第20話 雷帝


 いよいよ大陸王〈雷帝〉その玉座の間である。

 ジンとアンナ。二人と一体は、その場に降り立つ。

 そこは雪原であった。青い炎は熱くないので雪は溶けない。なので自然ではるのだが、赤い空ではなく曇天が広がっているというのは〈解放区アウターゾーン〉にとっては不思議な状態だった。渦巻く雲の下。玉座の間はあった。

「野晒しじゃないか」

「〈雷帝〉様にとってはこの〈雲〉こそが天井だからね」

 ジンの問いにアンナが答えた。

『――如何にも。 ――この〈雲〉こそ我が世の栄華の証である』

 現れる黒い影。青い炎が覆いつくしていく。そこに真の姿を見せたのは。

「かみ、なり?」

 バチバチ、バチバチ。と火花散らす青い電流の塊、人の形をした稲妻。そうとしか形容出来ないナニカ。

 〈雷帝〉とは文字通りの雷の化身であった。

『――お前が侵入者か。 ――我と相対して何を望む』

「お前の〈魂血ソウルブラッドそれだけだ」

『――ほう。 我を殺そうというのか? 愚かしい事よ。 ――第二位。お前の裏切りもこの為か?』

「私の裏切りは……まあ気分っていうか。正直、ここ居心地よくなかったし」

『――それはすまなかったな。 ――だが裏切りの代償は払ってもらう』

 その刹那、天空から稲妻が降り注いだ。

「くっ!? 〈虚空跳躍ファントムジャンプ〉」

 アンナを庇うようにして刃を射出、跳躍ワープするジン。

 しかし。

「ぐっ! がああああ!?」

 いかずちがジンの腕を焼いていた。

『――我が〈次元雷じげんらい〉から逃れる術は無い』

 大量に降り注ぐ稲妻、その全てがジンとアンナを追尾してやって来る。

「クソッ! 次刃多次元装填!」

 なんとかして双刃そうじん花冠葬送かかんそうそうを発動しようとするジン。しかし。

『――無駄だ。 ――先ほどまでの騎士達との戦いは見ていた。 ――その技は撃たせん」

 多次元に展開した刃、その全てに雷鳴が轟いた。〈次元雷〉が双刃そうじん花冠葬送かかんそうそうの発動よりも早く焼き払ったからだ。

 大技の撃ち合いでは勝てない。ならば。

(――まだ刃は残ってる。相手は気配だけでそのほとんどを焼き払ったが、そこまでだ。それに奴は花冠葬送を恐れてる。チャンスはある)

 劣勢、しかし起死回生の可能性はまだある。そう信じて刃を向けるジン。

「次刃装填――射出!」

『――焼き払え!』

 〈次元雷〉が飛ぶ。しかし。

(今だ、刃を操れ! 動け! 軌道を曲げろ!)

 面で押して来る〈次元雷〉を針の孔に糸を通すような正確さで隙間を縫って行くジン。

『――まさか、我が〈次元雷〉を避けているというのか!? ――馬鹿な!? ――どうやって!?』

「それはね〈雷帝〉様」

 そこに割って入る声。それはその場に居たもうの人物。

「――私のサポートがあったからさ!」

『――〈次元爪〉だと!? ――それで軌道を捻じ曲げていたのか!?』

 〈次元爪〉アンナ固有の技、第二位に数えられるだけあってその威力は強力だ。しかしその神髄は、その技が手の形をしているという事にある。手とは人間の器用さの証だ。様々な形に変える事が出来る。物をつまみ操る事が出来る。アンナは〈次元爪〉を使ってジンが射出した〈虚空の刃ファントムナイフ〉をつまみ操っていたのだ。

 そして――ようやく雷の雨を抜けた刃が〈雷帝〉へと届く。

 ほとばしる青い鮮血。〈魂血ソウルブラッド〉。ジンの刃はまだ〈雷帝〉に刺さったままだ。

「吸い尽くせ! 〈虚空の刃ファントムナイフ〉……!」

 劇薬である〈魂血ソウルブラッド〉を己の魂の武器に吸収させるジン。大陸王の血だ。微量でもその負荷と進化はとてつもないものだろう。それこそ。神に近づくほどの――

 〈虚空の刃ファントムナイフ〉が透明から青に染まるほど〈魂血ソウルブラッド〉を吸った頃。〈雷帝〉が己に刺さった刃を見つけ出し掴んで砕いた。

「ぐっ!? はーっあ!?」

 想像を絶する苦痛にもだえるジン。しかし〈雷帝〉は待ってはくれない。

『――我が〈次元雷〉が死んだ訳ではない!』

 再び降り注ぐ雷の雨。埋め尽くされる稲光に目を晦ませられる。しかし。

「次刃装填!」

 不可視の刃、透明な刃の薄さはどこまでも薄い。その薄い刃を何枚も何枚も重ねる事によりその強度を絶対的に増していく。

 〈虚空の刃ファントムナイフ〉が全ての〈次元雷〉を受け止めていた。

『――馬鹿な!?』

「さあ受けてもらうぞ、双刃・花冠葬送!」

 ジンが〈虚空の刃ファントムナイフ〉を二刀構え、剣戟を交差させる。するとそこにが生まれ、青い空を作り出していく。雷鳴も稲光もかき消され、曇天は消え去り、青い炎もシロツメクサへと変わって行く。晴天の青空の下。決着が付く。

 〈雷帝〉の胸板に当たる部分に二つの見えない刃が深々と突き刺さっていた。

『――ガッ! ――ハッ!』

 次元を超え断裂された〈雷帝〉はその身に見た目以上のダメージを受ける。

 ドサッ……。そう音を立てて倒れ込む〈雷帝〉。

「やった……大陸王を倒したぞ!」

「やったねジン……」

「ああ! やったぞ! アン……ナ?」

 そこには姿が薄れていくアンナの姿があった。

「どうしたんだよアンナ、その姿……!」

「黙っててごめん。でも〈雷帝〉様に創られた自分達〈騎士〉は〈雷帝〉様がいなきゃその存在を維持出来ないんだ」

「そんな……それじゃ!?」

「なに悲しそうな顔してんのさ、ジン。〈解放獣アウター〉は親の仇じゃなかったのかい?」

「だってお前は何度も俺をかばってくれて……ここまで連れて来てくれて……ってまさかお前!」

 何かに気づくジン。アンナは頷く。

「うん、そうだよ。最初から消えるつもりだった。〈雷帝〉と刺し違えても」

「どうして!?」

「私立第二武器学園に居た時。優しくしてくれたニンゲンが居たんだ。でもその人と私とじゃ住む世界が違う。文字通りね。だから、こんな悲しい気持ちをするぐらいなら消え去りたいって思ってた。学園からも逃げ出して、故郷に戻って〈雷帝〉を暗殺しようとして〈騎士〉の第一位に止められて、反逆騎士の名を受けて、放浪していた。そんなある日、君は現れた」

「そんな事ってあるかよ……」

「あるんだよ。君には感謝してる。私一人じゃとても出来ない事を君はやり遂げたんだから」

「俺だって感謝してる! アンナ! お前は俺をここまで強くしてくれた!」

「ジンは元から強かったさ」

 とうとうジンの瞳から涙が溢れ出した。

 もうほとんど消え去っているアンナの姿を前にして感情を抑えられなくなったのだ。

「逝くなアンナ――」

「ごめんね。バイバイ、ジン」

 そうしてアンナは消え去った。こうしてユーラシアの大陸王〈雷帝〉とその親衛隊である〈騎士〉は完全に消え去った。

 ユーラシア大陸の全てが赤い空から青い空へと塗り替わる。

 青い炎は消え去り、〈解放獣アウター〉達も同じ様に消えた。

 残ったのはシロツメクサの花畑と、独り泣き叫ぶジンだけだった。

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