第14話 神が語る過去


 空沢うろさわジン、九歳。

 まだ祖父が生きていて頃。両親はジンが赤ん坊の頃に亡くなっている。

 祖父曰く。

「お前の両親はに殺された」

 らしい。

 その意味を九歳のジンはよく分かっていなかった。

「さあジン、右手を前に」

 いつもの構えの練習、繰り返される退

「そこで、剛指ごうし! と言って拳を前に出せ」

「ごうし!」

 言われた通りにした。虚空を殴る感触は空しいモノだった。

「ねぇねぇ、祖父ちゃん! 俺にもそのないふ使わせてくれよ!」

 ジンの祖父はいつも鍛錬の時、手にナイフを持っていた。別にそれでジンを斬ろうとかそう言う事ではない。

「いいか? これはな、お前が成人した日にでも使わせてやる予定の家宝〈神殺刃しんさつじんと言ってな。まあなんだ。お前が大人になるまではなんじゃよ」

「ぶーぶー」

 頬を膨らませ抗議表情をするジン。

「まあ技だけは見せてやろうかの、この藁の束を斬るから見ておれ」

 地面に竹を刺して、そこに藁を巻き付けた的。祖父はそれに向かって〈神殺刃しんさつじん〉で斬り付けた。

剛刃ごうじんとどろき!」

 その時、何故か》という何かが割れる音が響いた。

 一見、何事も無いように見える藁束、しかし。

「お? おお!?」

 だんだんとズレていく。袈裟斬りにされた的は斜めに崩れ落ちたのだった。

「すげー! 俺もやりたい! 俺もやりたい!」

「だからダメじゃと言っておろう。大人になるまで待て」

「ぶーぶー」

「全く……おや? 来客か?」

 玄関の方で音がした。家の庭に居た二人はそこからそのまま家の前まで向かう。

「おう爺さん。金の用意は出来たかよ」

 そこに居たのは絵に書いたようなチンピラ集団であった。

「だから、此処は儂の土地だとあれほど――」

「んな事かんけーねーんだよっ!」

 ドカッ! っと玄関の戸を蹴るチンピラのリーダーと思われる人物。

 そいつはこめかみに青筋を浮かべながら。

「ここら辺の土地を仕切ってんのは、ウチのカシラなんだよ。そんで此処の土地の権利持ってんのもウチのカシラ。だからさっさと出て行けつってんだよ!」

「……いつ決まった話じゃそれは」

「ああん? 風情が偉そうに質問かぁ?」

 ――武器無し。魂を武器化出来ない者の事をそう呼んで差別する習慣がこの社会には存在する。

 ジンの祖父は武器無しであった。

 ゆえに対大陸戦争グラウンドウォーにも参加出来ずに生き残っている。

「いいか? ウチのカシラは〈上級者ハイクラス〉なんだよ。それに逆らうって事がどういう事か分かってんのか? あぁん?」

「……知らんな」

「テメェ……寿命縮めてぇらしいな」

 魂を武器化するチンピラ達。しかし祖父は構えを取る事すらしない。

「じ、祖父ちゃん!」

「心配いらんよ。ジン」


 その後、起きたのは惨劇だった。


 倒れ込む祖父、傍で泣きじゃくるジン。

「祖父ちゃん! 祖父ちゃん!」

「……なんじゃ、ジンか。そんな大声ださんでも聞こえておるわい」

 魂への直接攻撃。それは普通の怪我とは違う概念モノだ。

 治りようがない。そのダメージは一生続く。それを回復出来る力でもあればまた別の話だが。

「俺、行って来る」

「ジン、どこへ?」

「あいつらにフクシューしてやる!」

「!? 無理じゃ止め――」

 そこで祖父は苦し気に胸を押さえる。

 一瞬、祖父の方へと向き直るジン。しかし再び前を向き駆け出した。


 チンピラ共の居場所は分かっていた。街で一番大きい屋敷だ。

 ジンは走ってたどり着く。門を無理やりよじ登り、乗り込む。敵の本拠地に。


 大きい屋敷の広い部屋、そこにチンピラが集まっていた。

 その上座、そこに座っている青髪の男が、例のカシラだろう。

 ジンは扉の隙間からそっと様子を伺う。

「――ってな訳でして。一向にあの頑固ジジイは権利書を渡そうとしないんでさぁ」

「誰が言い訳しろって言ったよ?」

 ギロリとチンピラの一人を睨むカシラ。

「ひぃ!」

 怯えるチンピラ。周りにその恐怖は波及していった。

「いいかお前ら、ちゃんと仕事もこなせねぇ奴はクズだ。クズ以下だ!」

 激昂が飛ぶ。手に取りだしたのは魂の武器、棍棒だった。

「そ、それは……」

「〈蒼白の棍棒ブルーメイス〉こいつを使ってオレはなぁ……」

 ガツンッ! と地面を〈蒼白の棍棒ブルーメイス〉で打つカシラ。

 するとチンピラ達全員の顔が蒼白くなり、その場から逃げ出していった。思わず扉から離れるジン。

(今のなんだ!? !?)

 そうカシラが地面を〈蒼白の棍棒ブルーメイス〉で打った瞬間、そこに髪の長い白い服の血まみれ女のような姿が浮かび上がったのだ。

「こうやって相手に〈恐怖の影ホラー〉を見せる事が出来るんだよ。分かったか!」

 バレている。そう悟ったジンはカシラと対峙する。

「お前にフクシューしに来た」

「復讐ねぇ。まあ恨みを買う仕事ではあるがなぁ。こんな餓鬼に舐められるような事をした覚えは無いねぇ」

「俺の祖父ちゃんを襲わせた!」

「祖父ちゃん? ああなるほど、件の頑固ジジイってのはテメーの祖父って事か。なるほどな。納得納得……でどうするって?」

 ジンはごくりと固唾を飲み込んだ。

「お前を、倒す!」

「ハッ! とんだお笑い草だ! まだ魂を武器化出来ねー餓鬼がオレに挑もうってか?」

 嘲笑。カシラは片手で頭を押さえながら笑う。

 しかし、ジンは構えを取る。右手を前に、左手を後ろに、右足を後ろに、左足を前に。

「いくぞ!」

「……本気か? ま、いいわ。かかってこい」

 ジンは駆け出した一気に間合いを詰める。構えはそのままに繰り出す。

「ごうし!」

 カシラの鳩尾辺りに一発。正拳突きを見舞う。するとカシラが呻き声を上げた。

「――カハッ!? こいつ身体強化も無しで!?」

 続けざまの連撃。

「じゅうし!」

 カシラの服を掴み取り投げ飛ばす。壁にぶち当たり装飾品を壊していった。

「――っ チィ! あり得るかこんな事ォ!」

 カシラは〈蒼白の棍棒ブルーメイス〉を床に叩きつけた。ジンの前にゾンビの集団が現れる。醜悪に崩れた人型の肉塊。それを前にして心が恐怖に染まっていく。しかし。

 パンッ! と己の顔を両手で叩き気合いを入れる事で乗り越える。

「ふざけんな! ふざけんな!」

 駆け出すカシラ、ジン目掛けて〈蒼白の棍棒ブルーメイス〉を直接叩きつけようとしているのだ。

 それを迎え撃つジン。

「そうじゅうし、むかえばな」

 ジンは両手で〈蒼白の棍棒ブルーメイス〉を包み込んだ。そして――


 ――パキン!


 。本来ならば同じ魂の武器同士でないと破壊不可能であるはずの武器を折り曲げた。

 そのまま折った〈蒼白の棍棒ブルーメイス〉の先端で相手の胴体を狙う。

「そうごうし、れつてつ」

 両手で抱えた〈蒼白の棍棒ブルーメイス〉の先端がカシラの腹へ突き刺さった。

「ガハッ――」

 意識を飛ばすカシラ。ジンは倒れ込んだカシラを見て

 何か武器になるような物を探す。先ほど散らばった装飾品の中に短刀があった。

 あってしまった。

 それを手に取るジン。

「……ごうじ――」

 カシラを斬ろうとしたその時、割って入って来た手があった。刃はそこで止まる。

「誰――!?」

 そこに居たのは。

「祖父ちゃん!?」

 ジンは手から血を流す祖父を見て驚きのあまり腰を抜かした。

「こんなことをしちゃいかんジン。家に帰ろう」

「でも祖父ちゃん! こいつがいたらウチは――!」

「大丈夫じゃ、大丈夫じゃから、な? 帰ろうジン。こんなもの手放して」

「う、うわあああん! 祖父ちゃん! 祖父ちゃん!」

 ジンは泣きじゃくった。だがその心は裏腹に


 後日、チンピラ共が雁首揃えてジンの家へとやって来た。

「カシラが世話になったみてぇだなぁ?」

「なんのことじゃ」

「すっとぼけんなジジイ! 今カシラは自分が生み出した恐怖に溺れて再起不能に陥ってんだよ! そんな事出来んのはお前くらいだろ〈神殺しの一族〉!」

「!? 何故それを……いや違う。関係ない、自分の力に溺れたというなら自業自得じゃろう……」

「調べはついてんだよ。お前らの家系についてはなぁ! 代々怪しい体術と遺物を継承し続ける〈神殺し〉って呼ばれる一族の話がよお! その怪しい体術なら〈上級者ハイクラス〉どころか〈上限者ハイエンド〉にまで手が届くんだろうが!?」

 チンピラも半信半疑であったようだが、そんな話があるのは事実だった。

「知らんと言っておろうが」

「その体術を使ったんだろ! なあ! おい!」

「……」

「どうやら、また痛い目に遭いたいみたいだな? そっちが手ぇ出さないってんなら好都合だぜ」

 再び惨劇が起ころうとしていたその時。

「――祖父ちゃんごめん」

 祖父の背から前へ出るジン。

「ごうし」

 構えを取り繰り出す正拳突き。チンピラの魂の武器をはじき返し吹き飛ばす。

「――

 ジンは笑っていた。

「止めろジン! それは化け物相手にしか使ってはいかん!」

「ごめん! ごめん! 祖父ちゃん! 

 ジンはチンピラを千切っては投げ、千切っては放り投げた。

「じゅうし! そうじゅうし、むかえばな! そうごうし、れつてつ!」

 蹂躙。であった。勿論、祖父も止めに入った。しかしし暴走したジンを止める事は叶わなかった。


 地面に倒れ伏すチンピラ達。

「はぁはぁ……これでこいつら、もうここには来ないよね?」

「……そう、じゃな」

「あれ、でもなんだろう……? 

 祖父はひしっとジンを抱きしめた。

「祖父ちゃん……?」

「もういいんじゃ……もういいんじゃ……! ジン! 

 ジンは知らなかったが、それは双柔指、送り華という技であった。

 意識を飛ばし、記憶を飛ばす技。それ以来、ジンは人相手に体術を使う事は無かった。私立第一武器学園に通うまでは。


 ――これが神たる私の語りうる空沢うろさわジンの過去だ。彼はこうして子供心に戦いの高揚感を覚えていった訳だ。しかし〈神殺しの一族〉だ。私を殺そうというのだ怖い話だね。まあ私は恐怖など感じないのだが。むしろ待っている、。だがそれはまだ先の話になるだろう。少なくともジンが大陸王を一体でも倒してからでなければ話にならない。それまで私は待つとしよう、ご清聴感謝する。さあ現在いまに戻ってジンの旅を見届けてくれたまえ。ではいつかまた――

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