第2話

「リンちゃん前前!」

 呼び止められた江古がスマホから目を上げると、眼前十センチほどの距離に壁があった。

 振り向き、声をかけてきた女子生徒、小目標(こめ・しるべ)を一瞥。「……あぁ」数瞬遅れてそういう意味かと理解する。

 ぶつかっても良かったんだけど、と思う。痛いけれど、それだけだ。歩きスマホの責任くらい自分で取る。

 干渉してこないでほしい。そういう感情をこめて、無言で顔を背けて離れる。

 が、小目はそんな彼女の反応に気を悪くする様子もなく、隣を歩き始めた。

「リンちゃんいつもスマホ触ってるけど、何してるの?」

「……」

「インスタやってる? 交換しようよ」

「……」

「今日はなんだかご機嫌斜めですなあ。チョコレートあげよっか」

 無視してスタスタと歩く江古のポケットに、強引にチョコを突っ込んでくる。

 入学して半年。毎度のことなので今更どうこう言う気はないが、一方的に話していて楽しいのだろうかと疑問符が浮かんできたりはする。

「そうそうリンちゃん、モテる秘訣って何かある?」

「あ?」

 急な話題転換に、思わず反応してしまう。

 しまったと横目に見ると、にやーっと小目が口角を吊り上げていた。

「いやー、昨日リンちゃんが告られてるのをたまたま見かけてさ。いいなーって」

 思わず顔をしかめる。校舎裏なんてベタな場所を指定しやがってと、件の男子生徒を呪う。

「リンちゃんみたいに毎週のように告られたら人生幸せじゃない? 承認欲求ドバドバじゃない?」

「……お前は人生楽しそうだな」

 小さくため息をつく。それだけ能天気に考えられるなら、今のままで充分人生を謳歌できるだろう。

「秘訣っつっても、アタシがモテる理由なんて顔だけだよ」

「どうやったらリンちゃんみたいに顔が良くなるの?」

「一回死んで、触覚の片病に生まれ変わればいんじゃね」

 世界に十人といない触覚の片病患者だが、一人の例外もなく絶世の美男美女であるという。

 それを得であると感じられるほど純粋な時期は、とうに過ぎてしまったが。

「死ぬのはなー。顔以外で私にもできるやつないの?」

「ねぇよ」

 つっけんどんに跳ね返す。

 が、小目は挫ける様子もなく、むしろ目をキラキラと輝かせてぐいぐい迫ってきた。

「何かあるでしょ。絶対ある。私にはわかるよ。リンちゃんはすぐ嘘つくからね。教えて教えて」

「うぜぇ」

 舌打ち。「それより」これ以上グダグダと粘られては面倒なので、話題を変える。

「リンちゃんはやめろって」

 下の名前にちゃん付けなど、親しい友人みたいだ。苗字にさん付けくらいの距離感が自分にはちょうど良い。

「いいじゃん可愛いし」

「それが良くねぇんだよ」

「代わりに私のことシルちゃんって呼んで良いよ」

「絶対呼ばねぇ」

 むー、とむくれる彼女を無視して歩を進めるが、結局休み時間が終わるまで子犬のようについて回られた。

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