第2話 出撃

 一方のトロイア軍も事前に「ギリシャ軍がやってくる」との情報を手に入れ、満を持して待ち構えていました。大軍を海岸線に展開していたのです。ギリシャ側で最初に上陸したテッサリアの大将プローテシラーオスはいきなりやられてしまいます。これはヘクトールとも名もない一兵士の仕業とも言われています。



 何にしても彼は上陸と戦死の両方で第一号となったのです。ありがちですが悲惨ですね。


 続いて降り立ったアキレウスは奮戦し、味方の上陸を援護します。と言うより単に暴れたかっただけかもしれませんね。



 その最中にトロイア軍の将キュクノスがアキレウスの手にかかってしまいます。彼はポセイドーンと、ある川のニンフとの子でした。その為、鉄でも青銅でも傷つけられない肉体を持っていましたが、それに気付いたアキレウスは大石を彼の頭に叩きつけて打ち倒してしまったのでした。



 ワイルドすぎる勝ち方ですね。



 勇猛な指揮官を失ったトロイア勢は周章狼狽して城壁内に撤退し、ギリシャ側は浜辺に陣を張りました。こうして両者は互いの中間地点、スカマンドロスの河畔からその周囲に広がる平原で激突を繰り返しました。



 しかしトロイアの城壁は堅固な上に、周辺国からの援軍も加わりなかなか陥落させる事が出来ません。



 こうして九年の歳月が過ぎていきました。長過ぎですね。いい加減に諦めて帰りそうなものですが、これだけ盛大におっ始めて「なんか無理っぽいさかい帰るわ」ともいかないのでしょう。特に王様達は。身分が高いと難儀なものですね。



 しかし将兵達はそうもいきません。いい加減飽きる上に、早く帰りたいと思うものです。そんな時、彼らは周辺の街を襲い略奪に勤しんで憂さを晴らすのでした。



 本当に迷惑な連中ですね。



 しかしこの戦いは十年目からが本番なのでした。一気に展開が進むのです。




 事の発端はギリシャ軍が例によって周辺の街を襲った時の事でした。略奪した時に見眼麗しい二人の娘を手に入れたのです。



 全く迷惑な話ですね。しかしここからが本当に迷惑な話なのです。



 この二人の娘はそれぞれアガメムノン王とアキレウスのものとなったのですが、アガメムノン王側の娘クリュセーイスの父が莫大な身の代を携えてギリシャ軍の陣中を訪れました。彼はアポロン神殿の神官で、黄金の笏を捧げ持ってアガメムノン王に懇願するのです。



「お願いですさかい、うちの娘を返してもらえまへんか」


「はぁ? 何ふざけてるんや? ワシはあの娘をメチャクチャ気に入ってるんやぞ! 返すわけあらへんやろ!」


「いや王様、返さなアポロンさんが怒ってヤバい事にならへんやろうか………つーかワシが拝んだらアポロンさんが……」


「じゃかぁしい! グダグダ言うとったらしばき倒すぞ! とっとと帰れや!」



 こうしてけんもほろろに追い返されてしまったのでした。悲惨ですね。しかしそこは神官です。肉体的には敵わなくても、彼には神様がついているのです。


 彼が神殿で祈るや、あっという間にギリシャ軍には疫病が蔓延して死者がバタバタと出る騒ぎになってしまいました。



 これはヤバいと思ったアキレウスは軍中推一の預言者カルカースに託宣を求め、神の怒りであると知りアガメムノン王に進言します。



「おう、王様」


「おうアキレウスか。なんや」


「あんたんとこの娘な、返したれや」


「嫌や。ワシはあの娘メチャクチャ気に入ってるんや。て言うか誰に物を言うてるんや?」


「いや返してやらなアポロンさんが収まらへんやんけ!」


「なら返したるけどな! それに見合うだけの物をよこしてみぃ!」


「いやもう誰かに渡せる戦利品なんかあらへんやろ。何言うてるんや。」


「ああ? 自分のとこの娘を寄越せって事や! 言い回しの一つも分からへんのかこの脳筋が!」


「おんどりゃええ加減にしとけよ! もう戦闘に出てやらへんぞ!」


「おぅええ度胸や! おんどれの力なんぞ金輪際借りたらんわ! とっとと帰れやボケェ!」



 思わずアキレウスが剣に手をかけそうになりますが、アガメムノン王の背後にアテナが現れアキレウスを押し止めます。



「ア、アテナ姐さん……!」


「こいつを殺したらウチらの計画が狂うさかい。それでもやるんなら……分かっとるやろな?」



 この時アテナはアキレウスにだけ姿が見えるようにしていました。なのでアガメムノン王は「コイツ何やっとんや……ヤバいんちゃうか?」となっていた事でしょう。



 とにかく、さすがのアキレウスも本物の神様、ましてやオリュンポス十二神に敵おう筈もありません。大人しく帰るしかありませんでした。



 やり手のアガメムノン王はすぐさま使いを二人送り、アキレウスの元にいる娘プリセイスを連れ去れと命じていました。そしてこの使者たちはアキレウスと鉢合わせてしまいます。



 ああ、なんという事でしょう。この状態でプリセイスを連れ去るなど、殺してくれと言っているようなものです。使者達にとっては進むも地獄、引くも地獄です。



 ですが、意外にもアキレウスはホ〇達のパトロクロスに命じてプリセイスを引き渡してしまいます。使者に同情したと書かれていますが、アキレウスの性格を考えると案外プリセイスに飽きてしまっただけかもしれませんね。



 それでもその後の戦闘に加わる事はありませんでした。


 そうしている間にもアキレウスの母・女神テティスの働きかけで動いたゼウスがアガメムノン王の夢を操り「今が攻め時やで!」とお告げを与えます。王は気をよくしましたが、念の為に将兵の士気を確かめる事にしました。



「ほな、ボチボチ帰ろうや!」


「やったー!」


「いや、ちょっ……今のは冗談やで! 本気にせんといてや!」


「久しぶりに帰れるでー! ヒャッハー!」



 この反応に驚いたオデュッセウスが兵士達をしばき倒し殴り倒し説得してなんとか士気を取り戻します。



 十年も進展なしの戦なんか誰でも嫌になるのが当然ですよね。


 とは言え、兵士達も王様には逆らえません。何だかんだで全軍(アキレウスを除く)スカマンドロスの平原に集結し、虹の女神イリスから知らせを受けたトロイア軍も勇将ヘクトールを筆頭に出陣。ここに両軍が対峙しました。



 この時陣頭に現れたのが戦争の原因を作ったパリスです。これを見たメネラオス王はいきり立ち、一気に襲い掛かります。王妃を奪われ生き恥をかかされたのですから、その怒りたるやいかばかりでしょう。



 これに驚いたパリスはすっ飛んで逃げてしまい、兵士たちの陰に隠れてしまいます。情けないですね。兄のヘクトールも弟の不甲斐なさを責め、覚悟を決めさせます。二度も打ったかどうかは分かりませんが。



 つまり、この一騎打ちの勝利した方がヘレネと一切の財宝を手に入れると約束したのです。ヘクトールがそれを両軍に宣言し、双方とも戦列を引き下げ一騎打ちの為に場所を開けました。と言うよりも見物の準備に入りました。



 立会人はギリシャ軍の総大将アガメムノン王とトロイアのプリアモス王。共にゼウスへの生贄の羊を捧げ、負けた方が全てを相手に譲り戦争を終わらせる事を誓いました。


 ようやくと言ったところですね。



 さぁ一騎打ちの始まりです……が、やる前から勝負は見えていますね。いきなり逃げ出したパリスが勝てよう筈もありません。そんな有様を見ていたヘクトールやプリアモス王が誓いを認める方が不思議です。もしかしたら初めから守るつもりが無かったのかもしれませんね。



 とにかく戦いは予想通りに進み、パリスはボコボコにされてしまいます。この時代、指揮官は陣頭に立ち剣で戦うのが普通でした。なのに得意の武器が弓というのは「まともな指揮官でさえなかった」と言う事です。これではなおさら勝てよう筈もありません。



 なんだかんだでメネラオス王がパリスの兜を引っ掴んで自陣へ引きずって行くと、アフロディーテがパリスを助けトロイア城内へ連れ去ってしまいます。



 これで収まらないのがメネラオス王です。必死になってパリスを探すも見つかりません。まさに神隠し状態なのですから当然です。そこで兄アガメムノン王がトロイア軍に向かって大音声で呼ばわります。



「メネラオスの勝ちや! ヘレネを還して約束を果たしてみぃ!」



 ところがオリュンポスではゼウス招集のもと、神々が戦場を見守りどう収集をつけるか相談していました。



「なんかもうグチャグチャやな……もう和睦させて終わりにせぇへんか?」


「なに言うてんのゼウスはん! うちは絶対にギリシャ側に勝たすんやさかい!」



 ヘラの強硬論が通り、アテナが武人に変身してトロイア軍に入り込み、弓の名手パンダロスを唆してメネラオス王に射かけさせます。するとアテナが間一髪のところで矢をキャッチします。


 つまり暗殺未遂事件を演出したわけですね。


 この事件でトロイア軍は気勢が上がり、ギリシャ軍は憤慨し、改めて両軍が激突。大混戦となります。



 ああ、なんという事でしょう。もう人間の意思なんか関係ありません。神様同士でドンパチしたら良さそうなものです。が、人間は所詮神様の玩具に過ぎないのか、そうはならないのでした。



 そんな中で事件が起こります。この乱戦の中であのアフロディーテが手傷を負うのです。ディオメデスがアテナに勇気と力を授けられ、トロイア軍をなぎ倒して行くのですが、それを目にしたパンダロスが彼を狙い撃つものの掠り傷しかあたえられません。そこでトロイアの勇将アイネイアスが駆けつけ、チャリオットにパンダロスを乗せて立ち向かいます。



 が、アテナの加護を得たディオメデスはカウンターで槍を投げ付けパンダロスを撃破。飛び降りたアイネイアスに大石を叩きつけて腰骨を砕いてしまいいます。止めの一撃の前に立ち現れたのがアフロディーテでした。アイネイアスは彼女の息子だったのです。恋多き女神様とはいえ、ちょっとイメージが……。




 ともあれ、ああまた連れて逃げるのか……と思いきや、ディオメデスはこの女神が戦いはさっぱりなのを知っていたので容赦なく槍で突き、手傷を負わせます。恐れをなしたアフロディーテは息子を置いて逃げ出してしまいました。哀れな息子ですね……まさに哀・戦士です。



 さすがに見かねたのか、彼はアポロンがサクッと助けてやりトロイア城内に運んでやるのでした。


 そんな中、ヘクトールは予言者の言葉に従い城内に戻ります。その間、トロイア軍の将軍の一人グラウコスがディオメデスと対峙します。名乗り合ううちに両者の祖父が昵懇の仲であった事が判明し、武具を交換し互いに避けて戦う事を約束するのでした。いわゆる談合ですね。



 一方のヘクトールはアテナへの供物を手配した上で、消えたパリスを探し当てました。呑気に自分の武具を磨いているパリスを厳しく糾します。



「自分の為に仲間がバタバタ斃れていってるんやぞ! ちゃっちゃと立てや!」


「悔しいけど……ワイはやっぱり男なんやな……」



 ヘクトールが妻子と別れを済ませると、二人は出撃します。この時アテナがまたギリシャ軍に肩入れしようとするのをアポロンが止め、両軍の代表に一騎打ちをさせて一端戦争を中止させようという事になりました。



 トロイアの代表はヘクトール、ギリシャの代表はアイアース。アキレウスは相変わらず不貞腐れています。坊やですから。



 両軍と神々が見物する中で行われた一騎打ちは引き分けに終わりました。この場合「一端中止」はどうなるのかと思いきや、一日「だけ」中止になり、戦死者を葬る事に費やされたのでした。 

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