第5話 死神の葛藤

「そこは命の生まれる場所で僕たちには関係ないよ」

 分娩室に立ち寄りたいというムエをグリムが諭した。

「どうしても気になるんだ、少しで良いから寄らせてくれ」

 ムエはグリムの静止も聞き入れず分娩室に入っていった。

「ムエ!くそっ!」

 入ったムエをグリムが急いで追いかけると扉を入った先でムエが立ち尽くしていた。

 ムエ達の目の前では通常の分娩等で使われることのないであろう機械や慌ただしく動く医師、看護師達。それを目の前にして扉の前で祈るような男の姿を思い出し二人は状況を察した。

「なあグリム、この病院自体俺らの管轄だったよな?何でこの事が指示書に入ってなかったんだ?」

 ムエがグリムに聞いた。

「急遽入ったもので反映されてなかったのかもしれない、管理長でも見落とすことはあるさ」

 そう話すもムエは納得してなかった。

「昔みたいに紙でもらってる訳じゃないしリアルタイムで更新されるだろ?それにこんな大掛かりなことあの《黄昏》が見落とす訳ないだろ?」

 ムエは興奮してグリムに詰め寄った。

「そもそも指示書とリストはグリムしか見てないよな?俺にも見せてくれよ。リーダーしか見ちゃいけない訳じゃないだろ?」

「命の生まれる場所は僕らの管轄じゃないんだ!わかるだろ?」

 そうグリムは諭した。

「病院はどちらも行われる場所であり管轄権はどこにも平等に与えられる!そう教わってる!」

 そう言うとムエはグリムから指示書を奪い取った。

 その中にはこう書かれていた。

『現場:【サンディエゴ・メディカルクリニック】

 巡回チーム:【セレーネ】リーダー:グリム・リーパー サブ:ディオス・デ・ラ・ムエルテ

 内容:病院内の巡回での寿命調査とリストアップ/徘徊魂の先導

 注意事項:分娩室での件に関して関与を禁ずる

      ムエルテの過去を鑑み分娩室への立ち寄りを避けるよう心得られたし』

 指示書の他にムエの過去に関する内容の書かれたメモが添付されていた。

「グリム、これはどういう事だよ?何で俺の過去の事が書かれてるんだよ?」

「ムエ、落ち着いて聞いて欲しい君の生前のことを心配して記載があったんだ」

「余計なお世話だ!だったら病院なんて行かせなきゃ良かったろ?とにかく仕事だからな!あの分娩台の女の人から見る!」

「ムエ!」

 静止するグリムを振り払いムエは分娩台へ近づきクロノスをかざした。

『5M12S』

 時間を見てムエは目を見張った。急いでお腹の赤ちゃんにクロノスをかざす。

『-7M10S』

 母親はあと5分程で寿命が尽きるが、赤ちゃんは後7分程経たないと生まれてこない。何度見返しても子供が生まれる前に母体が死んでしまう事が明らかだった。

「グリム、目を閉じといてくれないか?」

 ムエがグリムに問いかけた。グリムはムエが何をしようとしているのか分かっていた。それは、死神の世界ではタブーとされている寿命を伸ばす行為。

 それを使用したものは例外なく死神の資格を剥奪され人間界へ堕とされる。

「ムエ、君らしくもない。君はあれ程人間を嫌っていたんじゃないか?」

「それは人道に反した人間に対してだ。これは事が違う!」

 そう伝えるとムエは祈るような声でグリムに頼んだ。

「頼む、これは俺たち死神じゃないとできないんだ」

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