俺と少女と『名探偵ユウキの冒険』 [ネ編]

 それが亮って奴の現状だ。








o(^o^)o



 私のお父さんはいつも難しい顔をしているけど、私をいろんなところによく連れて行ってくれる。

 この前は本屋さんで本を買ってくれた。

 今日はその本を一緒に読んでくれるって。だから私は早く帰ってこないかなぁってそわそわしてる。


 あ! 玄関から音がした!


 お父さんが帰ってきたんだ。


 あれ? なんかいつもと違う。なかなかお父さんが会いに来てくれない。


「──! ──!?」


 お母さんが叫んでる。


 どうしたんだろ?


 私も玄関に行ってみる。


「お……にぃ……」


 玄関で私のお兄ちゃんが血を流しながら倒れていた。

 真っ赤な血が不思議な感覚。いつもは見ない色がいつもの玄関に広がっている。

 

 なんだか夢の中に居るみたい。ふわふわしてる。早く目が醒めないかな。つまらないよ。


 おにぃを見る。全然動かない。


 多分、玄関に靴のまま上がり込んでいる、見たことのない人がやったんだと思う。


 その人と目が合う。不思議な目。そんな風に思う。


 その人が私に向かってくる。廊下に靴の跡が付いちゃうな。


「───!」


 お母さんが私の前に割り込んできた。そしたらその人がお母さんの顔を何回も殴り始めた。


 からん。


 白い物が廊下に落ちた。お母さんの歯かな。

 殴るのに飽きちゃったのかな?

 今度はお母さんの首を片手で締め上げる。足がゆらゆらしてる。

 あんまり楽しくなさそうだな。なかなか朝にならないな。


「──!?」


 あ、お父さんだ。


「おかえりなさい!」


 やっと本を読んでもらえると思うと嬉しい。ウキウキとする。さっきまではあんまり楽しくなかったけれど、今は少し楽しい。


「──!」


 お父さんが大声を出す。びっくりする。なんでそんなことするんだろう。


 あ、お母さんからいっぱい血が出てきた。

 首を締めるのも楽しくなかったみたい。だから次はナイフをお母さんに刺したんだね。次は楽しいといいね。


 あれ? お父さん! お母さんで遊んでるんだから邪魔しちゃ駄目だよ。


「──! ──」


 お父さんが私に何か言ってる。でも、なんて言ってるかは分からない。変なの。あ、これは夢だった。それなら仕方ないね。


 でもなんで泣いてるの?



 







(´Д` )



「結城君も凌遅屋りょうちやは知ってるっすよね?」


 !?


 バレンタインデーにいきなりやってきたと思ったら、解理かいりさんは自分で買ってきたチョコを、自分で食べながらそんなことを言ってきた。

  

 俺にも寄越せ。


「……まぁ有名だからな」


 解理さんが言ってる凌遅屋ってのは猟奇的連続殺人犯だ。一応の犯人は身元が割れてて指名手配になってるんだけど、捕まっていない。

 凌遅屋として(厳密には死体遺棄犯として)指名手配されてる川見かわみ真一しんいちさんにより遺棄されたと見られる遺体は、程度の差こそあれど共通して身体の肉や内臓が欠損しており、その状態が昔の中国の刑罰である凌遅刑を受けたかのようであるから、凌遅屋と呼ばれている。

 なかなかやベー奴やね。


 で、それを俺に言ってきたってことは……。


 解理さんがニヤリとイヤらしい笑みを浮かべる。


 なんでこの人、仕草がいちいちエロいんだろ? さてはAV業界からのスパイだな? きっと婦警モノのクオリティを上げるために警察の実情を調べてるんだ! 漸く謎が解けたぜ(迷推理)。


「1週間前にまた凌遅屋の犯行があったんす」


 ニュースでやってるもんな。知ってるよ。


 隙あり!


 一瞬の隙を突いて、チョコレートに手を伸ばす! 神速の一撃!

 しかし俺が生チョコを狙っているのを目敏く察知した食いしん坊解理さんのブロック! 


 ちぃ。それにしてもこの女、いつもこんな食ってんのか? よく太んないな。……あ、カロリーの全てが胸にいってんのか。世の中の女連中に清々しいくらい喧嘩売ってんな。

 

 ……。


 ……何回見てもデケぇな。


「何年も前からずっと捕まえられないままじゃ流石に不味いってことで、結城君に解決してもらうことに決まったっす!」


「なぁ、そんなことより解理さんって胸は何カップなんだ?」


 流石に毎回わざとらしく強調されたり、押し付けられたら気になるわ。


「……ふ、ふ、ふ」


 な、なんだ? 急に不敵に笑い出しやがって。


「結城君も漸くその気になったんすね。大丈夫っす! ウチに全てを任せれば秒で天国っす! ホワイトチョコレートも大好きっす!」


「いや、ブラジャーサイズ以外に興味無いぞ」


 何を勘違いしてるんだ?


「……」


 なんだろ。「待て」を解除されてご飯を貪り食ってる時に、不意打ちでご飯を取り上げられたチワワみたいな顔してる。


「……大丈夫っす。結城君が歪みまくった変態でも頑張るっす」


「ふ。隙あり!」


「甘いっす!」


「なん……だと……」


 なんて女だ。決してチョコレートを誰にも渡さないという強い決意を感じるぜ……。


 


 


 


 










 その犯行現場というか、明暗小学校の近くの死体が発見された公園に来た。

 着いたら秒で解理さんが訊いてきた。


「なんか分かったっすか?」


 いや、流石に数秒じゃ分からん。


「あ」


 残留思念見つけた。


「! ぱねぇっす! ぱねぇっす!」


 解理さんテンション高いなぁ。まぁ解理さんはどうでもいいや。そんなことより、なんで残留思念が残ってんだろ?


 こんな風に思うのは、俺が知ってる凌遅屋の死体遺棄現場は、どこも霊的痕跡が皆無だったからだ。

 死体が棄てられた場所じゃなくて、実際の殺害場所だったなら、多少は痕跡があるかもな。無い可能性のが高いけど。


 ま! いいや! とりあえずふわふわしてる残留思念を捕まえよっと。


 手を伸ばし、触れる。


 んー、なんだろ? 紺のダウンコート。メンズか。それにフルフェイスのヘルメット。で、背は165位? うーん? 首を絞められたね。これで死んだ? いや気絶かな。


 俺が見た思念の記憶ではそんな感じで、それ以上は何も分かんなかった。


 うん、大したヒントにならんわ。これだけじゃあ全然絞れない。

 でもあの時はなんで……?

 いや、可能性としては……。ただなぁ。現時点じゃほとんど何も分かってないようなものだしなぁ。


「うん」


「犯人はどんな奴っすか?」


「いや分からん」


「マジっすか」


 まぁしゃーない。地道に行くしかないね。

 

「被害者は明暗小学校の生徒でいいんだよね?」


「そうっす」


 凌遅屋のターゲットは基本的には誰でもなり得る。無差別的だからね。


「死体はどんな感じだった?」


「心臓と胃が抜かれてたっす。あと両腕も無いっす」


 んー、そっか。


「……警察の捜査で分かってることは?」


「……死亡推定時刻が発見日の前日の夜ってことくらいっすね」


 ほぼ手掛かり無しか。


「うーん」


 解理さんが不安げな顔をしてる。


 すまんな。分からんときは分からんのよ。


「すまん、分からん」


「マジっすか。結城君具合悪いんすか?」


「そういうわけじゃないんだけどな」


「……」

 

 解理さんが真っ直ぐに俺を見つめる。


 そんな見られてもどうにもならんときはあるぞ。


「やっぱウチとヤるしかないっすよ! 休まずに10発くらいヤれば元気になるっすよ!」


「……やめてください。死んでしまいます」


「……」


 いや、だからチワワみたいな顔やめろ。




 

 








 









「ダウンコートの身長160~170センチくらいの人?」


「ええ、2月の10日か11日にそういった人物を見ませんでしたか?」


 周辺住民への聞き込みだ。俺が得た情報からだとこうするしか手段が無い。


「……えぇと、そりゃあそういう人も居ますので見てるとは思いますけど」


 だよなぁ。季節的にもありふれた格好だからなぁ。


「ちなみに、ダウンコートにフルフェイスのヘルメットの人物は見ませんでしたか?」


「バイクに乗ってる人なら見たかもしれないですけど、よく覚えてないです」


 そうだよなぁ。しかもヘルメットに関しては犯行時以外は脱いでる可能性もあるからな。ちょっとキツイっすわ。

 

 ポケットから被害者──皆川水樹みながわみずきさんの写真を取り出し、見せてやる。


「では10日の放課後以降のこの子については、何か分かりますか?」


「ごめんなさい。そこまで子供たちをしっかり見てるわけではないので……」


 ですよねー。一応記憶も覗いてるけど、これだと思う奴は居ない。


「そうですか。ご協力ありがとうございました」


「いえ、頑張ってください」


 礼をしてから次のお宅へ向かう。

 移動中、解理さんが話し掛けてきた。


「なんだかんだ言って分かってるじゃないっすか! ダウンコートの男なんて捜査線上に上がってないっすよ!」


「分かってるっつっても、実際は全然犯人に近づけてないわけだし、意味無いよ」


「そんなことないっす。ぱねぇっすよ!」


「そりゃあどうも」


 今回もしんどい事件になりそうだ。
















(^p^)








 母と兄が殺された時、私はまだ幼く、目の前の光景を理解することも受け入れることもできなかった。

 でもあれから時間が流れ、私は少しだけ大人になった。だから今では、あの時何があったかをしっかりと理解している。

 あの事件の犯人は何処にでも居る普通の青年だった。仕事は中小企業で営業を主に担当していたようだ。

 そんな風な記事が新聞に載っているのを数年経ってから読んだ。

 

 そうか。


 それが私の感想だった。今更怒りがどうとか、悲しみがとうとか、そんなことで私の心は支配されなかった。

 過ぎ去ってしまった感情は、しこりのような違和感を与えるけれど、それだけ。

 そんなことよりも私にとっては重要な事があった。お父さんのことだ。

 あの事件の少し後に父は失踪した。一言も無く、私の目の前から消えてしまった。幼い私には父の行動が理解できなかった。


 私に分かったのは、どうしようもない空虚な空間が、私の中に生まれてしまったということだけだった。


 寂しい。


 そんな言葉では言い表せない強烈な渇望。

 誰かに見てほしかった。注目されたかった。求めてほしかった。

 いつしか私はもう一人の私を演じるようになっていた。もう一人の私は本当の私とは違って、人目を引く存在だった。そうなるように生まれた私だった。

 そして、人目を集めることは私に幾ばくかの安らぎをもたらした。異性から求められるのは、たとえ身体目当てであったとしても、心地良いものだった。

 悪くない日々だったと思う。薄っぺらな言葉と浅い快楽は、私の中のみっともない感情から目を逸らすにはちょうど良かった。


 そうやって時間を潰していたら、凌遅屋事件に関する死体遺棄犯として、父が世間で騒がれ出した。

 

 凌遅屋は猟奇的な殺人を繰り返しているらしかった。内臓を取ったり、肉を抉ったりして殺すといったやり方がニュースで取り上げられていた。

 そしてその現場近くの防犯カメラに、車から何かを運ぶ父が映っていた。マスコミは父が凌遅屋だと思っているようだった。

 

 ニュースを見た時、私はマスコミと同じように、父が凌遅屋で間違いないと思った。

 何故なら、失踪直前の父が夜にぶつぶつと「内臓を抉り出して殺せば……」とか「生きたまま肉を削ぎ落としてやれば……」などと言っているのを聞いたことがあったからだ。

 

 父は生きている。


 私にとっては父が顔も知らない赤の他人を、どれだけ残虐に殺していようとどうでもよかった。

 私の中を急速に圧迫していくのは、幼い日の私となんら変わりばえのしない寂しいという感情だった。


 そして私は昔から変わらず、違う、昔よりもずっと強く父を求めていると理解した。

 

 ずっと目を逸らしていた事実。でも父が生きている。生きて誰かを殺していると知って、その感情が私の目の前に移動してきた。直視せざるを得なくなってしまった。

 

 会いたい。父に会いたい。あの日に読んでくれると約束した本を読んでほしい。


 愛してほしい……。


 











!Σ(×_×;)!





 



 都内の二階建て住宅の、要は俺の家の広いリビングで解理さんと2人、テーブルでぐだっていた。


「結城くーん。つかれたぁーっす」


「……だなぁ」


「なんで今回はサクッと解決しないんすかぁー」


 そんなこと言われてもなぁ。霊能力って別に犯罪捜査の為の力ってわけじゃないし、分からんときもある。


 少し草臥くたびれた木製のテーブルが冷たい。暖房は漸く効いてきたばかりだ。


「だから俺は名探偵じゃないんだって」


 不思議な能力が少し使えるだけの凡人だ。


「ひどいっすぅ。ウチのことは遊びだったんすかぁ」


 なんでやねん。


 解理さんの相手をしててもしょうがないんで、テレビを点ける。ブンッと電気が目を覚ます音がして、画面がチカチカとする。

 夕方のニュースがやっている。 


『昨年の8月21日に○○県旧○○村の廃墟で男女5人・・に薬物を投与し……した事件で起訴されていた柏崎健二被告は……』

 

 ん? これって俺が巻き込まれたやつじゃん。


 いつの間にか解理さんもテレビの方に顔を向けている。


「これも結城君が解決したんすよね。でもこの柏崎って人もいい加減っす。偶々・・肝試しに来た人が5人・・だったからよかったっすけど、もっといっぱい来てたら解毒薬が足りなくなって大変だったっすよ」


 一気に心拍数が跳ね上がる。うるさい。


 今、5人と言ったよな。俺の記憶では、あの場に居た人間は犯人の2人を除くと6人だったはずだ。

 漠然とした違和感はあった。その発生源も薄ぼんやりと把握していたはずなのに……。


「な、なぁ解理さん」


 訊かなければいけない。


「なんすかぁ」


「柏崎さんが起こした事件に巻き込まれた人に、結城ゆうきあきらって女はいたか?」


 解理さんが固まる。


 お、おい。早く答えてくれ。


「何言ってんすか? 結城亮なんて人はあの事件に関わっていないっすよ。妹さんかなんかっすか?」


 頭が痛い。俺としたことがミスった。


 侵食されている。気を付けていたのに。亮……。俺の……妹……。何をやってるんだ。高々霊1人に認識の改竄かいざんがされるほど侵食されるなんて……。


 亮は……。


「解理さん、ごめん。ちょっと出るから」


「は? え、なんすか? どうしたんすか?」


 何が何やら分かっていない解理さんには悪いが、俺にとっては大切なことなんだ。

 トレンチコートを羽織り、外に飛び出す。冬の夜は早い。もう外は真っ暗だ。

 

「はぁ」


 亮は霊だ。

 人が霊と長く過ごしすぎると、その霊が存在して当たり前だと認識するようになる。そして次第に霊であることを認識できなくなっていく。

 それは霊に対し常軌を逸した耐性を持つ俺でも例外ではない。

 いや、高すぎる霊感が逆に脆弱性を生んだのかもしれない。つまり霊からの影響も常人の比ではないということだ。


 対策もしているし、俺は大丈夫だと思っていた。でもそれは単なる幻想だったようだ。

 今までと同じではない。俺も、亮も。そういうことだろう。


 大通りに出て、タクシーを捕まえる。


「大学病院までお願いします」


「明暗大でいいですか?」


「はい」


 タクシーに乗りながら窓の外を見る。街は様々な光が錯綜している。この中には霊の魂も混ざっている。


「……」


 20分程で到着した。料金を払い、タクシーを後にする。


 病院の受付で面会をしたいと伝える。


 形式的なやりとりをこなし、エレベーターへと向かう。5階ボタンを押す。


 ここに来るのは久しぶりだな。


 元々定期的に訪れてはいた。それで認識の改竄かいざんは修正できていた。……いたんだけどなぁ。


 5階は脳神経内科の入院病棟だ。その病棟内の奥、所謂差額ベッドと言われる、少し良い部屋が連なるエリアが目的地だ。


 静かな廊下に硬質な靴の音が響く。


 着いた。


 個室。扉の横のネームプレートには結城亮ゆうきあきら様とある。

 1回深呼吸してから無言で扉を開ける。


 亮が居た。

 ベッドへと近づく。


「亮……」


 ベッドで静かに眠る亮の頬に触れる。確かな熱は、これがどうしようもなく現実であると教えてくれる。


 魂の軋む音がする。

 亮の体温が亮の霊体により歪められた俺の認識を修正していく。亮が現実を叩きつけてくる。

 

 もう随分と前から亮は植物状態だ。

 

 ……少しだけ昔話をしよう。


 あれは俺や亮が小学生の低学年だった頃の出来事だ。その頃の俺は結城幽日ではなく、夕焼ゆうやけ幽日だった。

 その日、俺は亮と遊ぶ約束をしていた。学校から帰って、ランドセルをそれぞれの家に置いたら公園で会う予定だった。

 先に公園に着いた俺は、ブランコに乗りながら亮を待っていた。

 でも亮は来なかった。

 当たり前だけど、俺はその頃から霊能力が洒落にならない次元で発現していた。で、当然の様に嫌な予感がしていた。

 もうビンビンだったよ。

 だけどその時は霊能力をコントロールしきれていなかった。だからその嫌な予感が、亮の身に起こる事が原因なのか、近くにヤバい霊が居るのか、自分の身に起こるエグいことが原因なのか判然としなかった。

 それに加えて、亮には俺が霊気を込めまくって作った御守りを持たせていた。


──亮を守れ。


 亮と行った海で拾った不思議な石に念を込めて、よくある小さい布袋に突っ込んだだけの粗末な御守りだ。でも、それはどれだけの大金を積んでも手に入れられない1級品ではあったと思う。

 それを亮に渡していた。亮も常に持っていた。

 だから大丈夫だろうとアホ面してブランコを漕いでいた。

 けれど30分が過ぎた時、いい加減待っているのもバカバカしくなってきたんだ。亮の家に行ってみることにした。


 それで亮の家に行ってみたのだけど、誰も出てこなかった。玄関の鍵も閉まっていた。


 不思議には思ったし嫌な予感はしていたけど、だからといって亮の居場所は分からなかったし、わざわざ探し回るのは面倒だったから、そのまま俺は自分の家に帰ったんだ。

 

 次の日、俺の父さんが死体となって発見された。凌遅屋に殺されたんだ。父さんと供に現場に居た亮は、植物状態になって保護された。

 そして亮に渡していた御守りの石は砕けて、砂の様に粉々になっていた。

 拙いながらも俺は亮の記憶を見た。

 その記憶によると、偶々俺の父さんに会った亮は、誘われるままに着いて行った。そして、父さんが生きたままバラバラにされるさまを見ることになったようだ。

 その時、御守りから非現実的な音が聞こえて、亮の記憶は終わっている。


 少し後から思ったんだけど、やっぱり御守りは一応機能したんだと思う。

 実際、亮は殺されてもいないし、肉体的に傷を負ってもいないし、性的な事をされた痕跡もなかったそうだ。

 凌遅屋が何故植物状態の亮を放置したのか正確には分からないけれども、俺の陳腐な推理擬きによると意識が無いと都合が悪かったからじゃないかって考えてる。

 そして凌遅屋は趣味の悪い仮面を付けていたから、顔を見られてもいない。万が一亮が回復しても顔が割れることはない。

 だから亮を殺すメリットも必要も無くなった。結果として亮は助かった。

 そして、これは御守りが亮を助ける為に必要な事を、その能力の範囲内で実行した結果でもある……筈だ。


 俺は血の繋がった母親には会ったことがない。だから家族は親父しか居なかった。

 しかしあの日、俺は家族を失った。

 親戚もらず、俺は施設送りにされそうになっていた。でも亮の両親が俺を養子として引き取ると言い出した。

 元々家族ぐるみで付き合いがあったから、俺を憐れんだのかもしれない。情が移っていたのかもしれない。

 でも仮にそうだとしても俺に断る理由は無かった。


 そして俺は結城幽日になった。


 普段、俺と居る亮は霊だ。


 ただしまだ生きている。つまりは生き霊と呼ばれる存在だ。

 そしてもうひとつ無視できない事がある。


 それは亮の精神年齢だ。亮の精神年齢はあの日から止まっている。霊としてどれだけの時を過ごそうと、亮の心は、精神年齢は8歳のままだ。

 それだけならまぁいいんだが、いやよくはないんだけど、もっと厄介なことがある。霊体の見た目や身体しんたい感覚は肉体年齢に影響を受けているということだ。

 要するに性的な欲求や異性に対する欲求は、肉体年齢である19歳の女性のものに引きずられている。

 そうするとどうなるかっていうと、まともな羞恥心や倫理観が身に付いていない幼い精神であるのに、なんかキモチいい事を我慢するかっていうと、あんまり我慢しない。

 だから19歳の見た目なのに、俺の部屋で気軽にオナったりするし、別に付き合っているわけでもない俺に気分でベタベタする。


 それが亮って奴の現状だ。


 けど、亮の状態はだいたいは俺のせいだ。それに亮の両親には恩がある。

 だから亮には強く当たれない。亮に頼まれるとどうにも断りにくい。


 罪悪感もある。

 

 それが結城幽日って奴の現状だ。厄介な事にな。



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