第3話:死体+回転

 長与の身体はバイクと合わさった怪人となって再び蘇った。

彼は登場と同時に◯峠女霊蜘蛛の8本の腕のうち、1本を奪い去っていく。

しかし、腕の切断された痛みからか、そもそもなのか、◯峠女霊蜘蛛は長与のことを覚えていなかった。


「なんじゃ貴様。我の縄張りに勝手に入って来るな。我はこの〇峠を支配する〇峠女蜘蛛様じゃぞ!!」


突然現れた正体不明の怪人に〇峠女蜘蛛はここが自分の縄張りであるという事を主張する。ここは関係のない怪人が彼女に逆らうべき立場ではないという事を注意しているのだ。

だが、長与にとってはそんなこと知ってどうなる事ではなかった。


「お前こそ俺の縄張りに入ってきやがって!!」


「はぁ? 何を言うか。ここは我が随分前から託された地だぞ。そのような虚言を申すな新米が!!」


〇峠女蜘蛛は目の前にいる怪人に敵意を向けながらにらみつける。

怪人も〇峠女蜘蛛もこの場から退く素振りは決して見せない。

彼らはもうお互いに敵対している。

目の前にいる存在が邪魔者だと理解しているのだ。


「俺と相棒が通る道はすべて俺たちの……いや、俺の縄張りになるんだよ!!!!」


最初に動き出したのは長与であった。

長与はまっさきに奴の首を取るために走り出した。

〇峠女蜘蛛は自身の7本の腕を使って長与を握りつぶそうと手を伸ばし襲い掛かってくる。

〇峠女蜘蛛の腕は自由自在にどこまでも遠くの獲物を追いかけて捕まえることができるため、本体自体はその場から動くことも必要ない。


「あっ!?」


長与は襲いかかってくる腕を華麗な移動で避けていたのだが、不意を突かれて左右から来た腕に掴まれてしまう。

長与の身体を締め付ける2本の腕。

その強力な腕力に長与は身動きが取れないまま、苦痛の表情を浮かべて〇峠女蜘蛛を睨みつけている。


「弱いの。弱いの。

所詮大きさでは勝てぬわ。

貴様の速度なんて最初の腕1本失った時にすでに学んでおるのだ。

さぁつぶれろつぶれろ!!」


さらに長与を握りしめる握力が強くなっていき、普通の人間では簡単につぶされてしまうほどの圧を与え続けている。

長与の身体の金属部分がギシギシと音を立てて鳴っている。


「ググッ………」


「我が偉いんじゃ。我がここを任せられたんじゃ。我がここの支配者なのじゃ。だから、我の求める物をよこせ!!

我のコレクションはよき悲鳴の者だけじゃ。女の悲鳴。高い声の悲鳴。その者だけ即死は勘弁してやるのじゃ。

怪人のコレクションは初めてじゃからの。さぁ、鳴け鳴け鳴け!!!」


「ッ………」


「なんじゃ? 聞こえんの。もっと大きな声で鳴けぬのか? なんじゃ言ってみろ。もう一度鳴いてくれ!!!」


あと一押し。もう一押しで長与の悲鳴が聞けると楽しみに思いながら、腕に力を込めていた〇峠女蜘蛛は彼に素晴らしい悲鳴を要求する。

このまま握りつぶされて即死したくなければ鳴けと要求している。

実際、この動けない状況で長与が逃げ出すことはできない。立ち向かうこともできない。

長与は完全に逃げ場がないのである。

しかし、長与はこんな状況の中でそんな言葉を言うような男ではない。

例え、今にも体を握りつぶされてへし折られそうだとしても、長与はあきらめない。

敵に対してあきらめるような男ではないのだ。

だから、この場で長与は口を開く。


「うるせぇな。悪趣味ババア。

お前の終着場所はすでに決まっているんだよ!!」


長与からの挑発は〇峠女蜘蛛の逆鱗に触れた。


「そうか、死ね!!!」


〇峠女蜘蛛は2本の腕で長与の肉体を締め付けたまま、3本目の指を長与の首に向けて伸ばす。

そして、そのまま3本目の腕で長与の首を掴んで引っこ抜くつもりなのだ。




 ブルブロロロロロロ!!!

長与の首を3本目の腕が覆いつくした瞬間。

〇峠女蜘蛛の腕の中からエンジン音が聞こえてくる。


「痛っだぁぁ?」


〇峠女蜘蛛は予想外の痛みに驚いて、思わず手を放してしまう。

〇峠女蜘蛛は回転した車輪を掌に押し付けられて腕を負傷してしまったのだ。

その腕の中から出てきた長与の右手についていたタイヤからは無数のトゲが生えており、ミキサーのように〇峠女蜘蛛の手を負傷させたのだ。

刃物のように鋭く尖ったトゲが生えた超トゲタイヤである。


「へっ、よくわからんが生えてきた!!!」


長与は〇峠女蜘蛛の返り血を浴びて赤く染まりながらも両手から解放される。

しかし、これだけで「よかった助かった」と安心することは長与にはまだ早い。

長与はすぐにでも〇峠女蜘蛛に致命傷を負わせるために奴の本体を目指す。

先ほどのように〇峠女蜘蛛は腕を伸ばして長与を捕えようとするが、無事な腕は4本にまで減っているためうまく長与を捕まえることができない。

〇峠女蜘蛛の得意な攻撃である太いロープも長与の速さには通用しない。

〇峠女蜘蛛は敗北へと追い込まれているのだ。

美しくスピーディーに〇峠女蜘蛛の攻撃を次々と避けて走る長与。そんな彼に〇峠女蜘蛛は次第に苛立ちをあらわにしていった。


「きっ……貴様貴様貴様貴様貴様ァ!!

我の腕を半分も奪い取るとは!!!」


着々と〇峠女蜘蛛に迫ってくる長与。

しかし、〇峠女蜘蛛にはまだとっておきの切り札があったのだ。

彼女は長与が一定の距離にまでやって来るのを待ち構えると、ニヤリと怪しき笑みをうかべた。


「フハハハハ!! まんまと罠に嵌ったな。小僧よ」


そう言って彼女は2本の腕を空に振り上げる。

すると、その振り上げた腕を合図に彼女の巣で吊るされていた死体が一斉に地面へと落ちる。


「!?」


次々と目の前に死体が現れる光景に長与は足を止めた。

怪人のような見た目になっても長与は人間。目の前の死体の大軍をなんの感情もなく無視できる度胸はない。


「おい、何のつもりだ。そんなに自分のコレクションを見せたいのか?」


「吠えるなよ小僧。

我のコレクションを相手に貴様はどう動くかな?」


〇峠女蜘蛛は少し巣の上へと後退する。

距離を取り、上から長与の様子をうかがうためである。

だが、長与にはこれから何が起こるか分かっていない。この死体の意味を理解していない。


「降りてきやがれ!!

俺を相手にするのが怖いのか!!」


長与は巣の上方へと避難した〇峠女蜘蛛に対して声を上げた。


「何を勘違いしておるのだ小僧。我が貴様の相手をするだと?

我はもとより貴様など眼中にないわ。

我は縄張りから追い出すために貴様を敵視するのだ。本来なら貴様の相手をする暇などないのだぞ。しかし、我も寛大だ。

貴様にはコレクションを味合わせてやろう。我の人形劇でな」


「コレクションを味合わせる? 人形劇?」


長与には彼女の言うことが理解できなかった。

だが、彼はその目で見ることになる。

巣から道路へと落ちた死体が音もなく立ち上がったのだ。


「はぁぁ!?」


白骨化した死体も、腐った死体も、まだ新鮮な死体も……。

彼女の巣で首を吊ることになった死体たちがまるで生きているように動き出したのである。




 うめき声をあげることもなく死体たちは長与に襲いかかってくる。

本来動くはずのない首吊り死体が〇峠女蜘蛛によって無理やり動かされているのだ。


「チッ……」


腐敗臭があたりに広がる。

〇峠女蜘蛛にとって、このコレクション攻撃はただの囮。コレクション達に動きを封じさせてトドメは自分が行うという作戦なのだ。自分は高い位置から長与の首を引きちぎるつもりなのである。


「貴様に殺せるか?

そいつらは人間の死体だ。しかし、殺せる。人間を殺す方法で殺せる。

貴様に人間が殺せるか? 貴様は怪人の見た目だが人間なのだろう?

貴様に人間と同様の姿をした人間を殺せるかぁ?」


今死体として動いているのは元人間である。すでに死んでいるのだ。

もしも殺るとしてもそれなりの覚悟が必要である。

長与はこれまで普通の暮らしをしていた一般人。誰かを殺すのには躊躇してしまう。例え、死体であっても人の形をした物に手をかけるなんて人間にはなかなか無理である。




 その心情を〇峠女蜘蛛は知っていた。これまでの人間と遊ぶ時もそうだったからである。

数日前に行方不明になった友人を探しに来たある女性は、襲いかかろうとする友人の死体を必死に説得しようとしていた。死んでいるとは認めずに襲いかかろうとする友人を必死に説得していた。だから、後ろから殺した。

自分の息子が行方不明になった不仲の父親は、反応のない動く死体となった息子に必死に謝り、抱きしめた。しかし、死体であることに気付き咄嗟にその場から離れて、携帯電話を使用しようとしたので息子の側で首を吊らせてあげた。

また、ある若い男性は、偶然会ったかのように死体に手を振らせると、同じように手を振り返してきたが、腐敗が進んでいた死体だったので数秒後にあっさりとバレた。そして、急いでバイクに乗って逃走しようと走り出していたのでバイクごと釣り上げてやった。その後、バイクはいつものように崖下に捨てた。

───これもすべては〇峠女蜘蛛の娯楽であった。

悲鳴を聞きたい彼女にとっては一種の遊びのような物。暇なときに誘われてきた獲物を狩るようなもの。

この場所で都市伝説として語られなければ強くなれない。知られなければ、恐れを抱かれなければ強くなれない。

さらに、彼女はこの峠に住み着いて、人間たちの行動や悲鳴を観察して楽しんでいた。

だからこそ、分かる。

長与は死体を殺すのに躊躇することが……。


「俯いたままでは解決せんぞ小僧よ」


ふと、〇峠女蜘蛛が巣の上から見ると長与が地面に俯いたまま動いてないのを確認する。

完全に苦悩している。悩んでいる。油断している。躊躇している。


「かかれ!! 死体ども!!」


それを合図に〇峠女蜘蛛はコレクションに命令し、コレクションは一斉に長与に向かって動き出す。

ガッチリと長与に襲いかかって動きを封じるコレクション達。

あの数の力では長与は動けない。腕を伸ばせば長与の首をへし折れる。




 ……はずだった。


「死体ってさ。死んでるんだろ。なら、轢き殺しても構わねぇよなぁぁ!!!!」


ブルブロロロロロロ!!!

トゲを生やしたタイヤが急速に回転する。ブレーキは止まらない。

骨がゴリゴリと削られる音。肉がべちゃべちゃと飛び散る音。


「何ィィ?」


〇峠女蜘蛛は慌てて長与に向けて伸ばした手を引っ込めようとする。

しかし、その判断は遅かった。

すでに包囲網を突破した長与は〇峠女蜘蛛の腕に飛び移り、そのまま天高く滑走する。


「俺は前に大切な物を失ったけどよ。俺の後ろには生きてる命があるんだぜ!!」


月明かりに照らされながら、一直線に〇峠女蜘蛛に向かって落ちてくる長与。

〇峠女蜘蛛には彼の姿が月明かりと重なって見えてしまう。

巣のてっぺんまで登ってしまったせいで月明かりを隠す木々がないのだ。


「我はあの方にここを任された〇峠女蜘蛛様なん


『ガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!(超トゲタイヤが削る音)』


ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁッぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


〇峠に〇峠女蜘蛛の断末魔が響き渡る。彼女がこれまでに吊るし上げてきた首のように、長与も彼女の首を狙って切断したのだ。

長与はようやく2年で白巳塔子の仇を取ることに成功したのであった。


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