらを
無意識に繋いでいた手に力が入った。フィーネもぎゅっと握り返してくれる。
「ここはオレたち、人間様の森だぞ!」
その言葉にびくりと身体が震える。
そうだ、ここは人間の森だ。
フィーネといることが楽しくてすっかり抜け落ちていたが、私はここにいてはいい存在ではない。完全に油断していた。
「人間の森から魔獣は出ていけ!」
子供たちの1人が叫ぶ。
「やめて! どうしてイジワルするの?」
フィーネが私を庇い、一歩前に出た。
「アルテナも私たちと同じで精一杯生きてるんだよ! 仲良くしようよ」
いまにも涙を流しそうな、悲しい瞳だった。
魔獣と人間がいがみ合っている。
それは当然の事なのに、本気で哀れんでいる優しい目だった。
だが、返ってきたのは、そんな
「同じだって!?」
子供たちは一斉にゲラゲラと笑いだした。
「バカかおまえ。こいつら魔獣が俺たちと同じ生き物のわけないだろ!」
「肌の色が違うだろ!」
「髪の毛も!」
「目ん玉だって俺たちは黒で、そいつは黄色だ。なによりその角! 俺たちに頭から棒が生えてるやつがいるか?」
罵声が槍となって降り注ぐ。
その1つ1つが巨大な悪意となって、私の体を貫いた。
でも、痛みはない。穴を作っただけだ。
自分の体にぽっかりと開いた空洞を見つめるたびに、現実を思い知らされる。
私は“魔獣”だ。
もしかしたらフィーネもただ単に私のことを
子供たちは私の浅はかな考えをあざ笑うかのように、こちらを見下している。
私が打ちのめされたことを確かめると、悪態の矛先はフィーネへと向けられた。
「やっぱ拾われっ子は、アタマがおかしいんだな」
フィーネのお爺ちゃんは村の長らしい。
孤児であるフィーネたちが村に居座られるのは、彼が一番偉い、つまり権力を持っていることが大きい。このご時世、素性のわからない子供を保護するなどリスクでしかない。万が一、受け入れてもらえたとしても仲間外れにされ、白い目で見られるのが関の山だ。
でも、フィーネたちは違う。村長の
だからこそ、そのことに対して不服を抱いている人もいる。
大人は他人を気にして
「ホントはお前、人間じゃないんだろ?」
「人間に化けた魔獣なんだろ?」
「ちがう……」
フィーネの悲痛な願いは、空虚な弧を描くだけで相手へ届くことはない。必死に否定しても、それを認めるどころか、逆に面白がってさらに調子に乗る。
「拾われっ子は、魔獣の仲間! 魔獣と一緒にやっつけろ!」
誰かが言い始めた罵声はいまや合唱となって、森の中に響き渡っている。
フィーネは涙を溜め、いまにも崩れ落ちそうだ。
怒りが無尽蔵に沸き上がっていった。
私のことについてとやかく言われるのは構わない。むしろ、こういうことは慣れている。
でも、フィーネを
「あんた達、いい加減にしな」
「おっ? やるのか、魔獣?」
こちらの凄みに
「こいつらはキョーボーだから、すぐボーリョクに訴えるんだよな……」
別の子供が言った。
「でも、おれ達に手を出したりしたら、ただじゃすまないぞ? 魔獣にやられたって 大人達にいいつけてやる! 大騒ぎになるだろうな」
ニヤニヤとゲスな笑みを浮かべた。
「く……!」
振り上げたこぶしが行き場を失う。固く握ったこぶしの中の爪先が肉に食い込んだ。
魔獣が出入りしている。
そう密告された途端、この森は何十人という人間の大人たちによる魔獣狩りが始まるだろう。警備の目がここまで届き、私たち魔獣は足を踏み入れることすら叶わなくなる。
そうなったら、おしまいだ。
もう2度と、フィーネと会えない。
「どうするんだよ? おい!?」
こちらが手出しをできないことを知ってか、子供たちはさらに挑発してくる。
誘いに乗ってはダメだ。我慢するしかない。
わなわなと震えていると、突如、石が投げられた。
フィーネに当たりそうになったので、とっさにキャッチする。
「魔獣は森から出てけー!」
ちいさな石とはいえ、当たり所悪ければ命に係わる。
抑えていた怒りが爆発し、髪の毛が逆立つ。
狂暴なのはどっちだ。
暴力を振るうのはお前たちじゃないか。
ここも元は私たち魔獣の棲みかだった。
それをお前ら人間が奪ったんだろ。
戦争だ。
憎しみが思考を塗りつぶしていく。
もう許さない。こいつらを1人残らず殺してやる!
そう襲い掛かろうとした瞬間、誰かに袖をつかまれた。
振り向くと、フィーネがやめてと目で訴えていた。
どうして……?
こんなにも
投げられた石で殺されていたかもしれないのに……
それなのになんで助けようとするの?
「やめろッ!」
当惑していると、大人びた野太い怒号が走った。場が静まり返る。
「お兄ちゃん!!」
フィーネの表情がパッと明るくなる。
「出たっ! 拾われっ子の兄貴!」
そうは言ったもの、年上の、それも男性が現れたことに分が悪いと感じたのか、子供たちは悪態をつきながら村のほうへと戻っていった。
「だいじょうぶか、フィーネ?」
「お兄ちゃん……、わたし……」
「わかってる。何も言うな」
フィーネの兄が彼女を気遣う。
「あんたも、もう人間の村には近づかない方がいい」
すれ違いざま、はっきりとそう言われる。
「さあ、帰ろう。爺ちゃんが心配するぞ」
フィーネの兄はそう耳元でささやくと、妹の肩を抱いて同じく村のほうへと歩き始めた。
「お兄ちゃん、でも……!」
フィーネは何か言いたげだったが、それをフィーネの兄は制した。無駄だと言わんばかりに頭を振る。
「残念だけど、オレたちにはどうすることもできない……」
半ば連れ去られるように兄貴に引っ張られていくフィーネ。去り際、彼女は「ごめん」と謝罪の言葉を何度も繰り返していた。
私はフィーネの後姿がすっかり見えなくなっても、ずっとその場に立ち尽くしていた。
もう夜中に近いのか、森は何の音も聞こえない。
いつのまにか溢れたちいさな雫が頬から滑り落ち、足元の名もなき雑草へと消えていった。
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