雲隠
美作飛鳥
第1話 不運、不幸、不安
どこから俺の人生はどん底に落ちたのか。高校を背伸びして選んで県下でもかなり優秀な公立高校にしたところからか。或いは部活動に剣道部を選んでみたからか。
或いは神隠しにあったからか。
神隠しとは非現実的なことをいうと誰もがいうだろう。俺だって自分で言ってて嘘だと思うような出来事だ。でも、その三ヶ月の期間の記憶がなくて、三ヶ月後にいきなり元の場所にいたのは本当なんだ。
近所の爺さん以外誰も信じてくれないけど。
そのときの俺の三ヶ月は空白で、面白いくらい色もない。記憶もない。その三ヶ月の間は俺自身がこの世に存在していたのかさえも全くわからない。
場所は神社。その日は真夏日で水分を多めに取るようになんてニュースで出てくるような暑すぎる日だった。たまたま部活終わりに「神社の狛犬と夕陽の撮影がしたいな。滅茶苦茶フォトジェニックそう。」と考えて寄り道をした。半袖でも暑いくらいの夏真っ盛りだから、部活が終わる時間が遅くても日が暮れるのは更に遅い。山の上にある神社なので夕日と狛犬撮影、そして下山のルートは割と可能だった。日が暮れると山は危険だが、日が暮れる前に確実に下山できる確固たる自信があるから健脚をフル活用し、山頂まで駆け抜ける。
ふーと息を整えてから隣を見れば狛犬と目があった。その狛犬にスマホを向けた瞬間、急に真っ暗で肌寒くなっているではないか。簡単に言えば一瞬で8月から11月になっていた。真夏のノリかつ半袖の状態で11月の寒空に放り込まれてみろ。誰だって騒ぎたくなるものだ。
「寒すぎだろ!!!!!」と騒いだら、神社の人が神社の近くの家から出てきて「え?」と声を上げたと同時に何故かスマホを取り出して入力する。
「もしもし、警察ですか。あの行方不明の」
と言い始めた時、何かがおかしいと俺でも気づいた。神社の方から出てきたもう1人の女性から上着を借りて何故か警察を待つことになる。その時の状況は本当に異常だった。
その後のことはもはや何もわからない。何故か医者に連れて行かれ、よく分からないまま精密検査を受けたのち、警察署に行って事情聴取されて釈放された。そして警察署から出ると謎のカメラマンたちに囲まれる。
「?」
そのインタビュアーたちの言葉で察したが、その後の調べによれば俺が行方を絡ませた三ヶ月で両親から捜索願いが出されていたらしいし、ニュースには俺の中学時代の卒アル写真が載ったらしい。SNSには俺の写真が無断で上げられてるし、全国で俺を探した人がいるという。駅でありがちな謎のチラシと声かけ運動、俺もされたのかと感慨深い気持ちになりつつ更に調べてみれば、いもしない犯人探しまで始まっていたらしい。俺が記憶なく服が変わらずに三ヶ月ぶりに自宅へ戻ってきた時、あまりのショックに記憶を失ったのではないかと、両親から念には念をともう一度精密検査まで受けさせられたし、なぜか高校にまでインタビューが来たし、どんな犯罪を受けたのだと詮索され続けた。
その後、あの神社の電話をかけた男性と上着を渡してくれた女性は、俺の第一発見者ということでインタビューを受けたという。
そうそう、俺は文句が言いたい。誰が無断で俺の写真をネットにあげるんだよ。プリクラアイコンの同級生を自称する男が写りの悪い俺の写真をネットにあげて10000RT稼いでいる悲劇。話したこともない高校の同級生たちが何故か泣きながら「僕たちの友達を見つけてください」とか動画SNSで言っていて笑いを込み上げる状態。剣道部のあんまり好きじゃない先輩が「真面目で寡黙な後輩で、よく絡んでいたので本当に心配しています」などとニュースに出てたらしい無断転載の動画もあるし、治安が本当に最悪かよ。
そのノリでネットの掲示板を恐る恐る確認してみたところ「おそらく性犯罪に巻き込まれてケツの穴がお亡くなりになって記憶が消えたのだろう」なんて下品な想像までされていた。そんな書き込み見た後に鏡でケツの穴を確認してもなんら異常はないし、俺の三ヶ月は任意の誰かのオモチャになっただけなんだなとその地点で悟る。
でも俺は犯罪の被害になんてあってなかったし、暴力を受けた痕跡はなかったし、その期間の記憶も学力もない。
「神隠しにあったのだ。天狗は実在したのか!」なんて近所の見た目100歳くらいの爺さんに言われたら面白くなっちゃってさ。俺もなんか神隠しにあったと思えばしっくりくるし、それでいいような気がした。
高校に戻れば行方を眩ませて戻ってきたから奇異な目で見られる。「僕たちの友人の俺とは会話できないのか?ん?」と言いたくなるが、そんな悪目立ちはしたくない。部活では熱血な男からそれこそ俺にはその時の記憶もないのに、根掘り葉掘り聞かれる。ああ、夕方のニュース番組のインタビューに答えてたもんな。そう悟って塩対応を1週間もし続ければ、相手から辛辣な酷評をいただき、それがまあつらくて辛くて思わず部活もやめて、帰宅部にした。
ずっと平穏は戻らなかった。
元友人はそんな自分に対して「羨ましいよ。みんなから見てもらえてさ。興味持たれてさ。俺なんて世界で一番不幸なんだ。バイト先の店長からはパワハラを受けるし、勉強は全然できない。君みたいに注目されて勉強もできたらよかったのにな。」というような発言をされ続けて、以前勉強ができたのは努力なのにと言いかけてはやめた。言うことに対しての価値がなくなってしまったような思えてしまったのだ。
それ以外にも入学してから勉強ができる類の人間だと勝手に勘違いされてたから、三ヶ月授業を受けられずに学力がガタ落ちすれば先生たちからは落胆の声が聞こえる。曰く、全国ネットに載ったという謎補正で期待値もバリバリ高かったらしい。なんでだよ。
「期待していたのに」
「残念だ」
体系的に学べず、穴が空いたまま自分でフォローなんてしていたら成績なんて努力で何ともならない。そんな自分も他人も諦めるような状況になれば、成績なんてずっと低空飛行になってしまう。大学に行きたかったのに、大学受験は面白いくらい失敗して、周囲からは嘲笑されて、就活すらも失敗した。
両親は戻ってからずっと腫れ物を触るような対応だし、弟に当たっては関わり合いたくないと表明してきた。高校生という一生に一度の青春、怒涛の日々は自分を腫れ物扱いする人間たちとの共存と化してしまったのだ。
なんて不幸なんだ。
なんて不運なんだ。
だけど一番はなんて不安なんだ。
神隠しにあっていた三ヶ月のうちに執り行われた修学旅行には俺だけ行けず終い。修学旅行の思い出話で盛り上がるクラスメートたちとの温度差で体が凍りつきそうになるし、卒アルの写真選びは修学旅行分がなくて卒アル委員から当たり前の困惑をされるし。
そして卒業式当日。みんながいそいそと進学先の大学に向かう志という道の中、自分1人は高校に届いた最後の不採用通知と向き合って、桜の中で1人泣きじゃくった。
最後の最後まで高校では異質の存在として認知されて、もう誰も友達とも言えないし、腫れ物を触るような面接の先に毎回不採用が届く。
「不幸だなぁ…不幸だなぁ…」
悔しいよ。俺だって好きで神隠しにあってない。神隠しなんて合わないで普通の生活をしたかったし、その後に奇異な目で見られたくなかったし、学力が周りから遠ざかっていく焦りなんて酷かったよ。誰も助けてくれないし、助けたら自分が不幸になると思われてるのが目に見えるし。
悔しいよ!
ぐしゃりと不採用通知を握り締めながらとぼとぼと歩いていたら、例の神隠し発言の爺さんの家が目の前にあった。何故か惹かれたように家の前に行けば、爺さんがたまたま引き戸を動かして出てきた。
「どうかしたんかい?」
「わからない、けど、どうすればいいのか悩んでる。」
「ゆっくりでいい。頭がパンクしてるのだろう。」
「これ、多分これでパンクしてる」
そう言って握り締めた左手を爺さんの目の前に出した。ぐちゃぐちゃの不採用通知に目を向けて「なんと!」と爺さんが目を輝かせた。俺から全力で発されている失礼すぎるだろという目をよそに「君をワシが推薦する。大丈夫だ。君の就職先はある。保証しよう」と力説してきた。
なんだこの人生。
雲隠 美作飛鳥 @asukamimasaka
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