4 はやぶさの夢はのぞみより儚く
4-1
京都は一八時のちょっと前。
二条駅の北陸新幹線下り二一番ホームには大きなスーツケースやボストンバックを抱えた人が三々五々と集まりはじめていた。中にはスキー板を抱えた人もいて、ここが北国へ行く列車のホームなんだな、ということを強く感じさせられる。
先輩二人と僕は、列車の『顔』を撮影しようと、ホームの端で新幹線を待っている。同じことを考えている人は何人もいるようで、中にはおそらく同業者と思われる、写真を取るために入場券を買ったのであろう中学生くらいの男の子達も集まっている。寝台超特急って、割と人気の列車なんだな、なんて思っているとチャイムがなって、接近放送がホームに流れる。
「まもなく、二十一番のりばに寝台超特急『はやぶさ』一号、札幌行がまいります。危ないですから、安全柵から下がって――」
しばらくすると、トンネルの向こうから――あ、言い忘れたけどここは東北新幹線の上野よろしく、地下ホームなのだ――ふたつのライトが見えたと思うと、E2系のような、700系なんかに比べると少し背の高い、淡い緑色の新幹線が現れた。
それを、高千穂先輩が肩から掛けたご自慢のカメラでパシャリ、パシャリ、と撮る。ちょっとずんぐりむっくりで野暮ったい列車かな、とは思うけども、これが夢の寝台超特急となると、話は変わる。
僕たちの世代は物心ついた頃には寝台特急なんて「サンライズ」くらいしかなくなっていて、僕自身、寝台列車に乗ること自体初めてだから、正直、興奮している。 ――まあ、まさかこんな形で寝台列車に乗ることになるとは思っていなかったのだけど。
「寝台列車で旅行なんて久しぶりね」
カメラを下ろした高千穂先輩が、地べたにおいたボストンバックをかかえる。
高千穂先輩には『いい列車に乗るときはいい男とデートに行くようなものだから、私もいい服を着ないといけない』という謎哲学があって、おそらくなにがしのセレクトショップで購入したであろうおしゃれ着で全身装備している。
服のことはよくわからないけど、とても暖かそうだし、かつベージュを基調にした色のまとまりも良くて、さすが模型レイアウトを作らせるとセンスの光る高千穂先輩らしいな、と思う。
「私は冬休みに『大山』で親の実家に帰省しましたから、えーっと、三ヶ月ぶりですかね。旭君も冬休みは『土佐』で帰省したとか言ってましたから、それくらいぶりですかね?」
「そ、そうですね」
僕は適当に話を合わせる。
白井先輩は高千穂先輩と対照的で、機能性を重視したアウトドアブランドのコートに、近所のイズミヤか平和堂の二階で買ったような服を着て、登山用だと思われるリュックサックを背負っている。大変失礼な物言いだが、先輩の背丈も相まって、家族とキャンプに行く中学生と勘違いされても仕方がないような格好だ。
けれども、高千穂先輩のロングスカートの重ね着コーデよりかは動きやすいそうで、こちらはこちらで取材、ということを考えると悪くないかもしれない。
一方の僕は、全身普段着のファストファッションで固め、北海道経験者のお二方の意見を参考にして、僕にしては奮発して買ったセールで一万円のダウンを着ている。この時期の京都で着るにはちょっと暑いくらい、立派なやつだ。
僕が先輩たちのファッションチェックをしていると、ちょうど、一号車分を通り過ぎたあたりで、高千穂先輩が急に立ち止まった。
「あ、いけない! 新幹線の前で花音と二人で写っている、雑誌用の写真を取らないといけないんだった!」
「今から間に合うんですか?」
「二条は三分停車のはずだから間に合うはず!」
慌てて編成のお尻に向かい始めた高千穂先輩を、僕と白井先輩は立ち止まって見つめる。
「白井先輩、こんな調子で無事記事なんてできるんですかね?」
「高々一ページ分だから大丈夫だとは思うんですが…… ちょっと前途多難の感がありますね」
実は、ここに来るまで、高千穂先輩と編集部では相談がされているようなのだが、僕と白井先輩は先程新幹線改札で
『食堂車の写真が必要なので食堂車の予約が取れなかったら死ぬ』
『車掌さんに我々が乗ることは出版社から連絡が行っているけど、スタッフの人に取材できるかどうかはよくわかっていない』
など、数々の不安材料があることをお披露目され、こっちは無事取材が終えられるのか気がかりで仕方がないのだ。
いくら高校生がやることと言え、金勘定が絡む以上あまり適当なことはできない。それこそ、繊細な白井先輩なんかはまたもや爆発するんじゃないんだろうか。
「先輩、一昨日話していた件でそろそろヤバいとか、大丈夫ですか?」
僕がやんわりと聞くと、白井先輩はフフッ、と目を細める。
「いや、この程度は織り込み済みです。まあ、もし失敗したら瑞穂のお金でもう一度『はやぶさ』に乗りましょう」
「あー、それいいですね」
僕が雑に同意をしていると、一方の高千穂先輩は車端部にたどり着いたようで、
「二人とも、何やってるの! 3分間停車でもゆっくりできるわけじゃないのよ!」
とこちらに向かって大声で呼びかけている。
「はいはい、今すぐ行きます」
白井先輩がそう返すと、僕たちも急ぎ足で高千穂先輩を追いかけた。
列車のお尻は記念写真を取りたい子供連れの家族が一通り引いたあとのようで、ちょうどよいタイミングだった。
「はい、旭君、このカメラで撮ってね」
高千穂先輩はご自慢の高級一眼レフを僕に渡す。
「これ、露出の合わせ方とか使い方がよくわからないんですけど……」
「オートで押せば写るようになっているから、シャッターさえ押せばいいよ」
そういうと、先輩たちは二人で列車の前に並ぶ。その時、白井先輩はジーッとアウトドアブランドのコートのチャックを引き上げた。
なるほど、この格好なら『お母さんが近所のイオンかフジグランで買ってきた服を着ている娘さん(一五)』から『ハイキングが趣味の小柄な女子大生(一八)』くらいに印象が変わる。
この辺の合理的な計算高さは流石白井先輩だなあ、なんて感心してしまう。
僕は先輩から渡されたカメラのファインダーを覗いて、それっぽい画角で取れるようにズームを調整する。
――それにしても、普段まじまじと見ることがないからあまり気づいたことがないけど、白井先輩も小柄でふっくらとした頬が可愛らしくて、スレンダーで鼻筋高い高千穂先輩と並ぶと、本当に雑誌の読者モデル、と行っても過言ではないかもしれない。最も、僕は鉄道雑誌とパソコン雑誌以外の雑誌を読んだことがないから、全くのイメージで語っているけども。
「旭君、お願い!」
「それでは行きますよー、日豊本線の特急列車はー!」
『にちりん!』
交通文化研究会に古から伝わる謎の合図とともに、小気味よいシャッターの音が響く。しばしの間の後、早速高千穂先輩が僕の元に来て、撮った写真を確認する。
「おっ、流石私のシスター、いい写真撮るじゃん。600系新幹線もバッチリ写っているし」
モニタに映し出されている写真には、にっこり、心から楽しそうな顔をした二人が写されていた。
「あら、私も珍しく笑顔じゃないですか」
「ホントだ、いつも免許証の写真みたいな表情なのに」
「それは言い過ぎですよ」
先輩たちとそんなことを言い合っていると、ホームで発車ベルが鳴り始めた。駅員さんのマイク放送も入る。
「札幌行寝台超特急はやぶさ号、まもなく発車ですー! 記念撮影の方も中へお入りくださいー!」
名指しで「早よ乗れ」と注意されてしまった我々は、乗り込む号車になるべく近いドアに入ろうと大慌てで一二号車のドアに駆けこむ。
程なくしてブ―、と不正解の音のようなベルが鳴ると、デッキのドアが閉まった。
その様子は、寝台超特急とは言ってもいたって普通の、僕が知っている新幹線の発車光景だった。
電車が動き始めると、みるみるうちに速力を増して、車窓から二条駅が飛び去っていった。僕の「予習」によると、この北陸新幹線はしばらく京都市内の地下を走って、次に地上に出るのは八瀬のあたりになるみたいだから、しばらくは車窓は真っ暗なままだろう。
「無事に写真も撮れたし、幸先の良いスタートだね」
高千穂先輩的には『発車三分前に大慌てで撮影』は幸先の良いスタートの範疇に入るらしい。白井先輩も同じことを思っていたようで、チクリと刺す。
「あれで幸先の良いスタートだったら米軍にとって太平洋戦争も幸先の良いスタートだったでしょうね――まあしかし、やっぱり寝台列車に乗れるとなると、この私でもにっこり笑顔になってしまうものですね」
「寝台列車に乗ると笑顔になれる――、そして笑顔は寿命を伸ばすというから、すなわち寝台列車に乗れば寿命が伸びる…… よし、これは記事でも使えそうね」
「さっ、旭君、瑞穂のよくわからない超理論はおいておいて、自分たちの号車へ行きましょう」
よかった。今は前の先輩と、すっかり同じようなやり取りをしてくれている。
高千穂先輩も、一昨日の阪和線での会話を一切気にしないような素振りで、逆にいまさら重ねて詫びるのもおかしいくらいに思う。一昨日色々と考えたけども、この旅行中は『新しい先輩』との思い出を作る機会、くらいに思っておこう。
――まあ、それ以前に、取材が無事終わるのか心配で仕方がないけども。
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