第5話

「結局断ったよ。私はモテたいのであって、付き合いたいわけじゃないから」

 翌日の昼休みになると、訊いたわけでもないのに、小目が一方的に結末を報告してきた。

「何言ってんだお前」

 少し笑いながら、胸のつっかえが取れる感覚に、愕然とした。

 頭をぶん殴られたような気分になった。

 理解してしまったのだ。昨日の胸やけの理由を。

 ――小目が告白を受け入れなくて良かったと、安心する自分を。

「いやーいろいろ考えたら、実際に付き合うかって言ったらなんか違うかなってなって」

 身体の芯がいやに冷える。

 小目の明るい声が遠く聞こえる。

 タールのような、ドス黒いものが胃のあたりでぐるぐるとかき混ぜられる。

「ラブコメって付き合ったら大体終わりじゃん。それと同じでさ、私は言い寄られたいんだよ」

 モテんだろ、と言っておきながら、彼女が誰かと付き合うかもしれないとなった時、嫌だと感じた。

 寝不足のせいだと誤魔化して、目をそらした。

「リンちゃんみたいに、いろんな男子から告られまくるのが理想なんだって」

 醜い。

 やはり自分は、誰かとともにいる資格などないのだ。

「……わり、今日は帰るわ」

 自分でも驚くほど、淡白な声が出た。


 ある学者が言っていた。触覚の片病は、愛の病気であると。

 触れられることはできるが、他人に触れることができない。

 抱かれる事はできるが、抱くことができない。

 触覚の片病患者は、他人を愛することができない。代わりに、誰からも愛される美しさを持って生まれてくるのだと。

 そういう、神のいたずらなのだと。

 その学者は散々に叩かれ学界から追放されたらしいが、彼の言葉は江古の中で、妙にしっくりきた。

 人間が空を飛べず、小目がサッカー選手になれないように、自分には他人を愛する事ができない。資格がない。

 ただそれだけの話。誰もが大なり小なり抱える、才能の話。


「え、帰るって、午後の授業は?」

「ヤンキーだからいんだよ」

 戸惑う小目に、無理やり笑って見せる。

「待ってよ」

 下手だっただろうか。

 少し細くなった声に、呼び止められる。手を握られる。

 江古は手に力を入れ、潜り込む。

 すり抜け、無言で彼女に背を向けた。

 ポケットに手を突っ込むと、かさりと指先に何かが触れた。

 取り出すと、それは、小目に押し付けられたチョコレートだった。

「95パーセントって、アイツほんとバカだな」

 口に入れると、苦くて、少し涙が出そうになった。

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