夜。

 街の灯り。星空は見えない。

 この街は、ネオンが明るくて、星が全く見えなかった。

 流れ星。そんな空を、いくつも流れていく。


「無理か」


 片付けなければいけない仕事は、すべて終わった。事後処理の最中。

 今日もまた、夜の闇に融けて、彼女の温かさを思い出す。

 電話。彼女から。


『こんばんわあ。ゾンビさん元気ですかあ?』


「元気だよ。おまえは元気じゃなさそうだな」


『元気じゃないでえす。あなたが死んでからずっとお酒が手放せなくてえ』


「酔ってんなあ。ほどほどにしろよ」


『いやでえす。勝手に死ぬのはごめんでえす』


「仕方がないだろうが。これも仕事のうちだ」


 内偵を完遂するために、書類上一度死ぬ必要がある。紙切れ1枚でそれは可能だが、新しい戸籍を作成するのに時間がかかる。そして、それが完成するまで彼女には会えない。


「電話できるだけで特例なんだ。これで勘弁してくれ」


『はあ?』


「他の仕事仲間は電話もできねえんだぞ。俺だけが特別だってのに」


 特別。そう。特別。


『なにいってるの。恋人に定期連絡するのは特別でもなんでもないでしょうが。ねぼけてんじゃありませんわよ?』


「どっちがねぼけてんだか」


 彼女の普通が、今は、あたたかい。彼女に会いたい。


「まあいいや」


『うん?』


「窓の外。夜空」


 時計を見る。もうそろそろだった。


「流れ星が見えるぞ」


『ほんと。ちょっと待って』


 立ち上がる音。缶ビールの転がる音。


『うそいってんじゃねえぞお。くもりじゃぼけえ』


「おお、そうかそうか。すまない」


 彼女のいる街は、くもりか。


『あっちょっと待って。何か来た』


 電話先から、彼女が何かを開封する音が聴こえる。

 明るい街の、星空を。流れ星を眺める。あの流れ星は、あぶない人工衛星で。自分は、あれを墜とした。


「見せたかったな」


 唯一、形になって現れる、自分の仕事の証。内偵の結果の流れ星。


『あっごめんなんかいった?』


「いや、なにも。何が届いたんだ?」


『今開けてるとこ』


 びりびりと何かを破る音。


『あっ』


 彼女の、息遣い。


「旦那になってほしいんだろ?」


 彼女に贈る、指輪。


「本当は会って渡したかったんだが、戸籍ができあがらなくてな。とりあえず郵送で」


 本当は。

 彼女に会って、指輪を渡して、自分が墜とした人工衛星の流れ星をふたりで眺めるはずだった。そううまくはいかないが、まあ、及第点だろう。


『ばが』


「あ?」


『ばがああ』


「泣くか喋るかどっちかにしろよ」


『ばやぐがえっでぎで』


「戸籍ができたらな」


 流れ星。いくつも流れていく。綺麗な景色だった。日々のすさみを、忘れさせてくれそうな。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

night road 17℃ 春嵐 @aiot3110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ