第10話 松尾芭蕉隠密説等の怪

 表題以外の話からですが。

 東北大震災後、一年くらいだったでしょうか、NHKラジオFM放送で、主題は“江戸城欠陥説”で、最後、“災害史を研究し、今後の災害対策を提言したい。”と締めくくりました。江戸城欠陥説の説明は、“?”と感じるところはあるもの、“そうなのかな?”というところでしたが、途中で、

「幕府もそれを分かっていたため、海外脱出用の巨船を建造していて、五代綱吉の頃に解体していたことを発見したんです。」

と曰われたのです。

 多分、安宅丸のことを言っているのでしょうが、これは五十年以上前の交通にかんする児童書に記載されていました。日本造船史上、当時の最大の巨船ではありましたが、速度が遅く、取り扱いが大変だったと伝えられ、やはり50年ほど前に、速度の遅さを計算し、浮き砲台的なものではないかと推定する研究が一般向けの本に掲載されていました。さらに、現在の感覚と異なり、巨大船だから外洋船、ではないということなのです。鉄砲、大鉄砲、抱え筒、大砲等多数、さらにそれを操作する多数の兵員を載せる関係もあり、平底で、喫水の浅い外洋向きでないのが、戦国末から江戸初期に完成された大型軍船安宅型でした。ですから、容積の割に排水量は大きくありません。

 先行の研究も知らず、小学生でも知っていることを、自分の大発見のように語る人の、過去の災害の研究なるものを信用したいと思う人がいるでしょうか。

 それで、松尾芭蕉隠密説ですが、この根拠は、歌枕の場所を足早に通り過ぎていること、わざわざ遠回りになるところに滞在しているということでした。東照宮修理での仙台藩の財政力調査が目的だったとしたものです。しかし、我々なら、目的の景観を、足を止めてじっくり見るのが常識ですが、江戸の旅人の常識化はその正反対だったのです。滞在も、その地の裕福な文化人のところを尋ねる、迎えた側は周辺に伝える、すると近郷から集まってくる、さらに離れすぎる所に行ってもらうための推薦状を渡す。それが文化交流、俳句~和算まで、の江戸時代のパターンだったのです。

 それらに全く無知、無視した説でしかないのです。

 これは、NHKで後押しされた主張です。同様に、枕草子、清少納言です。有名な話しで、主の藤原定子の兄である藤原伊周が、扇を取り出して、

「珍しい骨だが、さて、何の骨かな」

と問うたのに対し、

「クラゲの骨でしょう」

と清少納言は答えて、伊周は笑って褒め、自分が考えたことにするから言うなよ、と言いました。この時のNHK番組に出演した女優達は、

「こういう人のアイデアを盗む男は、許せない。」

「絶対女にもてないタイプ。」

と非難、これに対してライバルの藤原道長は、清少納言にすら惚れられていたと、定子が清少納言に「あなたの思い人は藤原道長」

と言ったことを根拠に説明する女性作家が登場します。

 しかし、前者で、清少納言は、「伊周様って、素敵!」

と言って感激の言葉を書いています。妹の元に才女が集まっていることは重要なことであり、この問答は清少納言のテストであり、

「このように、優雅なことを言う女房が来ましたよ。」

と最後には、周囲に自慢するのです。軽妙なやり取りであり、これは枕草子解釈の一般論です。「思い人は道長」というのは、最近なかなか出仕してこなかった清少納言に非難の声が揚がったのに対して、定子が弁護をしながらも言ったものですが、彼女の一族が皆道長派であることから、「彼女は道長派よ。」と皮肉を言ったものです。ひどい言い方ですが、定子にしても、一言皮肉を云いたかったのでしょう。彼女は、しかし、その後直ぐに、もっと度々来て欲しいと言って、清少納言を感激させています。

 このようなトンデモ歴史論を、持ち出すのはどういう感覚なのでしょうか?歴史偽造そのもののように思えるのは、私だけでしょうか?

 まあ、NHKだけではないですが。

 ついでに言うと、明智光秀の謀反で、織田信孝が明智光秀の領内で物資調達をしたことで、明智光秀が不安になったことが、最近でも根拠にされますが、この文書は後代の偽物だとされているはずです。私の聞いたのが誤りなら、正しいことを再度示してから言われるべきで、そうでないなら、それを使う研究者も取り上げる側も責任重大です。「麒麟がくる」のためのグルと見るのは私だけでしょうか?

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