第2話 疲弊した俺に救済を!

 左遷が決定し、目の前が真っ暗になった後はなにも覚えていない。


 まぶたを開けると、俺はいつもの愛しいベットの上に仰向けになっていた。


「いつの間に家に帰ってたのか俺は。」


 帰路に着く間の記憶がさっぱり抜けてしまったことに軽く驚いたが致し方あるまい。

 それほど、左遷という事実を受け入れることができなかったのだろう。


 いや、あのじいさんと今後関わる事がなくなったと思えば天国なのだが。

 いや、教授とお茶会する機会がなくなったと思えば地獄か。


「はぁぁぁぁ...」


 思わず長ったらしいため息が出てしまう。

 当然だ。今後のことを考えればストレスしかない。


 新しい環境でやり直すのにも骨が折れる。いままで築き上げてきた人間関係もリセットされてしまった。


 しかも左遷先はあのブロツコリー研究所。論文執筆数で有名な研究所だが、質に問題ありでも有名だ。

 なんでも得られたデータを捏造して、ありもしない事実をでっち上げているという噂さえ聞く。


 そんな腐りきった所に左遷だって?

 あっという間に俺の精神も腐り切るだろうな。


 加えて向こうには花がない。全員、中年のじいさんばかりだそうだ。端的に言えばダージーのような人物に溢れた研究所ということだ。

 冗談じゃない!俺も男だ。職場に可愛らしい子がいなきゃそもそもモチベーションというものさえなくなってしまう。


 その点で言えば俺の研究所は大変優れた所だったというわけだ。

 可愛らしい同僚もいた上、教授もいた。何よりあの教授の特徴的な細く尖った耳。エルフという種族が持つあの耳。


 実に素晴らしい。

 あの絶妙な細さと長さがなんとも筆舌に尽くし難い。加えてあの曲線美。いったい前世でどれだけの徳を積めばあのような耳がセットでついてくるのだろうか。

 あの美しいエルフ耳...パフパフしてみたい...


 いや、さらには耳をベロリと舐めて、

「この味はいけねぇ。あんたは噓をついているな?」

とやってみたい...


 おっと、これ以上はイロイロとまずい。おまわりさんはお呼びでない。

 やはりエルフの事になると我を忘れてしまう。

 この妄想はまた今度にしよう。


 とにかく、いますべき事はブロツコリー研究所付近の宿に拠点を移す事だ。

 まずはこの部屋を片付けることから始めるとするか。


 と部屋を片付けてはや10分。

 なんの変哲もない備品やエルフのフィギュアを引越し用の箱に詰めている最中、ふと目を引く新聞記事を見つけてしまった。


 「Go to エルフの里 忙殺された日々に潤いを!」


 記事の見出しが見間違いでないかと思わず二度見してしまう。

 いや、何度見ても同じだ。どうやらこの広告によると、エルフの里へ格安で旅行できると言う。

 

 これは行くしかない、何が何でも。

 カリフラワ研だかなんだか知らんがとにかくエルフ。

 左遷だかなんだか知らんがとにかくエルフ。

 

 とにかくエルフの準備をしよう。


 そうしてあらゆる事を放棄してエルフの里に持っていく物資を部屋中からかき集め、俺は目覚めた時とは異なり、凛々しくも腑抜けた顔つきで家を出た。


 * * * * * * * * * *


 時刻は朝の9時。

 日は昇り、街中には人々の喧騒が響く。黒く荘厳な時計台を中心に上下左右道が広がっている。道沿いには多種多様なお店が広がり、より一層町中を活気立てている。


 ここはロマノフ帝国の南側に位置する町。

 特に帝国より南にある王国との交易が盛んであり、多くの馬車が道路を往来している。


 そんな活気ある町中で俺はひとり馬車待合所で直立している。

 というのも、今朝見つかた新聞の「Go to エルフの里 忙殺された日々に潤いを!」の広告には、この待合所にて月一回エルフの里行きの馬車が発車するという旨が記載されてあったからここにいるわけなのだが。


 しかしふと冷静になって考えてみれば、あのエルフの里行きの馬車など存在するのか。

 隠匿されし秘境の里といわれるエルフの里。以前、帝国が躍起になって里を捜索したというが、一切の手掛かりが得られなかったという。マリン教授も種族はエルフであるが、出自は帝国であるらしく、エルフの里帰りの話は一切なかった。

 果たしてそんな里行きの馬車自体が存在するのだろうか?


 とはいえ、新聞が虚偽の情報を掲載するのはもってのほか。

権威あるロマノフ新聞に記載されている以上、信憑性のある話でなくてはならない。

虚偽の情報が発覚次第、その記事の担当者は「いざ断頭台へ参るでござる」となってしまう。

そんなリスキーなことを新聞製造業者がとるとは思えなかった。


 と、悶々と思案しているとある異変に気付いた。


 あまりにも町の中心は静けさで包まれていた。

ザワザワとした人の喧騒もなく、人や馬の足音の一切合切が聞こえない。


 そう、人っ子一人誰もいないのだ。


「数刻前まで騒がしかったのにどうしたんだ?」


 中央時計台付近がこれほどの静寂に包まれるのは少し変だ。

いつもなら、八百屋のじいさんの大声やくだらん猥談で盛り上がったりしているのだが(なおエルフの猥談は大歓迎ですが)。


 しかしながら、どうも場所に似つかしくない。

そう俺が周囲を怪しんでいると、突然向こう側から馬車がさっそうと近づいてくるのが確認できた。


 その馬車はちょうど俺の手前で止まった。


 しかし、なんて美しい馬車であろうか。花鳥風月という文字を体現したかのような馬車。自然見あふれる柔らかい色の木材を土台とし、ところどころに綺麗なユリの花が装飾として添えてある。主張しすぎず自然との調和を完成させたものであり、帝国製の絢爛豪華な馬車とは対極をなすものであった。


 と俺が馬車に圧倒されていると、中から麗しき女性が出てきた。


「はじめまして。私はココと申します。エルフの里行き馬車をご所望ですね?」


長身長髪のスタイル抜群の女性。柔和なブロンドヘアーがサラリと背中を流れる。優しい顔つきの美しい女性が挨拶をしてきた。


そして最も注視すべきは「耳」。

細長く先が尖っている!あの美しき流線形と黄金比。間違いない。


この女性はや!


「神様仏様エルフ様ありがとうございます。ついに私目はエルフ様のご尊顔を崇め奉る機会に恵まれたようです!これは幻か?三途の川にいるんか?qあwせdrftgyふじこlp」


「お、落ち着いてくださいお客様。馬が怯えてしまいますよ」


鈴の音を連想させる美しい声を聴き俺はもう絶頂。


俺の脳内はエルフで大渋滞、目の前が真っ暗になった!


 * * * * * * * * * *


「ココ様、この方を里にお連れしてよろしいのでしょうか?」


馬車にはもう一人女性がいたようで、ココにそう尋ねる。


「ええ、大丈夫よ。エルフという種族を尊ぶヒューマンに悪い人はいないはずよ」


「しかし、この者の先ほどの奇声はもはやアウトなのでは?」


「・・・」


「...記憶を消します?」


「それは駄目よモモ。あの行動はエルフへの尊びの裏返し。決して悪い人ではないわ」


「ココ様がそうおっしゃるのでしたら...」


二人の麗しき女性は突如気絶したエルの前でそう決断を下した。


「では、さっそく人払いの魔法が切れる前に運びましょうモモ」


「承知しましたココ様」


モモはエルをお姫様抱っこで馬車へと運び、それに続いてココも馬車へ乗った。


果たして、この男エルを里へ連れていく判断は吉と出るか否か。

この男は里の問題への一助となりうるのか?希望の星となるのか?


しかし!この男の頭の脳内がピンク一色であることは言わぬが花だろう。





 

 


 

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慰安旅行の先はエルフの里にお決まり アナスタシア @Kaedeya

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