第5話 解放区


「これから〈解放区アウターゾーン〉に向かう」

「〈解放区〉?」

「俺らニンゲンは進化の過程で魂を武器化し、相手の魂を攻撃する手段を手に入れた。しかし、それは元々何のためだったと思う?」

「何のため? 進化の理由ですか? そんなの……あれ?」

 ジンはその答えを出せずにいた。そんな事常識なっていてもおかしくないはずなのに。高校生にもなるジンは知らなかった。知らずに生きて来た。

「そうそれは隠された秘中の秘。魂のにある」

「魂の外?」

 二人は校庭を横切り校門までたどり着く。

「こっから先だ」

「え? こっから先ってただの街ですよ……?」

 黒条先生は虚空に手をかざす。そして何かを掴むような仕草を取った。

「運が良いな空沢! 今日は大量だぞ!」

 掴んだ手を一気に引き抜く動作を取る黒条先生、すると校門から先、その世界が姿を変えた。


 真っ赤な空、ひび割れバラバラになり上下に裂けた大地、倒壊した建物、そこかしこに青い炎が燃え盛っている。しかし、なにより目を惹いたのは――

「獣……?」

 そこにいたのは大型犬くらいの大きさのなにか、そのまさに四足獣のようなシルエットだった。

 青い炎も気にせず、割れた大地を飄々と闊歩している。

「あれが〈解放獣アウター

「……じん、るい?」

 あれが? まさか、そんなはずがない、あれじゃただの化け物じゃないか。

 よく目を凝らして見てみる。その四足獣は金属的な煌めきを身体に宿しその顔面は――

「っ!?」

 人面であった。それはまさしく人の顔であった。人面獣。そうとしか形容出来ない。

 ジンは思わず固唾を飲み込んだ。

「あれが人間だって言うんですか!?」

「違う。あれは俺達ニンゲンとは別の進化を遂げたモノだ」

「……っ。でも」

「『でも』も『なんで』も無い。ここにあるのがただの事実だ」

 しばしの逡巡の後、ジンは。

「……分かりました」

 そう、答えた。

「それでどうすれば俺は〈上級者ハイクラス〉になれるんですか?」

 ジンは半分答えが分かっていた。此処まで来て、その説明を受けて、やる事など決まっている。

「〈解放獣アウター〉を殺してこい」

 予想通りの答え。ジンは一息飲んでから。

「……わかり、ました」

 そう答えて駆け出した。


 青い炎は熱くない。割れた大地など障害にならない。透明な刃を持って全力疾走するジン。

「まずはお前だ……!」

 何匹かいる中から手近な所から挑んでいく。

 しかし〈解放獣アウター〉はジンに興味も示さない。その首筋に刃を突き立てる。が――

「弾かれ――!?」

 〈解放獣アウター〉の前脚が一振りされた。ただそれだけだった。〈虚空の刃ファントムナイフ〉をもってしてもその身体は、魂には刃を突き立てる事は出来ず、逆に猛烈な暴風をともなって勢いよく吹き飛ばされるジン。地面に思い切り叩きつけられてしまう。

「カハッ」

 背中から身体を打った。息が全て押し出される。呼吸が出来ない。だがそれも一瞬の事、すぐに次の攻撃がやってくる。今度はこちらを視界に収めた〈解放獣アウター〉がその牙をこちらに突き立てようとしてくる。

 それを〈虚空の刃ファントムナイフ〉で受け止めるジン。

『ガアァ!!』

 人面に合わない鋭い牙、口が横に裂けてしまっている。

「おいおい、雑魚程度にてこずるのか?」

 黒条先生だった。〈漆黒の鞭ブラックウィップ〉を携えこちらに向かって来ていた。噛みつこうとしてくる〈解放獣〉を片手であしらいながら、だ。

「……先生、一つ質問があります」

「おいおい、そんな状況で言うセリフかソレ? まあいい、なんだ言ってみろ」

使

「何を使っても? おいおいお前にその見えない武器以外に使えるものがあるのか? あるっているんなら使ってもいいが――」

「言質、取りましたからねっ!」

 一瞬、であった。

 ジンが〈解放獣アウター〉を蹴り飛ばしたのだ。

「……おい?」

 黒条先生が思わず目を丸くする。とはいえサングラスをかけているから、それは黒条先生本人にしか分からない事だったであろうが。

「昔習った事があるんです。

 徐に立ち上がるジン。そしてすっと構えを取る。右手を前に左手を後ろに、右足を後ろに、左足を前に。拳を握りしめ、大地を踏みしめる。

「お前、まさか――」

「行きます!」

 黒条先生の制止を振り切って、蹴り飛ばした〈解放獣アウター〉へと向かうジン。その手に〈虚空の刃ファントムナイフ〉は

「穿て、剛指ごうし!」

 握りしめた拳が〈解放獣アウター〉の胴体を捉える。思わず呻く〈解放獣アウター〉。

 〈解放獣アウター〉が反撃に出る。再びあの強烈な前脚を振るおうとする。そこに。

「絡み取れ、柔指じゅうし!」

 今度は開いた五指でその前脚を掴み取り捻って〈解放獣アウター〉を投げ飛ばすジン。

 今度は〈解放獣アウター〉が地面に背中から叩きつけられる番だった。

「昇れ! 天脚てんきゃく!」

 すかさず地面に叩きつけられた〈解放獣アウター〉を蹴り上げるジン。さらに地面から飛び上がりそれに追いつく。

「落ちろ! 地脚ちきゃく!」

 踵落としに近い何かで、空中から地面へと〈解放獣アウター〉を叩きつける。土煙が上がった。

「おいおい、身体強化無しでこれか!?」

 黒条先生が驚愕の声を上げる。しかしまだ敵は動いている。

 ジンが再び構えを取る。

「……来い」

 〈解放獣アウター〉が咆哮して突撃してくる。牙を剥き出しにしている。それを見てニヤリとジンが笑った。

「それを待っていた」

 五指を開くジン、接敵まであと少し。

双柔指そうじゅうしむかばな

 牙がジンの首元に迫ろうという瞬間であった。その顎をジンの掌が捉えた。上下の両顎が

 自身の舌を噛み千切った〈解放獣アウター〉。青い血が溢れ出る。

 しかし、それで終わりではない。

双剛指そうごうし裂鉄れつてつ

 〈解放獣アウター〉の折れた牙を両手で掴むとそれを振り下ろしたのだ。

「……それ技か?」

 黒条先生からツッコミが入ったが、〈解放獣アウター〉には効果があったようだ。突き刺された顔から青い血がどくどくと流れ出る。

「ここからなら。捌ける」

 傷口に向かって〈虚空の刃ファントムナイフ〉を構え、突き立てる。そこから一気に身体を切り裂いていく。青い血が迸る。

 返り血を浴びて青く染まるジン。しかし、それで〈解放獣アウター〉は息を引き取ったようだった。

「これで合格ですか、先生?」

「あー……いや、まあ合格っちゃあ合格なんだが、ぶっちゃけそんだけ動けるなら、もう充分宝玉の奴に勝てるんじゃないか?」

「この技は化け物相手にしか使っちゃいけないって祖父ちゃんが言っていたので」

「……あ、そう。ならいいや。丁度いい。その死体、正確には流れ出る青い血にお前の武器〈虚空の刃ファントムナイフ〉をひたしてみろ」

ひたす……?」

 疑問符を浮かべながら青い血だまりに〈虚空のファントムナイフ〉をパシャリと音を立てて漬けてみる。

 すると。

「お、おお!?」

 〈虚空の刃ファントムナイフ〉がその青い血を吸い取り出したのだ。

「これは〈魂血ソウルブラッド〉って言ってな、俺達〈魂操士ソウルマスター〉にとっての、だ」

「……げきやく……って!?」

 突如、胸に鈍痛が襲いかかり自分の服を掴むジン。

「最初は慣れないだろうが、無理にレベルアップしようってんだ。このぐらいのリスクは覚悟しておかなきゃな」

「ぐっ……はぁ! はぁ!」

「お、もうか、随分早いじゃないか。その爺ちゃんとやらに鍛えられたおかげかもな」

「俺、もう〈上級者ハイクラス〉に……?」

「いや、あと最低でも九体は倒してきてもらう。それでやっとってとこだろうな」

「これをあと九回!?」

 それを無理と言わないだけジンもなかなかにトンでいるが、黒条先生はそれをニヤリと笑い飛ばす。

「さあ頑張れ少年! お前なら出来る!」

「クソッ! やってやるさ!」

 構えを取って駆け出すジン。それを腕を組んで見つめる五条先生。

 真っ赤な空の日は暮れないまま時は過ぎて行った。

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