五章 二人の約束
「ミーナ…」
熱にうなされているミナは、しきりにミーナの名を呼んでいた。
「ミーナを…アトランティカに…一人には…だって…」
「お姉ちゃん!」
「でも…約束…」
「お姉ちゃんが元気になってくれたらいいの、ミーナのことは心配しないで」
ベッドの側につきっきりのミーナがずっと手を握っているが一向に状態は良くならない。
「アルドさんたち、大丈夫かしら」
タオルを交換にきた婦人が心配そうに呟く。
「お兄ちゃん、お薬とってきてくれるって言ったけど」
「でもいくらなんでも…」
時空を超えている為タイムラグが生じ、アルドたちがこの場を離れてからここでは既に三日経っていた。
「ね」
ミーナが涙をためた目でまっすぐに婦人に問いかける。
「人魚を食べたら病気治る?ミーナを捕まえたおじちゃんが言ってた」
「えっ」
「ミーナ、お姉ちゃんが元気になるなら食べさせてあげたい。どこ?指?足?お腹?」
「ミナ!!!!!」
婦人は膝をつくと両腕で固くミナを抱きしめた。
「そんな、そんなのは迷信ですよ」
「めいしん?」
「嘘ってこと。そんなこと絶対にさせるもんですか」
「でも、でもお姉ちゃんの病気治らない。もしいなくなっちゃったら、ミーナここにいる意味なくなっちゃうから」
「だめですよ!絶対に!」
普段温厚な婦人が珍しく声を荒げる。びくりとミーナが震えたのと、扉が勢いよく開いたのが同時だった。
「ごめん、遅くなった!」
「お兄ちゃん!!」
「アルドさん!」
「薬は無事手に入れてきたわ、すぐに用意するから」
エイミとリィカが用意をしている間にアルドはミナの様子を確認する。
「う…ミーナ…。ミーナを…アト…ランティカに…」
「アトランティカでござるか」
サイラスが首を傾げた。
「やっぱりミーナはアトランティカから迷ってきたんだな」
アルドは納得の顔をする。
「海流に巻き込まれ流されたというところでござるか」
「場所…わかれば…私…私…」
「大丈夫だよ。ミーナなら、俺たちがアトランティカに連れていってやるから」
「連れて…アトランティカ…ほんと…?」
いつから意識が戻っていたのか、ミナが熱に潤んだ目を開けてアルドたちを見つめていた。
「私…いなくなっ…ら…ミーナ一人ぼっ…それは…ダメ…」
「そうなる前…帰して…あげ…た…」
「アルド!」
準備のできたエイミが割って入る。
「あんまり喋らせたら駄目じゃない。ミナ、大丈夫?ああよかった意識はしっかりしてるわね。これ飲める?」
持ち帰った薬はこの時代に存在しないものなので他の人には見せられない。サイラスの出身地に伝わる特別な秘薬だということで口裏を合わせ、エイミが薬を飲ませる。
しばらくすると薬が効いてきたのか、ミナは穏やかな寝息を立てはじめた。
「熱ハまだありますガ、心拍数、血圧、呼吸、安定してイマス」
「よかった」
一安心だな、とアルドが言うと、全員が安堵のため息をもらした。
「ずっと看病されていてお二人はお疲れでしょう。私たちが交代するから休んでください」
エイミの言葉にミーナは嫌がったが、婦人に宥められ二人で休みにいった。
「やれやれ間に合った、でござる」
「よかったデス ノデ!」
「ああ」
それにしても、とアルドが腕を組んだ。
「アトランティカか」
「アトランティカがどうしたの?」
「ミナがミーナをアトランティカへ帰したいって言ってたんだ」
「えっ」
エイミが驚く。
「確かにあそこにはミーナみたいな人魚がたくさんいたけど」
「自分がいなくなった後のことを心配していたでござるな。人魚の寿命はわからぬが、もし先に自分が死んだ場合、異種族の街に一人残してはおけぬと気がかりなのであろう」
「………」
エイミは顎に手をあてて考える。ミナの懸念はもっともであろう。
「できるなら…そうしてあげたほうがいいのかもしれないわね」
翌日の夜にはミナの熱は無事下がった。
「後は滋養のあるものを摂りながら体力を回復させていけば、きっと良くなるはずよ」
婦人とミーナに説明して、アルドたちは一旦屋敷を後にした。
「さて。例の地図だ」
「そういえば全然進んでなかったでござるな」
「とにかく片っ端から聞いてみるか」
街の人々に紙をみせて聞いてみるが、まったく情報は集まらなかった。
「うーん」
「この時代ではないのでござろうか」
「確かに、紙は古いものでも、描かれたのはもっと後の時代の可能性もあるわね」
「とりあえず今夜はここに泊まって、また明日考えよう。ミナの容体も気になるし」
それから数日を古代で過ごしたアルドたち。アクトゥールを拠点にパルシファルの宮殿やラトルまで足を伸ばしてみたが、有力な情報は一向に掴めなかった。
「うーん。これはなかなか手強いぞ」
「どうする?いちどエルジオンに戻ってみる?」
「それもいいかもしれんでござるな」
宿屋の前でそんな相談をしていると、
「アルドさーん」
意外な声が聞こえてきた。
「ミナじゃないか!」
すっかり回復したミナが彼らの目の前に現れた。
「もう大丈夫なの?」
「はい。おかげさまで。お医者さまにも診てもらいましたけど、すっかり病気が消えているって驚いてました。秘伝のお薬すごいんですね」
うふふと笑うミナは本当に元気そうだ。
「無理は禁物でござるよ」
「良くなってよかったデス」
「わざわざお礼に来てくれたのか?」
「あっ、えと、お礼もなんですけど。お願いもあって。ちょっとうちへ来てもらえないでしょうか」
いつかの応接室にアルド一行とミナ、ミーナが揃った。
「アルドさん。アルドさんはアトランティカの場所をご存知なんですよね」
「ああ」
「この間言ってたこと、覚えてますか」
「この前?」
「私が熱でうなされていた時の…ミーナをアトランティカへ連れていってくれるって」
「お姉ちゃん!?」
ミーナが飛び上がって驚く。
「なんで?ミーナはここにいるよ。約束したじゃない」
ミナは首を振る。
「あの時は、あなたを家へ帰してあげられる方法がなかったから。でも今は違う。アルドさんたちなら、あなたをお母さんのところへ帰してくれるわ」
母親の名をだされ、ミーナは言葉につまるが、一生懸命言葉を探す。
「どうして?どうして急にそんなこと言うの。ミーナと一緒が楽しくなくなった?」
「ううん、楽しいわ、とっても」
ミナは首を横に振る。
「今までで一番楽しかった。毎日たくさんお喋りして、ご飯を一緒に食べて、私の知らない色んな話を聞かせてくれて。このままずっと一緒にいたいって思うくらい」
「だったらどうして!」
「…今回のことでよくわかったの。人魚の寿命は知らないけど、人間よりずっと長いかもしれない。それなのに、私がいなくなってからも、ここへあなたを閉じ込めておくなんてことできないもの」
ミナは優しい声でゆっくりと説明をする。
「でも…そしたら…お姉ちゃん、また一人に…」
「私はもう大丈夫。これも全部、あなたのおかげよ、ミーナ」
「お姉ちゃん…」
「ミーナが来てくれたから、私は生きる気になれた。ミーナがアルドさんたちを連れてきてくれたから、病気が良くなった。しかも二回も」
「今度は私があなたの為に動く番なの。だって、せっかくのこのチャンスを逃したら、ミーナはもう家に戻れなくなってしまうかもしれない。お母さんだって、きっと心配してるわ」
「………」
「ミーナ、私のところへ来てくれてありがとう」
ミナはミーナを抱きしめて、頭の鰭を優しく撫でた。
「新しい約束をしましょう」
「新しい、約束?」
「ええ。次は、私のほうから会いに行くわ。人間は海の中を行けないけど、私、これからたくさん勉強して、アトランティカまで行ける乗り物を作ってみせる。あなたのおかげで元気になったんだもの。ミーナの為ならなんだってできるわ」
「…絶対?」
「ええ」
「約束だよ?」
「うん、約束」
やはりまだ幼いミーナ。母親に会いたいという気持ちもあったのだろう。ミナとも別れがたいようだったが、最後にはアルドたちと共にアトランティカへ戻ることを納得した。
別れを最後まで惜しみながら、一行は合成鬼竜に乗り込んだ。高度が上がると共に、水と緑にあふれるミグレイナ大陸が眼下に広がる。空から見ても美しく白く輝くアクトゥールを黙って見つめていたミーナがようやく口を開いた。
「あのね、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「お姉ちゃんがアトランティカに来る時迷わないように、地図を描いてほしいの」
「ええっ、オレが?」
「うん」
「丁度いいじゃないアルド」
エイミが声をかける。
「ここから見える景色を描けばいいんだもの。ね?わかりやすいわよ」
「なるほど、確かにこの高さからだと世界全体が地図みたいなものでござるな」
「確かにそうだけど…」
アルドは考えこんでしまった。
もちろん皆のいう通りだ。これから進む先をそのまま紙に記せばいいだけの話。しかし、剣の腕に覚えのあるアルドたちでさえ、合成鬼竜や翼人たちの助けがなければたどり着けなかった場所なのだ。普通の人間であるミーナが自力で到達できる可能性は低いだろう。
それでも。
(約束、だもんな)
二人は約束をしていたのだから。
「…わかった」
ちょうど以前ラチェットから貰った紙があったので、ああだこうだ言いながら地図を描きこんでいく。なんとか完成させると、ミーナがサイラスに聞いた。
「ねえ、カエルのおじちゃん」
「おじ…!」
あまりの衝撃にぱかりと口を開けたサイラスだったがすぐに閉じる。
「いや、ごほん。なんでござるか」
「前にね、お姉ちゃんの名前の話してた時、難しい字?を書いてなかった?こうやって」
伸ばした指先を宙に動かす。
「ああ。ミナが美しい波、という意味だというから、そういう文字を書いたでござるよ」
「あれを教えてほしいの。地図の横に書きたい」
「…それはいい考えでござるな」
にっこり笑うサイラスがいくつか手本を書き、たどたどしいながらもミーナがそれを書き写す。
「できた」
「どれどれ」
アルド、エイミ、サイラス、リィカ。全員で額を突き合わせて紙を覗き込む。
(あれっ)
(この状況、どこかで)
「上手く描けてるでござるな」
「わかりやすいんじゃない?」
「アルドさんにしては上出来デス ノデ!」
「しては…って酷いなリィカ」
真ん中に大きくアトランティカまでの行き方を描いた地図。右の下にはミーナが慣れないながらもミナへのメッセージを書いていた。
ずっとずっとまってるから きっとあそびにきてね
おおきなはぐるま みせてあげる
美しい波の ミナおねえちゃんへ
いもうとの ミーナより
「ミーナ…」
エイミは感激のあまりすっかり涙ぐんでいる。そうこうしているうちにゼルベリア大陸が見えてきた。
「鬼竜で行けるところまでいって、後は歩いていかないとな」
「まずは翼人の村をめざしまショウ」
(あ、そうだ)
準備を始めた一行から離れ、ミーナは一人ごそごそと何かをしていた。
「どうしたんだ?」
アルドが気づいて声をかける。
「お兄ちゃん」
きょろきょろとあたりを見回し、誰もいないことを確認する。
「あのね。みんなには内緒だよ」
ミーナはアルドに耳打ちし、あることを教えてくれた。
「送り届けてきたよ」
無事ミーナを送り届けた報告にアクトゥールへ戻ったアルドたち。
「ありがとうございました。あの子、お母さんには会えましたか」
「うん。やっぱりあっちでは皆んなずっと心配してたみたいで、ものすごく喜んでくれたよ」
それを聞いてミナは両手を胸にあてて喜びを噛みしめる。
「よかった…本当によかった」
「それとこれ、ミーナから。アトランティカへの行き方を描いた地図」
「えっ」
くるりと巻かれて美しい海藻で止められた紙を広げると、詳しい行き方を記した地図とミーナからのメッセージ。
ミナは地図を胸に抱えると、泣き崩れた。
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