第2話:少女と蜘蛛
2年後。
H県◯峠を一台の車が走っていた。
その日は雨の降りしきる夜。
黒いワゴン車が峠を走る。
その社内には3人の若い男と横たわっている1人の少女。
3人のうちの2人は車内でタバコを吸いながらこれからの計画について話を行っていた。
「なぁ? 本当にしばらくは起きねぇんだよな?
このガキ」
1人の男が横たわる少女にナイフを向けながら尋ねる。
こんな場所で目覚めたとしても逃げられるわけがないのだが、一応の確認である。
「ああ、問題ない。クスリを打ったからな。目が覚めた時には新しい世界が待ってるだろうよ」
「それならいいんだが……。
しかし、俺たち。ついに誘拐しちまったんだな。こりゃお尋ねもんじゃねぇか?」
「ああ、今頃通報を受けた警察が捜し回っている頃だろうな。だが、ここまで来ればしばらくは大丈夫だろう?
こんな素晴らしい金のなる木を手にいれたんだ。ちゃんと一儲けさせてもらわねぇとな」
車内には2人の笑い声が響き渡った。
彼ら3人は誘拐犯で少女はその被害者というわけだ。
すると、後ろの様子が気になる運転席の男が2人に声をかける。
「なぁ……兄貴達。本当に俺たち大丈夫なんですよね?」
どうやら運転席に座ってワゴン車を運転している男は、今後の事で不安があるようだ。
警察に捕まる事を恐れているようだ。
「おい、何ビビってるだよ腰抜けか?
ここまで来たらもう後戻りはできねぇぜ?
失敗したらもう後がねぇ。俺たちはヤバくなる。だが、警察なんて怖くねぇだろ?」
「そうだぜ? 警察なんて怖くねぇよ。
俺たちのバックには“カサラガ組”がついていてくれてる。お前はただこの車を集合場所まで運転すりゃいいんだよ。分かったら前見て運転しろ」
「はっ…………はい」
運転席の男は再び前を向いて運転を再開する。
ザーザーと降る雨が窓ガラスを濡らし、運転席の男はワイパーを作動させた。
カタカタカタカタカタカタッ。
対向車も通行車も一台も通っていない道路。
景色も真っ暗で車内からは雨の様子しか確認できない。
周囲を雨と闇に囲まれた道を黒いワゴン車は移動していく。
だが、その時である。
ゴトンッ。
「ヒッィ?」
黒いワゴン車に何かがぶつかる音。運転席の男が急ブレーキを踏んだ時にはもう遅く。既に車でナニカを轢いていた。
その急ブレーキの衝撃で車内は揺れる。
「おい、てめえ何やってんだ?」
「何かにぶっ…………ぶつかりました」
「おいおいおいおいおい。ぶつかりました?
ぶつかったって言ったのか?
よし、構わん。飛ばせ」
後部座席の2人からの指令に運転席の男は反論する。その声は震えきって不安で怯えているようにも聞こえた。
「いや、ですが……。もし人だったら?」
「チッ、分かった分かった。じゃあ見てこい。生きてたら拉致しろ。死んでたら崖にでも捨てとけ」
「そうそう、俺たちは待ってるからさ~」
そう言って運転席の男を送り出す後部座席の2人。
運転席の男は2人の兄貴には逆らえず、しぶしぶ傘を持って車内から出ていった。
それから20分。
なかなか戻らない運転席の男。
2人は先を急いでいるので、彼が帰って来ないことに痺れを切らしていた。
「あいつ、マジで何やってんだ?」
片方の男が車内から窓の外を見る。
しかし、打ち付ける雨水によってなかなか外の様子を確認することが出来ない。
「まさかトイレではないだろうし……逃げたとか?
いやいやいやいやいや、あいつがそんなタマしてるわけねぇ。それに裏切り者は死だと教えてある。下手に逃げることはしねぇはずだ」
「じゃあなんで……?」
「まさか警察か?
待ち構えていたとか?」
「それはまずい。計画がバレてしまうじゃん。どうする?」
「とりあえず、あいつが轢いた物を確認しておくか。そして、逃げたあいつに罪を擦り付ければいい。組内での裏切り行為で、あいつが俺たちを裏切ったってことにすればいい。
この少女もあいつが誘拐した。そして俺たちも誘拐された。どうよ?」
「そりゃいいぜ。とりあえず車内に偽装痕跡を残してっ……」
片方の男が手袋をはめたまま、粘着テープを取り出すと、もう片方の男の腕と口に一度だけ貼り付ける。
そして、今度は反対に行う。
こうすることで、自分達も誘拐されたという証拠になるのではないかと考えたのだ。
少女を誘拐させる時も顔を見られていないし、直接襲った時は1人。
防犯カメラもハッキングしたので、犯行証言も犯人は1人だったと言わせることができるのだ。
さて、偽装痕跡の準備が終わり、2人は車のドアを開けて外へと出ていく。
「「………………」」
そして、降りしきる雨の中で彼らは見た。
運転席の男が裏切り者ではなかったという証拠を……。
2人の目の前には雨に打たれながらこちらをジッと見ている大きなモノ。
蜘蛛のように縄を張り巡らせて、8本の腕でそこに捕まり、ジッーとこちらに狙いを定めている女の怪物。
その大きさは車を超え、蜘蛛のような下半身に白いワンピースと白い帽子を被った女性の上半身が合体している。
そして、その縄で作られた巣には沢山の人間や骸骨が首を吊って死んでいる。その中に運転席の男の姿もあった。
「我はこの◯峠を納める大悪霊。
『◯縄女霊蜘蛛』。貴様らも聞いたことはあるだろう?
この場所の都市伝説。それが我だ。
我はコレクションを求める。貴様らはふさわしいやもしれぬ。おとなしく命差し出せ」
怪物が口を開いて日本語を喋った。
だが、その怪物の脅しに2人は何も答えない。
いや、答えることができなかった。
見たこともない怪物に話しかけられて、ガタガタと震えが止まらないのだ。
彼らは雨が降っているにも関わらず、足元に差したままの傘を落とした。
「うう?
なぜ我がしゃべり、貴様らはしゃべらん?
つまらんな」
◯峠女霊蜘蛛は1本の手でほほを掻きながら、他の手で2人のうちの1人を掴む。
「おっ?
ちょっとやめてくれ。助けてくれ!!」
掴まれた男は宙に持ち上げられながら、必死にもう1人に助けを求める。
手を伸ばして助けを求めている。
「てめぇ!!」
助けを求められた無傷の男は銃を構えて、◯峠女霊蜘蛛めがけて発砲。
だが、◯峠女霊蜘蛛には4発中一撃も当てることができずに、別の腕でベチャッと叩き潰されてしまった。
その男の返り血が、掴まれていた男にもかかる。
「あああ…………あくぁっっくぁああああああああああああ!?!??!?!!!!!」
もうわけがわからずに発狂する掴まれていた男。もう彼は気が狂う寸前まで行っていた。
そんな彼に◯峠女霊蜘蛛は一言。
「ダメだ。やっぱ少しうるさい」
グシャ…………!!!!
◯峠は再び静かになる。
◯峠女霊蜘蛛は3人の男を殺し、残り少女が出てくるのを待っている。
すると、先程の発狂で目が覚めたのだろうか。車内から静かに少女が降りてきた。
「………………」
だが、その少女は◯峠女霊蜘蛛を前にしても、恐怖に怯えることもなく無言の状態。
無言で◯峠女霊蜘蛛を眺めていた。
「…………むむ、貴様は泣かぬのか?」
「…………蜘蛛ですね」
「ウム~?」
これまでの人間ように悲鳴を出さない少女を少し不思議に思いながらも、◯峠女霊蜘蛛はワゴン車に手を伸ばした。
「なら、これでどうじゃ?
帰る方法を無くしたら泣くかのぉ?」
◯峠女霊蜘蛛は軽々とワゴン車を持ち上げると、そのまま崖へと投げ捨てた。
ガシャンガラガラガラガシッッ……!!!
大きな音を立てて落ちていくワゴン車。
しかし、それでも少女の表情は変わらない。
「ああ?
イライラさせられる。貴様はいらんわ。我のコレクションはよき悲鳴の者だけじゃ。女の悲鳴。高い声の悲鳴。貴様はよき少女なのに勿体無いが……仕方がないのぉ?」
しぶしぶ残念そうに◯峠女霊蜘蛛は顔をしかめると、少女の頭上へと拳をあげた。
その拳を叩きつけて先程の男のように潰すつもりなのである。
──────────
心配停止。内蔵破損。四肢損傷。バラバラ。
だが、既に死んでいる肉体が久々に機能し始めた。
理由は分からない。彼は2年前にこの崖へと落とされてから死んでいる。相棒と共に死んでいる。
彼は相棒と死ねて本望だった。
彼は相棒と世界を巡る夢を見ていた。
その夢を邪魔するかのように感覚が研ぎ澄まされていく。
ないはずの腕を空へと飛ばす。そこまで回復していた。
どうやら、側に落ちてきた物からガソリンが漏れ始めているようだ。
彼はその理由が分からない。ガソリンをかけられて生き返るなんてあり得ないことだ。
「行くな……うッ……行くなよ相棒…………ハッ!!」
だが、生きている。彼は目を覚ました。彼は生き返っている。この崖で2年間死んでいた男。それなのに甦った。
「なんで……?」
彼にもその理由は分からない。だが、この体は……。
「なるほど。そういうことかよ」
ギシギシと嫌いな鉄の錆び付く音が自分の体から聞こえてくるのは不快であったが、仕方がない。
彼は目覚めてからたった数十秒で立ち上がることができるまで復活していた。
改めて自分の体を見る。
これなら行ける。
「まったく意味が分からないけどよ。きっと俺たちにはやるべきことがあるんだよな? 相棒。」
原因も意味も理由も何をすべきかも分からない。
混乱しそうになる頭を使わずに、彼はとにかく上へ向かうことにした。
暗闇に姿を隠しながら、彼は崖を勢いよく走り登っていったのだ。
─────────
◯峠女霊蜘蛛の腕が少女を叩き潰そうと迫ってくる。
バシッン!!!!
アスファルトと破壊する勢いで殺せた。
そう思っていた◯峠女霊蜘蛛であったが、気がつくと少女が別の位置に移動している。
「なぜじゃ?
我が仕留め損ねるなど……?」
ありえない。あの無言の少女が避けることができたとは思えない。
◯峠女霊蜘蛛には信じられなかった。
もちろんこの後の展開も……。
ザガガガガガ!!!!
何かを押し付けられてそのまま剥ぎ取られるような痛み。
その痛みは8本のうちの1本の腕に突然走った痛み。
「アギャァァァァァァ!?!?!」
叫び声をあげる◯峠女霊蜘蛛。
そして、そのまま切断される1本の腕。
その光景を無言の少女は絶対に忘れないだろう。
突然、崖から現れた◯峠女蜘蛛と戦っている怪人のような男のことを……。
その怪人は人間の大きさ。
頭は青いヘルメットを被ったようになっていて、手や足にはタイヤが1本ずつ埋められている。
そして、左手は人間のままだが、右手は青色に塗装された機械で出来た腕と手。その指が鋭くナイフのように尖っている。
そして彼はしゃべる。◯峠女霊蜘蛛のように日本語を話すことができるのだ。
「2年ぶりだな幽霊……。長与……相棒と共に地獄から舞い戻って参りましたよぉ!!!!」
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