Endless Mysteries [ネ編]
『w──!?』
( ㆀ)?
6月11日(金)晴れ。時刻は13時を回っている。
今日も元気に探偵をしているぜ!
……というのは絶対的真理たる嘘で、俺ん家にて
例のごとく突然に「大学に行く!」と言い出したんだ。それで参考書と問題集で遊び始めた。
5月には高卒認定の申込みをして割りとガチである。正真正銘の中卒だからそうなるんでしょうが、まさか亮がそこに目を付けるとは……。
……ただ、ちょーーーっと気になることがある。
俺の見間違いでなければ、亮がやっている真っ赤な本には共通テスト数学1A2Bの文字があしらわれているんだ。
これって大学入試本番用の過去問なんじゃ……?
いくらなんでも中学レベルから始めて1ヶ月でこれは、カンニングを疑わざるを得ない。
しかし解くスピードが速すぎてカンニングを見つける隙が無い。けっ。
──カリカリカリカリ……!
「……晩御飯は肉じゃがが食べたいから答えは3」
肉じゃがで数学……? 天才の頭は不思議が詰まっているようだ。
──カリカリカリカリ……!
目の前で集中して勉強されると、ダラダラしながらスマホで脳死リセマラしてる俺は、何か悪いことをしているみたいじゃないか。
いけませんな。由々しき事態ですよ。ニートの本分に精を出しているだけなのです。
──カリカリカリントウカリ……!
いやマジで頑張るなぁ。
「……なぁ亮」
「なぁに?」
「なんでそんなに頑張るんだ? 別に慌てる理由は無いだろ?」
亮が無駄に質の良いレザーバッグから実用系の新書(?)を取り出す。
「……ほい」
渡された本は『名探偵の恋人は名探偵』と題されている。
なんぞこれ。恋人が名探偵って、だからなんなんだよ。探偵に学歴はいらんだろ。
パラパラと目を通す。そして、それっぽい記述を見つける。
「あ、これか」
本には「名探偵の恋人(
とりあえず学歴うんぬんは偏見ちゃいます? そうでもないっしょ。ドラマでは学歴とは無縁そうな(偏見)飲み屋の女将とかがその役割こなしたりしてるよ。
うーん、てか、亮はまだ結婚がどうのって約束を信じてるのかな。
「大きくなったらゆうと結婚する!」と言っていた時からさして精神年齢が成長しない内に体だけは大きくなっちゃったからなぁ。大きくなったから約束通り結婚することになってるのかもしれない。亮の中では。亮の中では。
「……ちなみに第一志望は?」
「
法学系最難関ですね、分かります。
いたたまれなくなったわけではないが珍しく散歩に出た。天気も良いしな。
テキトーにビル群を抜け、
疲れたな。公園があるからそこのベンチで休もう。
それはそれとして。
「……ここどこだろ?」
何も考えずに進みすぎたせいで場所があんま分からん。別にいいか。いざとなったらスマホがあるから
んー、ノリで散歩スタートして公園まで来ちゃったけど普通に暇やな。
うん。帰るか。
そう思い、公園の入り口に向かう。途中、なんとなく気になって後ろを振り向く。そしたらヤンキー臭い茶髪女が居た。つーか霊だな。
「……あれ?」
昔、写真で見た、血の繋がった方の母さんに似てる。
そして、母さん似の茶髪女が切羽詰まった顔で叫ぼうとし──。
『w──!?』
──魂レベルで消滅する。
「えぇ……。なんだよ。気になるってば」
しかし答える者は居ない。人の気配も霊のそれも近くには無い。静かなもんだ。
気にはなるけど、だからってできることも無いんだよなぁ。うーん、嫌な予感はするんだけど……。
ま! なるようになるっしょ! いつもそうしてきたし、それでなんとかなってるし? つーか、そう考えるしかないし。
切り替え切り替え。
さて、せっかくだからトイレットペーパー買ってくか。亮、微妙にこだわるからな。
買い物を済ませ、家に帰り着いたら亮が国語用の赤い本を開いていた。亮に内心描写を理解できるのかな。
で、なんだかんだで依頼も招かざる客も来ない平和な1週間が経過した。
こういうのでいいんだよ、こういうのでぇ! 余計なイベントは要らないのだよ!
時刻は13時を回っている。
今日も元気に探偵をしているぜ!
……というのは絶対的真理たる嘘で、俺ん家にて
「……ん?」
なんか既視感があるな。夢か?
頬をつねる。痛いな。うん。現実だな。
癖でスマホを
嫌な予感がバッキバキだ。
この時、漸くスマホの日付が目に入る。6月11日。俺の主観では1週間前の日付だ。
「……はぁ!?? ウッソだろ!?!?」
俺の奇声に亮が珍しく
「あによ? 後で遊んであげるからイイコにしてて」
いや、いつも遊んでやってるのは俺だから。
……いやいやいや、それどころじゃない。まさかとは思うが、ループしたのか……?
「亮。今日は6月11日だよな」
「そうだよ。どうしたの? なんか変だよ」
「……
亮が俺を見つめ、顎に手を当て考え込む。めっちゃくちゃ珍しい光景だ。
「……ふざけてないね。ゆうは明日の晩ご飯を知っている? でもどうして……?」
ぶつぶつと亮が思考に沈んでいく。
……亮は何も知らないみたいだな。
スマホで
命に電話を掛ける。
──お掛けになった電話は電波の届かない場所にある、または電源が入っていないため掛かりません♡。
「繋がらない……」
偶然、繋がらないだけならいいが……。あとは何か知ってそうなのは……桜子さんとかか? 掛けてみよう。
リストから桜子さんを探してタップ。
──お掛けになった電話は電波の届かない場所にある、または電源が入っていないため掛かりません☆。
まだだ。次は
──prrrrrrrr。
お!
「もしもし、佐藤だ。どうした?」
繋がった!
「突然、すみません。1つお訊ねしたいことがありまして」
「
「ありがとうございます。世界が1週間ほど巻き戻ったことに気づきましたか?」
さぁ、どうなる?
「……何かの暗号か?」
背筋に嫌な汗が伝う。
「いえ、そのままの意味です。一定レベル以上の霊能力者なら気がつくのかなと思ったのですが……」
「待ってくれ。レイノウリョクシャとはなんだ? 結城君、どうしたんだ? 何かあったのか?」
!?
霊能力を知らない!? 記憶や認識の
……からかわれている? しかしそんな雰囲気は無いよな……。
「……っ!?!?!」
俺の霊能力も無くなっている!? あまりにも違和感が少ないから気がつかなかった。霊気を一切感知できない。
何が何やら分からない。
「……大丈夫です。変なことを訊いてすみませんでした」
「謝る必要はないが……」
「はい。ありがとうございます」
「他には何かあるか?」
「いえ、大丈夫です。お忙しいところ、ありがとうございました」
「そうか。何かあれば言ってくれよ。では失礼するよ」
「はい。それでは失礼いたします」
通話を終える。
……霊能力が世界から消えたのか? 念のため亮にも確認だ。
「なぁ亮。亮も霊が見えなくなってないか?」
キョトンとされる。うっわ。
「霊……? そんなの見たことないよ」
ですよねー。やっば。やばやばぱやぱやだ。
──ぴろりろりん。ぴろりろりん。
呼び出し音だ。前回は無かった。
これはどういうことだ……? 偶然? しかしそれは楽観的にすぎるか。
画面には
「はい、結城です」
「……如月だ。依頼がある」
不機嫌そう。そんなぶっきらぼうに言わんでも。
「事件ですか」
「そうだ。今から来られるか」
「……まぁ、大丈夫ですよ」
前回はこの依頼が無かった点を考えると、この事件がループの原因解明への糸口──ヒントになるかもしれない。というのも「前回との差違」=「ループの仕掛人が意図的に起こした可能性」と解釈できなくはないからだ。
絶対、有益な情報が得られると断言はできないが、とりあえず動いてみないとな。霊能力無しでどこまでできるか分からんけど、その霊能力を復活させる為にも行動やね。努力して鍛えた霊能力が無いとやっぱ悲しいし。
「では
「ほいほい」
「こっちだ」
如月さんが手を挙げてくれた。メガネにスーツだね。
「ご依頼ありがとうございます?」
ありがたくはないが、なんとなくノリで言っておく。
「ああ、現場に向かいながら話そう」
「はぁ、分かりました」
駅前はそれなりに混んでいる。やだやだ。
如月さんが話し始める。
「今日、殺人事件があったんだ」
ほうほう。いつものやね。
「ここから近くにある雑居ビルの5階で小学5年生の
ふむふむ。
如月さんの話はこうだ。
今日の午前8時30分頃、通報を受けた巡査が雑居ビルに向かうと、空きテナントである5階で勝又有理さん(10)が死亡していた。鋭利な刃物による傷が胸部にあるが、凶器は現場に残されておらず、他殺の線が濃厚らしい。
また、この事件の特徴として死体の近くの壁に「QSSBGD」と記されていたことと女性用らしき結婚(又は婚約)指輪が同じく死体の近くに落ちていたことだ。
で、今そこに向かっている、と。
「なんでそんなとこにキッズが居たんですか?」
普通、そんなとこに行かないでしょ。
「別の階を利用している人によると『悪ガキどものたまり場』だったそうだ。被害者も何度かビル内で目撃されているが、注意しても無駄で管理会社も何かをするわけでもなく、なぁなぁで使われていたとのことだ」
ほーん。
「死亡推定時刻は?」
「昨日の16時頃だ」
「なるほど」
如月さんが立ち止まる。
「着いたぞ。ここだ」
パトカーが止まってるもんね。こんな駅前で殺人か。しかも小学生がねぇ。
すでに顔見知りの警官の皆に挨拶をしつつ現場に入る。
イメージよりも少し広いかな。つっても普通の8階建ての雑居ビルの枠を逸脱してはいない。
廃墟感がいい味を出してるね。雰囲気は嫌いではないよ。
遺体はすでに無く、テープが
霊は見つけられない。
てか、そもそも今は霊感が無いから仮に霊が居たとしても認識すらできない。
そして壁には文字がある。
「これが壁の……」
聞いた通り、大きく「QSSBGD」と書かれている。
これはスプレーか? 無関係の落書きの可能性は?
如月さんに訊いてみよう。
「この文字って元からあったイタズラ書きってことはないですか?」
如月さんが微妙な顔をする。
「……確かにその可能性は否定できない。だが他に落書きは無い。加えて、普通こんな暗号染みた物を壁に書くか? 私はそこが引っ掛かる。それならば犯人からの何らかのメッセージと考える方がしっくりくる」
まぁなぁ。
壁の文字を見る。綺麗かつはっきりと文字が記されている。経年劣化とでも言えるような雰囲気は無い。
ふむ。
「指輪は?」
如月さんが懐から写真を2枚取り出す。
1枚目の写真には床に落ちたシルバーの指輪が写されている。次のを見る。
2枚目は指輪の内側の写真だ。
写真の裏に走り書きがある。「指輪の内側に『2002.6.10 Promise of Eternal Love』と刻印あり」「サイズは8号」と書いてる。
結婚(又は婚約)指輪臭いね。サイズも女性用のオーソドックスな物だ。
「これも事件とは無関係の可能性を否定しきれないですね。まぁ多分関係ありそうですけど」
関係があると考えた方が自然ではある。普通、子どものたまり場に結婚指輪が偶々落ちてるなんてまずないだろ。
不意に如月さんが俺を見つめる。
なんだよ。インテリ美人は間に合ってるからいらないぞ。あ、もしかして如月さん、眼鏡替えた?
「……結城君はどう見る?」
全然違った。
「眼鏡似合ってますよ。事件については、そうですね……」
如月さんが眼鏡をクイッとする。
「分かりませんね。壁の文字も意味不明です」
眼鏡がガクッとずれる。すげー、どうやったんだ?
「……そうか。君でも分からないか」
「もう少し情報が欲しいですね。被害者を殺す動機がありそうな人は居ましたか?」
ただなぁ、小学生だろ? あんまり動機のバリエーションは無さそうだよな。
「……まだ聞き込みも始めたばかりで正確ではないが、ガイシャは
ほー。
「虐められっ子とは接触したんですか?」
「それはこれからだ」
ちょっと行ってみますか。
「俺も行っていいですか?」
「……本当は駄目なんだが」
お?
「君は実績があるからな。特別に許可されている」
よしよし。行ってみよー。
「
「はい。教師の目から見てどうでしたか?」
虐められっ子──高菜奏太さんに直接行く前に虐めの事実がどうだったかを周りの人間に訊いておく。
今は有理さんが通っていた
時刻は15時前。高学年は授業中だが、有理さんと奏太さんの担任の先生──
ちなみに奏太さんはお休みだ。虐めがあるせいか分からないが、少し休みがちらしい。
「虐めの事実は確認しておりません……と言うように
ワロタ。正直やな。
「私が認識している限りでは上履きを隠したり、過剰ないじりだったりです。ただ、暴力で金品を巻き上げているという噂もあります」
やってることがほとんど中高校生である。
「なるほど。虐めはいつから始まったのでしょう?」
「えーと、少なくとも3年生の時点では虐めがあったようです」
ほーん、大変やな。
「なるほど。他に有理さんや奏太さんについて気になることはありますか? なんでもいいですよ」
「事件と関係があるかは分かりませんが、勝又君はご両親に虐待されていた可能性があります」
おおう。マジか。でもそういう情報って大事よ。ちりも積もれば山となるっていうしな。何かのヒントになるかもだし。
「以前児童相談所の方がいらしたことがあって、そういったことについて調べていたそうです」
「教えてくださり、ありがとうございます。解決に繋がるかもしれません。他には何かありますか?」
これには首を横に振る。もう無いようだ。礼を言ってインタビューを終わらせる。
次にクラスの子たちにも話を聞く。
「うん。虐められてたね」
「奏太ってどんくさいから」
「有理くんは嫌いじゃないよ」
「顔に
「奏太くん、よく
「助けるわけないじゃん。私が虐められたら嫌だもん」
うん。まぁ大体分かった。じゃあ次は本人に突撃しますか。
高菜奏太さんのお宅にやって来た。子ども部屋で俺、如月さん、奏太さんが微妙な空気を作っている。
如月さんがショタに声を掛ける。
「ちょ、ちょっと訊きたいことがあるんだ。い、いいかな?」
学校に居る時から思ってたけど、如月さん、スッゴクぎこちないです。表情も固いし、子どもが苦手なんかな。
奏太さんも如月さんの残念な猫撫で声に引き気味だ。お疲れ様です。
「……いいですよ。
むしろ奏太さんの方が落ち着いている。
「き、昨日の午後は何をしていたのかなかなかな?」
奏太さんがピクピクする。
なんか如月さんが可哀想になってきた。交代すっか。
如月さんのスーツを引っ張る。選手交代と呟くと如月さんがホッとした顔をする。
俺たちの
「……5時間目と6時間目はテストを受けて、学校が終わったら真っ直ぐ帰りました」
昨日の午後は算数と国語のテストだったらしいからね。
「テストはどうでした? 手応えはありましたか?」
「……そこそこは」
「おー凄いね。勉強は得意なんですか?」
学習机は整理整頓されている。亮にも見習ってほしいものだ。
「塾に行ってますから」
ふむふむ。ちょっと不審がってるね。いきなり警察が来たと思ったら「テストはどう?」「勉強が得意か?」だもんな。
「なるほど。ちなみに今の子って小学校から英語をやるんですか?」
奏太さんはすぐに答える。表情に不自然なところは無い。
「大したレベルではないですけどやりますよ」
そうなんか。大変やな。それはそれとして壁の文字を書いた可能性は普通にある感じだね。
「学校を出たのは何時くらいですか?」
「3時半くらいです」
「お友たちと一緒に帰ったりしました?」
少し言い淀む。自分が何かを疑われてるって察してるだろうね。
「……1人で帰りました」
「帰宅した時にご家族はお家に居ましたか?」
「……居なかったです」
アリバイは無いか。
さて、念のため揺さぶってみよう。
チラっと如月さんを見て、にやっとしてやる。気味悪そうな顔しやがる。フヒヒ。
「勝又有理さんが殺されました。君が犯人ですよね?」
時が止まったかのように奏太さんが固まる。ついでに如月さんも固まる。
ふむ。
数拍後、返ってきたのは否定の言葉。
「違う! 僕はそんなことしない!」
「しかし君は勝又さんに虐められていた。怨んでいたのではないですか?」
「……怨んでる。あいつは嫌いだ。でも、だからって殺すわけない!」
うーん、不自然さは感じられない。だが嘘や演技が上手い早熟の子の可能性もあるからなぁ。難しいな。
とりあえずは退くか。
「そうですか。失礼しました。俺の勘違いだったようです」
今日はここまでにしよっと。
俺の心証では白だな。マジで霊能力無いと不便。
奏太さんの次は母親である
雪奈さんの左手薬指にはゴールドの指輪がある。少し珍しい。
「いいデザインの結婚指輪ですね」
雪奈さんが
「ありがとうございます。でもそんなに値打ちのあるものではないですよ」
「そうなんですか? 私はいいと思いますよ。ところで婚約指輪はお持ちですか?」
一応、確認。
「? ありますよ。それがどうされました?」
「見せていただけないでしょうか?」
「いいですけど……」
イマイチ釈然としていないみたいだけど、特に拒否はされなかった。
リビングを出た雪奈さんが少ししてから小さな箱を持って戻ってきた。
「これです」
箱を開けてくれた。中には結婚指輪と同じゴールドの指輪が入っている。
白か。
指輪の色じゃなくて現場にあった指輪の持ち主的な意味だ。
「こちらもいいですね。刻印はありますか?」
「ありますよ。ご覧になりますか?」
「お願いします」
雪奈さんが旦那さんの物以外の指輪を差し出してきた。旦那さんのはここには無いからね。
手袋をして受け取る。
結婚指輪にはシンプルに「真実の愛」と日本語で刻まれている。婚約指輪には「永遠の誓い」とある。この夫婦は日本語スキーやね。
普通に現場の指輪とは無関係っぽい。お返ししよっと。
「ありがとうございました」
うーん。分かんないことばかりだ。
「ご協力ありがとうございました。それでは失礼いたします」
雪奈さんに挨拶し、家を後にする。大した収穫は無かったな。
「如月さんは何か分かりましたか?」
車を運転する如月さんがやや渋い顔で答える。
「駄目だ。特に違和感は感じなかった」
同感だ。
「そうですか。困りましたね。警察の捜査陣に進展は? 指輪の販売店とか分かったりしません?」
「……なんの連絡も無い。であれば、そういうことだろう」
そっか。
「じゃあ次は勝又有理さんの両親のとこに行ってもいいですか?」
「構わないが、すでに他の刑事が話を聞いているはずだぞ?」
「念のためですよ」
地道すぎてダルいわ。
勝又さん宅。お父さんは仕事中らしいので、とりあえずお母さんとお話だ。
「心当たりはないです」
有理さんのお母さん──
「そうですか。話は変わりますが、有理さんはどのような子どもでしたか?」
眉間にシワを寄せてる。
「元気が有り余ってる感じでしたね」
ふーん。ちょっと切り込もーっと。
「実は有理さんは以前『親から虐められてる』と学校の先生に相談していたようなのです。これはどういうことでしょうか?」
時子さんが小さく舌打ち。感じ悪!
ちなみに相談うんぬんは嘘である。
「……旦那は厳しい人なので有理が誤解したんじゃないですか?」
うっは。旦那さんに責任転嫁ー!
「……そうですか」
「もういいですか。私も疲れてるんです」
「最後にもう1つ。結婚指輪と婚約指輪を見せてください」
露骨に嫌そうな顔をする。
「またですか? 他の方に見せたんだからいらないでしょ」
あー、その気持ちは分かる。でも自分の目で確認したい。
「申し訳ありません。そこをなんとかお願いできないでしょうか?」
また舌打ちしたよ。この人、ある意味度胸あるな。
「分かりました。でも見たら帰ってください」
「はい。ありがとうございます」
1分くらいで時子さんが箱を持ってきた。
「お待たせしました」
嫌味ったらしい声音だ。でも見せてくれるなら構わないよ。
時子さんが蓋を外す。
箱には1対の結婚指輪と1つの婚約指輪が入っている。色はシルバー。特別、変わった所は無い。
「手袋をしますので手に取ってもいいですか?」
「お好きにどうぞ」
快諾(笑)してくれたから指輪を取り出し、確認する。
結婚指輪らしき2つの内側には『2007.10.3 T & T』と、婚約指輪らしき1つには『2007.10.1 T & T』と刻印がある。現場の指輪とは関係なさそうだ。
箱に戻す。
「ありがとうございました。では約束通りこれで終わりです」
時子さんがため息をつく。舌打ちとため息のコンボは強い。
「挨拶なんていいから早く帰れ」というオーラを出している時子さんに丁寧に挨拶をして勝又さん宅を後にする。
白っぽい気がするなぁ。虐待はしてそうだけど。
また車で移動。今度は俺が運転。如月さんは電話中だ。
少しして如月さんが電話を終える。そして情報共有。
「先に聞き込みをした刑事によるとガイシャの両親は2人ともアリバイがあり、特筆すべき不審な点も無かったらしい」
「なるほど。2人にはあまり期待できないかもしれませんね」
んー、となるとすぐにできることや分かることはあんまり無さそうだ。壁の文字もゆっくり考えたいし、一旦解散にしよっかな。お腹も空いたしな。
結局、このまま如月さんと別れて今日の捜査は終了。明日また来いってさ。
「ただいま」
「おかえりー」
家に帰ると亮が料理を作っていた。
大丈夫なのか? 形容し難き料理のような物を生み出したりしないか?
丁度完成したのか、エプロン姿の亮が寄ってきた。
「ごはんにする? それとも肉じゃがにする?」
一見、俺が選択できるように聞こえるが、その実、選択肢を与えていない。巧妙な罠である。子ども騙しとも言う。
「コロッケにする」
だが敢えて第三の選択肢を選ぶ!
「そう言うと思って作っておいたのだ!」
!?
どこからともなくコロッケが盛られた皿を取り出し、見せつけてきた。
馬鹿な……! 読まれていたというのか……!? それにそこそこちゃんとした形になっている……だと……!?
この後めちゃくちゃ晩飯した。
晩飯後、落ち着いてから壁の文字について考える。
QSSBGD。
意味が分からない。暗号なのか? それともただの無関係な落書きで何の意図も無い?
仮に暗号だとしたらどうすれば解読できる?
こんな言葉見たことない。6文字の主要な英単語をルーズリーフに書き連ねる。
うん。見比べても何も思いつかん。仕方ない。最終兵器偽妹を投入だ。
「亮さーん。ちょっと来てー」
プライドは無い。背に腹はかえられぬのだよ。
下着姿の亮がやって来た。
「あに? 一緒にお風呂入りたいの? 甘えん坊さんなんだから!」
スルー安定である。だから脱がすな。
「この文字列の意味分かるか?」
「なぁにこれ」
亮がじっとルーズリーフを見つめる。大体10秒くらいだろうか、口を開く。
「……分からない」
ウッソだろ。この手の問題で亮が答えを出せないってなんだよ。これはホントに無意味な落書き? いやしかしあの状況でそんなことあるか?
「ちなみに近くに子どもの死体と結婚指輪があった。この状況を加味しても分からないか?」
「……ごめんなさい」
「マジか……」
「でも」
お?
「一緒にお風呂入ってくれたらなんか分かるかも? うん、きっと分かる」
じとっとした目を向ける。
「ぴゅ~♪ ピィュ~♪」
口笛下手だな。ウケる。
……この後めちゃくちゃお風呂した。
「分かったー!」
ガタガタガタガタと階段を駆け下りる音が聞こえ、亮が襲来する。
「ふふふ」
ニヤニヤしてる。なんだ今度は。
「暗号が分かったよ」
しゅごい。
しかしなかなか答えを言おうとしない。
なんだよ、もったいぶって。
「……? 答えは?」
亮がにんまりする。
「今日から毎日一緒に寝てくれたら、もしかしたら教えてあげるかもしれないなぁ」
こ、こいつ……! 最近、素直なチビッ子から腹黒い女にビフォーアフターしてきている……!
なんということでしょう。これが
「あるぇ~? 答えを知りたくないのかなぁ?」
く……! 亮のクセにぃ……!
「……くっ、殺せ」
ベッドの中で亮が言うには、暗号を解読すると「
QSSBGDをドイツ語のアルファベットとして解釈するとそれぞれ「Q」「SS」「B」「G」「D」になる。この「SS」は30番目のアルファベット1文字を意味する場合もあるみたいで「エスツェット」と呼ばれる。
で、それぞれの文字をドイツ語のアルファベット順で1つ後ろにずらすと「Q」→「R」「SS」→「A」「B」→「C」「G」→「H」「D」→「E」になる。
並べると「
亮、凄いわ。
「しかし復讐か……」
となるとやはり奏太さんが……? だがなぁ……。
それに結婚指輪の謎が残って……ん? なんか引っ掛かるな。「
ちょっと検索してみるか。スマホを取る。あ、肘が亮の頭にぶつかった。
「……ん」
起きなかったな。
2つのワードを入れて検索する。出てきたサイトを見ていく。指輪販売店、結婚式場……そしてある文言を見つける。
「あー! これか!」
「……ううん、なぁに」
亮が起きちゃったな。すまん。
「ごめんごめん。なんでもないよ」
「じゃあちゅーしてー」
「はいはいそのうちな」
「えー……」
すぐに寝息が聞こえてきた。寝たか。
スマホ画面を見る。
──『緋色の研究』。
シャーロック・ホームズシリーズの1作目だ。今回の事件、事件発生時の状況が作中のものと似ているんだ。作中でも
偶然か……?
ただ、ドイツ語の復讐とわざわざ書く理由が見つからないんだよなぁ。
でもホームズの事件を真似たとするならなんとか納得できる。
ただし事件の構造自体は全くの別物と考えた方がいいだろう。
……なんだこの事件?
犯人の意図が見えない。雲行きがいよいよ以て怪しくなってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます