氷城の領主(5)

 ヴィルヘルムには行きたいところがあるようで、飴細工の見世物から離れて二人は人通りの少ない路地に進む。せつなはキョロキョロと周りを見ながら、脇目も振らず歩くヴィルヘルムのあとを歩いていた。


 吊り下げられた看板がなければ見逃してしまいそうなほどひっそりと佇む店。窓辺には色のついた粉の詰まった瓶が虹になるように色ごとに並べられていた。雑貨屋のようなものかと思えば、店内には剣や盾、鎧と物々しい装備品が並んでいてせつなはきょとんと立ち尽くす。


「いらっしゃーい」


 くるくると捻れた短髪のツナギ姿の少女がカウンターの向こうから笑顔で客人を出迎える。歳は本来のせつなぐらいだろう。


 その隣には、椅子に座って金物を磨くいかにも職人といった風貌の男。手に持っていた物をカウンターに置いて男はヴィルヘルムに話しかける。


「なんだお前さんか」


「久しぶりだな。今日は剣を注文しに来た」


 せつなの肩が揺れる。


「なんだと? 前に作ったのはどうした」


「……砕けた」


「はあ?」


 カッと見開いた目を吊り上げ、男はカウンターから身を乗り出した。


「何馬鹿言ってんだ。ありゃあ最上級の素材を打ち込んだ、岩を切ろうが刃こぼれしない傑作だぞ。それをお前さん、砕けただあ?」


「……」


「おいおい……どんな怪物と戦ったらあの剣が折れるってんだ」


 見えない矢がぐさぐさとせつなに突き刺さる。


 男はため息をつきながら頭の後ろ荒く掻いた。


「まあいい。壊れちまったってんなら、あれ以上のもんを作るだけだ。となると、材料からだな。奥見てくか?」


 ヴィルヘルムは顔を背けているせつなを一瞥し、


「……メニア。こいつを見ててもらえるか」


「はいよー」


 それだけ言ってヴィルヘルムは男と共にカウンターの後ろの扉の奥へと消えた。


 まさか置いて行かれるとは思わず、振り返ると店の少女と目が合い、にっこりと笑いかけられる。人懐っこそうな笑顔に無意識に緊張が解けた。


「あの、ここって武器屋なんですか?」


 カウンターから出てきて少女は、せつなの目線に合わせてしゃがみ込む。


「正確には鍛冶屋だよ。武器だけじゃなくて、鍋とか色々作ってるの」


「そうなんですか」


「ねえ、あなた名前は?」


「せつなです」


 この辺りでは苗字を持つ人が少ないらしく、せつなもそれに倣って名乗るようにしていた。


「セツナ」


 ほんの少し音に違和感があるが、聴き逃せるくらいだったのでかまわず「はい」と返事をする。


「私はメニア。メニャでいいよぉ。セツナは小さいのにお行儀の良い喋り方するね。あの人が連れて来たってことは、やっぱりお貴族様? 丁寧に喋ってなきゃいけないタイプ?」


「貴族じゃないです。メニアさんは年上だから」


 実際はそう変わらない気がするけど。


「そんなこと気にせず気軽に喋ってよ。メニャって呼んで」


 そこまで言われて拒む理由はない。


「メニャ?」


「うんうん」


 気づけば絆されてしまう愛嬌。きっと彼女はこの店の看板娘に違いない。


「メニャは……彼と親しいの?」


 ヴィルヘルムがここではどう名乗っているのかわからず、少し口籠る。


「それなりにかなあ。うちのお得意様だし。でも領主様になってからは、忙しくてあまり来なくなちゃったんだー。まあ、あの人が領主様やってるおかげで町は賑やかになったけどね。うちもお客様が増えて大繁盛だよ」


「前は違ったの?」


 メニアは窓の方に行き、色とりどりの瓶をいくつか手にして戻る。


「うん。この町って人は寄り付かないし、こっちも他所とはあまり関わらずにいたんだけど」


 カウンターの上に四角い鉄の枠を置く。枠の中には紙が張ってあり、その上に瓶の粉を撒いた。


「でもあの人が領主様になってからは、積極的に交易するようになって、道を整えたり開拓したりして盛んになって、人が行き交いしやすいようにしたんだ」


 キャンバスに描くように粉の形を整えると、上部分に埋め込むように小さな丸型な金具を置く。鉄枠をヤットコで掴み、紙の上の粉がズレないよう慎重に持ち上げ、蝋燭で炙った。粉がじわじわと溶けて、色の境界が曖昧になり一つの大きな塊になる。


「――――よし、あとは」


 火から離し、固まったそれを紙から剥がして丸型の金具に革紐を通す。


「はいセツナ、あげる」


「わ、きれい」


 せつなの手のひらに鮮やかな彩りの雪結晶が舞い降りた。


「これ……ガラス?」


「『コルムのガラス粉』。知らない? ニフルヘイム特産鉱物。ほら、街中の色ガラスの窓、全部これで作ったんだよ」


「へぇ」


 渡された瓶の中身は砂のようにさらさらしていて、ガラスの粒はここまで細かくなるのかと驚く。しかも砕いたわけではなく、最初っから粉末状で採れる鉱物なのだとか。


「粉の状態だと蝋燭の小さな火でも簡単に溶けるけど、一度溶けて固まると熱に強くなって、金槌で打っても割れないほど頑丈になるんだ」


 通常、ガラスとは複数の原材料を合わせて作る物だが『コルムのガラス粉』はこれ一つでガラス生産が可能になる。


「お手軽にガラスが作れるって、外でも人気出たんだけど、流通させるのには苦労したなぁ」


「どうして?」


「雪の少ない辺りだと、運んでるうちに気温だけで溶けちゃったんだって」


 一度溶けたガラス粉は、一定の熱を与え続けなければすぐに固まってしまう。そよ風が吹いただけでただのガラスの塊になってしまった物では商品にならない。


 そこで発案されたのが、瓶にまじないを刻むというもの。瓶の下辺りの凸凹は、内部を低温に保つための呪文なのだという。


「つまりこれは『魔法瓶』」


「あはは、そんな大層なもんじゃないよ。父さんでも使えるまじないを刻んだだけだし」


「『魔法』と『まじない』は違うの?」


「大まかにいえば、まじないも下位魔法といえるけど……うーん、違うかなぁ。まじないはわりと誰でも使えるけど、魔法は素質がないとダメだし、たくさん勉強もしないとだからなぁ」


「そうなんだ」


 あの飴屋の人、実はすごい人だったんだろうか。


 せつなが瓶を返すと、メニアは他のと合わせて窓辺に戻した。


「他にもこういうのいっぱいあるけど見る?」


「見たい!」


「じゃあこっち!」


 メニアはせつなの手を引き、ヴィルヘルムたちが通った扉へ向かう。


 扉越しに感じる強烈な熱気。え、あ、ちょっと待って、と声も出せずに青褪めていくせつなに気づかないまま、メニアは扉を開いてしまった。


「あ? どうした」


 鍛冶場らしきところで話し込んでいた二人が同時に振り向き、店主が声をかける。


 二人の間に見える炉。チロチロと舌を伸ばすように上に向く赤いソレ。


 真っ赤な灼熱、部屋を満たす熱気、煙のニオイ。


 ああイヤだ。イヤだイヤだ――――コワイ。


 真っ赤なそれが視界を燃やす。


 全てを奪う、何もかも。私すらも全て全て消えてしまう消されてしまう。

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