第2台目:Bブロック基地編

第4話:同居+客人

 〇峠での戦いから数日経った。

長与に起こった怪人化はガソリンがきれたバイクのように時間が経てば元通りになった。

けれど、何もかもが元通りというわけではない。

〇峠での死者は元通りに蘇るわけではない。〇峠女蜘蛛に知人を殺された人はこれからも知人の帰りを待つだろう。

長与にとっても戻らない物が多すぎた。

長与にとって大切な恩人でもある『白巳(しろみ)塔子(とうこ)』さんも戻ってこない。あの晩飯を作ってくれた日々が戻るわけでもない。2年という時間も戻ってきてはくれない。

そして、長与の相棒とドライブをすることもできない。



しかし、長与のもとに戻ってきた物もあった。

1つ目は白巳塔子さんの家をそのまま彼が借りることができるようになっていた事。

どうやらあの塔子さんの代わりにバイトのシフトとして働いていた喫茶店の店長がこの部屋を残し続けてくれていたそうだ。

いつか再び帰ってくると信じて部屋の家賃などを2年間払い続けてくれていたらしい。

現在、長与はその喫茶店で正式にアルバイトとして働きながら暮らしている。

この白巳家……いや森阿家から喫茶店に通う毎日を送っているのだ。


2つ目は家族が増えた。この森阿家に新しい家族が加わったことであろう。

今も長与は彼女のために慣れない料理を作ってあげている。

長与はこれまで2年ほど塔子さんの手作り料理を食べさせてもらいながら暮らしていたため、料理などはあまり作ってあげることはなかった。

塔子さんの手伝いをすることはあったが、最初から最後まで料理を作る機会がなかったため、久々の料理に少し悪戦苦闘してしまう。


「おーい、起きろよ朝ごはんだぞ~」


長与は卵焼きと戦いながら、彼女を起こす。

彼女の寝室は塔子さんの部屋なので距離は近いが、長与は一応彼女に声をかけてみる。

すると、眠そうで耳を澄まさないと聞こえないような小さな返事が長与の耳に聞こえてくる。


「ううぅ…………ン」


そしてリビングへと向かってくる足音。


「おっ、起きたか。早く顔を洗ってきな」


長与がそう告げた相手は1人の女の子であった。

珍しい白い長髪で赤色の瞳、小顔で透き通るような色白の肌、大きすぎてダボダボになった塔子さんのパジャマを着ている少女。長与の方が身長も年齢も大きい。

この娘の名前は『エビル』ちゃん。〇峠で長与が偶然出会った少女であるが、彼女がなぜ誘拐されたのか彼女が何者なのかは不明である。基本、他人とはしゃべることがない無口さんだが、長与とは少しだけ会話してくれる。その理由は長与にも分からない。


「洗ったけど……」


「そうか、よし朝飯を食おうぜ!!」


彼女が来てから長与はなんだか兄貴分のように彼女と接している。


「これ……?」


「鮭の焼き魚だぞ?」


「鮭……」


彼女の視線の先には長与が作った朝食たち。

今日の朝食は、白ごはん・鮭の焼き魚(醤油に浮いている)・サラダ(醤油に浸された)・漬物(醤油に沈んだ)。


「どうした? 鮭嫌いだったか?」


エビルは長与の問いに首を横に振る。その反応に少し疑問を浮かべながら当然のようにサラダを食べつつ、長与は醤油をすすり飲む。

そんな長与の食生活に少し引き気味のエビルだったが、彼女はなるべく醤油を含まないようにして白ごはんと合わせて食べていた。




 今回はエビルが皿洗い担当の日。


「……………」


エビルは死んだ目のまま生気を失った人間のような表情で皿を洗い続ける。

森阿家では1週間の皿洗い当番と洗濯当番をトランプなどのアナログゲームの勝敗によって決めている。その他はまだ若いエビルには任せられないと長与が自ら志願して行っている。今週の当番も長与が勝利し、長与は今暇つぶしのためにテレビを観ているのだが、今この時間に放送されているエビルのお気に入り教育番組が偶然再放送されていた。

蛇口から水が出てくる音とテレビから流れてくる番組の音だけが部屋中に響き渡っていく。


「フーン、意外と面白いんだな。この教育番組」


だが、いい所で視聴の邪魔が入る。教育番組も中盤に差し掛かった瞬間、玄関のチャイム音が鳴り響いたのである。


「ピンポーン」


長与は頼むような眼でエビルの方を向くが、エビルはまだ皿洗いの途中であった。

これではエビルに代わりに対応してもらうことはできない。

それに押し売りや宗教勧誘の人が来ていた場合、無口のエビルでは対応することができない。もう長与が出るしかないのだ。


「ピンポーン」


「ったく、誰だよ。こんな朝早くに……」


長与は机に置かれたリモコンでテレビの電源を消す。

その行動に驚いて振り向くエビル。急いでリモコンへと駆け寄るエビルとは反対に長与は玄関へと歩き出した。すれ違う2人。エビルは無事にテレビの電源を再起動させ、教育番組へとチャンネルを切り替えた。一方で長与は頭を掻きながらめんどくさそうに玄関へと向かう。


「大家さんかな? いや、でも家賃はまだ先だしな……」


長与は玄関にたどり着くと、靴を履いてのぞき穴であるドアアイから外の様子をうかがう。

彼の視界には見慣れない1人の男の姿が確認できた。今時という風な韓流ナチュラルマッシュの黒髪で衣服はスーツ姿、長与とは違い落ち着きのあるクールな印象の若い男性がドアの前で時計を見ながらチャイムを押す。


「ピンポーン」


長与にはこの男性の正体がまったく分からなかったが、一応出てみようと思いつつドアノブに手をかける。


「ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン」


長与はゆっくりとドアを開けつつ、ドアの隙間から男の顔を見た。


「誰ですか? 受信料の受け取りなら家はおたくの番組なんて観てないんです……が!?」


なんと、男は長与がドアを開いた瞬間にドアをバッと掴んで離さない。

不審者は長与が閉じようとしているドアを無理やりこじ開けようとしてきた。


「何をするんだよ!! おい、エビル。警察に連絡だ!!」


長与は怖くなって、ドアを閉めようと力を入れるが、お互いに力を入れているのでドアは固定されたかのようにまったく動かない。

長与は訳も分からず、この不審者をただにらみつけるしかできなかった。




 長与の家を訪ねてきた男は一向にドアから手を放さない。


「朝早くからすまない。俺は日本怪奇物討伐連盟の者だ。上からの命令でお宅の森阿長与という人物に会いに来たんだが、森阿長与はいるか?」


日本怪奇物討伐連盟?

男の口から発せられた台詞のその言葉の意味が分からなかった長与だが、1つだけ彼にも理解することができた。

それはこの日本怪奇物討伐連盟の者だという男が長与を狙ってきているという事だ。


「おい、人のうちに来るならまず自分から自己紹介をするのがマナーなんじゃないのか?

教育が成っていないんじゃないかね?」


「あいにく、俺は最初に話しかけてから名前を答えるタイプでな。しかし、まぁいいだろう。

俺の名前は『芦谷燈魔(あしやとうま)』。これでいいか?

では、単刀直入に聞かせてもらう。お前が森阿長与なのか?」


「ああ、そうだよ。俺が森阿長与だ!!」


「そうか。それはよかった。では森阿長与。大人しく一緒に着いてきてくれるか?」


「あのさ。いきなりアポなしで俺の家に来て、人の予定も尊重することなく一緒に来い?

それは流石にひどいんじゃないか?

ちゃんとした説明とちゃんとした手土産を持ってくるのが筋ってもんじゃないのかね?」


「説明は後だ。こんな公共の場所で話すことはできない。なぁ、黙って俺と一緒に来てくれないか?」


「じゃあダメだ。せっかくの休みの日になんで男とデートしなきゃならないんだよ!!

日本怪奇物討伐連盟がどんな組織なのかは知らないが、俺はお前と一緒に行くのは死んでもごめんだね!!」


「…………はぁ、逃がせるかよ。俺はお前に嫌われてでも連れて行かなきゃいけないんだよ。それが俺への指令なんだからな。なぁ、本当にどうしてもいやか?」


「ああ、どうしても嫌だ!!!!」


長与は正直に言うとこの男が嫌いになっている。説明もなしに連れ去ろうとするなんて誘拐犯のようなものだ。怪しすぎるにもほどがある。

それにこの男の態度と顔が気に入らない。

なので、長与は再び玄関のドアを閉めようと力を籠めるが……。


「やれやれだ」


「?」


「……突入しろ」


「はあ!?」


その時である。芦谷燈魔のつぶやきを合図にリビング側の窓を割るようにして何かが投げ込まれた。

それも1つではない。すべての窓ガラスがパリンと割られて何かが投げ込まれる。

そして、その何かからは灰色の煙が放出され始めた。

その光景は玄関にいる長与にも確認できる。

ただ長与には訳も分からない驚愕の出来事。長与はまず真っ先にエビルのことが頭によぎった。


「おい、お前何をしやがった!?

大丈夫か? エビ……ッ!?」


エビルのもとへと駆け出そうとしてドアから手を放す。

しかし、ドアから手を離したことでドアを一気に開けられてしまう。

そして芦谷燈魔による背後からの手刀。長与の身体はその手刀によって床に倒される。

そこで長与の意識は途絶えてしまった……。

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