第2話 Dクラス


 ジンは薬品の匂いで目が覚める。そこはカーテンで仕切られたベッドの上だった。

「やあ目覚めたかい? まさかいきなり第一位に挑んで返り討ちにあう新入生が現れるだなんて驚きだよ」

 最初に事務机が目に入り、その後に丸椅子に座る白衣の女性に気が付いたジンは頭を押さえながら。

「あなたは……?」

「この保健室を任せられている看護教諭の藤里ふじさとリンだ。此処の生徒になったからには、あまり私の世話にならない方がいいとだけ言っておくよ。何せ保健室に来るイコール敗北したって事だからね」

「敗北……そっか俺、負けたのか」

 そうジンはアカネに敗北した。その事実を痛感し拳を握りしめた。

「悔しいかい?」

「ええ、とても」

 ジンは正直に答えた。偽らざる本音であった。

「そうやって自分の敗北を認められるのは良い事だと私は思うよ。少なくとも負けを認められずにみっともなく喚き散らしたりするよりはね」

「そうですかね。心の中じゃみっともなく喚いていますよ」

「それでもさ、外面を気にする余裕ぐらいはあるって事は元気な証拠だろう?」

 藤里先生はジンの肩をポンと叩く。ジンはそこでようやく本当に目が覚めた気がした。

「今、何を?」

「お、気づいたかい? 私の〈治癒の針ヒーリングニードル〉は良く効くだろう?」

「相手を癒す武器……滅多にいないと聞きましたが」

「そう、そういう特殊な能力だからこそこういう立ち位置にいるという訳だ。後、言っておくがこの武器は癒すだけじゃないのさ、強すぎる癒しは魂を殺す毒にもなるぞ?」

「……それに、そのリーチの短さ、かなり身体能力が向上しているのでは?」

「ご明察。少なくとも第一位のアカネ君よりは動けるね」

 さらにリーチの短い自分よりも動けることは間違いない。今まさに一瞬の隙を突かれ針を打たれたのだから。

 キンコンカンコーン。

 そこで電子的な鐘の音が校舎に鳴り響いた、

「さあHRホームルームの時間だよ。自分の教室に行きなさい」

「あ……えっと俺のクラスって……?」

「ふむ、確か空沢ジン君だったね? 確か君はDクラスのはずだ」

「ありがとうございます! それじゃ!」

 ベッドを飛び出し保健室を飛び出すジン。

 藤里先生はその背中を見つめながら呟く。

「しかし私の〈治癒の針〉に気づくとはね……Dには惜しい人材かもしれないね」


 『1-D』とだけ書かれたプレートが掲げられた扉の前、ジンは恐る恐る戸を開く。

「空沢ジン、遅刻だぞ」

 入っていきなりサングラスにスーツ姿の教師がこちらを睨んだ。

「すいません……」

 クラス中の注目を集めてしまう。

 しかし睨んでいたかと思えば教師はニカッと笑い。

「なんてな! 冗談だ。リン先生から話は聞いてる。いいから席に着け廊下側の一番前だ」

 どうやら席は五十音順で、自分以外にア行はいなかったらしい。フローリングの床を踏みしめながら己の席へと向かうジン。

「第一位に負けたんだって」

「身の程弁えろっつーの」

「アイツの武器、まともに顕現出来てないらしいよ」

「嘘だろ、そんな状態で勝負挑んだのかよ」

「超無謀~」

「ってゆーかナイフって、ウケる」

 侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょう混じりのこそこそ話。ざわざわと波のように広がりやがてジンの下へと集束していく。席に座る。その時、後ろから背中をつつかれ振り返る。

「ねえ、アカネ様に挑んだってホント? あの〈無敗の女王イノセントクイーン〉に、その戦歴に敗北の汚れは一点もないあのお方に?」

「そんなに崇高なお方だったとは知らなくてね」

「…………い」

「なに?」

「すごい!!」

 大声を上げられ思わず振り返る。金髪碧眼の少女だった。立ち上がり興奮している様子だ。

「私、碧崎へきざきクラウディア! アカネ様に憧れてこの学校に入ったの! いきなりお近づきになれそうで私嬉しいよ!」

「もしかして俺経由で宝玉さんと親しくなろうとしてるのか……?」

「そうだよ!」

 そこで教師から注意が入った。

「おいそこ、自己紹介の時間はまだだぞ。というか俺の自己紹介だってまだなんだが」

「すいませーん」

 悪びれる様子もなく席に着くクラウディア。巻き込まれたジンはいたたまれないが、クラスの空気はどこかやわらいだ気がした。

「あー、改めてお前らの担任を任された黒条こくじょうナオトだ。先に言っておく俺の武器は〈漆黒の鞭ブラックウィップ〉、ちなみに〈上限者ハイエンド〉だ」

 そこでサングラスを外すナオト。その眼窩がんかには白目と黒目が反転した眼球が収まっていた。

 クラスの空気が一瞬で張りつめる。〈上限者〉とは〈上級者〉を超える人外。神に近づくともされる異能を操る武器使いと言われている。

「ま、そんな驚くなって。Aクラスの担任なんかすげーぞ? 〈上限者〉中の〈上限者〉お前らも名前ぐらい聞いた事あるんじゃないか?」

「まさか……〈光の帝王ライトニングエンペラー〉!?」

 クラスの一人が声を上げる。ざわつく教室。

「ご明察。あの対大陸戦争グランドウォーの英雄だ」

 対大陸戦争。この国、ニホンが魂の具現化を可能にした時、その技術を奪おうとした大陸諸国との衝突の事である。その際、最前線で戦い多くの戦果を挙げたのが〈光の帝王〉白輝しろきケイである。

 驚きを隠せないクラスメイト達。ジンも同じく驚いていた。追いかけていた相手がまさか此処にいるとは思わなかったからだ。

 しかし一人だけ驚いていない者がいた。クラウディアだ。

「へぇ、お二人とも

 今度は黒条先生が驚く番だった。元に戻そうとしていたサングラスをの動きが止まる。

「碧崎、今なんて言った?」

「え、だから先生も、Aクラスの先生も、私と同じ〈上限者〉なんだなーって」

「お前、その髪と目の色、遺伝じゃないのか……?」

「あー、よく名前で勘違いされるんですけど、私、純ニホン人ですよ?」

 何度目だろうざわつくクラス。ジンも驚きを隠せない。

「なんで〈上限者〉がDなんかにいる」

 ナオトの声は張りつめていた。問い詰めるような口調。

「それが事情があって……書類の手違いというか、父親のお節介というか。あ、でもジンくんとお知り合いになれたので私は満足してますよ? 後はアカネ様にお近づきになるだけ……」

 ぽーっと呆けた顔をするクラウディア。ジンは思わず疑問を口にする。

「なんで〈上限者〉が〈上級者〉にそこまで入れ込むんだ……?」

 クラウディアははてと首を傾げる。まるで何を言っているんだと言わんばかりの顔で。

「だって彼女は

 絶句する。〈上級者〉が〈上限者〉を倒す。それは下剋上もいいところだ。それにジンはアカネの能力を知っている。恐らくクラウディアも爆炎ではなく不死鳥込みでその能力を把握している。その上でこう語っている。

 たかだか炎と再生、その力に神にも迫るという〈上限者〉の力が負けるというのだろうか。

 サングラスをかけ直したナオトがふうとため息を吐く。

「正直に言う。このDクラスは落ちこぼれの集まりだ。そこに〈上限者〉が混じってるなんて事はあっちゃならねえ事なんだ」

「えー、じゃあどうするんですか先生?」

 クラウディアは頬を膨らませる。

「俺と戦え、碧崎」

「へ?」

「俺に勝ったらDクラスに居る事を許してやる」

「普通、逆だったりしません? 先生に負けたら弱いからこのクラス居ていいよーみたいな」

「馬鹿野郎。負けた方が勝った方の言う事を聞くのが常識だろうが」

「うへえ、そんなもんですかね」

 生徒名簿を手に取り扉へ向かうナオト。

「お前ら予定変更だ。この後の授業はキャンセルして俺と碧崎の模擬戦を行う。お前らも〈上限者〉同士の戦いを目に焼き付けろ」

 クラスは有無を言わさず立ち上がらされ、先生の後をついて行く事になった。

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