Endless Mysteries [タ編]
「もう!
(⊙ө⊙)
翌朝、警視庁の休憩室で如月さんに文字の意味とホームズの事件との類似性を教えたら、捜査本部でもそこまでは分かったとか言われてしまった。
「我々は100人体制で捜査に当たっているからな。その中にホームズを読んだことがある人間が居たんだよ」
「あー、それは気づきますね」
まぁ、警察も馬鹿じゃないし、プロだからな。(俺はわからなかったけど)暗号は結構簡単な仕組みだったしね。
問題はそこからどう犯人にたどり着くかだ。
「仮に『緋色の研究』の模倣犯要素があるとして、犯人像はどう見ます? 小説では奪われた婚約者が死に追いやられたことに対する復讐でしたが、今回はそういった解釈は難しくないですか?」
2人で眉間にシワを寄せる。
「確かにガイシャが10歳というのがネックだが、復讐であれば虐められっ子でも当てはまる」
奏太さんが最有力ってことかな。
ただなぁ、違和感が拭えない。それに指輪の説明ができない。奏太さんが女物の結婚指輪を入手する手段も不明だ。
母親の指輪を盗んだ? いや違う。奏太さんのお母さんは薬指に指輪をしていたし、婚約指輪も所持していた。
それに心証もなぁ。
「……奏太さんは違うと思いますよ」
これでも俺は人の魂を、その本質を見てきたんだ。たとえ霊能力を失ったとしてもある程度は理解できるはずだ。
「……君の判断は分かった。だが捜査本部の意向としては奏太君を優先的に調べることになっている」
如月さんにも思うところがあるようだ。迷いが顔に出ている。
──ガチャリ。
突然、休憩室に若い刑事が入ってきた。
「事件が起きました。
!?
またか。
「行こう、結城君」
「ええ」
何が起きているんだ。ループとの関係はあるのか? それとも偶然? 情報が足りない。
大きな会議室ではタバコ臭い男たちが密集していた。地獄かな?
「始めるぞ」
ダークグレーのスーツに色付き眼鏡の男──
「先ほど刺殺体と見られる遺体が発見された。場所は
一瞬、ざわめきが生まれるもすぐに収まる。
三崎管理官と目が合う。なんだ。
「現場へは第5班に行ってもらう」
如月さんが所属してるとこだね。つまり俺にも行けと。
「では──」
その後は現在の捜査進捗状況を確認し、お開きとなった。
現場の公園に到着した。
トイレの外で先に現場に来ていた所轄の鑑識さんに話を聞く。
「被害者の身元は分かっているのですか」
メモを取り出しながら答えてくれた。
「ガイシャは
これから詳しく遺体を調べるんだろう。今はまだ
それにしても2時か。なんでそんな時間にこんなとこに? あるいは殺されてから運ばれた?
俺が頭にハテナを浮かべていると、鑑識さんが1枚の写真を見せてくれた。
「あー」
写真には木津さんの死体が写されている。
木津さんは15歳らしい幼さはあるものの、脱色した派手な髪、防御力の低そうなダメージジーンズ、大きめのシルバーアクセと非常にオラついている。要はザ・ヤンキーって感じ。
それで深夜に遊び歩いてたのかもね。
鑑識さんが言う。
「パッと見、素行は良さそうではないですよね。それが今回の事件に巻き込まれた原因かもしれないです」
「なるほど。トイレ内を確認しても大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。また壁に例の文字がありましたよ」
トイレ内に移動する。
壁にはQSSBGDの文字がある。字の雰囲気やスプレーの色合いも有理さんの時と似ているように思う。
そう広くないからすぐに全てを見終わる。すでに遺体は運び出されているね。
……今回は指輪は無かったようだ。
「これといって変わった点はありませんね」
一緒に着いてきている鑑識さんに確認する。
「そうですね。ただ、詳しくはもう少し調べてみないと分かりませんが、刺し傷は後ろからでしたので他殺は堅いかと思いますよ」
じゃあ連続殺人の可能性が高いか。しかし動機はなんだ? 被害者の繋がりが見えない。せいぜい未成年ってことくらいか。
バラバラの相手に復讐? なんだそれ。
他の刑事さんたちと話していた如月さんが戻ってきた。
「私たちはガイシャの友人を中心に当たることになった。特に何も無いならそろそろ行くぞ」
「了解です」
鑑識さんに挨拶し、車で移動する。
「まずはガイシャが通っていた
公立墓穴中学校に到着した。
土曜日だけど生徒がチラホラ居る。部活でもやってんのかね。
それにしても皆ヤンキー臭いな。今は亡き(?)
職員室に行き、事情を話す。対応してくれたのは若い女教師だ。進路指導室にてお話を聞く。土曜日にすまんな。
「……そんな! 蒼人君が殺された……」
普通に取り乱してしまった。目に涙を溜めている。
……そこまでか? 教師の立場でそこまでなるか? いやあるかもしれないけど、そんなには居ないんじゃないか?
でもとりあえず落ち着かせないと。
と思ったら如月さんに先を越された。
「お気持ちは分かりますが、泣いていても解決しません。何か知っていることがあれば教えてください」
教師の
如月さん下手すぎませんかねぇ。フォローしよっと。
「ごめんなさい。この人、ちょっと性格が悪くて。今はいろいろと心の整理がつかないかもしれませんね。もう少し時間を置いてからにしましょうか? 急ぎではありますが、それくらいの余裕はあります」
「……いえ、答えられます。大丈夫です」
お、サンキュぅー。
如月さんがボソッと「性格が悪い……」と呟いてる。ウケる。
「ありがとうございます。では木津さんの交遊関係を教えてください」
「えーと、友だちは多かったと思います。明るい子で人付き合いが得意なんです」
陽キャヤンキー乙。リアルからも
「何か人から怨まれるようなことは?」
空野さんが言い淀む。しかしややあってから答える。
「……蒼人君は女癖が悪かったみたいです。それでクラスの子から相談されたことがあります」
えー15歳でそれか。その
「なるほど。知ってる範囲で関係のあった女性を教えてください」
「えーと、多分一部ですが、生徒では
もはやセックス依存じゃないっすか? 若いのに大変だわ。
如月さんがドン引きしてらっしゃる。刑事なのにこれくらいで引いてたら疲れそう。もっとエグい人間なんて腐るほど居るだろうに。
「生徒さんの名簿や顔の分かる物をいただけますか?」
「PDFがあります。今、印刷しますか?」
「お願いします」
「分かりました。少々お待ちください」
空野さんが進路指導室を出る。今の隙に如月さんと密談だ。
「怪しくないですか?」
「? 何がだ?」
あら? 如月さんはこっち方面に明るくないのかな。それとも俺の考えすぎか?
まぁいい。確かめればいいだけだ。ゲヘヘ。
「……凄く悪い顔してるぞ。逮捕されたいのか?」
「まだ何もしてないのに酷すぎぃ!」
肩を
なんか空気が
数分後、空野さんが数枚のA4用紙を持ってきた。あざーす。受け取り、確認する。見事に美形揃いである。
「ありがとうございます。女性関係以外では問題はありましたかね?」
今度は即答。
「無いです。友だちとはいつも楽しそうにしてました」
ほうほう。オッケー把握。
「分かりました。如月さんは何かありますか?」
「今は特に無いな」
如月さんから空野さんに視線を移して問う。
「他に何か伝えておきたいことはありますか?」
「……今のところはこれ以上は思い付きません」
如月さんと目が合う。互いに頷く。
「そうですか。では以上で終了です。ありがとうございました」
「はい。捜査、よろしくお願いします」
さて、ちょっとリスクがあるけどカマ掛けてみるか。多分、本人に訊かないと分からなそうだしな。
「あー申し訳ありません。1つ忘れてました」
空野さんが首を傾げる。あざとい(笑)。
「生徒とのセックスは燃えましたか?」
空野さんが固まる。ついでに如月さんも固まる。
う……デジャブ……。これもループ(笑)だったのか……?
「……なんのことでしょう」
まぁ認めないよな。普通に他の人にも言えないだろうし、まして刑事には余計言いづらいよな。
「未成年とヤっちゃったくらいでどうこうするつもりはないので、正直にお話ししてくれませんか?」
「……」
「単なる教師にしては少しばかりプライベートなことに詳しすぎます。それに木津さんに対する感情移入も大きい。教師として以上のものをお持ちではないですか?」
「……違います。勘違いさせてしまいごめんなさい」
おkおk。その仕草を見せてくれただけでも参考になる。
空野さんの視線は右上に泳いでいる。これは心理学の世界では嘘をつくときのサインの一種とされている。勿論、絶対ではないが、今まではこれほど目を逸らしたりはしなかったから何かありそうだ。
「そうですか。早とちりでした。申し訳ないです」
「いえ、警察は疑うのが仕事と聞きます。お仕事頑張ってください」
「ありがとうございます。では本当に終わりです。失礼します」
なお、俺は警察ではない。
次は他の竿姉妹の具合を確かめに行きますか。
校内を移動し、ソフトテニス部の橋本さんを探す。来る時にテニスの練習をしてる女子軍団を見たから居るかもしれない。女子軍団……恐ろしいワードだ。
「しかし空野氏も肉体関係があると見ているのか?」
お、如月さん、気になるんすか。
「もう!
「ぶち殺されたいのか」
ひぇ……。現役刑事の殺気恐すぎワロタ。
「刑事のセリフではないですよ」
「念のため拳銃を所持しているんだ。正解だったようだな」
「じょ、冗談だよぅ……」
如月さんに鼻で笑われる。イラッ。
「私も冗談だ。当たり前だろ?」
あなた冗談言うタイプだったんですね。真顔に変化がないから恐いんだよ!
くっそ、なんとか仕返ししたい。
「如月さんって意外とお茶目さんなんですね。そういうのってかわいいですよ」
あ、眼鏡がズレた。触ってないのにしゅごい。……マジでどうやってるんだ?
「それより空野氏の件はどうなんだ?」
「俺の勘ではただのセフレではないですね。少なくとも空野さんにとっては」
「……つまり空野氏を疑っているのか?」
それなんだよなぁ。確かに嫉妬や愛憎を動機とした殺人ならば無くはないだろう。
でも、じゃあ第一の殺人との繋がりはなんだ?
偶然
当然、空野さんもその例に漏れない。
それに、仮に空野さんが犯人だったとして、復讐などと自分が疑われるようなことを現場に書くか?
空野さんを犯人とすると納得できないことが多すぎる。
そしてループとの関係も不明だ。
結論、事件と何らかの関係があるかもしれないが、どちらかというと何も知らずにスケープゴートにされている可能性の方が高い……と思う。あまり自信はない。
こういったことを説明してやる。勿論、ループについては抜きで。
「確かにそうかもしれない。その推理には合理性がある」
「もうちょい調べてみましょう。橋本さんも校内に居るようですし」
「そうだな」
屋外のテニスコートでラケットを振る集団に近づく。
あれ? 監督の先生とか居ないんかな。ま、いっか。
俺たちに気づいたのか、橋本さんからこちらに来た。もしかして部長とかか?
黒髪をポニーテールにした美少女だ。校風に反抗してるのか、ヤンキーではない。アイドルとかをやれそうな感じだ。
「私たちに何か用ですか?」
「練習の邪魔をしてすみません。私たちは木津さんの事件について捜査している者です」
俺の曖昧な言い方に合わせ、如月さんが警察手帳を見せる。この流れなら俺も警察と思われるからスムーズに進む。
「え? 蒼人の事件ってどういうことですか? あいつ何かやったんですか?」
大層焦ってらっしゃる。すまんが追い討ちをさせていただく。
「違います。木津さんが遺体で見つかりました。おそらく殺人です」
「嘘……でしょ? ねぇ嘘でしょ!? ふざけないで!」
突然の大声に部員たちがギョっとしてこちらを見る。如月さんに目で合図を送り、そちらのフォローに回ってもらう。
「事実です。センセーショナルな事件ですのですぐにメディアに取り上げられるはずです」
「……どう……して……」
泣き出してしまった。仕方ない。落ち着くまで少し待とう。
特に声は掛けずに背中を
……セクハラにならないよな? 大丈夫だよな?
不安は尽きない。
如月さんは周りの部員たちに話を聞いているようだ。
ややあって橋本さんが落ち着いてきた。
「ホントなんですか」
「はい。冗談でこんなこと言えません」
「……用件はなんですか」
おkおk。
「実は木津さんの女性関係からの
「……あいつまた他の子に手を出してたんですか?」
つよい(確信)。圧倒的常習犯。そしてさも自分が本命であるかのような物言いを女にさせる手腕。木津さん、やるなぁ。
「ええ、何名か居たようです。誰かそういった行動を取りそうな方に心当たりはないですか」
少し考えている。
「そんなの分からないです」
まぁそうか。
「あ」
お、なんだなんだ。
「……単なる勘なんですけどいいですか?」
「いいですよ。何かヒントになるかもしれません」
橋本さんが顔を寄せてコソコソしてきた。
「
「美喜ちゃん?」
「英語の空野美喜ちゃんです。前に蒼人と美喜ちゃんが話してる時……なんていうか目が恐かったんです」
ほー。
橋本さんが離れ、少し表情を曇らせる。
「……こんな曖昧なのでいいんでしょうか?」
「いや言わんとしてることは分かります。そういうのが大事だったりしますよ」
それだけ空野さんが木津さんに入れあげていた。そんな風に見えたということだ。
「……刑事さんってもっと難しい人がやってると思ってました」
「いろんな方が居ますからね」
俺の知る刑事を思い浮かべる。どちらかというとお堅くない人の方が多い気がする。まぁ課によるかもな。
そして俺は刑事じゃない。やってることは中学生と大して変わらない本業ニートである。堅いわけがない。
橋本さんとはこの後少しお話ししてバイバイした。如月さんを拾って次へ行く。
「他の部員から何か有益な情報を得られましたか?」
「いや、ガイシャが人気者だったということしか分からなかった」
「そうですか。橋本さんからは空野さんが怪しいとの証言が出ましたよ」
「……空野氏か」
とはいえ、確定できるほどの証拠力は無い。
「次、行きましょう」
16時57分。車で警視庁に移動中だ。
一応、名前の上がった子たちを全員当たったけど、大した情報は出なかった。これはキツイっすわ。
「第二の事件、最有力候補は空野さんになりますかね? 捜査本部的には」
如月さんが少し考える素振りを見せる。
「……第一の事件との連続性を考えると最有力被疑者とまでは言えないかもしれない。だが現時点での重要参考人筆頭ではある」
だよなぁ。イマイチすっきりしないけどそうするしかないよな。
──prrrrrrr。
如月さんのスマホが鳴る。運転中なので「出てくれ」と渡されてしまった。
誰だ?
画面には
会議を仕切っていた色眼鏡の管理官だね。
「もしもし。結城です。如月さんは運転中ですよ」
「探偵君か。時間が惜しい。悪いがいきなり本題に入らせてもらう」
嫌な予感がするなぁ。やだなぁ。
「どうぞ」
「第三の
はぁ? またかよ。もういいよ。
「今度は密室殺人だ。捜査に区切りがつき次第、現場に向かえ」
うっわ。めんどくさそう。
「……分かりました。場所はどこです?」
「現場は──」
今度は都内の
さて、次はどんな“それっぽい被疑者”が居るのやら……。
はいはい密室密室。
現場の
しかし、家の前の道路で何やらお話ししていた柄の悪い人たち(刑事さんと鑑識さん)の挨拶が光る。
こちらも返さねば無作法というもの……。お疲れ
と、ここで如月さんは先に現場に来ていた刑事さんと一緒にご近所さんへ
「現場とご両親は任せる」
「了解です」
さっさと行ってしまった。さて、俺も動きますか。
早速、状況確認だ。玄関のとこに居る若い刑事さんに話し掛ける。警視庁で見たことある人だ。
「すみません、少しいいですか?」
さぁ晩飯までには帰りたいぞ。今、17時43分だけどなんとかしたい(無理ゲー)。
若い刑事さん、よく見るとイケメンやな。そのイケメン刑事が答える。
「あれ? 結城さんだ」
「どもども。事件と現場の状況についてお訊きしてもいいですか?」
「はい、いいですよ。えーと、16時頃に湊
「死因は?」
「刺殺と見られ、死亡推定時刻は13時30分くらいです」
またか。刺殺に暗号。
「凶器は見つかりました?」
「住宅内にある刃物で可能性があるのは台所の包丁くらいです。一応、
「怪しい感じはしなかった、と?」
「ええ。詳しくは調べないと分かりませんけど」
そっか。
「では指輪はありましたか?」
「今のところ発見できていません」
なるほど。
指輪があったのは偶然だった可能性もあるからなぁ。
ただ、指輪の持ち主を暗示する趣旨であれば、最初の事件にのみ指輪が置かれたのも納得できる。最初だけ置けばその役割は果たせるからな。
それに婚約指輪と結婚指輪があったとしても3つしか無いってのも影響してるかも。1つしか入手できなかった、又は2つは持っていたいとか。
足跡とかはどうなんだろ。
「
「少なくとも土足痕や素足痕は無かったようです」
あー、じゃあキツイわ。しゃーないね。
「中を確認していいですか?」
「鑑識係の確認は一通り終わったので大丈夫ですよ」
「ではお邪魔しまーす」
普通に玄関で靴を脱いで入る。それなりに小綺麗やね。典型的中流階級って感じ。
リビングでは蘭子さんだろうか、30代前半くらいの女性が女性刑事とお話し中だ。
イケメン刑事が耳打ちしてきた。ホモではないので嬉しくない。
「
ふむ。見た感じ、蘭子さんは不機嫌そうだ。
しかしイケメン刑事の言い方は引っ掛かるな。疑うべき要素があったのか?
2階に向かいつつ、コソっと訊いてみる。
「何か怪しいんですか? アリバイが無いとか?」
密室といったら先ず鍵を持っている人間を疑うべきだからな。それでアリバイが無かったりすると大分怪しくなる。
「流石ですね。その通りです」
ん? まだ何かあるのか。イケメン刑事は含みのある顔とでも言える表情をしている。
「まさか動機もあるんですか?」
イケメンスマイルが
やめろ! 俺はノンケなんだ! そいつは効かねぇぜ!
「それも正解です。まだご近所さんと旦那さんの話を聞いただけですが、ある程度の信憑性はあるかと思います」
2階の女の子らしい部屋に着いた。壁には例の暗号がある。しかも同じ又は似たスプレーによるものだ。
「その動機とは?」
「ガイシャは旦那さんの連れ子です。それで複雑な感情を持っていたようです」
あちゃー。そりゃあ疑うわ。
「虐待までいってます?」
「……今のところ、そこまでしていたという証言は無く、ホトケの体にもそういった痕跡はありませんでした」
ふーむ。そうか。
部屋を見てみる。女子児童向けの可愛らしいアニメキャラクターのぬいぐるみがある。亮がちょっと前まで観てたやつだ。
被害者何歳だ? まだかなり若いんじゃないか?
俺がぬいぐるみを見ていることに気づいたイケメン刑事が察してくれた。
「ガイシャは8歳の小学2年生です」
あらら。
「8歳児に復讐か……」
あり得るだろうか。確かに連れ子に夫の関心を奪われていると感じて、とか、前妻への嫉妬の八つ当たりを復讐と誤魔化して、とかならばあるかもしれないが、どうにもピンとこない。
だってなぁ。チラっと見た蘭子さんの雰囲気はそんな感じがしなかったんだよなぁ。ただの勘だけど。
「結城さんはどのようにお考えですか?」
「うーんと、蘭子さんではないような印象を受けました」
「そう見ますか」
うーん。フィーリングではそうだけど、流石にそんなんで捜査どうこうはなぁ。
イケメン刑事がやや反論気味に続ける。
「しかし鍵が盗まれたりはしていないようでしたし、旦那さんは仕事中だった為、明確なアリバイがあります。消去法でもお袋さんがやっぱり怪しいですよ」
「なるほど……」
確かに怪しくはある。
論理的に考えたならアリバイの無い、鍵の正当な持ち主の誰か又は全員が犯人、あとは……。
「旦那さんは今どこに?」
あまり聞かれたくはない。
「外のパトカーの中でお話を伺ってます。お袋さんと分ける必要があるので」
それならここで話しても大丈夫そうだな。
「あくまで可能性の話ですが……ご両親のどちらか、あるいは両方と第三者の共犯もあり得るかと」
これならば第一、第二の殺人との連続性を考えても矛盾しない。
しかしそうすると新たな疑問が生まれる。
第三者とご両親の繋がりが何かってことだ。そしてその第三者と第一、第二の事件との関係がどうなっているかだ。しかも動機も不明。困るわぁ。
「……それはあるかも……。それならば連続殺人の説明がつく。しかし……」
イケメン刑事もすぐに穴だらけの推理だと気づいたようだ。
「ええ。まだまだ情報が足りず憶測の域を出ません」
腕を組んでうんうん唸っても答えは出ない。とりあえずご両親に話を聞こう。
先ずは蘭子さんから。
「はじめまして。私ともお話ししてくださいませんか」
なんか微妙にナンパみたいだな。
蘭子さんが
「どうぞ。よっぽど人殺しに見えるんですね、反省するわ」
嫌われすぎワロタ。疑われてるのが相当気にくわないご様子。
「別に人殺しには見えないですね。実際、殺してないですよね?」
蘭子さんがアホみたいに口をポカンと開ける。
「まさかグサッとヤっちゃったんですか?」
そして笑い出した。
「あっはっは。あなた変わってるね。よく言われるでしょ」
「ハッハッハ。それこそまさかですよ」
2人で場違いに表面上は
俺が殺人を疑っていないという趣旨の発言は、蘭子さんの態度を軟化させる為だけの嘘ってわけじゃない。
この一連の事件を見て思ったのは、明らかに疑わしい人物が簡単に見つかりすぎることの不自然さだ。
確かに実際の殺人ではフィクションよりもずっと単純な場合もあるだろうから、おかしくないと言ったらそうかもしれない。
でも今回のような裏がありそうな連続殺人でバラバラの被疑者が
やはりこれは第三者──真犯人により仕組まれたミスリード。そう考えたくなってしまう。「
予想が正しければ蘭子さんは白。情況的に犯行は可能だったかもしれないが、それだけだ。可能=実行ではない。
また、蘭子さんの様子から受けた印象的にも、殺人者といった感じはしなかっし、第三者との
つまりは何も知らずに真犯人の身代わりにされてしまっただけではないか。
これが演技だとしたら女優やれそうだ。
亮の母さんが女優だからね。演技レベル判定は俺もそれなりにできる。あの技術を亮に仕込まないことを祈るばかりだ。
まぁ、どこぞの巨乳メンヘラ刑事の筋金入り演技は見抜けなかったけどな! あんなんチートやで!
……話を戻す。蘭子さん同様、奏太さんや空野さんにも巻き込まれた身代わり説は適用できると思う。
結論、今、一番にすべきことは各々の事件と真犯人を結び付ける“何か”を探すことだ。
ただ、一応、蘭子さんにもテンプレ的な確認をしておく。
「アリバイは無いのですよね?」
蘭子さんの顔に険しさが混ざる。
「やっぱりあなたも疑ってるじゃない」
「念のためです。それに、こういった質疑の中に真犯人の手掛かりがあるかもしれないのです」
目を細めて俺を推し量っている。ごく短い沈黙の後、小さくため息を吐き、表情がやや弛緩する。
「……いいわ、そういうことにしてあげる。アリバイだったわね。あなたの言う通りアリバイは無いわ」
「どこで何をしていたんですか?」
「……それは秘密」
えぇ……。俺は気にしないけど、そんなん言ってたら疑われるに決まってるじゃん。
「つまり殺人ではないけど、人に言えないことをしていたということでいいですか?」
「ぷっ。そうよ、その通り」
蘭子さんを見つめる。しっかりと口紅が塗られ、化粧が施されている。でもその割にはヘアセットが若干甘い気がする。崩れているとも言う。
衣服はノースリーブのカットソーにチュールスカートと、30代の女性が着ていて不自然さはないものだ。
うん、全体の印象は「気合い入ってんなぁ」って感じ(笑)。
ちょっとイケメン刑事に確認。
「旦那さんは今日は何を?」
歳が近いし同性だから口調が崩れそうになっちゃうんだよなぁ。
「看護師なので勤務先の病院に居たようです」
蘭子さんを見ると頷いてくれた。
ふむ。
「蘭子さん。ご自宅を出たのは何時ですか?」
「? 藍子にご飯を食べさせた後だから12時30分くらいじゃないかしら」
つまり3時間半ほど外出していた、と。生々しすぎじゃないですかねぇ……。
「蘭子さん」
「?」
「浮気してました?」
一拍後、蘭子さんがにやける。
ビンゴじゃないっすかね。
「正解。あなたやるわね」
うわぁ、まったく悪びれてないや。むしろなぜかドヤ顔だし、こいつはすげぇや。
「ここら辺にラブホってあるんですか?」
また吹き出した。
「あっは。あるよ。あなたホント面白い。ご想像の通りよ」
変なもんを想像させようとするのはやめていただきたい。
「じゃあお相手に確認を取れば一応のアリバイはあるということですね?」
「……そうだけどあの人は認めないでしょうね。私も誰とシてきたかを教えるつもりはないわ」
じゃあラブホの入り口とかのカメラに上手く映っていればなんとかってところか。
めんどくせぇ女だな! けっ!
「ところで蘭子さん」
「今度は何かな?」
一見すると娘の死にダメージを受けていないように見える。しかし本当にそうだろうか。
たとえ血が繋がってなかったとしても、一緒に生活する幼い子どもに何の情も湧かない確率は低いんじゃないか?
実際、昼食はしっかり食べさせていたようだし、外出も数時間程度。男に夢中で子どもなんて眼中にないといったタイプではない気がする。
要は単に弱いとこを見せたくない人って感じかなぁ?
「そのノリ疲れません? 無理してませんか?」
また蘭子さんがにやける。
これが図星を突かれたときの癖なんか?
「ホントにやるわね」
そりゃあどうも。
やっぱ蘭子さんは白だろ。現時点ではそういうことにしとこ。じゃあ次行こっと。
「……話は大体分かりました。とりあえずは以上です」
「そう。あなたならまた来てもいいわよ」
「必要があればそうします。では、ありがとうございました」
「どういたしまして」
外の旦那さんのとこに向かう。
居間を出る時、後ろからボソッと「フられちゃった……」と聞こえてきた。昼ドラ展開は勘弁っす。当たり前である。
イケメン刑事を見るとにやけている。お前もかよ。
「流石は名探偵。捜査のついでに女を落とすとは恐れ入りました。いや、女のついでに捜査でしたかな?」
「やかましいわ!」
やっぱ警察は嫌いだ!
それなりに薄暗くなり街灯が点いている中、旦那さん──
「少しいいでしょうか?」
利樹さんが俺たちを見て、あからさまなため息をつく。
こっちも似たような反応でウケる。意外といい夫婦なんじゃないか?
利樹さんが唇を湿らせ、答える。
「ええ、いいですよ。駄目と言っても無駄なんでしょう?」
「……これは任意の
「はいはい。そういう無駄な会話は結構ですので始めてください」
めっちゃ警察嫌いやん。気持ちは分かるで!
「ではお言葉に甘えて。利樹さんは今日はお仕事をされていたそうですね。何時から何時まで職場に居ましたか?」
「朝8時から夕方5時くらいまで」
強固なアリバイがあるっすね。
「ずっと病院に居ましたか? 例えば昼食を外で食べたとか」
「……そうですね。昼飯は牛丼屋に行きました」
腹減ったなぁ。
「それはおひとりで?」
利樹さんが唇を舐める。
「そうです。だからその時間のアリバイは無いですね」
ふーん。
「マイカー通勤ですか?」
「ええ。こっからだと30分ちょいです」
病院の昼休みが何時からかは分からないけど、そもそも物理的に無理かな。
じゃあ別方面を。
「前の奥さんとは何故別れたのですか?」
子どもの親権を男親が持ってるとこを見るに、大体想像つくけどな。
利樹さんの目付きが鋭くなる。
「……不倫ですよ」
ですよねー。今の奥さんも不倫してると今すぐ伝えたい。声を大にして叫びたい。フヒヒ。
「その女性と交流はありますか?」
ふんっと鼻で笑い、答える。
「あるわけないだろ」
まぁそうだよな。
「ところで今のお気持ちは?」
ねぇ今どんな気持ちぃ?
利樹さんがポカンと口を開ける。やっぱ似た者夫婦じゃないですかーやだー。
「怒りが大きいですよ! 犯人を殺してやりたいくらいです」
「なるほど。犯人に何か心当たりはありませんか?」
「……分かりません。8歳の娘をわざわざ殺す人間なんて知るわけない」
また唇を舐めてる。
単なる癖? でもなぁ。
唇を舐めるメジャーな理由は2パターンある。
緊張して唇が乾いた場合と近くに居る存在に欲望を抱いている場合だ。
俺とイケメン刑事を欲望の対象にするのはちょっと考えにくいから普通に緊張している可能性が高い。
……警察を相手にするから緊張するということは誰でもあるかもだけど、もしかしたら違うかもしれない。
つまりは強い警戒から緊張している……のか?
であればかなり怪しい。しかしまだ
うーん。
「ちなみに復讐と言われて何か思いつきますか?」
利樹さんはまた唇を舐め、勿体ぶるように口元に手を当て考えている。
そして短く否定する。
「ピンときませんね」
「そうですか。分かりました。質問は以上です」
「やっと終わりですか。もう今日は来ないでくださいよ」
「確約はできませんが伝えておきます。ご協力ありがとうございました」
一旦、家に入るとすぐに如月さんたちが戻ってきた。
「お疲れ様です。どうでした?」
「残念ながら有力な情報は出てこなかったよ」
如月さん、やつれてるな。心なしか眼鏡も
「こっちは微妙に収穫がありましたよ。後で話します」
俺が後で話すと言った意味を正しく察したのだろう、如月さんは一緒に聞き込みに行った刑事に目配せする。
「私たちは席を外します。後はよろしくお願いします」
中年の刑事が
「了解。期待してるぞ」
「すぐに解決してみせます」
いや待て待て。そうやってハードルを上げるのはよせ! ミスったら悲しいだろ。
車で警視庁の捜査本部へ向かう。漸く気兼ねなく話せるな。
蘭子さんのこと、真犯人たる第三者によりミスリードが演出された可能性、そして利樹さんの不審な点を伝える。
「過剰に唇を舐めていて、復讐と聞いたら口元を隠すようにしていた……か」
「怪しくないですか? 口元を隠すのは人間が嘘をつくときの典型的な仕草ですし、唇を舐めるのも“何か”があって警察を過剰に警戒していて、それで緊張状態にあったことで唇が乾いたからと解釈できます」
「確かにそれは間違いではないが……
んー、それはなぁ。そうなんだけどね。これだけじゃ確定的な根拠になるわけないってのは分かってるよ。
「分かってます。でも完全に
雨が降ってきた。如月さんがワイパーを稼働させる。
「……もう少し証拠を集めてくれ。そうすれば捜査本部も本腰を入れられる」
そっか。そうだよな。
警察という税金で運営されている組織で人権の制限を伴う行為をするには、それ相応の確実性がなければいけないのだろう。
時にそれは「なぜ相談を受けた時にすぐに動かなかったのか。そのせいで人が死んだんだ」ってな感じに非難される性質だけど、決して間違いでも悪でもない。
限りある資金と人員で莫大な事件を
今の如月さんの言葉は俺の曖昧な推理と
雨足が強まってきた。時刻は19時になろうかというところだ。亮が
しかしそんな俺の想いを無視するようにスマホの呼び出し音が車内に響く。
「すまないが出てくれ」
如月さんに言われ、スマホをスワイプする。
「もしもし。また結城です。どうされました?」
通話の相手は三崎管理官だ。
「第四の事件が発生した」
おいおいおい。ペース速いってば。勘弁してくれよー?
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