二章 人買い
ぐったりと動かない人魚を生簀に入れたまま、漁師の親子はアクトゥールへ戻ってきた。漁の成果で重い荷車を押しながら、息子が前で引く父親に声をかける。
「親父、これどうしよう」
たくさんの魚を運んでくるはずだったのに、予想外の大物?のおかげで生簀が丸々一つうまってしまった。
「そうだなあ。珍しいもんにはちげえねえから、パルシファルの王様んとこにでも持ってきゃ褒美でもくれるかもな。宮殿には偉い学者や魔術師もいるから、なんか研究に使ったりするかもしれねえ」
「人魚の血とかって病気に効いたりするんじゃなかったか?」
「言い伝えじゃあそんなことも言われてるがな。娘の結婚式を控えてるってのに、得体のしれないもん口にするなんて俺にゃ恐ろしくてできねえよ」
父親の言葉に息子は生簀に乗せていた木の蓋をずらし、中を覗き込む。
人魚だと父親は言ったが、見た目はほとんど人間と変わらない。小さな…4・5歳くらいの女の子の姿をしている。ぱっと見て違うところといえば頭の両横に半透明の短い鰭がついていることくらいだ。身につけている衣服の腰からたなびく長く薄い鰭は衣装の一部にしか見えないし、肘から先と膝から下が青く輝く鱗っぽいもので覆われているのも装飾品の一種ぽく感じられる。まだ彼女の意識は戻っていないようで、振動にゆらゆらと揺蕩う水の中で目を閉じていた。
「ほんとに人魚なのかな」
息子は柔らかそうな頬をぷにぷにと指でつついてみた。
「さあな」
父親はごとりと持ち手を落とし、腕を回した。
「はー重い。宮殿まで運ぶんだったら、もうちっと運び方を考えねえとだめか…」
「もし」
と、フードを被った人物が急に現れ、父親に声をかけた。
「あの…人魚云々と聞こえましたが」
「おお、内緒だがな。網にかかっちまったんだよ」
内緒にする気がなさそうな声で父親が答える。
「ちょっと見せてもらえませんか」
「ああいいぜ」
「ありがとうございます。では」
フードの人物は中をじっくりと確認すると、落ち着いて蓋を戻し、満足げに頷いた。
「よかったらこちらを譲ってはいただけませんか」
「は!?」
息子が驚いて声をあげる。
「そうだなあ」
父親はすぐには答えず、フードの人物をしげしげと眺めた。
「持て余してたところだ。構わないっちゃあ構わんが…」
「もちろんただでとは言いません」
(…)
(…??)
やりとりの声が届いたのか、動きが止まって日差しが差し込んだのが影響したのか、生簀の中で人魚の少女が意識を取り戻した。
「人魚なんか買ってどうしようってんだい?病人にでも食べさせるのかい」
馴染みのない水を通して聞きなれない声がする。
冗談めかした内容だったが少女にとっては冗談には聞こえなかった。
(食べる?食べられる??)
ばたばたともがくが狭くて満足に動けない上に、木の蓋がしてあって出られない。
「そこは詮索しないでいただきたい。代金は…これくらいで如何でしょう」
「どれどれ…って、おお、こんなに!?」
渡された小袋の中身を見た父親が驚いてのけぞった。
「世にも珍しい生きた人魚ですから、これくらいは」
「こんな大金払ってもらえるなら文句も言えねえやな。これで嫁入り道具を揃えてやれる」
「では契約成立ということで」
フードの人物が指を鳴らすと、どこからともなく屈強な男たちが現れて、生簀をひょいと担いだ。
(やだ、やだよううう!食べられたくないよう、助けて!!!)
運ばれながら不自然にがたがたと動く生簀に気づいたのは、偶然通りがかった彼らだった。
「!」
きゅぴーん!とリィカのセンサーが反応する。
「あの木箱から生体反応がアリマス」
「ん?」
「あれは魚の生簀でござろう」
「生簀だったら中の魚は生きててもおかしくないんじゃない?」
「チガイマス。私ノデータにある普通の魚ではアリマセン。X線透視の結果によると中身は小さい人型をしています」
「なんだって!?」
ぐっと身構えるアルド。
「まさか生簀に子供を入れて攫っていこうとしているのか!?」
「なんてことを!」
「行くぞみんな!」
駆け寄る一行。
「待て!その子をどうするつもりだ!」
アルドの声にフードの人物は顎に手をあてて考えるそぶりを見せた。
「はて?どうもこうも、私が買ったのですから私の自由です」
「買ったですって!?ぬけぬけとこの人買い!」
正義感の強いエイミが真っ先にファイティングポーズをとる。
「道理にもとる行い、見過ごせないでござるよ」
サイラスも刀をすらりと抜き放つ。
「子供にモ人権はアリマス ノデ!」
リィカがハンマーを振り上げる。
フードの人物は慌てて男たちに命令した。
「せっかく見つけたお嬢様のための人魚、なんとしても奪われるわけにはいきません!やってしまいなさい!」
号令に男たちは生簀を下ろし、戦闘態勢をとった。
戦闘後。
のされた男たちと平然と佇むアルド一行の姿がそこにあった。
「くっ…!」
膝をつくフードの人物の脇を抜け、生簀の蓋を開けるアルド。
「大丈夫か!」
「ふああ」
ひょこりと頭を出した人魚の少女はきょろきょろと周囲を見回し、間の抜けた声をだした。
「助かった?助かったの?」
「そうよ、よかったわね」
微笑むエイミに安堵のため息をもらす。
「はーっよかったあ。食べられちゃうかと思った!」
「食べたりなんかしませんよ」
フードの人物が観念したように被り物を脱いだ。中から現れたのは意外にも、上品そうな年配の婦人だった。
驚いてのけぞるアルドたち。
「なんと、ご婦人でござったか」
「ああ、せっかくお嬢様にぴったりだと思いましたのに…」
しょんぼりとうなだれる夫人の言葉に、アルドは腕組みして返す。
「そういえばさっきもそんなこと言ってたな。お嬢様に食べさせるってわけじゃないのか」
「違います、違いますとも」
婦人は大きく首を横に振った。
「お嬢様の友達になってもらおうと思ったのです」
「友達…?」
「お嬢様は病気のため、お屋敷の中でもう十年以上暮らしておられます。口には決して出されませんがやはりお寂しいようで」
「近所から年の近い誰かを呼んでくればいいのではござらんか?」
サイラスの言葉に婦人は再び首をふる。
「もちろん考えましたとも。しかし、自分と年近い子供が元気溌剌と駆け回っている姿を近くで目の当たりにすれば、お嬢様のお心の痛みは如何ばかりかと。そう悩んでいた折に人魚の話が聞こえてきたもので」
「なるほどね」
「人魚なら会話もできるしそもそも種族が違うから比べることもない、か」
「その通りです。行く宛もない人魚であれば、ずっとお嬢様のお側にいることができるのではと…」
「だってさ」
アルドは人魚を見た。生簀の中で少女は婦人の言葉を反芻するかのように何度か瞬きをする。
「お友達になってほしいの?」
「そうみたいだ」
「いいよ、なってあげる!ミーナ、ニンゲンのお友達って初めて!」
子供らしい屈託のなさで頭の鰭を揺らして笑うと、彼女はミーナと名乗った。
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