第6話
「トラッシュっ!」
ルナシエーラは木々の間から見え隠れしている人影に手を振った。
「よお」
トラッシュは汗のしずくに濡れる体を拭きながら振り返る。
「はいこれ、お弁当」
急いで走ってきたのかハアハアと息を切らせながら、それでも嬉しそうに頬を染めているルナシエーラに、トラッシュは微笑んだ。
「サンキュ。中身は?」
「チキンサンドイッチとケーキ。……あのね、ケーキ、わたしが焼いたの」
「シャルが?」
――シャル。あれからもルナシエーラとともに町へちょくちょく買い出しに出かけるようになったトラッシュたちが、誤ってルナシエーラの名を呼ばないようにと考え出した苦肉の策である。
要するに、愛称をつけてそっちで呼びあうようにしておこう、というわけだ。
「ん。初めて一人で焼いたの。カルマがね、うまく出来たって褒めてくれたわ」
「へえ」
トラッシュはバスケットを受け取りながらルナシエーラの頭に手を置いた。
「頑張ったじゃねぇか。えらいえらい」
「……んもう、トラッシュったら」
ルナシエーラは頬を膨らませながら、それでも嬉しさを隠しきれないように笑う。
「わたし、あなたより三つも年上なのよ。わかってる?」
「え?そうだっけ?」
「トラッシュっ」
「いーじゃんか、そうは思えねぇんだもん。……そこに座ってなよ、オレ水浴びしてくるからさ」
「ええ」
トラッシュが汗を洗い流しに泉の方へ消えると、ルナシエーラは草の上に布を広げて座りこんだ。
「……」
バスケットの中のパンや飲み物を取り出しながら、ルナシエーラはふとここ一ヵ月のことを振り返る。
――あれから、時は瞬く間に流れていった。
ルナシエーラはカルマの手伝いをしながら少しずつ少しずつ、十三年もの長い間に失われてしまった人生の空白をゆっくりと埋めつつあった。
朝トラッシュが来るのを待って朝食を取り、その後は掃除や洗濯をして過ごす。昼は彼のためにお弁当を作って持って行き、その時の気温によっては泉で泳いだりすることもあった。
トラッシュはルナシエーラが来てからなぜか盗賊の仕事を殆ど受けなくなり、カルマの用事で買い出しに出かける以外はずっとこの森の奥で畑仕事をしたり狩りをしたり、時には星を見ながら静かにルナシエーラと二人で語りあったりして過ごしていた。
ルナシエーラは自分の存在が彼の生活を乱しているのかと思い、そう言ったが、なぜか彼は首を振って優しく微笑むだけで、決してそのペースを変えようとはしなかった。
そしてルナシエーラは、この一ヵ月の間に、このままずっと彼のそばにいたい、と強く願うようになっていた。
「……ねぇ、今日ルーシィさんが来たわ」
「ルーシィが?」
泉から戻ってきた途端サンドイッチにかぶりついたトラッシュにコーヒーを差し出しながら、ルナシエーラは頷く。
「何だって?仕事の依頼か?」
「ううん、様子を見に来ただけですって。……でも、そろそろギルドの仕事にも戻ってほしいような顔してたわ」
「そうか」
「……どうして受けないの?」
「あん?」
「ギルドの依頼。わたしのせい?」
普段から気にかかっていたことをルナシエーラが口にすると、トラッシュはちょっと考え込んで首を振った。
「最初はそう思ってた。シャルを一人にしとけないって。……けど、違うんだよな」
「違う?」
「ん。今はさ、何か違うんだ。興味がなくなったっていうか……元々、好きだったわけじゃないけど……うまく言えないけど、このまま静かに暮らしていたいって思うんだ。ここは平和だからさ……今のままが一番いいやって――変かな」
「……ううん」
ルナシエーラはゆっくり首を振った。
それはずっと彼女も考えていたことだったから――けれど、考えないようにもしていた。
わかっていたのだ。
そしてきっとトラッシュもわかっているのだろう、彼も同じように難しい顔をしている。
そう、難しいのだ。彼ら二人が、このまま何事もなく暮らしていくことは。
たとえ今はその矛先が国外へ向けられているとしても、大臣たちはいつかそれがデマであったことを知り、捜索の手をこちらへ伸ばしてくることだろう。
そうなる前に、彼らは何かしら手を打たなくてはならなかった。
そしてそれは、ある日突然やって来た――。
「……ん?」
突然、ルーシィは黙り込んだ。
二人は町へ買い出しに行った帰りで、今の今までふざけたことを言って笑わせていたのに急に雰囲気の違ってしまった彼に、ルナシエーラは戸惑う。
「ルーシィさ……?」
「しいっ」
ルーシィはそっとルナシエーラの口を塞ぎ、耳を欹てた。
「?」
「――様子がおかしい。静かすぎる」
この森は元々とても静かな森だ。その規模は徒歩でなら中央を直線で突っ切っても優に一週間はかかるほどで、トラッシュたち住人以外の人間は滅多に入って来ず、いや、だからこそ小鳥のさえずりはあちこちから聞こえてくる。
だが今日はそれが全く聞こえず、森はまるで嵐の前触れのようにひっそりと静まり返っていた。
「何だかいやな予感がするな。……シャル、ちょっとここで待っててくれないか。オレ、行って様子を見てくるから」
彼女がこくんと頷くと、ルーシィは微笑んだ。
「……いい子だ。じゃ」
「気をつけて」
囁くように小声で叫ぶルナシエーラの言葉に軽く片手を上げると、ルーシィはそおっと老夫婦の小屋へと近づいて行った。
「やめろ!やめないか!」
リカルドが叫ぶ。
棚が引き倒され、食器が割れ散らばる音が騒々しく響く。
カルマは目の前で行われている光景にただ呆然と立ち尽くしていた。
「言え!女をどこに隠した!」
しがみついてきたリカルドを殴りつけ、その襟首を締め上げながら兵士が叫ぶ。
そしてその間にも他の兵士たちは家の中を荒らし続け、手がかりになる物を探しつづけていた。
彼らは正規兵ではなかった。その顔は日頃の酒びたりの生活を物語るかのように赤黒くむくみ、体には下品な男女の絵柄や殺したケンカ相手の数を表した入れ墨が彫り込んである。
怒りに顔を歪ませるリカルドを睨み、兵士は更に襟首を締め上げた。
「ぐっ……」
「言え!お前たちが姫様らしき女をかくまっているという情報は得ているのだ。おとなしく姫様を差し出せ!」
「し……知らん」
リカルドは苦しい息の下からようやくそれだけ言葉を絞り出した。
「ひ…姫様とは……誰のことだ」
「おのれ、とぼけるな!」
「とぼけてなど……いない。私は……ウィスタリアの人間だ、トラキーアの……兵士たちに責められる……覚えはない」
「貴ッ様ァ――」
「待て」
と、その時、兵士たちの一番後ろで腕をくみながらその様子をじっと見ていた隊長らしき男が兵士を制した。
「はっ、しかし――」
「いいから待て。――おい」
男はリカルドの頬を軽く叩き、家捜しをして見つけた品を幾つか差し出して見せる。
「いくらとぼけてもこれが証拠だ。若い娘の服、三枚目の皿、確かについ最近まで使われていた痕跡の残るベッド…ここにもう一人、別の人間がいるのは誤魔化しようがないぞ」
「それは私ら夫婦の孫娘の物だよ」
カルマはやっとショックから立ち直り、気丈に口をはさんだ。
「なに?」
「孫娘の物なんだよ、三枚目の皿もベッドもその洋服も。たまに遊びにくるのさ、ここは静かだからね。その時のためにあたしたちが揃えておいた物なのさ」
「……その通りだ。あんた方が誰を探してるのかは知らんが、どうやらとんだ無駄足だったようだな」
「……」
男は兵士に合図を送る。
と、兵士は締め上げていたリカルドを強く殴りつけた。
「ぐふっ!」
「あなた!」
カルマが悲鳴をあげてリカルドに取りすがる。
「あなた、しっかりしてくださいよ、あなた!」
「う……ぐ……」
「――生意気な口をきくな。貴様らは黙って娘を差し出せば良いのだ。……おい」
「はっ」
男は部下が差し出した木箱を突きつける。
「そ、それは……」
カルマはハッと表情を変えた。
男はニヤッと笑う。
「ほお、どうやらこれには心当たりがありそうだな。さあ、吐いてもらおうか。――これを身につけていた女はどこにいる!」
「ヤバイ」
小屋の上に広がる樹木の枝上から中の様子を伺っていたルーシィは舌打ちした。
男が持っていたのはルナシエーラのアクセサリーを入れた木箱だった。
彼女がここで生活するようになってすぐ、彼女が最初に着ていた寝間着は燃やしてしまったが、アクセサリーだけは燃やすわけにもいかず、男が持っているその木箱に入れてルーシィとトラッシュが森に埋めたのだ。
かなり深くに埋めたつもりだったのだが、おそらくこの間の大雨で地面がぬかるみ、野犬か何かがほじくり返してしまったのだろう。
「何とかしねぇと……」
ルーシィは一人ごちるとルナシエーラの待つ茂みまで戻った。
「……どうでした?」
心配そうに尋ねる彼女にルーシィは首を振る。
「小屋が襲われた。兵士たちがリカルドを痛めつけてる」
「そんな……!」
咄嗟に立ち上がろうとしたルナシエーラを彼は慌てて押しとどめた。
「どこへ行く気だ。わざわざ自分から出向いてやるつもりか?」
「だって、カルマとリカルドが……」
「小屋を襲ったのは正規兵じゃない、ろくでもないチンピラだ。君が行ったってどのみち解決しやしないよ。第一、君が連れ戻されたらトラッシュが苦しむ」
「でも……」
「大丈夫、二人はオレが何とかするから。とにかく君はトラッシュのところへ避難していてくれ」
ルーシィはそう言って、何やら複雑な模様の装飾が施された一枚のカード――これにもオパールの粉が振りかけられている――を取り出した。
「……風よ。世界をその手に抱きしものよ。我が手に集いて力を示せ」
ボウッ。
するとカードから竜巻のように蒼い風が沸き起こり、ルナシエーラを包み込む。
「……これは?」
「〈風〉の秘呪の一つ。音も立てないで飛べるのはいいんだが飛行距離が短い上に一人しか運べなくてね、あんまり実用的じゃないんだ。でもまぁ、とりあえずトラッシュの家までなら問題ないだろう。いいかい、トラッシュに状況を説明するのは構わないけど、決してあいつがここに来ないように抑えててくれ。ここはオレが何とかするから。いいね?」
「……わかりました」
暫く考え込んだ末、ルナシエーラは頷いた。
いくら普段はふざけているようでも彼が強いのは確かで、彼が何とかすると言うなら本当に何とかしてしまうだろう。
それにひきかえ自分には何の技術もないし、ここにいても兵士の影に怯えることしか出来ない。それよりはトラッシュの元へ行っていた方が彼女にとってもルーシィにとっても安心だというのは、理解出来た。
「……気をつけて、ルーシィさん」
「ああ」
ルーシィはルナシエーラが去って行くのを見届けると、一息ついて考え込む。
「さて、どうするか……あの木箱が見つかっちまった以上へたな言い逃れは出来ないし……仕方ない、少し体張るか」
小屋にいたのは正規兵ではなく、大臣が国王夫妻殺害後に雇い入れたいかがわしい連中ばかりである。彼らは一人一人はそれほど強くもないが決まって徒党を組み、弱い人間ばかりを狙って好き放題やっていた。
「弱い犬ほど吠えたがるもんだからな。無抵抗で二、三十発も殴らせてやりゃ、気が済むか」
そう言ってルーシィは再び呪文を唱える。
「……風よ。世界をその手に抱きしものよ。我が身に集いて魔力(ちから)となり、蒼く輝く守りを我に」
すると、ルーシィの体から蒼い光が放たれる。そしてそれは次第に彼の体を包み込む膜のようになり、突然フッと消えてしまった。
「〈風膜結界〉。これで暫くはダメージを吸収してくれるだろう。……あとはオレの腕次第か」
そう言って彼は小屋へと向かった。
「――ん?」
小屋の扉が開く音がして、兵士たちは一斉にそちらを振り向いた。
「……」
そこに立っていたのは、長髪で大柄な長身の男だった。その体格は大柄な割に筋肉の盛り上がりも見えず、目はおどおどと兵士たちの方へ注がれている。
一瞬緊張した兵士たちだったが、彼の怯えたような情けない風情に力を抜いた。
何だ、コイツ。いいのは体格だけで中身はからっきしか。
そんな嘲りを含んだ笑いがその顔に浮かぶ。
ルーシィはその間違いを悟らせてやりたいと思う心を何とか押さえつけ、哀れっぽい声を出した。
「あ、あのぉ……だんな方、一体何のご用で……?」
そしてわざとらしく隊長の持っていた木箱に目をやり、大げさに驚いて見せる。
「そ!それは……だんな方、一体それをどこで……おかしいな、ちゃんと埋めておいた筈……」
「ルーシィ、あんた一体……!」
慌てたように叫ぶカルマに目配せして、ルーシィはふとリカルドに目を向けた。
「……」
リカルドは周囲で起こっていることに気づいているのかいないのか、ぐったりと壁にもたれかかり、その顔は死人のように血の気が引いて土気色になっている。
チ、と舌打ちしてルーシィは兵士のほうを振り向いた。
「……おい、お前」
この男なら簡単に口を割らせることが出来るとでも思ったのか、隊長はルーシィの襟首を締め上げる。
「ひっ」
「……答えろ。こいつをどこで手に入れた。これを身につけていた女はどうした」
「さ、さあ……知りません」
「……」
途端に平手が飛ぶ。
「ひいっ」
「とぼけるとためにならんぞ。……あの男のようになりたくなければおとなしく答えろ」「……ほ、本当に知らないんです。オレ……いえ、わたしはそれをブン奪っただけで……女は南の方へ行きました」
「何だと!?」
「か、勘弁してくださいよ、だんな。ほんの出来心なんです、あんまり豪勢な身なりをした女がいたもんで、ちょいとお宝を頂いてやろうと……ほとぼりがさめたら売っぱらっちまうつもりだったんですよ。本当ですよ」
隊長はルーシィを睨み付ける。目の前で怯えたようにがたがたと震えるこの男の言葉はどうもうさんくさかったが、これだけの兵士を前にして嘘をつき通せる程の精神の持ち主とも思えない。
隊長はもう一度ルーシィに尋ねた。
「その女は一人だったか」
「いいえ、二人連れでした。一人はみすぼらしい恰好をした……そう、盗賊みたいな奴でしてね。女のほうは別嬪でしたよ、最近じゃ見かけないくらいの。二人して南の方へ逃げるって言ってました。……あの、あの二人が一体何をしたんです?」
「……」
隊長にはどうしても信じられなかった。確かに豪勢な身なりの女が南の方へ国外脱出したという噂は耳にしていたが、一介の盗賊と世間知らずの姫がそれほど素早く動ける筈がないのだ。
「本当のことを言え。ここに女がいるだろう。一ヵ月前に来た女だ。そいつはどこへ行った」
「し…知りませんよ、そんな女」
こりゃ結構てごわいな。
ルーシィは内心でため息をつきながら続ける。
「ここにはわたし達以外には誰もいません。……まあ、たまにこの二人の孫娘が来ますがね、それっくらいですよ」
「……」
「本当ですよ、だんな。信じてくださいよ」
言いおわらないうちに拳が飛んできた。
「ぎゃっ」
ルーシィは思いっきり――もちろんわざと――吹っ飛ばされる。
「な、何をなさ……ぐぇっ」
辛うじて起き上がろうとした腹に隊長の爪先がめりこんだ。
ルーシィは体を二つに折り、苦しそうに――これもわざと――喘ぐ。
「少し痛めつけろ」
隊長の言葉に、部屋中の兵士が飛び掛かってきた。
「……」
おいでなすったな。頼むからオレだけに注意を向けてくれよ。
ルーシィはわざと兵士に殴られ、悲鳴をあげてみせる。
体に張ったバリアのおかげで殆ど痛みは感じなかったが、出来るだけ早く諦めさせるに越したことはなかった。
自分はともかくリカルドには一刻も早い処置が必要に感じられたのだ。
「……チッ。ちっとも抵抗しねぇ奴なぐっても面白くねぇな。おい、貴様も男なら少しは抵抗したらどうだ」
兵士の一人が言う。
ルーシィは哀れっぽく懇願した。
「勘弁……して下さい、ほんの出来心……なんですよぉ。……げほげほっ。これ以上やられたら死んじま……」
「本当のことを言うなら許してやるんだがな」
隊長は転がって体を丸めているルーシィの顔をその爪先で持ち上げ、唾を吐きかける。「……」
ルーシィはカッとなりかけた自分を表彰ものの忍耐力で抑え、涙を浮かべた。
「本当……のことって言われ……ても……わたしは……何も……」
「死にたいのか?」
「ほ、本当に何も知らないんですよ……一体、何をお知りになりたいんです」
「……まだ足らんようだな。おい」
再びリンチにも似た暴行が始まる。
だが、いい加減悲鳴をあげるのにも疲れてきたルーシィがうんざりしたように気絶したふりをすると、兵士たちは戸惑ったように動きを止めた。
「た、隊長、これ以上やると本当に――」
「……」
兵士の言葉に、隊長は考え込んだ。自分たちに与えられた使命はあくまでルナシエーラ姫を見つけ出して連れ戻すことであり、死人を増やすことではない。別にこの男を殺すことには何の抵抗もなかったが、こんなところで時間を潰している暇はなかった。
「……もういい。引き上げるぞ」
その言葉に、兵士たちは小屋を出て行く。
隊長は出て行き際に疑わしそうな鋭い一瞥を小屋の中で怯えたようにうずくまる三人に投げかけると、足音も荒々しく出て行った。
「だ……大丈夫かいルーシィ」
カルマが、床に転がって体を丸めているルーシィに近寄って行く。
だがリカルドは苦しそうな息の下で笑った。
「心配いらんさ。……おい、そろそろ猿芝居はやめたらどうだ、ルーシィ」
「なんだ、バレてたのか」
ルーシィは軽く笑って、何事もなかったかのように平然と立ち上がった。
「だ……大丈夫……なのかい?」
呆気にとられたようなカルマに頷き、ルーシィは肩をぐるんと回して呟く。
「てー……無抵抗ってのがこんなに疲れるモンだとは思わなかったぜ。……悪ィ、心配させちまったな。実はさっきバリアかけてきてたんだ。それにアイツら全部ヒットポイント外されてたのに気づいてなかったみてぇだし、蹴りも拳もてんで弱かったしな」
「小屋の……外に気配が……した。兵士たちは気づかなかったが……当然だろうな。見事に……気配を消していたから……すぐに……お前だとわかったよ」
リカルドは苦しそうに時折せきこみながら、それでも笑う。
「だから……お前が入って……来た時、何か考えがあっての……ことだろうと……だが、まさかすすんで殴られるとは……な。……シャルは避難……させたのか……?」
「ああ、トラッシュんトコへ行かせたよ。リカルド、大丈夫か?」
「フン、これしきの……ぐふっ!」
「リカルド!」
「あなた!」
二人は苦しそうに咳き込むリカルドに駆け寄る。リカルドはやがて落ちついたがその手には飛沫のように血が飛び散っていた。
「う……ぐ……」
「こりゃ酷ぇな。カルマ、神官に見せた方がいい。命に別状はないようだが……町へ行きな」
「あんたはどうするんだい?」
「オレ?オレは……ちょっとやることがあるんだ」
「やること?」
「ああ。あいつらトラキーアの正規兵じゃなかった。てコトは大臣の雇った志願兵……アブダラが動きだしたってことはこっちもぐずぐずしてられねぇ。――安心しなよ、あんたらの大切なトラッシュはオレが守ってみせる」
「ルーシィ?」
カルマはハッとしたように顔色を変える。
「あんたまさかあの子の――」
何かを言いかけようとしたカルマをルーシィは遮った。
「おっと、そこから先は言わない方がいいぜ。オレも聞かねぇし。じゃ、リカルドを頼むな」
ルーシィはそう言って、真剣な顔をしながら小屋を出て行った――。
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