ひだまりの都(3)
高い建物が建ち並び、その間を縦横に伸びる幅広い道。王都では平民でも辻馬車を日常的に利用するのが当たり前なほど馬車移動が主流であり、歩道と車道を分け、さらに車道は二車線化されており、大通りの真ん中を多くの馬車が行き交っていた。
せつなたちを乗せた馬車もその流れに入り、中央に聳える城を目指す。
窓の外に流れる景色は、街並みから人の服装までヘルとは何もかも違った。
緩やかなカーブに沿って馬車が城に対して横向きになると、城の真ん中に刺さる塔が見える。王都の建物はヘルと比べるとどれも高いが、塔はさらにその上をいき、空にも届きそうなほど。真ん中より上辺りに日光を反射する何かに気づいたとき、鐘の音が町中に響いた。あれが鳴っているのだ。
「あれは昼の鐘。ここでは朝昼日没で三回鐘が鳴る」
「そういえばヘルにはそういう、時間を報せる物ってないよね」
「計りはあるが、わざわざ太陽に合わせて鐘を三回も鳴らすのは
城下町のどこからでも城は見えるが、王都の道は絡み合っていて直線的に城へ繋がる物はない。城下を半周してようやく城の正門に辿り着く。
ソルの城は、塔を中心に二つの建物が並ぶシンメトリーな姿をしていた。門前の周囲も植物など左右対称に整えられていたが、正門へ続く道の脇に、城に劣らないほど厳かな雰囲気の教会があった。片側にしかないゆえにその存在感は強調され、城と違い誰でも出入りできるよう入り口が解放されている。
あれがソルダグ祖王の教会かな。
この国には「神」と呼ばれるものがいない。似た概念に当て嵌まるのが、王やヴィルヘルムなど各地の領主の祖先である「祖王たち」。
もう一つ、尊い存在として崇められている「狼」がいるが、その扱いはより慎重で、表立って祀ることはしないらしい。
教会には領ごとにそれぞれの祖王を象った物が安置されている。全ての祖王は等しく敬意を払うべきという考えがあり、それゆえに国が統一されたあともそれぞれの民が信奉する祖王が変わることはなかった。
ソルダグの祖王――女王ソル。
祖王の名はそのまま主都の名に充てられる。
ソルは黄金の髪と澄んだ青い瞳を持ち、その色は子孫である現国王陛下に受け継がれ、彼もまた輝かしい人だと聞く。
氷城と違い、ソルの白亜の城は魔法の城と例えるほどの印象はなかった。けれど地面や壁からは大きな《流れ》を感じる。やはりここも特別な場所なのだ。残念ながらここのはせつなとは相性が合わないようで、利用できそうにない。
従者と侍女とは入り口で別れ、客人として迎え入れられたせつなとヴィルヘルムは老齢の執事に案内される。
好奇心からキョロキョロと周りを見回して、足が遅れているせつなは、まるで本当の幼子のようで、今の彼女が「十六歳です」と言ってもきっと誰も信じない。ヴィルヘルムが歩調を緩めていなければ、置いていかれて迷子になっていただろう。
通された応接間も見回して、せつなはソファに落ち着く。ここも綺麗だけど、美しさなら氷城の方が勝ってる、と自分のことのように優越感に浸かる。
あらかじめ伝えてあったのか、せつなには普通の紅茶ではなく、冷やした物が出された。果実を入れた甘味を味わっていると、突然せつなの身体に悪寒が走る。
なに?
感覚を研ぎ澄まし、身の毛がよだつ原因を探る。足音もなく何かが近づいていくる。ソファから立ち上がり、扉の方を凝視したままゆっくりと後ろに下がった。
訝しげにヴィルヘルムが口を開きかけたところで、ノックもなく扉が開け放たれる。
「よお! 久しぶりだなヴィル!」
「陛下」
礼儀をどこかに置き忘れて現れた王に対し、ヴィルヘルムは動じず椅子から立ち、最敬礼をする。正式な口上は王に制され、顔を上げて「先日お会いしたばかりですが」と少し皮肉めいたことを言う。
「まあな。それでそちらが件の雪乙女か」
日光を解し、結えたような眩い黄金の髪に青空のような瞳。聞いてた通りの色がそこにあり、それは間違いなく彼が国王――アルフィ・ソルソン・ソルダグであるという証。
「よく来てくれた。俺は――」
「近づかないでっ!!」
穏和な笑顔で発せられた言葉を、せつなは獣の如き威嚇で跳ね除ける。口を開けて呆けている男を睨む。
ヴィルヘルムは顔色を変え、二人の間に割り込み、殺気立つせつなの肩を掴んで抑えた。
「申し訳ありません」
「あー、別にいいさ」
他に人がいたらそう単純には済まされない。困惑気味の二人には、今せつなの目が何を映しているのか、見当もつかないだろう。
それはまさに地上に落ちた太陽。人型の器に押し込められた光は、抑えきれず外に溢れて周囲を照らす。肌を炙られているような感覚。
これは危険だ。
これは人間じゃない、灼熱の塊だ!
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