三章 ミーナとミナ
「お嬢様、入りますよ」
ベッドの上で本を読んでいた少女が婦人の言葉と共に開いた扉に顔を向けた。
「あら」
見慣れない顔がたくさんあることに驚いて、怪訝そうな表情になる。
「今日はお客様がたくさんなのね」
「こんにちは」
「はじめまして」
「お初にお目にかかるでござる」
「KMS社製汎用作業用アンドロイド リィカ デス」
「こんにちはー!!」
最後に挨拶したミーナがととっと小走りにベッドに駆け寄る。
「あなたがお嬢様?私はミーナ。友達になりに来たよ!」
「えええ」
困惑する少女に婦人がかいつまんで事情を説明する。
「ということでこちらは旅の途中のみなさんなのですが…」
「ごめんなさいね大勢で押しかけちゃって」
笑うエイミ。
「いきなり人魚が現れたら驚くかと思って」
(アンドロイドとカエル人間も大概だと思うが)
ツッコミそうになったアルドだが、話の腰をおりたくないので目を瞑ってぐっと飲み込んだ。
「そんな、友達だなんてわざわざ…」
なにか言いたげな目を一瞬婦人に向けた少女だったが、年頃の好奇心には勝てないらしく、一行を眺めベッドから降りた。
「はじめまして。私はミナと申します」
丁寧にお辞儀をする姿が育ちのよさを物語っている。
「わ、あなた、ミナっていうの?」
ミーナが嬉しそうにはしゃぐ。
「すごい!ミナとミーナ、似てる!」
「ほんとね」
うふふふ、と二人は声を合わせて笑う。
「遠い東の国の難しい文字で、美しい波って意味らしいです」
「ほう。美波とでも書くのであろうか」
サイラスが指先で中になにやら書いてみせたがみんなよくわからなかった。
「あなた、本当に人魚なの?」
「うん、そうだよ!」
「お話で読んだのとちょっと違うのね。足があるし、水の中じゃなくても平気みたい」
「陸もいけるし水の中でも大丈夫。どっちもいけるの!」
まあ、と目を輝かせるミナはサイラスとリィカにも目を向けた。
「そちらのお二人は…」
「まあまあお嬢様。たくさん聞きたいことがあるのはわかりますが、ここではなんですから。お話は応接室でどうぞ」
せがまれるままにひとしきり旅の話をしてあっという間に時間がたった。そろそろ暇をと切り出した一行を婦人は玄関まで見送る。
「本当にありがとうございました。あんなに楽しそうなお嬢様を見るのは久しぶりで…」
目元を拭う婦人にアルドが笑う。
「喜んでもらえてよかったよ」
「それではミーナのことよろしくお願いします」
エイミの言葉に婦人はもちろんですと力強く頷いた。
住処から迷い海流に流されてしまったらしいミーナ。ミナの強い希望もあって婦人の計画どおりこの家に引き取られることになった。大きな屋敷なので中にいる限りは街の人々に人魚の存在を知られることもないし、また、この敷地内にはアクトゥールの水を引き入れた水源がたくさんあって、その意味でも都合がよかった。
「ここは水も豊富でござるしな。陸の上もで大丈夫だとはいえ、人魚には綺麗な水がたくさんあったほうがよかろう」
(サイラスが言うと説得力があるな…)
アルドがそんなことを考えたその時、ぱたぱたと小さな足音が慌ててやってきた。
「大変、大変!お姉ちゃんが!」
ミナに懐いたミーナは早速彼女のことをお姉ちゃんと呼んでいた。婦人が血相を変えて部屋へ戻る。アルドたちも一瞬顔を見合わせてからついていった。
「お嬢様!」
さっきまであれほど元気だったミナが自分の部屋の前で倒れている。血を吐いたらしく、床と口元が赤黒く汚れていた。
リィカがさっと駆け寄って、彼女の手首に触れる。
「バイタルチェック。心拍数、血圧ニ低下ガみられマス」
「大丈夫なのでござるか」
「意識はありマセンガ呼吸ハ安定してイマス。急な容体の変化はないと思われマス」
「よかった」
エイミが安堵のため息をついて、ミナを抱え上げた。
「とりあえずベッドに運びましょう」
「いつもはお医者さまにお薬をいただいているのですが」
応接室に再び戻った一行に婦人はお茶を出しながら説明した。
「だんだん効かなくなってきていて…」
「そうなのか」
「もっと強い薬もあるのですが、材料がなかなか手に入らないらしく、お医者さまでも滅多に作れないのです」
アルドが腕を組んだ。
「材料…」
「この時代の薬の材料だと、魔物の一部や薬草、鉱石なんかだと思うわ」
エイミがアルドに小声で伝える。
「そうか、なら俺たちでなんとかできるかもしれない」
「えっ」
婦人が沈んでいた顔を上げる。
「ここまで乗りかかったんだから、もうちょっとくらい手伝わせてくれよ」
善意の塊のようなアルドの笑顔に婦人は涙を拭った。
「ホーネットの針、シーラスの歯、ダンシングの花粉、マイマインの粘液。それとアゾスライムのゼリー…」
「オーカーシード、スモーキークォーツ、赤い果実」
「結構たくさん必要なのでござるな」
「これを普通の人が揃えようと思ったら、そりゃあ大変だわね」
婦人に医者の家を教えてもらい薬の材料を聞き出すと、数度の戦闘と探索を繰り返しそれらを持ち帰った。普段は魔獣を退治するものに依頼したり、自分で採取しに行っているという医者は、材料全て自然のものだけに季節や個体によって状態が悪かったり獲れなかったりするのだと語り、これだけあれば数年は持つと非常に喜んだ。大急ぎで調合してもらった薬を手に屋敷に戻り、ミナに飲ませること数時間。
「ありがとうございます。お嬢様の意識が戻りました。ぜひお礼を」
部屋に通されたアルドたちを顔色が少し悪いものの調子を取り戻したミナが迎える。
「本当に、ありがとうございました」
ベッドの上で深々と頭を下げた。
「いやいやこれくらいお安い御用、でござるよ」
「サイラスの言う通り。俺たちだったらあれくらいは集められるから、役に立ててよかった。薬はたくさんできたみたいだから、しばらく心配いらないと思うよ。また足りなくなったら採ってくる」
笑顔のアルド、サイラスに対し、エイミが沈んだ表情でリィカに何か耳打ちした。こくりと頷いたリィカがずいと前に進みでる。
「もう安心カト思いますガ、何かあればいつでも声ヲかけてくだサイネ」
ミナの手を握り、じっとその瞳を覗きこんで話かける。そのまましばらく動かないリィカ。
「お、おいリィカ、どうしたんだ」
「イエ、なんでもありマセン。失礼しまシタ」
アルドの声にはっと我を取り戻したように下がる。
「じゃあ、私たちがいたら落ち着かないだろうし」
「そうだな、一旦戻るとするか」
深々と頭を下げる婦人とミナ、元気に手を振るミーナを残し、一行は屋敷を後にした。すっかり夕暮れ時になり、アクトゥールの白い街並みが夕日に染まっている。
「よかったでござるな」
サイラスの笑顔に頷いて返すアルドだったが、
(あれ…なんか忘れてるような)
何かがひっかかる。
「結局、地図のことはわからずじまいだったわね」
「あっ!」
そういえばそうだったと、本来の目的を思い出すアルド。
「…今日はもう遅い。また時間をおいて来てみよう」
その提案に反対する意見は誰からもでなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます