Endless Mysteries [レ編]

「あによ? 後で遊んであげるからイイコにしてて」




(`・ω・)っ彡/ 




 会議は進み、それぞれの担当の報告が1通り完了する。聞いた感じ大したことは分かっていない。

 

 三崎管理官がマイクを手に取る。


「状況に変化はないようだな。では当初の予定通り高菜奏太、空野美喜、湊蘭子、本多弘をホシとして捜査を進める」


 ざわざわと波打つ。

 皆、納得しかねている部分があるのだろう。しかしだからといって他に警察組織を動かせるほどの根拠や情報は無いから、異を唱える者は居ない。


「異論がある者は挙手を」


 半ば形式的なルーティンとしての三崎管理官の発言。有力な反対意見は出ないと思ってそうだな。

 警察官としてはテキトーな推理で捜査方針の変更を要求しにくいからな。

 

 すぅ、と右手を挙げる。


 まぁ俺、警察官じゃないし? 組織のしがらみとか知らんし? 好き勝手しても失うもんも大してないし? 


 大きなざわめきが生まれる。


「……名探偵殿にマイクを」


 三崎管理官の指示でマイクが渡される。


 さて、やりますか。


 立ち上がる。


「皆さんおはようございます。探偵の結城です。僭越せんえつながらちょっとした推理を披露させていただきたく存じます」


「おおー」とどこからともなく聞こえる。


「私の推理では三崎管理官が挙げた4名は黒幕ではありません。全ての事件に共通の真犯人が別に居ます」


 しん、と静まり返る。場に緊張感がはこびる。


「皆さんはおかしいと思いませんでしたか? それらしい動機を持つ人間があまりにも簡単に見つかる。壁のracheラッヘの意味を併せて考えると疑ってくれと言っているようなものです。はたして彼らが真犯人なら暗号化しているとはいえ、そんなヒントをわざわざ与えるでしょうか?」


 ところどころで頷いている。やっぱ皆、気にはなってたよな。三崎管理官は渋い顔をしている。


「それにそもそも彼ら4名にはそれぞれ他の殺人の被害者への動機がありません。おそらく面識も無いでしょう。この事件が明らかに連続性のある事件である以上、そこも整合性がありません。極めつけは第四の事件のダイイング・メッセージです。父が実行犯ならば犯行時にそのダイイング・メッセージを見過ごす可能性は極めて低いでしょう。せめて消そうとしたり、メッセージの完成を阻止しようとするはずです。しかしその痕跡はない。となれば父である弘さんは実行犯としての被疑者から外すべきです」


 ここでどこかから疑問が挟まれる。


「しかし第四の事件は密室。ピッキングも無かった。不動産屋やアパート管理人に動機が無くて田辺にアリバイがあるんだから、やはり一番怪しいのは親父おやじだろ」


 声の主はガタイのいいおっさんだ。一課では見たことないから所轄の警察署の人かな。


「ごもっともです。しかし私が述べた矛盾を無視するのはどうにも気持ち悪い。そこで私は考えました。未だ捜査線上に上がっていない真犯人が別に居る、と。それならば矛盾をキレイに解釈し直すことができます。則ち実行犯は鍵の正当な占有者以外の第三者です。そしてその第三者が全ての事件の真犯人です」


 先ほどのおっさんが反論する。


「待て待て。それは皆考えた。だがそれだと第三者側の動機が不明だ。ガイシャ全員と関係のある人物が想像できん」


 そこだよ。この連続殺人最大の落とし穴は。俺もそうだったけど殺人事件で復讐とくれば、普通は「殺害対象」=「復讐対象」と考える。

 けど、それがそもそもの間違いだ。


「おっしゃるように被害者との直接的な・・・・繋がりは無いでしょう」


「なんだそりゃあ……」


「しかし前提として『殺害対象』=『復讐対象』ではないとするとどうでしょうか?」


 数拍の沈黙。

 やがて「あ……」「まさか……」「そういうことか……」と気付く者が増えていく。場に不穏なものが混じり始める。


「ここで注目すべき点が2つあります。1つは被害者が全員若い、あるいは幼いとすら言える子どもであることです。さて、子どもが殺されて最もダメージを受けるのは誰でしょうか? 簡単ですね。親です。そしてもう1つの注目すべき点はダイイング・メッセージです。仮に第三者が実行犯だとするとメッセージを書いたのは被害者ではなかったということになります。わざわざ自分が死ぬ直前に実行犯を誤解させるような嘘を書く理由が無いからです。であればメッセージを書いたのは実行犯であるはずです。目的は2つ。捜査の目眩ましと濡れ衣を着せることによる復讐です」


「じゃあ復讐したいのは……」


 おっさんが呟く。


「そうです。被害者の父親に対する復讐が第四の事件の核なのです」


 今度は中年の女性刑事が疑問を提示する。


「しかし第三、第四の事件は密室です。ご両親に対する復讐だとしても密室を作り出す方法が不明では立件は難しいですよ?」


「分かっています。それぞれの密室にピッキング痕が無い以上正規の鍵を使って開け閉めしたと考えるべきです。また、皆さん鍵を所持しており、鍵が盗まれたといった事実は確認できません。となると第四の事件において、真犯人は父親、田辺さん、不動産会社、アパート管理人の中から鍵を借りたことになります。真犯人から見ると復讐対象から鍵を借りた可能性すらあります。さて、皆さんが親や叔母の立場だったとして子どもが居る自宅又は親戚の家の鍵を他人に渡すでしょうか? そう簡単には渡しませんよね? 勿論、不動産会社やアパート管理人も渡さないでしょう」


「まぁそうね。話が見えないわ。つまり何が言いたいのです?」


「すみません、もう少しお付き合いください。では逆に鍵を渡す場合はどのような場合でしょうか? 例えば犯罪の証拠などの弱みを握られていて脅迫されたと考えたならどうでしょうか。私がこの考えに至った時、現場に残された指輪の意味について1つの可能性に気づくことができました。シャーロックホームズシリーズの『緋色の研究』に類似した要素を持つ事件であることと併せて考えるに、指輪の主は殺されていて、その犯罪事実を利用した復讐が真犯人の目的である可能性です。そう考えるとある筋書きが浮かび上がってきます。過去に第四の事件の父と第一から第三の事件遺族の誰かがその指輪の主を殺害したが、事件は何らかの理由で立件されなかった。しかし真犯人は最近になってその証拠を入手した。それを使い、父である弘さんたちを脅迫し鍵を奪い、子どもを殺害。さらに怒りは収まらず濡れ衣を着せる偽装工作までした。補足しますと第三の事件被害者の父親である湊利樹さんの挙動に不審なものがあったことから第三の事件の復讐対象は利樹さんであったと推理します。また、指輪の刻印『2002.6.10 Promise of Eternal Love』を考慮すると今から19年前には指輪の主は存命であったと考えられる為、それ以降に殺害されているはずです。つまり、第三と第四の事件被害者の父親たちの過去を19年の範囲で調べると見つかる可能性が高いのです。真犯人と全ての事件を繋げる“何か”が!」


 無音が数秒。そして歓声。


「「「おー!」」」


「日本の闇を暴いた実績は伊達じゃないな」


「これが双頭の龍……! ぅぅ、オジキ……(泣)」


「流石女殺し探偵!」


「女を抱いて事件解決する奴なんて見たことねぇぞ。俺もぜろ!」


「このケダモノ! 女の敵!」


「同志のかたきめ! いつか必ず……!」


 ちょっと待て。なんかほとんど悪口になってねぇか? しかもヤバそうな奴がなぜか居るし。


 ここで喧騒けんそうを押し潰す独特の威圧感のある声が発せられる。三崎管理官だ。


──静かに。


 決して大声というわけではない。しかしそれでも一気に静寂が訪れる。

 俺を真っ直ぐに見据えている。


「名探偵殿は父親の過去の捜査を中心に人員を割くべきとお考えということで相違ないか」


 あくまで場に流されず通常通りの声音だ。


「そうです。それが最善です」


「……認められない」


 おっと? そうくるか。三崎管理官はかなり保守的な人? あるいは……。


「理由をお聞かせください」


「君も自覚はあるだろう。具体的、直接的証拠が無いからだ。我々は警察組織だ。不確定な推測で大規模な捜査はできない」


 うーん。言ってることは分かるけど、言うほど不明瞭な推理だったか? 確かに多少飛躍した部分はあるけど、大筋では妥当じゃね?

 それに、これまで通りそれらしい動機を持つ人間を調べても何も出てこなそうだってのは、皆うすうす感じてるんじゃないか。矛盾や不自然さも感じてるだろう。


 三崎管理官がそこに思い至らないとは思えない。何かあるのか……?

 まさか警察庁から圧があったとか? しかしそれこそ飛躍している。


 隣に座る如月さんがコソッと呟く。


「三崎管理官が警察庁で所属する派閥は、真実解明よりも形式的な枠内での事件の早期解決を優先する。だからさっさとホシを仕立て上げたい・・・・・・・のかもしれない」


 マジか。ちょっと三崎管理官に反論してみよう。


「しかし私の推理であれば全ての現象に合理的な説明ができます」


 嘘だけどな。実は少しだけ引っ掛かるポイントが存在する。だが今は盛っておく。


「それでもだ。組織としての正義を優先する。捜査方針は維持だ」


 その弁は無理がないか? ちょっとカマ掛けてみるか。


 じぃっと三崎管理官を見つめ、目を細める。そして攻める。


「なるほど。三崎管理官は何か事情をお持ちのようだ。警察庁上層部でしょうか? あまり逆らうと出世に響きますからね?」


 三崎管理官が鼻で笑う。


「くだらない妄想だ。何を言うかは自由だが捜査は自由にはできない。他に何かある者は居るか? 居ないなら会議は終わ──」


「待ってください!」


 え? 誰……あ! イケメン刑事やん。居たのか。


「結城さんの推理には妥当性があります。切り捨てるべきではありません!」


 イケメンー! ノンケだから気持ち(?)には答えられないけどマジイケメンや!


「そうです。ここは捜査方針を見直しましょう。我々鑑識班も違和感を抱えたままでは士気に関わります」


 こっちはあれだ。ニートの死体偽装密室事件の時のおっちゃんじゃん。


「そうだそうだ」


「必ずしも直接的証拠に拘らなくてもいいはずよ」


「三崎さん!」


「結城君は実績がある。いいじゃないか」


 おー。助かるわぁ。人望(笑)があると違うな。フヒヒ。


「……」


 しかし三崎管理官は沈黙。


 まだ折れないか。これは本当にどっかから圧が掛かってるかもな。厄介だ。どうすっかな。

 霊能力無しで立件されていない未解決事件を1人で調べるのは厳しい。組織の力が必要だ。


 しかしここで意外な救世主が現れる。

 救世主──如月さんが立ち上がり、三崎管理官を見据え口を開く。


「捜査本部の総意を無視するのですか? それは管理官の言う組織の正義ではありません。負けを認めてください、父さん!」


 は? 父さん? ウッソ。警察の同じ職場に家族が居るの? うわぁ。やりづら! 俺は絶対やだな。


 如月さんと三崎管理官が睨み合う。


「……はぁ」


 ため息。三崎管理官だ。

 もしかして娘に弱いのか? だとすると可哀想(笑)。だって上からの圧と娘からの圧に挟まれるんでしょ? エグいなぁ。


「仕方ない。予定を変更する。異論は無いな」


 場から「おー」と声が上がる。


 やっぱ、人間って感情で動く生き物なんだな。よくわかったわ。


 一気にやつれた感じの三崎管理官が続ける。


「それから仕事中は名前で呼べ」


「承知した、父さん」


 どっと笑いが起こる。

 三崎管理官ぴくぴくしてるよ。

 うん、やっぱり俺も子どもは暫く要らないな。大変そうだもん。大人しくニートしてる方がいいな。


 最後、グダったけどなんやかんやで会議は終了した。















 







 捜査本部総勢207名が本気を出して親父さんたちの過去を調べたところ、いろいろヤバいことが分かった。


 1つ。

 第一から第四の事件遺族の父親は皆、同じ中堅大学の出身で同じアウトドアサークルに所属していた。


 2つ。

 彼らが山にキャンプに行った時に、同サークルに所属していた朝霧あさきり愛美えみさん(当時21歳)が行方不明になっている。


 3つ。

「彼らは強姦殺人犯である」と朝霧さんの婚約者の男性が訴えていたことがある。今から19年前の2002年9月のことだ。


 4つ。

 しかし証拠が皆無であり遺体も発見できなかったことから立件に至っていない。


 5つ。

 その婚約者の男性の名前は西村にしむらまことさん。奏太さんの担任の先生だ。ちなみに同じ大学の文学部出身。


「結城さん。これは大当たりじゃないですか?」


 イケメン刑事のテンションは高い。


「ですね。壁の文字との筆跡鑑定で逮捕状が取れるかもしれませんね」


 俺がそう言うと鑑識班が素早く動き出す。事件解決は近い。


「じゃあ俺たちは西村のアリバイを確認してきます」


 イケメン刑事が本部を飛び出し、集まっていた刑事たちも動き始める。


 さて、後は果報を寝て待とう、そうしよう。


「ホームズシリーズは読んだことがあるか?」


 急に後ろからそんなことを言われた。三崎管理官の声だ。

 振り返ると案の定三崎管理官が居た。


「いいえ。有名なエピソードの知識があるだけです」


「そうか。実は私もそこまで詳しいわけではない。今回の事件を調べ始めるまで、小説の内容だけでなく読んだ事実があることもそもそも忘れていた。そんなレベルだ」


 もしかして暗号解読したのって三崎管理官?


「ただ、君を見ていると……」


 なんぞ。


「……いや、なんでもない。すまんな、変なことを言って」

 

 それだけ言うと行ってしまった。


 ホームズねぇ。なんかチート臭い薬物中毒者ってことしか知らん。あ、あとホモ疑惑。

 うん、きっとろくな人間じゃないな。ま、小説のキャラクターなんてそんなもんでしょ。






















「筆跡鑑定で一致しました!」


「アリバイも無いようです! 西村で逮捕状を取りましょう!」


 よっしゃ、あとちょっとだ。そして──。




 



 













 7月3日、西村誠さんは呆気なく逮捕された。

 容疑を全面的に認めているようだ。俺の推理に間違いはなく、強姦殺人への怨みが動機だったらしい。


 犯行を決意したきっかけはダークウェブで殺し屋を探していた時に、たまたまとある違法ポルノ動画を見つけたこと。 


 そこに婚約者である朝霧さんが犯され、殺される様子が映されていた。

 犯人たちの顔こそ映っていないものの、その時の服装が例のキャンプに行った時の写真に写っているものと一致しており、その内の1人は左腕に特徴的な火傷やけどの痕がある。これは湊利樹さんの腕にあったものと一致する。

 さらに音質は悪いが全員の声も入っていた。


 西村さんはこの動画を使い、利樹さんたちを脅迫。鍵を借り犯行に及んだ。

 

──逮捕されるか、子どもが殺されるか選べ。


 この2択を迫ったら子どもを差し出してきたんだって。いろいろエグいわ。


 そしてホームズの事件を一部模倣したのは、朝霧さんがホームズシリーズのファンだったからだそうだ。


 以上が西村さんが語った事件の真相だ。


 供述に大きな矛盾とかは無いんだけど、気になることが3つある。今日はそれを訊く為に警視庁にお邪魔してる。

 取調室で待ってると部屋のドアが開けられた。


 すると俺ん家に居た。


 !?!??


「は? え? なんで?」


 混乱する俺に声が掛かる。亮だ。


「あによ? 後で遊んであげるからイイコにしてて」


「ア、ハイ」


 スマホの日付を確認する。

 

 6月11日(金)13時17分。


 間違いない。またループしたんだ。


 でもどうしてだ? なぜこのタイミングなんだ? さっき俺は気になることを西村さんに訊こうとしてただけだ。


 そしたらこれだ。つまりこれらを西村さんに訊いてはいけないってことか?

 

 そっから考えてもやっぱりracheラッヘ事件はループの仕掛人が関係してる?


 ループ前は事件に呼ばれなかった。もしかしたらそもそも事件が発生してないかもしれない。

 ループ1回目では呼ばれた。だからループの仕掛人が意図した事件の可能性を疑った。だが単なる偶然、世界の自然的な揺らぎかもしれない。怪しいが、断定まではできない。

 

 で、今がループ2回目。1回目と同じならそろそろ電話が掛かってくるはず。


 スマホを見つめる。5分。15分。45分。時刻は14時を過ぎている。

 しかし電話は無い。


「……」


 スマホを手に取り、如月さんを探す。通話をタップ。

 こちらから確認だ。

 3コールで繋がる。


「もしもし、結城です。お訊ねしたいことがあります」


「急にどうした?」


 驚かせてしまった。すまん。


「壁にQSSBGDと書かれた殺人事件は起きていませんか?」


「……なんだそれは? 少なくとも私は知らないな」


 そうか。一応、もうちょい訊いてみる。


「じゃあ勝又有理、木津蒼人、湊藍子、本多優奈という名前に聞き覚えはありますか?」


「……無い。何かの事件の関係者か?」


 んー、今回のループではracheラッヘ事件は起きてないのかな?


「いえ、俺の勘違いだったようです。変なこと訊いてごめんなさい」


「? よく分からんがこれくらいなら構わない。あとは何も無いな? 無いなら切るぞ。聞き込みに行かなければいけない」


「はい。ありがとうございました」


「ではな」


 通話を終える。


 状況を整理しよう。

 まずracheラッヘ事件はループ仕掛人が作り出した(起こした)可能性がそこそこある。周回ごとに事件が発生したり発生しなかったりは、仕掛人による作為的なものと考えられるからだ。

 そして仕掛人は明らかに超常の存在。俺の知る限りでは、こんな訳の分からないことができるのは神霊しんれいと呼ばれる連中だけだ。能力はピンキリだが、ヤバい奴は神話のようなことだってできる。

 今回の事件だって人間の言動や思考、意思を憑依なりなんなりで操作すれば可能だろう。

 加えて、命や桜子さんに連絡が取れない状態が継続していることも根拠たりる。タイミング的にも2人の能力的にも、神霊クラスの超常が絡まないとなかなかこうはならないと思うからだ。

 

 これらから考えるとループはやはり神霊が原因。

 

 問題はどんな神霊で何が目的なのかってことだ。


 そしてracheラッヘ事件。

 

 神霊が事件を作ったとしたら、いったい目的はなんだ? 何らかのメッセージか? 


 ……すぐには分からないから一旦保留。


 2回目のループは西村さんに不自然な点を訊こうとして起きたわけだし、そこから推理してみる。

 まずは3つの不自然な点を整理する。


 1つ目は「なぜ『父』とのダイイング・メッセージを書いたのか」ってことだ。

 racheラッヘ事件の推理でも触れたが、父親が犯人ならばそれを見過ごすのは不自然だ。結果的にその矛盾が推理のヒントになっている。

 要は西村さんからすれば墓穴を掘った形になってしまう。

 この程度のミスに気づけないだろうか? 中堅レベルの大学を出て教師をする程度の知能があれば予想できそうなものなのに……。

 俺はこの不自然さを直接訊こうとしたんだ。


 そして2つ目。

 目的は「復讐」と供述していた。でもそれだと不自然なんだ。

 自分の自由と子どもの命を天秤に掛けて、自分を取る親であったことは若干アレだがまぁいい。

 悩み、罪悪感を抱きながらも結局我が身可愛さにそういうことをしたりもするだろう。一応はそんな親でも精神的なダメージを受けるだろうから目的とも大きくは矛盾しない。


 だが今一つ腑に落ちない点がある。


 それは勝又有理さんが虐待されていた可能性を西村さんが認識していたことだ。

 虐待されている子どもを殺すことが、親への復讐として成立するのかってことが気になるんだ。

 

 確かに虐待する親にも愛情はあるかもしれないし、虐待にも一定の不可避性があるかもしれない。だからそんな親でも子どもが殺されれば傷つくこともあるだろう。


 しかし、だ。そんな曖昧な可能性を信じて殺人という大きなリスクを負う行動をするだろうか? ましてこの殺人は西村さんにとっては大切な復讐。適当にやっていいものじゃなかったはず。

 愛情の一欠片も無く、子どもが殺されようが全く気にしない親も居るだろうことを考えると、少し軽率な行動に感じる。

 これが訊きたかったことの2つ目。


 最後の3つ目はそこまで明確な不自然さはないのだけど、スッキリと納得はしてない。

 気になってるのは、朝霧さんがホームズのファンだからってその犯人を真似る行動を復讐に取り入れるのかってことだ。

 なんとなく分かるような気もするけど、ちょっとモヤモヤする。ホームズサイドの真似をするならそこまで変ではないけど、犯人サイドだとなぁ。

 それに壁に暗号を書くことで俺たちに連続殺人であると教える形になっている。ミスリードの演出にもなってなくはないけど、結局はヒントの側面の方が大きい。

 感情論からの行動だから合理性は二の次だったと言われればそれまでなんだけど、喉に小骨が刺さったような違和感がある。


 不自然に感じるのは単に俺の考えすぎが原因かもしれないが、大事なのはこれらを訊こうとしたらループが起きたってことだ。

 常識的に考えるならば、これらの不自然な点のどれか又は全てにループ仕掛人に繋がる何かがあるってことか……?


 不自然な点の性質をそれぞれ短くまとめると「非合理的にヒントを与えている」「子どもを殺す動機が弱い(=無理矢理、子どもを殺す形にした?)」「無理矢理、ホームズ要素を入れた」になる。


 なぜそんなことをした? ちょっと書き出してみるか。


 亮が使っているルーズリーフを1枚拝借して、さらにペンケースからボールペンを借りる。勿論、無断である。

 亮は集中して赤い問題集を解いている。俺の不審な行動には気づいていないようだ。しめしめ。


「今日はやっぱりコロッケも食べたいから1が答えだね」


 相変わらず意味不明な解答方法である。


 サラサラと汚ない字でキーワードを書き連ねる。

 書いた文字を眺め、思考。そして、ふと思った。


 この事件が神霊からのメッセージであるならば、この不自然な要素は神霊が伝えたいメッセージに必要だったのでは……?


 それぞれの不自然な点をもうちょい掘り下げてみよう。


 捜査、推理のヒントを与えているのは、もしかして警察や探偵を試していた?


 子どもを殺す形にしたのも意味があった? この被害者たちがそろう必要があった?


 ホームズ要素は何らかのメッセージを理解するには必要だった? さながら暗号解読のキーか? あるいはこれも俺たちを試していた?


 この中で取っ付き易そうなのは2つ目かな。とりあえずそこをもっと考えてみる。


「子どもか……」


 揃える必要があった……のかなぁ? 被害者たちの特徴を書き出してみるか。時系列の方が多分いいよな。


「勝又有理(10)男」「木津蒼人(15)男」「湊藍子(8)女」「本多優奈(14)女」。


 見てて思ったんだけど、形式的な情報で子どもである最大の特徴ってやっぱり年齢の低さだよな。言い換えると年齢の数字が低いってことだ。

 つまり低い数字である必要があった?


「10」「15」「8」「14」。


 なんか数列クイズか、暗号みた……い……!?


 ……これか!?


 これも壁に書かれた文字と同質の暗号だとすると1つの単語が浮かび上がる。

 それぞれの年齢を英語のアルファベットの順番に対応させると「J(10番目)」「O(15番目)」「H(8番目)」「N(14番目)」だ。つまり──!


 亮が俺の走り書きを見て言う。


「じょん? 外国のお友だち?」


 瞬殺ワロタ。


「そんなグローバルな人間ではないです」


「ふーん」


 亮は興味無さげに言って意識を問題集に戻す。

 

 まぁ亮は置いとこう。それよりジョンなる人物だ。これを偶然と見るのは無理がある。

 というか、だ。ホームズシリーズと併せて考えるとジョンとはJohnジョン・H・Watsonワトソンのことだろう。


 神霊が与えたかったメッセージはこれ?


 ここである可能性に気がつく。


「まさか……」


 次の瞬間、視界が一変する。




 

 

 
















 






 パチパチパチと乾いた拍手の音。

 欧米人であろう初老の男性が1人、拍手をしていた。男性の横にはガラス玉(?)が浮いている。

 場所は母さん似の霊を見た公園だ。そこに飛ばされたのか。

 

「おめでとう。名探偵君」


 外国人の口から流暢りゅうちょうな日本語が飛び出すと少しびっくりする。日本語版が流通している影響だろうか。


「あなたがループの仕掛人……?」


 男性が顔をほころばせる。


「ご名答。お初にお目にかかります。私はジョン・H・ワトソンと申す者です。以後お見知りおきを」


 語り口は上品そのもの。まさに英国紳士といった風だ。

 

「時に名探偵君。私の目的がお分かりですかな?」


「……名探偵を探していた?」


「半分正解でございます。しかし他はパーフェクトな上、残りの半分はノーヒント。ここは大目に見ましょう」


 しかしワトソンさんか。

 俺が見たところ、彼は神霊。簡単に言うと信仰を条件に生まれる超凄い霊のことだ。正真正銘、神様クラスである。

 ワトソンさんは創作上のキャラクターだけど、ホームズシリーズは世界で最も読まれている小説と言っても過言ではない認知度と人気を誇る。それはさながら聖書のように人々、特にファンに大切にされ、想われている。

 まさしく信仰されていると言える。

 また、ホームズシリーズの語り部は基本的にワトソンさんだ。つまり信者たる読者が最も感情移入する存在。シャーロック・ホームズではなくワトソンさんが神霊化したのは、そのあたりが理由だろう。


 さっき俺はこの可能性──「ループの仕掛人」=「神霊化したワトソンさん」である可能性に思い至った。そしたらここに飛ばされた。ということはワトソンさんに気づくことが正解だったのだろう。つまりワトソンさんは自分が犯人であると見破ってほしかったんだ。

 それは「非合理的なヒントの提示」という1つ目の不自然な点ともリンクする。

 ワトソンさんは事件の真相とループ仕掛人のヒントを散りばめた。それを見つけ、真相にたどり着くことができるか見極めたかった。

 だってよく考えたらヒントを提示する理由なんて1つしかない。答えを見つけてほしいからだ。

 というか、そもそも3つの不自然な点を訊こうとしてループしたこと自体が、その3つがヒントであることを伝えるヒントだったんだ。

 

 では、なぜ答えを見つけてほしいか。まずこのヒントから答えにたどり着くのはどんな人物かを考えた。

 小さなヒントから事件の真相を解明するのは創作上の名探偵の代表的な仕事だ。つまりワトソンさんは俺が名探偵たる能力を有するかを試していたのではないだろうか。

 言っておくが別に自惚うぬぼれているわけではない。

 俺を試していた説は、俺だけが霊能力の記憶を消されなかったこととも矛盾しないんだ。則ち、ワトソンさんという神霊の存在に思い至る可能性がゼロにならないように、ワトソンさんは敢えて俺の記憶を残した。

 以上から俺はワトソンさんが名探偵を探していた(俺が名探偵かどうかを検証していた)と結論付けた。

 しかしそうするとなぜ名探偵を探していたのかという疑問が残る。そこを答えなかったから半分しか正解ではないのだろう。


 答え合わせといきますか。


「ワトソンさんの目的とは何なのですか?」


 ワトソンさんが柔らかく微笑む。


「私は事件を愛している。謎があり名探偵が居る。そんな世界を愛しているのです」


 えぇ……凄く嫌な予感がする。


「しかしホームズシリーズは終わってしまいました。人は永遠ではございません。それは致し方ないことです」

 

 ワトソンさんは虚空こくうを見つめて、何かを思い出しているようだ。


「ですが! 私は諦めることができなかったのです。そして気がついたらこのような存在になっておりました。だから私は新たなミステリーを描く為に名探偵を探すことにしました」


 うん。俺以外とやってくれ。


「今から18年前、私は無限にループする世界で名探偵を探そうとしました。そして見つけ出した名探偵と永遠の世界で終わりのないミステリーをつむぐつもりでした」


 つもりでした……? なぜ失敗したんだ?


「日本の巫女みこを自称する女性が私を封印したのです」


 巫女ねぇ……。


「……あなたの母上ですよ」


 !?


 うっわぁ、オカンそんなことしてたのかよ。そして俺が生きたままあの世に行けるのはオカンの血か。


「彼女は命を掛けてまでループする世界を、私の理想郷を否定したのです! 許されざることです!」


 通りで消息不明なわけだわ。つーか、よく1人で神霊を封印できたな。あんま長持ちはしなかったみたいだけど。


「しかし私は復活いたしました。やはり単なる人の身では限界があったのでしょう」


「ちなみにこの公園で見た茶髪女が母さんですか?」


「そうです。私の封印が崩壊するのと同時に彼女の霊体も解放されました。彼女は私の存在と目的をあなたに伝えようとしたのです。しかしそのようなことは認められない。だから消したのです。当然でしょう?」


「ア、ハイ」


 恐い(小並感)。この人、サイコパサー感が強いです。俺のことは棒立ちディフェンダーだと思ってスルーパスしてくれないかな。

 ちなみに俺は中学生の頃、右のミッドフィルダーをやっていた。得意なことは痛がるフリシュミレーション。あだ名はファールの魔術師。必殺技は赤い切り札レッドカード召還。勿論、ほぼ幽霊部員である。


 ワトソンさんの紳士然とした笑顔が数多あまたの罪人を凌駕りょうがする狂貌きょうぼうへと変質していく。

 マジキチスマイルである。ありがたくないです。


「私の願いはご理解いただけましたね?」


「まぁ、理解はしましたけど」


 共感はできない。


「ではループする世界で永遠のミステリーを、無限の事件を、ない推理を伴に創造いたしましょう! 世界は謎の為だけに存在するのです!」


 目が潤んでる。薬物中毒者みたいだ。


「……ワトソンさんは俺の思考が読めるんですよね? なら、俺の答えは分かっているんじゃないですか?」


 さっきワトソンさんの神霊化に思い至っただけでここに飛ばされた。十中八九、思考が読めるんだろう。


「存じておりますとも! ですからこれは敬愛すべき名探偵への礼儀でございます。儀礼的な会話もミステリーには重要な要素でございましょう?」


 め、めんどくせぇ。てか最終通告と言い換えられるよな。まぁ、断るんだけどね。テヘ。


「ふーん。じゃあ答えは『無理。絶対嫌。ニートめんな』です」


「……返答は否でごさいますね。承知いたしました。では意志と人格を書き換えさせていただきます。心配はご無用でございます。生まれ変わったあなたは、かの名探偵のように事件と謎を生き甲斐とする勤勉な人物ミステリージャンキーになるだけでございます」


 えー、やだよー。働きたくない。そもそもめんどくさいミステリーとか嫌いだし、事件とかノーセンキューだ。


 でもワトソンさんと会話する程度の霊能力しか戻ってないし、なんもできんね。

 年貢の納め時か……? 運命が働けと言っているのか……? あぁ、うるわしののニート生活……(泣)。


──突然、空間にヒビが入る。


「「!?」」


 そして、ガラスが割れるような硬質な音と共に空間が剥がれ、2人が現れる。てか、ひびから地面に落ちる。


「ぐふっ」


「はーい! 天才超能力者、桜子さくらこさん登場!」


 めいの上に落ちた桜子さんはノーダメージだろうけど、下敷きになってる命は辛そうである。ドンマイ!


 なんかよく見ると桜子さんが命の霊気をまとっているような……? んー、桜子さんも霊を見られるようにするためかな? ま、いっか。


 ワトソンさんが困惑してる。


「これは……?」


 予想外だったんだろうね。俺も驚いてるよ(笑)。

 しかし命はワトソンさんに思考の隙を与える前に仕事を開始する。

 (下敷きになりながら)無数の札を展開し、霊気を爆発させる。すると公園を囲むように結界が形成される。

 

 おー、これって結界内と浮き世を分離させつつ、神霊を一時的に弱体化させるやつか? 凄くお金と手間が掛かってそう。


「トラノコ! ガラス玉だ!」


「らじゃー!」

 

 次いで命と桜子さんの隙間から這い出していた式神のトラノコが跳び上がり、浮いているガラス玉へトンカチを振り抜く。


 今度こそガラスが割れる音。そして俺の霊能力が戻ってくる。

 ワトソンさんも漸く冷静さが回復したのか、理知的かつ鋭い瞳で命と桜子さんを見据える。考察あるいは記憶を見ているのか。

 すぐにワトソンさんの顔が驚愕に染まる。


「過去から……!? そんなバカな……」


 あー? え? マジ? いや、もしかしてそういうこと?


 桜子さんが類いまれなるドヤ顔を披露する。正直、イラッとする。ワトソンさんもイラッとしてる。気が合うな。


「ふふん。私は天才だから未来予知もできるのだ! 結城君がピンチになる未来を理解したから、助けられそうな人を連れてピンチの未来に瞬間移動・・・・・・・したのさ! 瞬間移動は昔から得意なの! 世紀の大天才だからね!」


 何を言ってるんだ、この娘さんは? それは瞬間移動の枠に収まっていない気がするぞ。時空間(次元?)移動は別物じゃなかろうか。

 まぁ、助かったからいいけど。

 というか、2人と連絡が取れなかったのって時空間移動タイムトリップに伴うバグかなんかか? 世界さんもループさせられたり、時空間移動タイムトリップをやられたりで疲れてたんだな。かわいそう。ちょーウケる。


 それはそれとして形勢逆転だな。ゲヘヘ。最終通告しちゃる。


「ワトソンさん、諦めてホームズファンを眺める隠居生活をする気はないですか?」


「何を言っているのです! それはあり得ません、あり得ませんぞ!」


 おこである。プンプンである。仕方ないね。じゃあヤるしかないや。ゲヘヘ。


「命。桜子さんと結界の外に行ってて」


「! おう……(結界持つか?)」


 命が桜子さんを連れてそそくさと公園から出て行く。


「さて、ワトソンさん。今、どのくらい思考が読めてるかは分からないですが、俺が何をしたいか推理してみてください」


 ワトソンさんが険しい表情になる。なんとなく察してるのかな?


「……私を消すつもりでございますか」


 にっこりと微笑んでやる。


「ご名答。流石は名探偵のサイドキック」


 じゃあ幕引きといこうか。

 

 近くの何も無い空間に霊気を全力で集め、霊気の剣を作っていく。結界がきしみ、耳障りな音が鳴り始める。


「……やはりただの人間とは違うようですね。その量は我々と同じ……」


 説明しよう!


 俺は普段、霊圧が上がりすぎて周りにショック死を振り撒かないように、魂に霊圧制限術式を刻んでセーフティを掛けている(命に刻んでもらってる)!

 前に空器からき村で最大19%まで霊圧を上げたことがあったけど、あれはセーフティで制限された本当の全力の1%中の19%という意味だ。要するに本当の全力の0.19%しか出していない! 

 それでも危ないんだけど、今は結界がある! セーフティを解除しても周りへの悪影響は抑えられる!

 そんなわけで正真正銘100%の霊気を使い、1本の霊剣を作り、これをワトソンさんの魂に撃ち込もうって寸法さ!

 すると魂は壊れる。ワトソンさんは消滅する。完璧な論理である。隙は無い!


 それにしてもワトソンさん、抵抗しないな。なんでだろ。


「なんで悪足掻わるあがきしないんですか?」


 ワトソンさんがふっと笑う。


「状況から見て勝てないのは分かっております。であるならばミステリーの忌むべき演者として名探偵に敗北するのも、また一興でごさいましょう。うらやむだけの傍観者になるよりは幾分か救われます」


 分かるような、分からないような。


「そっか」


 超高密度の霊気の剣が完成する。気のせいじゃなければ結界にひびが入ってる。早いとこコロコロしないとヤバそう。ヤっちゃうか。

 剣先をワトソンさんに向ける。


「最期に言い遺すことはありますか?」


 俺が問うとワトソンさんはゆっくりと目を閉じ、数秒後──開く。


「願わくば、世界がミステリーで満たされますように」


「いやそれはアカンわ!」


 あ、ツッコミ入れた拍子につい発射しちゃった。テヘ☆ミ。


 無音で剣が深々と突き刺さる。一拍おいて破砕音。魂が、結界が砕けたんだ。


 ワトソンさんが光になり、あっという間に消えていく。


 静かな光景。


「……」


 たったの数秒、気がつくとそこには誰も居ない。呆気ないけど、こんなもんだよな。


 終わった終わった。霊気使いすぎて疲れたわ。さっさと帰ろっと。

 

 命と桜子さんが近づいてきた。


「制限術式組み直すぞ」


「あ、そっか。頼む」


 札を取り出し、なんやかんややってセーフティが完成。これで一安心だ。


「さんきゅぅー。今回は危なかったよ」


 桜子さんが得意顔で答える。


「でしょー。私に感謝してよね!」


 確かにMVPは桜子さんかもね。時空間移動タイムトリップはヤバい。ヤバい。いやヤバい。どう考えても人間辞めてる。

 でも助かったよ。


「桜子さんマジリスペクト。あざます!」


「はーい! どういたしまして!」


 2人も帰んだよな。


「また瞬間移動(?)で帰るんだろ?」


 なんかタイムパラドックス起きそう。別にいいけど。難しいことは分からんし。


「だね。私たちが帰る世界とこの世界は交わってなさそうだから多分記憶に行き違いがあるよ。びっくりしないでね!」


 嘘だろ。アホ怪盗が小難しいことを理解している……? そんなバカな。ワトソンさんの呪いか……?


「あー! バカにしてる! 私は天才だって言ってるじゃん! 信じてなかったの!?」


 ナチュラルに心を読むのはやめてください。


「うん、分かった!」


 本当に分かってんのかなぁ?


「本当だよ! ちゃんと分かってるよ!」


「……」


 


 











 




 




 家に帰ってきた。スマホには6月11日(金)16時05分とある。


「ただいま」


 中から亮の声が返ってくる。


「おかえりー」


 リビングに入ると亮が勉強していた。ずっとやってたんかな。


「なぁ、亮」


「なにー」

 

 亮がこちらを見ずに答える。意識の大半は問題集に向かっている。


「ミステリーは好きか?」


「へ?」


 顔をこちらに向ける。いきなりこの質問は驚きだったようだ。

 それでもすぐに返答を出す。


「好きだよ」


「へー」


「だってゆうとはぐれても、ミステリーっぽい事件が起きてるとこに行けばいつも見つかるんだもん」


 !?!?!


 なんということでしょう。悲しみを抑えることができません。運命ミステリーからは逃れられないのか。


「なんで泣いてるの? おっぱい飲みたいの? 私はまだ出ないよ? 早めに子ども作る?」


 それはもういいってば!


──prrrrrrrr。


 電話だ。ディスプレイには根岸課長とある。間違いなく事件である(名推理)。

 応答をスワイプ。


「もしもし、結城です。今度はどんな事件ですか?」


「お! いつになくやる気があるじゃないか。大変結構。今回の事件は──」


 と、まぁ依頼があったから行きますか。霊能力があれば大体スピード解決……だといいなぁ。

 

 今日もミステリーは終わらないようだ。涙が止まらな……いや、少しは楽しんでみるか! 


 俺ってば名探偵らしいしな!

 

 



 (了)

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