普通の日

 新たに結婚してから一ヶ月が過ぎて、子供たちの学校も始まった、普通の日。日常が戻ってきた。


 平日に家にいるメンバーは決まっている。

 在宅勤務、もしくは休みの人は以下の通りだ。


 蓮(ミュージシャン)

 光命(ピアニスト&作曲家)

 夕霧命(武道家)

 孔明(私塾講師)

 明引呼(酪農の社長)

 倫礼(作家)

 知礼(作家)

 紅朱凛(私塾の助手)


 これだけいるのだが、仕事をしたり勉強したりで、日中はほとんど顔を合わせない。


 普通の日、光命が私の守護をしてくれている。彼は午前中、大体ピアノの練習をする。その時は、夕霧命が代わりにくる。もしくは、蓮がくる。今日は夕霧命だった。


 しかし、午前中は、私も仕事に集中しているので、そばにいても話をしたりはしない。つまり、夕霧命と蓮とは一緒にいるだけ。


 昼食も済ませて、のんびりしていると、光命は編み物をしていた。


 びっくり、仰天である!


 優雅な王子様が編み物をする? 最近、子供に自分の編んだ服を着せたりするのが楽しくなってしまったみたいで、とうとうかぎ針で編み始めた。パパを満喫してるなと穏やかな気持ちにさせてくれる。


 そして午後になると、散歩に出かける。ほどんと光命と一緒だ。


 今日もそうだった。彼と二人で手をつないで、公園まで歩いてゆく。その間に他の配偶者の話をしたりする。とても幸せな時間だ。


 燿は昨日、夜眠そうだったが、何とか子供たちよりも先に寝ないように頑張っていたという話が議題に上がった。


 光命と意味ありげに一緒に微笑む。燿が結婚して間もない頃、子供たちをおいて先に眠ってしまったのだ。一人暮らしならばそれでいいが、父親としては失格なのだ。


 光命に叱られたらしくて、そのことを燿に聞くと、


「彼はねえ……」


 と、語尾を濁していた。かなり効いたらしい。


 燿と光命の年の差は、ざっと四百億年だが、年齢は関係ないのだなと思う。配偶者だからこそ、胸に重いパンチのように響くのだ。


 ベンチに座って、光命が携帯電話をいじり出した。のぞいてみると、昨日の子供達の写真を整理していた。雪が降ったのだ。


 今日初めて知ったのだが、撮影した時点で家族の共通フォルダーに入るシステムだが、よく閲覧するアルバムに入れる写真を選んでいるらしい。


 子供が雪の上に仰向けに倒れて、こっちに笑顔を見せている。手前に何かがあるがそれはぼやけていて、子供だけがくっきりと写っている。いい遠近法だ。


 空を仰ぎ見て、太陽に光のまぶしさに目を閉じる。ふと、燿を思い出した。すると、光命がおもむろに口を開く。


「燿は昼休み、オフィス近くの公園のベンチで昼寝をするそうですよ」

「ああ、なんか想像つきます。燿さん、いつも眠そうですもんね」

「ええ」

「夕霧さんも眠そうですけど、燿さん、その比じゃないですからね。あれだけ、落ち着きある人って、なかなかいないです」

「ええ」

「私と光さんじゃあり得ないですね。こうやってベンチに座っていて、思わず眠りこけるなんて」

「ないでしょうね」

「活動的ですからね、私たち」


 そして、言葉が途切れても、お互いにもたれかかっている肩や腕が幸せを紡ぐ。


「そういえば、孔明さん最近忙しそうですね?」

「私塾を再開させたのですよ」

「ああ、だからか。夕方から夜働いてるんだ」

「遠征と両立できる可能性が高いと踏んだのではありませんか」

「それにしても、何ですね。孔明さんの遠くまで講義に行くことの目的の一つは、結婚と子供を持つことだったんですね」

「そうですね」

「大先生にも普通の人と同じ生活を!」


 順調は話流れだったが、ここからおかしくなるのだった。妻はふと思った。


「どうして、人を好きだって気づくんでしょう?」

「なぜそのようなことを聞くのですか?」

「だって、孔明さんて感情じゃなくて、理論じゃないですか。だから、何がどうなってこうだから恋愛、って考えてるとなると、明確な理由があることになりますよね?」

「どのようなものなのでしょうね」


 光命は神経質な指先で後れ毛を耳へかけて、優雅に微笑む。光命が孔明の心の内を全て知っているはずもない。ということは、

 

「光さんと孔明さんって似てるところがあるから、光さんはどう思うんですか?」

「好きな人のことは気になりますが、そうでない方のことは気になりません。こちらの違いではありませんか?」

「なるほど。そういうことか」


 素晴らしい、恋愛理論を聞かせてもらった。妻は恋愛偏差値がゼロに近いので、眼から鱗だった。いつも知らないうちに、これが好きってこと? みたいな感じで結婚してしまっているのだ。そして、いつの間にか離れ難くなっているのである。


 穏やかな普通の日。公園のベンチから立ち上がろうとするが、光命の胸にずっともたれかかっていたくて、私を帰れなくするのだった。


 2021年2月10日、水曜日


 おまけ。


 二十二人で結婚していると、話したいと思っている人が他の人を話しているということが当たり前に起きている。そして、寂しさを感じる。孔明には寂しくなって、どうすればいいのかと悩みを打ち明けられたことがあった。しかし、光命はそんなそぶりを見せたことはない。


 最近、私は燿と一緒にいることが多い。昨夜などは、光命は結局、私の寝室にはこなかった。


 神界育ちの優等生、光命には寂しいと思うことはないのかな。思い切って聞いてみた。すると、


「寂しいと思いますよ。ですか、仕方がないではありませんか」


 クールでデジタルな頭で、感情をコントロールし切っているのだった。でも、寂しいと思うのは一緒だとわかると、人間味、親しみを感じるのだ。

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