凸凹コンビ
――放課後。
今日はどうしても外せない用があるからと、さっさと舞雪が帰ってしまったので、弦真は真っ直ぐに家へ向かった。
家に着くと、弦真はすぐに地下室へと向かっていった。
朝途中で終わってしまった譜面起こしを、やりきってしまおうと考えていたからだ。
――翌日。
弦真が音楽室に着くと、昨日と同じように舞雪が入り口のところで待っていた。
「お、昨日より早いじゃん。頑張るねぇ」
「は、早すぎんだろ・・・」
弦真は息を切らしながらそう言った。
舞雪はおもむろに、カバンから一枚の紙を取り出した。
「はい、これ。昨日のつづきの所から」
弦真は苦笑しながら、カバンから同じように紙を取り出した。
「奇遇だな、俺も書いてきておいた」
二人は顔を見合わせると、大きな声を立てて笑った。
凸凹なほどいいコンビ、なのかもしれない。
――放課後。
「できたぁ~!!」
「やっと完成!」
舞雪と弦真はお互いの拳同士をごつんとぶつけあった。
「いったー」
舞雪は高ぶった気持ちのままぶつけた拳を、手でさすりながら笑っている。
二日目にして、お互いの満足いく所で落ち着き、連弾用の『月の光』のオリジナル楽譜が完成した。
「それにしてもさぁ、弓波くんピアノやって一年とは思えないくらいセンスあるよねー」
舞雪は、椅子の背もたれで背中を伸ばしながら、間延びした声で問う。
背もたれで背中を伸ばしていることで、舞雪の形の良い胸が強調されて、思わず弦真は目を逸らしながら答えた。
「あ、ああ。母さんが音楽センスあるから、その遺伝だったりするのかもな」
舞雪は椅子に座り直すと、弦真に質問した。
「お母さんって、ヴァイオリンやってる人?」
弦真は、目を白黒させて聞き返した。
「そうだけど、なんでわかった?」
舞雪は、顎に手を当てて少し考えて答えた。
「最初は弓波弦真って、弓とか、弦とかヴァイオリンっぽいなって思ってただけなんだけど、そう思って見てたら、なんかそんな感じがして」
まあ女の勘だよ、と舞雪ははにかんだ。
二人して譜面起こしが終わった余韻に浸っていると、音楽室のドアが開いて一人の生徒が入ってきた。
「ユキー、もう時間ー」
舞雪は、入ってきた人物を見て、目を大きく開かせると罰が悪そうな顔をして急いで椅子から立ち上がった。
「す、鈴音。今いくから待ってて!」
『鈴音』と呼ばれた肩にかかるかかからない程度に短く揃えられた髪が目立つ女子生徒は、荷物急いでをまとめている舞雪と、弦真を一瞥すると弦真にだけ話しかけた。
「あなたが弦真君?ユキのお気に入りらしいけど、ユキに変な気を起こしたりしないようにね?」
鈴音は弦真にだけ聞こえる声で微笑みながらそういうと、先に戻ってるよー、と舞雪に言い残して音楽室を後にした。
「ごめん、弓波くん。鈴音に怒られちゃうから今日はここでお開きにさせて。また明日の朝ここにいつもの時間に集合ねー」
舞雪は、手で合掌を作って謝りながらドアに向かい、弦真に手を振ってから音楽室を後にした。
「そういえば小花衣、部活やってたんだっけ…」
弦真はそう呟くと、自身も荷物をまとめて、音楽室を後にした。
――翌日。
弦真はいつも通り、朝早くに学校へ登校したのだが、今日は音楽室の前に舞雪の姿がない。
「小花衣、寝坊でもしたのかな…」
弦真は、舞雪を音楽室の前で待ったが、ホームルーム開始のチャイムがなっても、舞雪が音楽室に姿を現すことはなかった。
そんな中、昼休みに弦真のもとを鈴音が訪ねてきた。
「弓波君、ちょっといい?」
弦真は鈴音に音楽室へ呼び出されることとなった。
鈴音は、弦真を椅子に座らせると一呼吸置いて話し始めた。
「とりあえずまずは自己紹介からね。私は13HRの
鈴音は、弦真に右手を伸ばして握手を求める。
「俺は12HRの弓波弦真です、よろしく」
弦真は鈴音の手を取って言う。
鈴音は手を膝の上へ戻すと神妙な面持ちで話し始めた。
「落ち着いて聞いてほしんだけど、たぶんこれから一週間、舞雪はあなたとピアノの練習をすることはできないわ」
弦真は、ひどく困惑しながらも鈴音に訪ねた。
「えっと、鈴音さん。それってどういう意味ですか?」
鈴音は、舞雪の癖と同じように、髪をくるくると遊びながら口を開いた。
「舞雪はもともと体の具合が良くなかったの。でも、あなたからピアノを一緒にやろうって言われて乗り気になったのか、ここのところ毎日遅寝早起きが続いてしまっていたのね。昨日私が舞雪を呼びにきたのは、具合の悪い舞雪を病院へ連れて行くため。私がついていかないと、あの子意地でも自分じゃ行こうとしないもの」
鈴音は世話のかかる妹を見るような穏やかな顔で、微笑んだ。
だが、その優しい表情も一瞬のことだった。
「それで、昨日病院へ行ったらお医者さんに一週間は安静にしていろと言われたわ。舞雪はかなり悔しがっていたけれど」
弦真は、鈴音の説明を聞いて大いに納得した。だから今日朝舞雪が来れなかったのか、と。
「い、命に別状はないんですよね?」
弦真が思いついた問いを恐る恐る口にするも、鈴音は首を縦に振った。
「ええ、その心配はないそうよ」
弦真はその答えを聞いてひどく安堵した。
しかし同時に、自分のせいで舞雪が体調を崩してしまったのだと思うと、やるせない気持ちに襲われた。
弦真はふと疑問に思ったことを鈴音に言った。
「話の腰を折るようで悪いんですけど、鈴音さんって僕のことどう思ってます?」
鈴音は弦真の発言を聞いて、少し頰を赤らめた。
「あ、いえその。変な意味とかじゃなくて。鈴音さんにとって小花衣は友達じゃないですか。友人が特に知らない誰かのせいで体調を崩したとかってなったら、すごく嫌だと思うんですよね。そういう意味で聞きました」
弦真は罰が悪くなって、早口でまくし立てた。
「ああ、そういうことね」
鈴音は弦真の補足の説明を聞いて、納得したように頷いた。
「そんなの、当然決まってるじゃない。弦真君のことは好きじゃないわ」
鈴音はそう言って、ふふっと笑った。
「でもね、舞雪があなたのことを楽しそうに話してる姿を見ちゃったら、舞雪の思いを無下にすることもできないじゃない」
鈴音はそう言って窓の外を眺めた。
「それに私的には舞雪が夢中になってるあなたのことをよく知りたいしね…」
鈴音の呟きは弦真の耳には届かなかった。
「それで、弦真君。これはわたしからのお願いなんだけど…」
再び話を切り出すと、鈴音は再び神妙な面持ちで弦真に向かい合った。
「今日の放課後、私が病院へ行くのについてきてくれないかな。舞雪からは連れてくるなって言われてるんだけどね」
どうかな、と鈴音は弦真の目をしっかりと見て聞いてきた。
「行きます、行かせてください!」
弦真は間髪いれずにそういうと、鈴音は大きく頷いた。
「よし、決まりね。それじゃあ放課後ここで待っていてくれるかしら?」
お願いね、そう言い残して鈴音は音楽室を後にした。
弦真は一人、考えていた。
自分の中で、いつのまにか舞雪の存在が大きくなっていたこと。
それと、そんな舞雪を放って置けないと思っている自分がいること。
「だったら尚更、言って謝るしかないよな…」
弦真は一人呟くと、重い腰を持ち上げて音楽室を出た。
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