3-13(終)

 僕はゴロンとベットに転がって、引き続きスマホをのんびり眺める。


 いつも見ていた鉄道情報サイトを開くと、『近鉄京都線8220系12両編成で運転される』『国鉄城東線に235系電車試運転』『急行『大山』EF65型で代走』など、またもや現実なのか疑わしい文章が掲載されていて、あたかもそれらしい写真も貼られている――まあ、これがこの世界のリアル、ってやつなんだけども。


 そんな事をしていると高千穂先輩からも『無事に帰れたようで何より! また明後日よろしくねー』とLINEが返ってきて、僕も「よろしくおねがいしますー」と返事をする。


 白井先輩とみたいに、ちょっとお話をしようかな、なんて思ったけど、グリーン車で手を振ってくれた先輩の顔を思い出して、やめておくことにした。おそらく、先輩はこれ以上何も教えてくれないんだろうなと、あのグリーン車で小さく笑った先輩を見て思ったからだ。


 あの人はややこしいことは嫌いだろうし、面倒なことはもっと嫌いだろう。


 しかしである。「この世界」の白井先輩はちょっとおかしいし、僕も「何かしら」をしでかしているのはほぼ確定だろう。先日琵琶湖を見たときに思っていた疑問は割と当たっているようで、琵琶湖はあっても、琵琶湖ホテルが建っているとは限らない、といった具合に、一緒のものがあっても、周りが一緒とは限らない、という世界であることは疑いようもないだろう。

 

   ○


 今日も一日、こんなことばかりを考えているのに、ちょっとうんざりする。部屋の暖房が少し効き過ぎているのもあるのか、頭がだんだんボーッとしてきているのが分かる。


 僕はちょっと考えすぎた頭を冷やそうと、窓を開けた。


 まだ春先だから、窓の外は冬同然だ。まだ一〇度にも満たないような、ひんやりとした空気が部屋に吹き込んでくる。ちょっと寒い。


 窓の外はこの家と似たような造りの家が立ち並んでいて、バスの窓から見ている風景からしても、おそらくここは戸建住宅の団地みたいなところなんだろう。それぞれ、自分の家を見間違えないようにか、庭にたぬきや小人の置物を置いていたり、薄い板みたいな屋根ではなく、昔ながらの瓦を葺いたりと個性を出そうとしている。

 昨日の先輩が言う通り自動車はあまり走っていなくて、一台、電気自動車のタクシーがスーッと音を立てずに通っていったのが、僕が認めた唯一の自動車だった。


 そんな静かな住宅街に身を傾けながら、うーん、と伸びをする。おじさんの家が「あった」石山はもう少し騒がしいところだったけど、この環境もなかなかいい。駅からバスに乗らないといけないのが少し玉に傷だけども、逆にこれだけ発展した関西で駅前の一戸建てなど、おじさんのようなサラリーマンでは到底買えないだろう。


 そんな事を考えていると、ふと、「前の」世界ではここはどういうところだったんだろうな、なんて思いを巡らせる。

 手原まで来ると住宅もまばらになってくるだろうから、バスで十五分のこの地が住宅地に使われているとはあまり思えない。ちょっと登った見晴らしのいい丘の上だから、ゴルフ場とかだったん  だろうか。いや、本当に、何もない雑木林だった可能性もある。

 手原なんかに土地勘はないから、「前の」地図が見られない限り、答えなんてわからないんだけども、ついつい考えてしまうのは乗り物や地図が好きな人間の性なんだろうな、なんて思ってしまう。


 ひょっとすると山を切り崩したり―― なんて考えていると、あっ、と思いついた。 



 そうだ、前のことなんて、もう比べようがないんだ。



 ここが「前の」世界でどういう土地用途をされていたのがわからないように、もう、今の僕には「前の」交文研メンバーも、僕のことも、前とすっかり一緒だなんて「答え合わせ」なんてできないんだ。



 僕はそう気づいた瞬間、急に寂しさに襲われた。



 「この世界」の僕も先輩も、すごく「前の世界」とそっくりだけど、実は「前の世界」の先輩とは違う。

 すると、僕は僕ではなくなるし、先輩も先輩ではない、と言っているようなものだ。この事はよくファンタジー物にある、「転生」というやつより、残酷かもしれない。



 本当はちゃんとお互いのことを知っている「はず」だった人同士が、突然、気づかぬ間に入れ替わったのだから。



 僕は頭を抱えた。これから、どうやって振る舞えばいいんだろうか。


 なんなら、今日一緒にスマホを買いに行った高千穂先輩も、無理やり話を合わせて下さっていただけで、実は化けていたメタモン同然だったのでは――まで空想が及んで、ふと思い出すことがあった。



 そうだ、母が宇宙人と入れ替わった! ってことがあったよな、と。


    ♪


 それは、僕がまだ小学生に入るか入らないかくらいの時期のことだ。


 母と二人で遠い街のそこそこ大きなショッピングモールまで買い物に行ったとき、母と僕は行きの車でおもちゃを買う買わないで喧嘩し、割と険悪なムードでショッピングモールに入ったのだが、そこで僕が迷子になってしまった。


 僕は母とはぐれた事実に泣き、とりあえず車に戻ろうと人気の少ない駐車場用のエレベータに乗ったところ、ボタンに背が届かず閉じ込められてしまった。結果捜索に大幅な時間を要して大騒ぎになったのを覚えている。


 はぐれてから三〇分か四〇分位経っただろうか、それくらいに警備の人がエレベータに閉じ込められている僕に気づき、ようやく救出されて母との再開を果たした。

 その後の母は、はぐれる前の母からすると想像もできないくらい優しくて、帰りにコーンに乗ったアイスクリームまで買ってもらった記憶がある。普段なら絶対買わないのに。


 その時僕はちょっと思ったのだ。


 この母、さっきとは違ってあまりにも優しすぎる。


 実は、母は途中で宇宙人でもに拐われて、この今横で日産マーチを運転している母は、宇宙人がなりすましているんじゃないか、と。


    ♪


 無論、それは荒唐無稽な子供の妄想で、当然我が母が入れ替わったなどのことは断じてない。でも、普通に生きていてもそう思っちゃうような事はある。人は環境や、出来事によって行動や振る舞いが変わる生き物なのだ。


 じゃあ、この事態はそれと何が違うんだろうか。


 「いや、ぜんぜん違うだろう」というツッコミが聞こえてきそうだけども、首都が京都になるくらい、周りの環境は変わっている。なら、むしろ「先輩たちが変わっていない」方がおかしいのであって、この状態こそ正常、と考えても間違いではないんじゃないだろうか。


 そう考えると、波のように押し寄せていた不安が、すっと引いた。


 今の僕から見ると、あの事件のときの母の姿と同じように、これまで僕が知っていた先輩たちがまったく違う人のように感じてしまうことがある。


 でも、それはあくまで『この世界』で起きた出来事のせいで、先輩たち自身は、何ら変わっていない―― 冷静になってみると白井先輩は頭脳明晰・博覧強記、高千穂先輩は自由人そのものといった雰囲気のままだ。


 僕も、『先輩は先輩なのか?』なんて、ちょっと考えすぎていたな、と思い直した。


 ただ、僕は「この世界」で三人それぞれに何があったのかは、すべてを知らない。


 おそらく、その出来事によって、先輩の態度が少しずつ、違うのだろう。それが赦されることだったのか、そうでないのかは、僕にはまだ分からない。


 僕は少し寒くなった部屋で、小さくくしゃみをした。

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