結城君の法廷ミステリー劇場(偽) [バレ編]

──人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。(刑法第百九十九条より)










(`Д´)ノ





 さぁ! みんな大好き控訴審の時間だぜ! ヒャッハー!

 

 一応、控訴趣意書も読ませてもらったけど、内容は「被告人の病状や当日の家の様子を鑑みるに、責任能力があり、鬱病による注意力低下を明確に認識していたにもかかわらず、救急車を呼ばずに自ら車を運転する選択を敢えてしたことに、悪質かつ重大な過失又は被害者の死亡に係る故意若しくは未必の故意があり、事実誤認、法令適用の誤り又は量刑不当がある」ってのをいい感じにまとめてた。

 まぁそう言うしかないよな。

 ただ、霧島さんも分かってて敢えて攻めてるんだけど、仮に鬱病が自動車運転処罰法3条2項の適用範囲外と言えるくらい回復していたと判断されれば、更に法定刑の軽い5条の過失運転致死傷罪が適用されかねない。

 ぶっちゃけ俺の用意できた証拠だけでは一審を覆す判決をゲットするのはそれなりに難しいし、更に軽い刑になる可能性すらある。勝率は0ではないが、精々あまーく見積っても30%くらいか。


 でも大丈夫!

 クソ面倒くさい法律がどうのこうの、証拠がなんたらとかは小道具よ、小道具。ゲヘへへ……へ……。


 ……今、東京高裁の法廷に居て、ふと思ったんだけどさ。


 もはや探偵ですらないよ!? なんで検察官の助手みたいなノリで当たり前のように座ってるんだよ!? 絶対おかしいよ! 訴えてやる! ……ダメだ。よく考えたらこの裁判所も全然頼りにならなそうだ。救いは無いのか!?


 魂の涙を流していると、3人の裁判官がやって来た。


「起立!」


 よくわからんオッサンが叫ぶ。

 裁判官が礼するのに合わせ、皆も礼をする。そして裁判官が座った後に皆も座る。


 ……バッカくさ! 無意味なスクワットをニートにやらせるんじゃありません! もっとニートを甘やかしなさい!


「それでは開廷します」


 と、裁判が始まって「1審ではこんな感じだったよ」「控訴の理由はこうだよ」みたいな確認作業が進められる。


 向かい側の弁護人席に座る女(?)を見る。


 ……いやいやいやいや、頑張って気にしないようにしてたけど、なんで小学生みたいな女の子がそこに居るんだよ!? 納得できねぇよ!!


「1審及び控訴理由につき、弁護人は意見を述べてください」


 ……裁判長さんよ? あんたさっきの霧島さんの時に比べて、なんか優しい声じゃないか? そういうの良くないと思います!

 

 弁護人が立ち上がる。


 背ひっく。キッズじゃん。お家帰って○転裁判でもやりなよ。こんなとこ、子供の来るとこじゃ……。

 

 そんな俺の考えを察したのか、霧島さんがこそっと教えてくれた。

 

白峰しろみね弁護士は30歳ですよ」


 はぁ!? うっそやろ! AVに出たら児童ポルノ法違反が明白とかで会社が潰れそうなナリしてんじゃん。「お肌の曲がり角なんてまだまだ先ですぅぅ」て顔してるじゃん。

 世の中間違ってるわ……。


「1審の判決及びその前提たる事実認定に瑕疵はありません。霧島検察官の主張は不明瞭かつ客観的根拠を欠くものであり、とりわけ、被告人の故意に関しては単なる妄想にすぎず、被告人よりむしろ霧島検察官の責任能力に問題があると断じます。以上です」


 うわぁ。性格きっつそう。やだやだ。つり目でなんか常に怒ってる顔してるし、目合わせたくないなぁ。子供のクセに何をそんなに怒ってるんだか。


「30歳ですよ」


 は! 見た目がアレすぎて事実を受け入れられなかった。なんて女だ。これが血で血を洗う法廷戦争。なんという恐ろしい場所なんだ……!

 

 弁護人席に座った白峰さんが俺を見る。あ、鼻で笑いやがった。

 うっっざ。もう怒ったぞー。悪い子には躾が必要だ。ゲヘへへ。


 霊圧(微増)スイッチ、オン~。ポチっとな。


「「「!?」」」


 法廷の空気が変わる。ゲヘへへ。

 なぜ霊圧を上げたかと言うと、俺の存在感と威圧感を水増しさせ、俺の発言をしっかりと皆の魂に刻ませる為だ。

 簡単に言うと、擬似的なカリスマ性(笑)を演出し、俺の言葉に説得力(虚)を持たせる為だ。ね? 簡単でしょ?


 俺はすっと挙手をする。如何にも自信満々な顔を作る。

 裁判長が鷹揚に頷く。


「検察官補佐の発言を認めます」


 ……くっ、おもいっきりツッコミてぇ。「異議ありや! 検察官補佐ってなんやねん!」ってツッコミてぇ。ダメだ。堪えるんだ。今の俺はカリスマ、今の俺はカリスマ、今の俺はカリスマ……。


 俺を見て、白峰さんがボソッと呟くのが見えた。


「検察って顔じゃないわね」


 !?


「いっ……!」

 

 お前が言うな!

 遠くてよく聞こえないけど、今の強化された6感が教えてくれた。ついツッコむところだった。危ない危ない。

 しかし、そうか。白峰さんは少しは霊気に耐性があるみたいだ。一般人にもたまに居るんだよな。

 ま、弁護士風情が1人で騒ごうと問題無い。大事なのは俺の演出力よ。


 本日のポイントその2。

 言霊ことだまマシマシ弁論術発動!

 説明しよう!

 言霊とは、言葉に霊気を込め「なんか言ったことが現実でも起きそう」「むしろ起こさなきゃ」「凄く真理っぽい」と魂レベルで思わせる霊的詐欺テクニックだ! 耐性がある人にはあんま効かないし、約束じゃなくて一方的な言葉だとそこまで強制力が無いのが難点だけど、ハマればつよつよさ! 


 てか、ぶっちゃけかなり疲れるし、霊気を込めまくって強引に言うこと聞かせようとすると廃人になるから、好きじゃないんだよな。でも今は言霊無しだとちとキツイからしゃーない。


 カッコつけて立ち上がり、キリっとした顔(笑)で発言する。


「重大な新事実につき事実調べを請求する!」


 つっても、裁判だからそこまでセリフで遊べないんだよな。ま、カリスマ(笑)の敏腕詐欺師には問題無いけどな!


 新事実という言葉に傍聴席がざわざわする。賭博事件ではないのにおかしいな。


「異議あり! 請求する期限を過ぎています!」


 お、おい。キッズに先に言われたよ。しかも白峰さん耐性あるせいで普通に元気だわ。


 俺は貫禄たっぷりに裁判官、それから傍聴人たちを見回し、最後に被告人へ意味深な視線を一瞬だけ送る。

 被告人の顔が強ばる。フヒ。


「なるほど、確かに確かに。しかし皆さんは仮に新事実が判決を根底から覆す物であった場合、少しばかり発見時期がやむを得ず、そう、やむを得ずに遅れたのだとしても、聞きもしないで切り捨てるのですか? そこに法曹人としての正義はあるのですか? 私は皆さんを信じていますよ」


 ゲヘへへ。少なくとも俺に法曹人としての正義なんて陳腐なもんは無い。だってニートだもん。

 しかし霊圧と言霊の効果で皆の魂に深く突き刺さったはずだ。中には感極まっている裁判官もいる。

 

 ……いや、はえーよ? あんた裁判官に向いてないわ。


 ……と思ったけど、最近俺の霊能チートのレベルが上がってるんだよなぁ。そのせいか霊圧と言霊も前より強くなってる気がする。

 裁判官には悪いことをしたと反省している。だから請求を認めてちょ。フヒ。

 

「事実調べ請求を認める。検察官補佐は新事実を述べて下さい」


 はいオッケー!

 

「裁判長!」


「弁護人は静粛に」


「ぷ」


 白峰さんが俺を親の敵でも見るような目で睨んでる。元々目付きがキツイ子が更にぷんぷんしてると鬼だわ。でもよく考えたら小学生なんだからビビる必要は無いぜ!


「30歳と10か月ですよ」


 は! またしても白峰女史のけしからん容姿に騙されるところだった。なんて悪い女の子なんだ!


 気を取り直して弁論ペテンを再開する。


「新事実は大きく分けて3つあります。被告人の詐病、被害者の不倫、そして本件事件の真相です」


 康博被告の眉がぴくりと動く。

 傍聴席から感情の波を感じる。俺の言葉が真実なら、事件が分からなくなるからな。


「それではそれら事実を証明する証拠を提出して下さい」


「先ずは詐病から証明していきます」


 挑発がてら白峰さんを見下ろしてやる。これで少しでも頭に血が上ってくれれば儲けもんだ。

 さて、先ずは須貝医師からやな。


「被告人は3年程前に須貝メンタルクリニックを訪れました。そこで被告人は『眠れない』『だるい』と鬱の典型的な症状を訴えたようです。しかし当時診察した須貝医師は、被告を詐病であると確信を持って断定しました」


 また場の空気が動く。1審では康博被告が鬱であることが大前提だった。そこが崩れると1審が不当であったと断ずる他ない。

 どんどんいくぜ!


「実は本日、3名の方に証言していただく準備ができております」


「異議あり! 手続きに瑕疵があり、証拠能力が認められません」


「総合的に判断して異議を却下し、証人の入廷を認めます」


 へ、ざまぁ。白峰さんにやりと笑い掛ける。なんか視線だけで人を殺せそうだ。へ、キッズの癖に生意気だぜ。


「現在、証人控室におります故、霧島検察官が一時離席することをお許し下さい」


「認めます」


 霧島さんがサクッと須貝さんを呼んでくる。


「証人は証人台へ」


「お名前は?」とか「偽証はアカンよ」とかの決まり文句が流れていく。


「それでは検察官補佐は主尋問をしてください」


 はいよ。


「須貝医師が詐病だと判断した診察の経緯はどういったものでしたか?」

 

「約3年前の12月18日、被告人斎藤康博氏が診察に訪れました。その際、不眠と倦怠感から鬱病ではないかと訴えていましたが、問診では鬱病の特徴を確認できず、また、光トポグラフィ検査でも鬱病のグラフパターンは検出されなかった為、詐病であると判断し、単なる疲労状態であると診断しました。以上です」


 康博被告の口が無意味かつ微かに開いたり閉じたりする。へっ。

 法廷がいよいよ、色めき立って来た。傍聴席に居る記者らしき人がガン見しながら、高速でメモ取ってるわ。きんも。


「光トポグラフィ検査の精度はどの程度でしょうか?」


「現在は70~80%と言われています」


 なかなかの数字だろう。


「その結果と問診を合わせ、診断するわけですね」


「その通りです」


「では問診の具体的な判断根拠は?」


「不眠、倦怠感が強く、鬱状態であると頻りに訴えていましたが、会話の中での発言から自責、希死念慮きしねんりょや非合理的な、又は過度な不安感が認められず、表情や一部感情の喪失又は耗弱こうじゃくも確認できなかった為に詐病と判断しました」


 詐病。

 

 医師の口から聞くとやはり説得力がある。事前の打ち合わせで、可能な限り詐病というワードを使うように言ってある。

 そのお願いに須貝さんはいい顔をしなかった。

 何故なら、特定のセンセーショナルな言葉を何回も聞かせるのは典型的な洗脳、あるいはそこまで行かなくても有効な宣伝の方法だからだ。

 だが、殺人罪を逃れる為にした詐病を暴くには必要と説得した。


「なるほど、よく分かりました。ちなみに被告の人間性は鬱になりやすいと言えるのでしょうか?」


「異議あり! この質問は明確な事実ではなく、曖昧な俗説を問うものであり、誘導尋問の性格もあります。認められません」


「異議を認めます。検察官補佐は適法に尋問してください」


 ちぃ。これはダメか。くっそ。あのキッズまた鼻で笑いやがった。年上に対する礼儀がなってない。けしからんなぁ。


「男日照りの三十路女ですよ」


 は! なんということだ。モテないからってロリコンをターゲットにしだすような女のマヤカシにやられていたようだ。なんて嫌らしい女なんだ。

 ……てか、さっきから霧島さん鋭すぎません? 流石検察官風直感型インテリヤクザだわ。


「失礼しました。最後です。須貝医師が詐病と判断した際のカルテは残っていますか?」


「電子カルテとして保存しています」


「ありがとうございます。以上で検察主尋問は終わりです」


「それでは弁護人の反対尋問をお願いします」


 白峰さんがすっと立ち上がる。ちっさ。やーい、チビチビぃ!


「須貝医師は鬱でないと判断したようですが、三途の川総合病院の被告人の主治医は、鬱であると判断しています。このように判断が分かれることはあるのですか?」


「あります」


「それはどのような場合ですか?」


「医師の能力、医療方針や医師が得た情報に差違があるときです」


「つまり主治医より取得した情報が少ないあなたの診断が不適切である可能性もあるのですね」


 おい、これはアカン。


「異議を申し立てます。弁護人は侮辱的尋問及び誘導尋問並びに誤導ごどう尋問を行っています」


 まーた睨んでるよ。おーこわ。


「異議を認めます。弁護人は適切な尋問を行ってください」


 やーい、注意されてやんのー。

 ……なんか後で闇討ちされないかな。白峰さんのおっかない顔見てると不安になってきた。


「失礼しました。3年前には鬱でなくても、現在は鬱病になっている事例も当然ありますよね?」


「その通りです」


 うーん、当たり前の事だけど、敢えて確認することで皆に印象付けようとしてる感じか。へっ、苦し紛れだな。


「反対尋問は以上です」


「検察官補佐に再主尋問はありますか?」


「いいえ、ありません」


「では次の証拠はありますか?」


「はい、あります」


「それでは展示してください」


 オッケー。

 鞄から康博さんの勤める会社の健康診断書の写しを取り出す。

 本来は原本を展示し、診断した医師を呼んだ上で、真実性、証拠力を証明してもらうべきだが、それは断わられてしまったようだ。正式な証人の召還でない以上強制はできないし、たった3日で説得できる根拠が無かったから、コピーで妥協だ。

 ま、こんなん検察から出されたらそれなりの信用性はあるっしょ。霊圧カリスマブーストがあるからイケるイケる。


「こちらは去年の10月に、被告人の勤務していた草葉くさば株式会社で実施された被告人の健康診断の結果です。これによると肝機能障害が一切ありません。3年程前から被告人が処方されている抗うつ剤は肝機能障害の発症率が9割を越えています。従って、被告人は少なくとも去年の時点では処方されいるにも係わらず、薬を服用していなかった可能性が極めて高いです。以上の情況からも詐称を推察できます」


 ざわざわと法廷が怪しくうごめく。

 小さな小さな不審の種が心に根をはり出している。1つ1つは小さくても、それが重なればやがて大きな疑いの花を咲かすだろう。

 俺の霊圧と言霊があればそれで十分だ。


「静粛に。弁護人は意見又は質問はありますか?」


「はい、あります」


「では述べてください」


「はい。本件診断書は事件発生時より9ヶ月も前の物であり、それだけで事件当時にも詐病状態であったと断ずることはできません。従って事件当時の詐病について蓋然性がいぜんせいがなく証拠能力を認めるべきではありません。また、前提としている肝機能障害は発症しない可能性もある以上そもそも詐病の根拠たり得ません」


 まぁな。それは確かにそうだよ。

 でも、皆はもう被告人を疑いの目で見てる。なんでそんなことしたかって考えてる。しかるべきタイミングで答えを渡してやれば、堕とせるはずだ。

 白峰さんも、場の空気が検察側に寄っているのは察しているだろう。でも悪いな。霊圧と言霊によりこの場は俺のものだ。勝たせてもらうぜ。ゲヘへ。


「検察官補佐は意見又は質問はありますか?」


 んー特にないな。これは否定される前提の提示だ。


「ありません」


「当該事実の証拠は他にありますか?」


「ありません」


「では次の事実の証拠を提出してください」


 ほいほい。


「霧島さん」


 俺が呼び掛けると、霧島さんが席を立ち、隣接する証人控室へと向かう。そしてすぐに次の証人である園長先生──会田拓実あいだたくみさんが登場した。


「会田拓実さんは不倫に関して証言してくださいます」


 俺がそう言うと裁判長が頷く。


「証人は証言台へ移動してください」


 会田さんが不安げな顔で証言台に立つ。なーに取って食いはしないさ。ゲヘへ。


「お名前、住所、職業、年齢を述べてください」


 裁判長が定型句を投げ掛ける。


「会田拓実です。住所は──」


 また宣誓書(笑)の朗読をさせたり「オラァン、嘘つくんじゃねーぞ?」とか脅したりが敢行される。

 偽証のくだりで会田さんは嫌そうな顔をしてたけど、気のせいだろう。ゲヘへ。


「それでは検察官補佐は主尋問をお願いします」


 やりますか。


「被害者の斎藤塔子さんは4年程前から、自身の勤務する餓鬼道保育園を利用する早乙女さおとめ雅紀まさきさんと不倫関係にあったとお聞きしましたが、事実でしょうか?」


 俺がペラペラとテキトーに喋るだけで、法廷に居る人間の意識と魂に、俺にとって都合の良い認識が侵食していく。

 言霊は力加減を間違えると魂が壊れて人形みたいになっちゃうけど、上手く使えば今みたいに心に響く弁論(笑)を演出することができる。

 ま、白峰さんには効かないから、彼女だけは場の空気に1人で抗わなきゃいけなくなってるんだけどな! かわいそう(笑)。


「私の知る限りでは事実です」


「塔子さんが不貞行為をしていると認識した根拠はなんでしょうか?」


「保育園の1室で早乙女さんの男性器へ口淫しておりました。また──」


 おkおk。

「フェラはしたけど浮気じゃないよ!」なんて糞女じゃなければ言わないから不倫は印象付けられたはずだ。

 

 白峰さんを見る。


 え?


 白峰さんは真っ赤になってあわあわしている。

 なにそれ。あんた30歳なんじゃねぇのかよ。なんでこんなんで照れてんだよ。そんなんで不倫関係の訴訟とかやれんのかよ。


「白峰弁護士は刑事事件専門ですよ」


 霧島さんが教えてくれた。


 刑事専門なんてマジかよ。企業法務に比べて儲かんないんじゃないのか? ヤクザのパパでも居るんかね。


 白峰さんの痴態(?)を眺めてると、会田さんの猥談(笑)が終わったね。いくか。


「よく分かりました。斎藤康博さんとの夫婦関係などについて、塔子さんは何かおっしゃっていましたか?」


「はい。夫婦関係は冷めきっていると何回か溢しているのを聞いたことがあります」


「なるほど。ありがとうございました。検察主尋問は以上です」


 それにしても白峰さん、急に大人しくなってモジモジしてるな。


「それでは弁護人は反対尋問をお願いします」


「……」


 しかし返事が無い。ただのロリのようだ。

 裁判長がわざとらしく咳払いをする。


「反対尋問をお願いします」


 漸く気づいたのか、ハッとして立ちあがる。


「エ、エッチぃのは良くないと思います!」


 場が静まり返る。


 ……え? え!?


「反対尋問はいみゅ、以上です」


 えぇ……。反対尋問とはなんだったのか。これが分からない。まぁいいけどよ。


「えー、検察官補佐は再主尋問はありますか?」


 いや、あるわけないやん。むしろ白峰さんに色々ゲスい尋問したいわ。


「ありません」


「当該事実の証拠は他にありますか?」


「ありません」


「それでは最後の事実の証拠をお願いします」


 よっしゃ。ここが重要ポイントや!


「はい」


 返事をしてから一瞬だけ被告人へ視線を送る。ちょっとした牽制だ。全て分かってるぜってな。

 そして口を開く。


「本来、冒頭陳述において証明しようとする事実を過不足なく、端的かつ具体的にお伝えすべきでした。しかし、私は敢えて『事件の真相』というような抽象的な表現をいたしました。皆様の中には不思議にお思いの方も居られるでしょう。何故裁判でそのようなことをするのか、と」


 ここで一旦全体を見回して間を取る。

 お、白峰さんが復活して、元の怒り状態(?)に戻ってる。

 ……ちょっと思ったんだけど、もしかしてそういう顔がデフォで別に怒ってない? いや、どうでもいいか。今は演劇ごっこの方が大事よ。


「それは全ての証言をお聞きになってからの方が、より正しく事実を認識していただけると思料しりょうしたからです。従いまして、最後の証人のお話を伺ってから、立証されるべき真相をお伝えすることをお許しください」


 霧島さんに目で合図しようとしたら、もう証人を呼びに行ってるみたいだ。

「流石デキル男は違うぜ!」って思ったけど、本当にデキルならニートに検察官ごっこをやらせないんんだよなぁ。


 本屋の店員さん──新道真鈴しんどうまりんさんが入廷する。

 検察側に俺が居るのを見て吹き出しそうになってる。

 

 これだよこれ。これが常識的な反応だよな。やっぱり皆がおかしいよな。

 

 マトモな反応にほっこりする。打ち合わせで検察側として1枚噛んでるって言っても信じてなかったし、ビックリするほど常識人。やっぱり良い真鈴さんや。


「証人は証言台へお願いします」


「はい」


 で、お決まりの「あんた誰?」「歳は?」「へぇかわいいね」「どこ住み?」「お、近いじゃん」「仕事なにしてんの」「本屋さん? やってそー(笑)」「俺も本好きなんだよね」「俺ら気が合いそうじゃない?」「RINE教えてよ」「俺に嘘つくんじゃねぇぞ☆」みたいなやり取りを裁判長とやって、終わったら俺の出番だ。


「それでは検察官補佐は主尋問をしてください」


「はい。被告人が新道さんの勤務するBy-the-books書店本店へ、3年前の冬頃から複数回訪れ、書籍を購入していた。相違ありませんか?」


「ソウイ……? ああ、はい。合ってますよ」


 く……! それっぽい単語で雰囲気出したいのに、真鈴さんちょっとおバカでテンポが悪くなってるやん。


「その際に購入していた書籍はどういったジャンルでしたか?」


「法律や裁判についての本です」


 白峰さんが難しい顔で真鈴さんを見ている。


 んー。これはもしかして、もしかすると……。


 まぁ合法ロリはとりあえずいいや。今は真鈴さんやで。


「思い出せる範囲で良いので、被告人が購入した本について教えてください」


 真鈴さんは顎に人差し指を当て、考えながら答え始めた。


「えー、タイトルまでは覚えていませんけど、刑事訴訟について解説した本とか憲法や刑法の参考書、あとは小六法も買ってましたね」


 オッケー十分。結構前なのに上出来だ。ついでだから少し攻めるか。


「購入時の被告人の様子は覚えていますか?」


「うーん、特にこれといって変なところはなかったですね」


「そうですか。例えば店内の防犯カメラを気にしたりといったことはありませんでしたか?」


 しかしこれには流石に白峰さんから異議が入る。


「異議あり! 明確な誘導尋問です」


「異議を認めます。検察官補佐は法令を遵守じゅんしゅするように」


 しゃーない。ダメ元だったし、いいよ。


「失礼しました。主尋問は以上です」


 裁判長が俺から白峰さんへ視線を移す。


「弁護人は反対尋問を行ってください」


 難しい顔をしたまま、白峰さんが「はい」と返事をして立ち上がる。


「被告人が書店を訪れた回数は?」


 んー。


「えーと、えー5回くらい?」


 あちゃー。そんな隙を見せたらアカン。


「曖昧なのですね。では最初に訪れたのはいつですか?」


「うーん、だいたい3年くらい前の冬だったような気がします」


「正確には?」


「それは分かりません」


 白峰さんは記憶の曖昧さを指摘して、証言の信憑性を崩そうとしてるんだ。だけどそれについてはこちらはどうしようもないんだよなぁ。


「結構です。つまりあなたは来客したこと・・をよく覚えておらず、正確な情報を証言できないのですね?」


 っ!

 

 来客した「こと」と敢えて言い換えて、そもそも被告人が書店を訪れていないかのような印象を与えようとしてやがる。良い性格してんな。

 当然文句を言わせてもらう。


「異議を申し立てます。覚えていないのは正確な時期と正確な回数とおっしゃっています。誤導尋問です」


 白峰さんが鋭い視線を寄越す。


 おーこっわ。


「異議を認めます。適法に尋問してください」


「……では被告人に関して明確に記憶していることを述べてください」


 あー、これは上手い。先ほどの誤導尋問はこの為の仕込みか。

 

 さっきのがあるから、皆はなんとなく真鈴さんに信用ならない印象を持ってるはずだ。そんな中でこの質問を真鈴さんへぶつけて、答えられなかった場合はその点を強調した発言をする。

 そうすることで、皆の印象をより一層「真鈴さんは信用ならない」という方向に持っていくつもりなんだろう。

 そして先程の質問の効果は真鈴さんへも及ぶ。つまり真鈴さん自身も自分の記憶に自信が無くなってしまう。すると証言はより曖昧になる。

 今、真鈴さんは大分答えづらいはずだ。


「えー、そこまできっちりは覚えていないです」


 だよなぁ。都内の大型書店で、常連さんでもないのにはっきり覚えているなんてなかなかないだろうよ。


「それでは……」


「でも来たことは確かですよ。だって、被告人さんの声って私の好きな声優さんと凄く似てて、印象に残ってますので」


 マジすか。聞いてないわ。でもファインプレーやで。流石は良い真鈴さんだ。

 

 声優に似てるからと言われ、白峰さんが微妙な顔をする。ピンと来てないのかもな。

 でもアニオタ、声優オタの耳を舐めてもらっては困る。奴らは特定の振動数に強い快感を覚えるキモイ中毒患者だ。

 きっと真鈴さんも正確だろうよ。

 てか最初の方に感極まっていた裁判官がうんうんと頷いてる。さては声豚だな? だがよくこの事件を担当してくれた。今だけは裁判官が声豚であるという微妙な事実に感謝だぜ。


「……そうですか。では購入した書籍はどうですか? 正確に記憶していますか?」


 白峰さんも頑張るなぁ。


「正確ではないですけど、法律関係の本を買う方ってそこまで多くないので、そういう本を買ったのは確かですよ」


 よーしよしよし。ありがとう。流石やで。


 そして1つ分かったことがある。


「……反対尋問は以上です」


 白峰さんはおそらく康博被告の真の狙いについて察している。だから俺が何を証明したいかを言っていないのに、誤導尋問みたいな荒い手段まで使って証言を否定しようとしたんだ。

 

 ふふふ。自然と綻んでしまう。


 白峰弁護士よ。あんたは本物だ。本物の弁護士だよ。依頼人がどれだけのクズであろうと、真っ黒と知っていようと、国選で報酬が低かろうと、法廷に味方が居なかろうと、最後まで全力で弁護に当たる姿は確かに正真正銘の弁護士だ。キッズとか思って悪かったな。


 だが勝つのは俺だ。


「検察官補佐に再主尋問はありますか?」


「尋問はありません。しかし事件の真相に関して述べてもよろしいでしょうか?」


 真相。


 傍聴席の中、所謂記者席に座る記者の目がギラつく。お仕事お疲れ様やな。


「認めます」


 いくぜ。
























「今回の事件は、自動車運転処罰法3条2項による危険運転致死傷罪の適用、則ち法定刑15年以下の懲役とする判決を受けることで、一事不再理により、本来の罪、つまりは殺人罪の適用を確定的に回避する計画で実行された計画殺人です」


 ざわっと傍聴席から声が漏れる。記者さんも荒ぶっている。

 白峰弁護士が苦虫を噛み潰したような顔をするも、すぐに元のキリっとした顔に戻る。少しでも裁判官に悪い心証を与えないようにしているんだろう。

 しかしあなたの対応は及第点でも、被告人はそうはいかないようだぜ。

 康博さんは明らかに脂汗をかいている。表情こそは取り繕っているものの、意思でコントロールしきれない感情由来の生理現象はどうにもならない。

 プロの弁護士である白峰弁護士は、ある程度はそういった感情をコントロールできるようだが、素人には難しいだろう。

 勿論、俺の霊圧と言霊による強すぎる説得力を前提としていることも、感情の揺れ幅が大きくなっている理由の1つだ。


 白峰弁護士が立ち上がる。


「異議あり! 今回提示された証拠と検察官の発言に合理的な関連性はありません! これは単なる妄言です!」


「その合理的な関連性をこれから説明いたします」


 これに裁判長はやや考えてから口を開く。


「……検察官補佐は発言を続けてください」


 異議の可否を名言しなかったのは、合理的な関連性があるかを未だ判断しかねているからだ。つまり迷っている。これは隙だ。ゲヘへ。


 ここで一事不再理について説明しておく。


 一事不再理ってのは、ある犯罪行為(刑事事件)の裁判において、判決が確定したときは、その行為について、もう一回、刑事裁判を起こすことを禁止する考え方で、憲法39条後段(二重の危険の禁止)を前提にする刑事手続上の原則のことだ。

 

 ちなみに、日本国憲法第三十九条には「何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない(原文)」とある。


 今回の事件に当て嵌めると、危険運転致死傷罪として刑が確定した場合(=原則、判決を受けて誰も控訴しない、又は3審の判決が出た場合)は、人身事故について後から過失による事故でなく、故意による殺人だったとする証拠が出てきても、殺人罪では起訴されないし、罰せられないということだ。

 これが一事不再理になる。

 

 そして被告人にとっての最大の旨味は法定刑の違いにある。

 殺人罪は死刑又は無期若しくは5年以上の懲役なのに対し、危険運転致死傷罪は15年以下の懲役だ。つまり下限と上限が殺人罪の方が圧倒的に上なんだ。殺人罪ならば最悪死刑もあり得る。

 一方、危険運転致死傷罪は最悪でも15年牢屋に入ればいいだけだ。加えて、鬱病、妻の容態の悪化、公道のガードレール破損という行政側の落ち度を考えると、3年以下の懲役になり、執行猶予が付く可能性すら0ではなかった。

 ついでに世間の目も不運な事故と悪辣な殺人では雲泥の差だ。いろんな意味で事故にしたかったはずだ。


 だがよ。霧島さんが俺を見つけたのが運の尽きだ。悪いが適切な罰を受けてもらうぜ。

 そのために俺がすべきことは、上手い具合に演出しつつ真相を言うこと。

 さぁ、最後のひと踏ん張りだ。


「先ずは動機についてご説明いたします。皆さんも察しているかと思いますが、塔子さんの不倫が康博さんには堪えられなかったのです。私が調べたところによると・・・・・・・・・・・・、塔子さんは不倫の事実があろうと表面上は康博さんへ愛をうそぶいていたようです。それが都合の良いマヤカシだと康博さんが気付いているとも知らずに、です」


 康博被告の記憶を読んで知ったこともどんどん演出に使っていく。嘘だってつく。

 悪いが俺は公明正大な善人じゃないんだ。必要があれば悪いこともするさ。ゲヘへ。


「更に3年程前に塔子さんはあることを言ったようです」


 ここで間を取りつつ、少しの憐憫を浮かべ康博被告を見る。

 康博被告の眉間にシワが寄り、白峰弁護士が一瞬だけそちらに視線を送る。


「『子供が出来た』と塔子さんは告げました。そうです。この時に身籠っていたのは不倫相手の早乙女さんの子です。康博さんはすぐにそれに気づきました。何故なら……」


 康博さんが下を向く。


「何故なら、康博さんは無精子症という病だったからです。康博さんの場合は精巣で一切精子が作られないタイプであり、塔子さんが康博さんの子を身籠ることはあり得ません。康博さんは塔子さんと大恋愛の末に周囲の反対を押しきりご結婚なさったようですね。ですから不倫をなかなか認められずにいた。しかし、未だに塔子さんを信じようとしていた康博さんは、この時その甘い幻想を捨てざるを得なくなったのです」


 しかしここで白峰弁護士が噛みつく。白峰弁護士の戦意は未だ健在。


「異議あり! そういった事実は1審及び本件審理で認定されていません。従って控訴審ひいては裁判の大原則に反する戯れ言です!」


 だがこちらも引き下がるわけにはいかないんだ。


「調べればすぐに裏は取れます。形式に拘泥こうでいし、違法かつ不当な判決を許すわけにはいきません。裁判長! 賢明なご判断を」


 裁判長が左右に座る裁判官と一言二言かわし、目を閉じ、そして──。


「異議を棄却・・します。続けてください」


 っ! 


 今まで異議を認めない時は「却下」と言っていたのに、今は「棄却」と言った。

 簡単に言えば却下は門前払い、棄却は中に入れて話を聞いた上で否定する場合になる。

 これはつまり、異議自体は門前払いするほど的外れではなく適法だと考えているが、俺の発言の重要性を考慮し、一応は俺が発言を続けることを認めてやったということ、則ち発言内容によっては中断もあり得るとの警告に他ならない。


 数瞬、白峰弁護士と目が合う。


──簡単には負けてあげない。

  

──ふざけんな。勝つのは俺だ。


 無音で意志をぶつけ合う。


 やむを得ないな。霊圧と言霊に込める霊気をもう少し強める。やりすぎない程度にコントロールするのは、それなり以上に難しいがやるしかない。


「発言を続けます。……康博さんが犯行を決意したのは塔子さんの妊娠が発覚した時だったのでしょう。その時の康博さんのお気持ちは察するに余りあります。深い愛情が不幸にも強い憎しみに変容してしまったとしても不思議ではありません」


 康博被告が目を瞑る。


「何故犯行を決意したのがその時と考えたか。それは法律関係の書籍を購入し始めた時期、須貝医師を訪ねた時期と一致するからです。つまり康博さんの中には、不倫にうすうす気付き始めた時から、一事不再理を利用した殺人計画が漠然とあったのでしょう。それが塔子さんの妊娠で確定的な予定に変わり、正確な知識を得る為に書籍の購入をした。そこで康博さんは考えたはずです」


 法廷の静けさが嵐の前の不気味なそれに感じていることだろう。特に康博被告にはな。


「『過失と故意又は未必の故意の境目は極めて曖昧だ。確実に殺人罪を逃れる為には、明白に過失(不注意)であったと言われるような事情が必要だ』とね。そこで目を付けたのが自動車運転処罰法3条2項と鬱病です。鬱病であれば注意力、判断力が落ちることに疑いがなく、運転を開始したこと自体が故意若しくは未必の故意と判断される又は誰が見ても明らかに殺意を持った運転であると言えるような極端な場合以外は、確実に過失による事故と言われるでしょう。当該法及び施行令でも、鬱病は過失による危険運転致死傷罪を規定した自動車運転処罰法3条2項を適用すべき病気であると明文で規定されています」


 誰かが唾を飲む。そんな音が聞こえた気がする。


「そういった経緯で康博さんは詐病に至ったのです。ただし1つ問題がありました。処方された薬を飲むことで、明確な意識を保つことを妨げる眠気等の副作用が発生する可能性があることです。当然と言えば当然ですね。事故に見せかけた殺人を実行するには高い集中力が必要な筈です。1つ間違えば殺害は失敗し、あるいは自身が死んでしまいかねませんからね。そうです。健康診断にて、肝機能障害が見られなかったのは、こういった背景から薬を服用していなかったからです」


 ピリピリとした空気。


「そして計画を実行するに当たり、別の問題が1つ有りました。それは自然かつ確実に塔子さんだけを殺害する事故を起こす方法です。これは簡単には解決できなかったようです。その為、計画の決意から実行まで約2年半の月日を要してしまったのです。しかしガードレールが破損した6月下旬から犯行当日の間のある日に、康博さんはその破損箇所を発見してしまいます。都合が良いことにガードレールの向こう側は海です。塔子さんは昔からカナヅチだと知っていた康博さんは、この場所を犯行場所に決めたのです」


 敢えて康博さんを見る。そして彼に語り掛けるように、甘言を騙る悪魔のように優しく言霊を紡ぐ。


「康博さんもお辛かったでしょう。おふたりの交際は海で塔子さんが溺れているところを助けたのがきっかけとお聞きました。そんな思い出深い状況を今度は2人の時間を終わらす為に使わなければいけなかった。それはどれほど悲しいことだったか……。康博さんは塔子さんを本当に愛していた。だから塔子さんの裏切りは想像を絶する憎しみを生んだ筈です。いえ、もしかしたら今でも愛しているのかもしれません。後悔しているのかもしれません。人は間違える生き物です。願わくば……」


 康博さんへと固定していた視線を、舞台に立つ役者のように流動的な状態へと戻す。


「失礼。少し話が逸れてしまいましたね。話を戻します。私が述べたような経緯で7月1日に計画が実行されました。これがこの事件の真相であり、私が証明する事実です」


 静寂から小さな囁きが生まれ、やがて大きな喧騒へと変わっていく。


静寂せいしゅくに! 静寂に!」


 しかし裁判長の声は虚しくかき消される。

 だが、ここで喧騒を吹き飛ばす人物が居た。白峰ありさ弁護士その人だ。


──異議あり!!!


 喧騒が一刀両断され、静謐せいひつが訪れる。


 今日何度目か分からないその文言は、本来は使うべきでないと弁護士は研修で教えられる。もっと冷静かつ丁寧に言った方が説得力があるからだ。

 しかし、今この時この瞬間は、白峰弁護士の気迫を乗せたこの一言が、最も高い威力を発揮する。


 大した精神力だ。まさに孤軍奮闘。


 白峰弁護士が眼光鋭く法廷を睥睨へいげいする。そして最後に俺を見据える。

 

 へっ。


「凄いですね。私、感動しましたわ。よくもそこまでペラペラと妄想を垂れ流せるものです。皆さん、今、検察官が言ったことは全て情況から飛躍に飛躍を重ねた、三文小説にも劣る卑劣なペテンにすぎません。冷静になってください。確認されていない事象をさも真実のように述べ、その虚構を前提に非合理的な推測を重ねただけです。これは真相ではありません。もはや幼稚な嘘です」


 おーおー散々な言い草だな。流石霊圧と言霊が効いてないだけはあるわ。

 

「ではお訊きします。私の述べた真実に矛盾がありますか? あるならば、是非ご教示いただきたい」


 無いよな。記憶から知った真実だ。

 精々俺が調べましたと言ったところしか隙は無い。しかし白峰弁護士や裁判官には、俺が実際に調べたかどうかをこの場で判断することはできない。

 白峰弁護士が「ふんっ」と鼻で笑う。


「そうですね。おっしゃる通り矛盾はありませんね。しかしそれだけです。あなたの場合は都合良く『私が調べたところによると』などと騙り、矛盾しないような虚偽を用意してそれらしい物語を創作しているだけです! そこに真実も正義もありません!」


 うっは。的確ぅ。その通り、俺に正義なんて無いよ? でもだから何だってんだ。正義なんて無くても、真実は見える。魂は嘘をつけないんだよ!


「いいでしょう。では通例通りこれから被告人質問に移りましょう。そこでご本人にお話ししてもらいましょう。貴女の言う『それらしい物語』をね」


「分かりました。裁判長! 被告人質問を開始します。よろし……! っ!」


 気づいたみたいだな。

 白峰弁護士は俺を叩き伏せることに集中しすぎて、弁護士が最も気に掛けなければいけないことが頭から抜けてしまっていたんだ。
























「白峰先生、もう大丈夫です。……検察官のおっしゃる通り、私が殺しました」


 康博被告が涙を流しながら、小さく、しかし明確に告げた。

 白峰弁護士は気付いていなかったようだが、彼女が俺への異議を申し立てた時、すでに康博さんは声を殺して泣いていた。


「斎藤さん! 今、貴方はこのペテン師の言葉に感化され、ありもしない虚構を真実だと錯覚しているだけです。皆さん! 今の言葉は心神耗弱により事理弁識じりべんしき能力に欠くものです!」


 白峰弁護士……あんたすげぇよ。ここまでになっても絶対に諦めようとしない精神力はマジでヤバい。

 だがもうやめてやれ。


「白峰先生……もういいんです。塔子を殺してしまった罪の意識にもう堪えることができないんです」


「っ!」


 やっと静かになったか。


「暗い海の中で彼女の手を振りほどいた瞬間が忘れられません……。もう私には……」


 へっ。

 最初から白峰弁護士に弁論で勝とうとか、裁判官の心証を完璧に操作しようなんて考えてなかったんだよ。ただのニートの俺にそこまでできるわけないだろ。

 だけど俺には超ド級の霊能力がある。


 だから魂の嘆きがはっきりと聞こえるんだよ! 


 そんな俺が裁判で勝ちを得るには被告人を堕とすのがベターなんだ。他の皆は被告人をその気にさせる為の脇役さ!

 悪いな、白峰弁護士。元々戦っている土俵が違ったんだ。


 やがて康博被告の涙が法廷に溶けていく。


 そしてこの日の審理は終了した。

 

 白峰弁護士の強い要望を受け、第2回の公判が決定されたが、後日開かれた公判で康博被告が罪を否定することはなかった。

 更に後日、破棄差戻し判決が下された。

 これは1審の審理のやり直しを命じるものだ。やり直しとは言っても、控訴審での判断を尊重しなければならない以上、訴因変更からの殺人罪適用は堅いだろう。

 





















 くぅ、つ・か・れ・た! もう2度とやりたくないね。なんだよ、検察官補佐って。知らない子だわ。

 でも俺が裁判から解放されてから、今回の俺の活躍(笑)をあきらに聞かせてやったら「凄い! 私も検察官になる!」と喜んでたから、まぁ良しとしよう。


 ただなぁ。


「劇的逆転判決!! 立役者は謎の検察官!」


 新聞に妙な記事が載ってるんだよなぁ。


 どうすんのこれ? 下手すると逮捕されんじゃねぇか? ちょっと白峰先生に弁護を依頼しようかな。

 依頼料まけてくれないかな? まけてくれなさそうだなぁ。


「はぁ、バックレてぇ……」


「異議あり!」


 亮は楽しそうでいいなぁ。


  

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