第6話 残念、「日本史サイエンス」!

 理系で解き明かす日本史ということで、個人感想は大変面白く、他人に薦めたい本です。しかし、各所に、常識を照らし合わせると「残念」な点が多数あります。そこを見ていきたいと思います。ここでも「残念」とは、最近のライトノベル、まんがでほとんどパーフェクト美人なのに大きな欠点があって…ていうくらいの意味です、念のため。

 まず、逆方向から。主要点ではありませんが、P203で日本側戦車は「装甲板は薄く、溶接技術が未熟のためリベット留めでまるでブリキの戦車で」ノモンハンでソ連軍に大敗、「陸軍は原因を究明せず、新型戦車を開発するわけでもなく」と記しています。しかし、その時点では、装甲はやや日本側が厚いくらいでした。また、日本側の37㎜速射砲をソ連側は「極めて高性能」と高く評価、損害の大半はそれにより、火炎瓶攻撃はせいぜい行動不能になった戦車を攻撃して、回収・修理・再出撃を困難にさせただけと低い評価でした。その後、陸軍は1式戦車、3式戦車、4式戦車、5式戦車を開発しています。4式戦車も太平洋戦争開戦以前に開発が始まりましたので、「新型戦車を開発せず」とは無知過ぎると言えるでしょう、小学生用の本も書いてあります。まあ、何故か1式戦車ですら太平洋戦争中実戦参加出来なかったのですから問題ですが、論点が異なってきます。対戦車砲も後継の1式47㎜速射砲は、海外から高評価を受けるものですが、昭和16年、まさに260「1」年に、全面配備されていれば、短い期間ながらも大活躍したのですが、ある程度配備出来たのが後半になってから。決して無力ではなく、かなりの戦果をあげたものの、苦しい戦いを余儀なくされました。どうしてもっと早く配備出来なかったのか。

 あまりにも無知、とても残念です。まあ、そういう程度の軍事評論家の情報で満足したのが失敗だったのだと思います。

 次に本文に移ります。

 大和について、「構造上の欠陥」として、溶接ではなくリベットであることをあげています。溶接を積極的に当初熱心に挑戦したものの、大きな問題が発生し、溶接に否定的な平賀謙の復帰により、なかなか進められなくなったため、遅れてしまったのは痛恨事ではあるものの、しかし、リベットでは欠陥と云うほど脆弱なのか。大和の建造方法が、この意味で保守的過ぎるとはいえ、単に保守的過ぎるのであると云うだけのことです。念入りなリベット打ちをしたとも言いますし、サイエンスと言うなら、両者の比較を数字で示さなければなりませんが、それはありません。まるで、NHKの「溶接だったら不沈艦になっていた」式の言い方をそのまま持ってきただけのようです。極めて残念さんです。

 この本の比重の双璧である、秀吉の中国大返しについての論考についてです。強行軍に必要な食料、休息場所、糞尿の観点から論じます。必要な食料は膨大になり確保が困難、野営となるので体力が低下する、大量の糞尿が発生し、衛生環境が悪化し健康が損なわれる、だから、秀吉軍2万人の中国大返しは困難だと結論づけています。しかし、先行の研究などを見ると、この難題とされることは解決されているのです。

 それは、信長の来援を迎える準備、宿泊場所、食料、そして糞尿処理の手筈も、を最大限利用したというものです。鳥取城攻略では毛利側が決戦に出ると見て、信長は出陣を予定し、秀吉、光秀は信長着陣のための城に近い陣地を建設していたことが最近判明しましたから、当然このくらいのことはしていたでしょう。

「糞尿」問題を指摘したことに対して、評価すること声が次々読者からあがっていると紹介されていますが、同じ手法で言うと、「高松城を取り囲む秀吉軍2万人の一日の糞尿は34トン。それをどのように処理していたのでしょうか。糞尿の中で対陣では、兵の衛生と健康が保てません。高松城を包囲するのは、極めて困難です。」「今川軍2万5000人の一日あたり糞尿は、42.5トン。行軍速3㎞/時では、長時間糞尿の中にいるわけで、衛生と健康が保てません。」今川軍が桶狭間に行軍するのは極めて困難です。」

 文永の役の考察では、先行の研究で、そもそも一騎討ち対集団戦という根拠が、「味方同士互いに名乗りを上げて戦った」を「名乗りをあげて戦った」と誤記したものによることや、モンゴル軍幹部が「次々に敵には増援が駆けつけるから不利だ。早急に撤退しよう」と軍議の際主張したこと、高麗軍の将が本国への報告で「自分達は勝って日本人を多数殺したが、両翼のモンゴル軍が敗れて撤退したので、やむを得ず、自分達も撤退した。」と主張したこと(負けたと責任を問われることは言わないので、高麗軍も敗れて撤退した公算が大でしょう。)を無視しています。それを考慮すれば、随分異なったものとなったでしょう。ちなみに、両者とも自分の弓の方が強かったとしているのは、面白いことです。

 全く、残念で仕方がありません。

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