変幻自在のファントムナイフ

亜未田久志

第1話 入学試験


 空沢うろさわジンは焦っていた。私立第一武器学園、その入学試験の真っただ中、彼は冷や汗を顔に浮かべていた。理由は簡単、彼が武器を具現化出来ていなかったからだ。

「どうした空沢、お前の番だ。早くしろ」

「やってるんです……でも……!」

 確かに手応えはあるのだ。自分は確かに武器を握りしめている。しかしそれは透明であり不可視であり虚空であった。

「ふむ、少し振ってみせろ」

 面接の教師が催促する。ジンは目の前に置かれた的に向かって不可視の武器を振り下ろした。

 ザシュ。そんな音が藁で作られた人型の的から発せられた。演習場に確かに響く音。的に与えられた浅い傷が確かにそこにやいばがある事を証明していた。

「ふむ、確かに武器はあるようだな、刃先はナイフぐらいか。さしずめ〈虚空の刃ファントムナイフ〉と言ったところか」

 魂を具現化した武器にはそれぞれ名前が与えられる。それは大抵、学生時代に教師から名付けられるモノが多い。自分から名乗る者もいるが。

「〈虚空の刃ファントムナイフ〉……先生、俺、これで戦えるんでしょうか……」

「さあな、ただ武器は練度によって進化する事例も確認されている。諦めずに励む事だな」

「……はい」

「入学試験は以上だ。受験番号1034空沢ジン、合格とする」

 ホッと一息つくジン、教師は次の生徒を訓練場に呼び出している。用が済んだジンはその場を後にする。

 校舎の廊下、ジンが学校から出ようとしている途中。真っ赤な髪をした女生徒とすれ違う。それはとても目を惹く深紅だった。

(あのタイの色、二年生か)

 私立第一武器学園は学年ごとに制服のネクタイの色が違っている。今年ならば一年生は青、二年生は赤、三年生は緑である。

 しかし注目すべきはその髪色だろう。勿論、その少女の端正な顔立ちやスタイルの良さにも言及すべきかもしれないが、ことこの世界では髪色というのは非常に大事な意味を持つ。それは単に染めている云々の話ではない。一目見れば分かる、あれはだ。

 魂を武器に具現化出来る人間は練度を上げる事で人外じみた存在へと自らを昇華していく。その過程で髪色や瞳の色が変化していくのは今や世界の常識である。

「何をジロジロと見ている。お前新入生だな」

「あっ、すいません。〈上級者ハイクラス〉を生で見たのが初めてだったもので……」

「そんなにこの髪色が珍しいか? こんなものただの副産物にすぎん。真に重要なのはその力だ。我が〈爆炎の刀バーニングエッジ〉を見てみるか?」

「えっ、いいんですか?」

 急な提案だった。しかしジンは相手の言葉を真に受けた。

「名乗るのがまだだったな。私の名は宝玉ほうぎょくアカネ。この学園の第一位という肩書を持つ者だ」

「……第一位!?」

 この学園には順位が存在する。それは単純な強さだけではかられたモノではないが、それでも確かにそれは最強に近い存在であるという事を証明していた。

「第一演習場は今は面接中だ。第二演習場へと向かうぞ」

「あっ、はい!」

 アカネの後を付いて行くジン。程なくして第二演習場へとたどり着く二人。

「第一演習場より広い……」

「ここは対人戦闘を想定した設計になっているからな」

「そういえば申し遅れました、空沢ジンと申します」

「そんな堅苦しい言葉使いはよせ、もっとフランクでいい」

「そっすか、じゃあ先輩。じゃあ遠慮なくいかせてもらいますよ」

「ふむ……つかみどころの無い奴だなお前」

 演習場の真ん中にて対峙する二人。アカネが構えを取る。すると虚空から真っ赤な日本刀が彼女の手に握られる。

(あれが〈爆炎の刀バーニングエッジ〉か……リーチが短い武器ほど身体能力が強化される……俺のナイフのが短いからその分、有利なはず……だけど)

「どうした? お前も武器を出せ」

「もう出してますよ……目には見えませんけど」

 ジンは既に〈虚空の刃ファントムナイフ〉を構えていた。しかし形を作り出せはしてもそれは相変わらず肉眼には映らない。

「不可視の武器か……面白い、いいぞかかってこい」

(先手を譲られた……ここで大きな一撃を入れておきたい……!)

 〈虚空の刃〉を構え、突貫するジン。その動きは素人のソレではない。腰をかがめ敵の急所を狙う猛獣が牙を振るうが如き突進。それを見て「ほう」とアカネが関心したような息を漏らす。

「ここだ!」

 下段から上段、首元を狙った一撃。しかし。

「動きはいい。だがまだ青い」

 キィン。刃と刀がぶつかり合う音が演習場に鳴り響く。アカネが刀を真っ直ぐ構えジンのナイフを受け止めていた。

「確かに刃はあるようだな。本当は少し疑っていた」

「本当は武器を出してませんでしたなんて、なんの得がある嘘なんですか」

「徒手空拳の使い手が入学してきたとなったら、それはそれで面白いと思わないか?」

「そんな奴がいたらそいつは俺よりダメな本当の落ちこぼれだ」

「強ければ私は構わないのだがね」

 この世界ではそうはいかない。魂の具現化が当たり前になったこの世界で、そんなイレギュラーが現れれば、それは世界の根底を覆しかねない異常事態だ。

「空沢とか言ったか、お前の特性はただ不可視なだけか?」

「さあ、実戦は今日が初めてなもんで!」

 キィンキィンと刃が打ち鳴らされる音が連続する。

「私はこんな真似も出来るぞ?」

 

「熱い……!? これは!」

「〈炎気えんき〉私の技の一つだ」

 眩暈がする。突如の熱気に頭がやられそうになるジン。

「こっちは技なんて覚えてないっていうのに!」

 炎の中から思わず飛び出すジン、アカネが刀を振るう。〈炎気〉はジンをってせまって来る。

(なんとかして懐に飛び込むんだ……! チャンスはそこにしかない!)

 ジンは〈炎気えんき〉の隙を必死に探す。そして見つけた。一筋の道を。

(ここを突っ切る!)

 走るジン、アカネは道を塞ぐように刀を振るう。しかしそれより速く駆け抜けるジン。

「はっ! その動き初実戦とは思えないがな!」

「師匠が厳しかったんで、ね!」

 胸元ど真ん中、ナイフを突き立てようとするジン、アカネは〈炎気えんき〉を集中させて防御を試みる。しかしそれより速くナイフが届く。〈虚空の刃ファントムナイフ〉のリーチをアカネは見誤った。数センチメートル程度に思っていたその長さは三十センチメートル弱あったのだった。果たしてそこまで大きな刃をナイフと呼ぶのかは謎だが。

 胸元に突き刺さった刃、しかし血は出ない。魂の具現化した武器がダメージを与えるのは肉体ではなく魂である。魂に衝撃を与え、相手の意識を奪う。それで決着が付く。

「勝った……!?」

「まさか、まさかだ。この私が刃渡りを見誤るとは」

「なんで意識が……!?」

「ここまで私を追い込んだ褒美だ、私の真の二つ名を教えてやる」

 そう言って〈爆炎の刀〉を自らに突き立てるアカネ。

「何をして……」

「〈不死鳥の刀フェニックスエッジ〉、炎と再生を司るのが私の真の力だ。初対面の相手には〈爆炎の刀バーニングエッジ〉と名乗っているがね。いわゆる所見殺しという奴だ」

「炎と、再生……!」

 自らに突き立てた刀を引き抜くアカネ、ジンも同じくアカネに突き立てたナイフを抜こうとするが抜けない。

「逃がしはしない。今回は私の勝ちだ。次を待っているぞ」

 刀を袈裟斬りに振るうアカネ、そこでジンの意識は途絶えたのだった。

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