本当は笑えるギリシャ神話 ~英雄アキレウス編~
秋月白兎
第1話 出撃
遥かな遥かな昔の事。今から数千年ほど前、まだ神々が人間と関りを持っていた頃の事です。大神ゼウスは世界に人間が増えすぎたので食料問題と失業問題が深刻になってしまい、これを解決すべく秩序の女神テミスと会議を重ねました。そして大戦争を起こして人口を削減する事に決めてしまったのです。
大迷惑ですね。というかゼウスも割と政治的な苦労を背負い込んでいたようです。
そんな中、女神テティスが人間ペレウスと結婚する事になりました。このテティスはゼウスも狙っていた美女なのですが、プロメテウスが「テティスの生む子は父ちゃんよりもどえらい奴になるで」と予言していたので、あくまでもトップの座に居たいゼウスは泣く泣くペレウスにテティスを譲ったのでした。
さて二人の華燭の典は神々の祝福の中で執り行われました。が、その中に唯一招かれなかった神がいました。争いと不和の女神エリスです。
ああ、なんという事でしょう。よりによってこんな奴を爪はじきにするとは。そんなことをすれば絶対にトラブルを起こすに決まっています。呼んだら呼んだで何かやらかすでしょうが、復讐となればパワーアップして仕掛けてくる事は疑いありません。一体何を考えていたのでしょう。単に何も考えていないだけなのかも知れませんね。
エリスが仕掛けたのはあの有名な黄金のリンゴ作戦。宴の最中に「最も美しい女神へ」と刻んだ黄金のリンゴを投げ込んだのです。「最も美しい女神へ」と聞けば黙っていられないのが絶世の美女揃いたるオリュンポスの女神達。
中でも一際猛烈に「アタクシの事やで!」と主張したのがゼウスの妃・ヘラ。そして智慧と戦いの女神・アテナ、愛と美の女神・アフロディーテの三女神でした。ですが互いに主張し合うだけでは解決しよう筈もありません。そこで大神ゼウスに誰の事なのか決めてもらう事になりました。
さぁ困ったのはゼウスです。古今東西、男子にとって最も厄介なのは女子同士のトラブルに巻き込まれる事です。どちらに味方しようが絶対にやいのやいの言われます。
この揉め事に巻き込まれるのが嫌だったのか、ゼウスは判定役をトロイアの第二王子・パリスに丸投げしてしまいました。何故このパリスなのか? 実はトロイア王家はあのゼウスのお気に入りである絶世の美少年・ガニメデの血を引く一族なのです。しかもパリスは「神にも似た」と謳われる程のイケメン。美の審判役に相応しいレジェンド級のイケメンなのです。ゼウスが丸投げするのも当然かもしれませんね。
こうして三女神はパリスの前に降り立ち、めいめいアピールタイムに入りました。パリスは鼻の下をのばし……いえ、責任重大ですね。そして女神たちは自分を選んでもらうために「贈り物」と言う名の賄賂を贈る事にしました。ヘラは全アジアを支配する力、アテナはあらゆる戦で勝利する知恵、そしてアフロディーテは人間界で最高の美女を与えると約束しました。
結局のところ、若きパリスは「最高の美女」という餌に釣られてしまいます。まぁ……認めたくないものですね、若さゆえの過ちというものは。しかし、よく考えてみればヘラとアテナの贈り物は結構ダブっているような気がします。強国であるトロイアの王子ならそのうち実力で……と考えるかもしれませんし。
こうして美しい女神ナンバーワンは決定しました。この後ゼウスは八つ当たりの嵐に見舞われた事でしょう。
それよりも問題なのはパリスに与える美女です。神様らしく新たに生み出すのかと思いきや、既にいる美女を与える事にしたのです。それもスパルタのメネラオス王の妃、ヘレネを誘拐させて与えるという暴挙にでたのです。
ああ、なんという事でしょう。よりによって一国の妃を誘拐しようとは。それも列強の一角、スパルタの王妃をです。そんな事をしたらスパルタンな報復が来るに決まっています。
これがトロイアの命運を決定づけてしまうのでした。もしかするとこれがゼウスの人口削減計画と言う事なのかもしれません。
このヘレネはゼウスが白鳥に化けてかどわかしたレダの娘。彼女もまた神の血を引いているのでした。絶世の美女で当たり前ですね。当然ながら求婚者も引きを切らない状態でした。その中にこの後登場するアガネムノン王やオデュッセウスがいました。そしてヘレネがメネラオス王を選んだ際、求婚者達はメネラオス王に何か起きた時には無条件で協力すると約束させたのがオデュッセウスでした。なのにこの男は「ヘレネ奪還作戦」の招集がかけられた時しらばっくれてしまいます。
最低ですね。
しかも智将として知られるくせに、猿芝居を使者に見破られて引っ張り出されてしまいます。情けない智将もいたものです。
こうしてなんだかんだでメネラオス王とオデュッセウスがトロイアへ赴き、ヘレネとかっぱらった宝物の返還を要求しますがあっさりと断られます。
大した面の皮ですね。神様がついてると思ったのかも知れません。その神様は人口を減らそうとしているんですが、知らない方が幸せなんでしょうね。
ともかくこれでドンパチ確定となりました。メネラオス王は兄であるミュケナイのアガメムノン王と共にギリシャ全土から兵を募り出撃しました。その総数は約十万。大軍勢です。その中にはこの物語の主人公であるアキレウスの姿がありました。
彼は冒頭で登場したテティスの息子で半神半人の英雄。そして幼い我が子の不死を願ったテティスは、キレウスの足首を掴んで冥界を流れるステュクス川にブチ込み、祈りを捧げた事で足首以外無敵の英雄アキレウスを作りあげたのでした。史上初のチート主人公の誕生です。
ちなみにこの行為が幼児虐待と間違われて離婚されてしまったという説もあります。
このアキレウスをスカウトしにいったのはまたもやオデュッセウスでした。この時テティスは「この戦いに参加したらアキレウスは死んでまうで」という運命が決まっていたので息子を女装させてリュコメデス王の宮廷女官達の中に紛れ込ませていました。
しかしそれを嗅ぎ付けたオデュッセウスが女官達へのプレゼントの化粧品やアクセサリーの中に剣を入れておいたところ、アキレウスだけが迷いも無く剣を取った事で見破ってしまいました。
そんな事をしなくても一目でわかりそうなものですが。筋肉ムキムキで髭を生やした女官などいる筈もありません。たとえ髭を剃っていてもまる分かりだった事でしょう。わざわざ回りくどい事をするあたりが智将なのかも知れませんね。
ちなみにこのアキレウスは若い頃に従弟のパトロクロスと出会い、一目で恋に落ち○モ達になってしまったという説もあります。濃い展開ですね。
さて出撃したのはいいものの、ギリシャ軍はいきなり障害にぶち当たってしまいます。強烈な逆風で出航できないのです。これはアガメムノン王が女神に無礼を働いた為とも言われていますが、そのあたりはハッキリしません。なんにせよ、アガメムノン王の長女イーピゲナイアが人身御供になる事で収まります。酷い話ですね。
やっと船が出せたと思ったところでまたトラブルにぶち当たります。進路を間違えてしまい南のミューシアへ到着した挙句、そこをトロイアだと思い込んで突撃してしまうのです。
ああ、なんという事でしょう。全く関係ない国へいきなり全面戦争を仕掛けてしまうとは。ミューシアにしてみればとんだとばっちりです。しかもアキレウスが余計な頑張りを見せてミューシアの王・テーレポスを負傷させてしまいます。泥沼ですね。
テーレポス王もギリシャ側の大将・テルサンドロスを討ち取ったとはいえ、これで収まろうはずもありません。しかも場所を間違えていた事が発覚するや、ギリシャ軍はさっさと引き上げてしまいます。はた迷惑にも程がありますね。
テーレポス王も収まろう筈ガありません。しかもアキレウスから受けた槍傷がどうしても癒えないのです。仕方ないのでデルポイへ赴いて神託を受けると「やった奴に治させたらええんちゃう?」と言うので先回りしてアルゴスでギリシャ軍を待ち、物乞いに扮して陣に潜り込みアキレウスに「オラ! さったと治したらんかい!」と要求します。
しかしアキレウスは戦うのが専門であり、治療は正反対の分野です。門前払いというか止めを刺したいぐらいのところですが、御神託とあってはそうもいきません。幾らなんでも本物の神様を敵に回すのは無謀です。
どうしたものかと悩んでいると『困ったときのオデュッセウス』がやって来て、「アキレウスの槍でやられたんやからその槍の錆を塗り付けたらええんちゃうん」と無茶な事を言い出します。
ああ、なんという事でしょう。そんな事をしたら感染症になりかねません。私なら絶対に嫌です。
しかしこれであっさりと治ってしまいます。神様パワーは凄いですね。
ギリシア軍は陣容を立て直し再出発し、レームノス島に寄港しますが、ここでもトラブルに見舞われます。「ヘラクレスの弓」の所有者ピロクテーテースが毒蛇に咬まれ、定期的に人事不省の状態に陥る有様となってしまいます。
なんかもう呪われているんじゃないんでしょうかギリシャ軍は。
更に酷い事にギリシャ軍は彼を置き去りにして出航してしまうのです。その上、戦も終盤の九年後になってアキレウスの息子ネオプトレモスとオデュッセウスが彼を迎えに来ます。が、それは神託によってヘラクレスの弓が必要なので弓だけをかっぱらいにきたのでした。まさに鬼の仕打ちですね。
ネオプトレモスはオデュッセウスのその仕打ちに呆れ、ピロクテーテースに真実を打ち明けます。無論ピロクテーテースは激怒しますが、そこに神となったヘラクレスが現れて彼を宥めます。更にギリシャ軍にいるアスクレピオスの息子で父と同じく名医のマカーオーンの治療を受けるよう勧め、ようやく和解となるのでした。
ピロクテーテースの和解は後日談ですが、こうしてアキレウス達はあちこちに迷惑をふりまきながら陣容を立て直し、もう一度出航しなおしてようやくトロイアへと辿り着いたのでした。
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