第5話:解剖+板チョコ
長与が目覚めるとそこは暗いドーム状の室内であった。
「はぇ?」
長与はなぜ自分がこんな場所にいるのかさっぱり分かっていない。
彼が最後に覚えているのは白巳家に怪しいセールスマンのような来客が来たことだけ。
それが何故か暗いドーム状の室内に寝かされており、長与はこの状況に困惑していた。
「どこだ。ここは?」
建物の構造しか分からないような暗く広い空間。
長与は今自分の身になにが起こっているのかを理解できないまま、立ち上がろうとする。
「よいしょ…………って。なんだこれなんだこれ!!!
もしかして、これが噂に言う手錠って奴……?」
ただ、彼は両手に手錠をかけられた状態だった。
普通なら、この手錠をかけられている状況に焦りだしてしまうものだろう。
けれど、実は長与は手錠の実物を見るのが初めてだ。
「これが手錠か………スゲー。警察が使う奴だ。へぇー、こんな感じなのか~。ほんとに動けねぇ~(笑)」
初めて体験する手錠を長与は若干興奮気味で観察している。
まるで噂に聞いた激レアの物を見つけた時のようにキラキラとした視線で手錠を眺めようとする。
しかし、彼には自分で口にした台詞に気になる言葉が1つ。
彼が認識している手錠についての知識は警察が犯罪者を捕まえる時の道具であることだけ。
警察・手錠・警察・手錠……。
「…………ヤバい。警察に無免許運転がバレたのか!?」
長与の顔色はその結論に達したことで真っ青になり、体はブルブルと震え始める。
彼は誰にもバレずに無免許運転を繰り返してきた。無事故ではあったが犯罪であった。その犯罪行為がバレてしまったのではないか?と恐れてしまったのである。
しかし、長与は警察に無免許運転がバレたわけではなかった。
ここに警察官がいない事を長与はとある客人の来訪によって知らされるのである。
「お目覚めのようだね!! サンプル君。
安心しな。ここは警察所でも牢獄でもないぃ」
ドーム状の壁の一部が横開きに開き、1人の男性が入ってきたのだ。
まるでハロウィンの仮装のような服装の男性が長与の前に現れたのである。
「…………なぁ、お前。ここでは仮装大会の開催中なのか?」
「仮装大会?
今はバレンタインなんだけどねぇ……」
長与は彼の嘘に疑問を抱く。
そもそも今はバレンタインの季節ではない。それにバレンタインデーはあんなコスプレを選ぶ機会でもない。
ドーム状の部屋に入ってきた来客は床に横たわっている長与のもとへと近づいてくる。
長与の目の前に現れた不審な男。
彼はハロウィンの仮装に出てくるドラキュラのような衣装を身にまとった高身長の成人だった。年齢は30代くらいに見える。
彼の頬は雪のように白く、目は鋭く尖っていた。
そんな格好の男がバレンタインバレンタインと口にしている。
もうバレンタインなのかハロウィンなのか、長与には分からなくなりそうになっていた。
長与が季節のイベントに混乱していると、元凶である男が長与の前で足を止めた。
「やぁバレンタイン~!!
はい、これ差し入れ。
それとどうだい、チョコいるかいぃ?」
男は床に横たわって身動きの取れない長与を見下ろしながら挨拶を行い、小さな瓶とチョコを差し出す。
市販の板チョコ。そして瓶の中には少量のガソリン。
長与はガソリンの事よりもチョコの方に目を向ける。
長与にとってチョコは久々に見るお菓子だったが、彼は今おやつタイムを楽しむ気分ではなかったのだ。
「…………チョコはいらねぇよ」
「そうかいそうかい悲しいな。まぁ、いいや。あとで食べなぁ」
男はそう言うと持っていた板チョコを床に置く。
その板チョコが置かれた距離は長与が手を伸ばせば届く距離。
だが、長与は手錠をされているため手が使えないことに気づく。
食べたくてもすぐには食べられない距離に置かれた板チョコ。
長与は板チョコの誘惑に負けそうになりながらも、必死に食べに行くのを我慢していた。
「…………ふん」
そんな長与の様子を観察していた男は長与が誘惑に耐えていることに気づく。
「もしかして、我慢しているのかいぃ?」
「…………」
「フフフ、いいねサンプル君。私は君が気に入ったよ。
私は『細河(ほそかわ)滝雄(たきお)』。君の解剖を任された担当者さぁ」
長与は彼の台詞を聞いた瞬間に唖然としてしまう。
解剖を任された担当者というワードが長与にはまったく身に覚えのない言葉だったからだ。
「…………ハァ? 解剖?」
「そうそう。君を解剖しろって言われてる」
「おいおいおい待ってくれよ。俺は病気もない健康児だぜ!!
なんで解剖なんてするのさ!!」
「それは君が異質だからさぁ」
異質。
それは長与が初めて投げ掛けられた言葉だった。誰も今まで彼の事を異質だなんて口にする人はいなかった。
そもそも異質だからという理由だけで解剖される理由にはならないはず。
「冗談じゃねぇ!!」
「そりゃそうだ。君がどういう状況かも理解していないのに解剖なんて…………酷すぎる。だからさ私が来たんだよ。
新人選抜の試験監督を脱け出してねぇ」
「じゃ…………じゃあ?」
(助けてくれるの?)と長与は細河を期待を込めた瞳で見つめる。もう目の前にいる彼を頼らなければ長与は解剖されるのだ。
「もちろん!!」
「ほわぁ~」
「無理だよぉ」
落胆。希望から絶望へと落とされる。担当者にきっぱりと「無理だ」と言われてしまったのだ。
だが、それでは長与も納得がいくわけではない。
自分がなぜ解剖されることになっているかの理由をはまだ話していないのである。
「せめて、せめて理由くらいは教えてくれよ」
「……そうだねぇ。君は『日本怪奇物討伐連盟(通称:怪討連盟)』を知ってるかいぃ?」
日本怪奇物討伐連盟。
それは長与がつい最近耳にした組織名だ。
長与は彼の質問に答えるように2回うなずく。
「よろしい。ここがその連盟のBブロック基地さ。組織の詳しい内容は省くよ。
とにかく、この組織は君を『正体不明の怪人J』として認知した。
そして、危険物は早めに処理。わかったぁ?」
(まったく分からない)
もう少し詳しい説明が欲しかったと思う長与であったが、彼はどんどん先に話を進める。
「敵と認知された君をそのまま殺すのは惜しい。だから私は君を解剖して……」
「ちょっと待ってくれ。なんで俺が正体不明の怪人にされてるんだよ!!」
「君は特殊で異質だからねぇ。本来は付喪神……いや、物と同化して意識を保つ存在は特殊で異質な者なんだよ。
本来は物と契約して力を得ることは出来ても、変化するのは異例。
人と怪人を行き来するなんて異質だろぅ?」
「ふむ、俺が変身できることが異質ってことか?」
「そう言うことだよぉ~!!」
つまり、長与があの怪人みたいな姿に変身できる事を怪討連盟は危惧しているということだ。
そんな長与を捕らえて解剖し、その秘密を探ろうと考えているのであろう。
長与も自分自身が変身できる理由を知りたかったのは事実だが、自分の命が犠牲になるのなら別である。
細河は長与の解剖について適当に説明し終わると、床に座り込んだ。
そして、長与に差し出したはずの板チョコを一人でパリパリと食べ始めたのだ。
緊張感のない細河の姿を長与はチラチラと観察する。
(この細河が隙を見せたらすぐにあのドアから逃げ出そうか……いや逃げ出せるか?
この担当者から俺は逃げられるか?)
美味しそうに板チョコを食べる細河と脱出の機会を伺っている長与。
このまま時間だけが過ぎていく。
……かに思えた。
「ピーピーピーピー!!!!」
突如アラームがなり始め、館内に緊急放送が流れ始めたのである。
『館内に連絡。館内に連絡。現在、敵付喪神が基地に侵入。3機の敵が侵入。戦闘員は直ちに対処せよ。繰り返す。館内に連絡。館内に連絡………』
「ああ、ヤバイなぁ。侵入されちゃうかぁ」
細河はその放送を聞いても焦ることなく、のんきに座って自分の肩を揉んでいる。
そんなのんきな様子の細河に長与は一言。
「なぁ、細河。新人選抜の試験官なんだろう。大丈夫か?」
「…………!?!?」
のんきにあくびをしていた細河の動きが止まった。まるで時が止まったかのように彼はあくびをした口を閉じない。
ただし、細河はその閉じない口のまま、立ち上がると……。
「はがっ…………悪いねサンプル君。私は急用があるのさぁ~」
細河は急いでこのドーム状の部屋から出ていった。
この部屋の鍵を閉めることも忘れて……。
────────────
館内に侵入した付喪神は3体。
彼らは突如空から落ちてきて、基地の天井に穴を開けて入ってきたのだ。
身体中が金属の部品のような物でできた銀色の生物のような物体。
彼らはキシキシと音を軋ませながら、館内に侵入。
「…………回収せよ。回収せよ。回収せよ」
生命ロボット系付喪神。人工的付喪神。
彼らは目的を持って、この日本怪奇物討伐連盟Bブロック基地へと侵入してきたのである。
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