番外編

番外編 謁見

 ——兄上は、気のいい男だから畏まらなくても大丈夫だぞ。


 そう第二王子クラウディオから言われていたものの、聖女ミーナは僅かに心拍数が上昇する。

 王家という身分もそうだが、なんといってもクラウディオの身内である。

 粗相の無いようにと注意を払わなければ、と気を引き締めるミーナであった。


 第一王子がいるという執務室に入ろうとすると、槍を携えた騎士が一人、敬礼をしてミーナに話しかける。


「ミーナ様。お久しぶりです」

「貴方は……あっ?」

「以前、王都の聖堂で傷を癒やしていただいた者です。当時は子供でしたので……」


 その一言で、ミーナの記憶が蘇る。


「まぁ。こんなに大きくなって」

「まさか……覚えていらっしゃったのですか? ありがとうございます。護衛の必要があるときは、私ができるだけお守りしたいと思いましたが……その必要は無さそうですね」


 その騎士は、少し照れ笑いを浮かべながらもミーナと話していた。そしてキリッという表情に変わって、クラウディオの方に目をやり、会釈する。


「ふむ、妙な縁もあるようだな。いざというときは頼らせてもらおう」

「はい、是非とも」


 騎士は再び敬礼をする。

 その顔はとても嬉しそうで、期待に満ちていた。



 ヴァネッサと三人で執務室に入る。

 飛び込んできた光景に、ミーナは目を疑い次に丸くした。


 その理由は、机やテーブルの上に大量の書類の山があり、今にも崩れそうな所があちこちにあったからだ。

 塔のようにそびえる書類の柱は、今か今かと処理されるのを待っている。

 処理されるのが先か、倒れ崩れるのが先か……勝負をしているようだ。


 ミーナとクラウディオ、そしてヴァネッサが入ってきたのに気づき、第一王子は何か面白そうなことが起きそうだという風な顔を持ち上げた。


「ふーん、そちらが聖女ミーナ殿か」


 目を細め、ミーナの姿を頭の先からつま先まで舐めるように視線を送る。

 ミーナを少しだけ隠すように立ち塞がるクラウディオ。


「初めまして、ランベルト殿下。ミーナと申します」

「ふむ。なるほどなるほど、ディオが本気になるわけだなぁ。まあかけてくれ」

「兄上……」


 クラウディオ、ミーナとヴァネッサが応接用のソファに座る。

 ミーナはもともと公爵令嬢だったので、作法などは一通り知っており、挨拶なども難なくこなしたのであった。


「まあ、あれだ……もともと聖堂に勤めていたということだけど、今なら、城の敷地内に聖堂を建てた方が良いかもしれんなぁ」

「いいのか?」

「そうだな。対外的にもちょうど良さそうだ。治癒が必要な者は、王都民なら誰でも入れるように配慮した構造にしてもいいかもな」

「それは助かる」


 クラウディオとしては、城壁を越えずに聖女ミーナと会えるのなら色々と面倒が少ないと考えた。

 ミーナももちろん賛成する。


「まあ、これから色々と王国のために働いて貰うんだ。当然のことさ」

「やはり、そうなるのか」

「そりゃそうよ。もはや戦略兵器級になったディオと、同じくらいの重要度を持つ聖女殿を遊ばせておくほど王国は余裕がある訳じゃない」

「そんなに……悪いのか」

「そこまで心配はしてないが、父上がなー……連絡もせずに式を挙げるとはお前も隅に置けんわ」


 やはり、その件で悩んでいたのかとクラウディオは少しだけ気が重くなる。だが、それは一瞬であっというまに開き直るのであった。


「で、とりあえず明日の凱旋パレードだけど、めんどくせーことに公国から貴族が二人ほど来てるから、終わってから挨拶してやってくれ」

「あ、ああ」


 クラウディオは、そういう政治的なやりとりが苦手だ。

 今まで兄に一任してきたのだが、今回は表に出るしかないと覚悟を決めたのだった。


「それと、ヴァネッサだが」

「やらんぞ」

「あ、そう……即答過ぎるだろ……」


 急にしゅんとなった第一王子を、少し可愛いと思うミーナ。

 気さくで良い人そうで良かったと思う。

 クラウディオの小さい頃の話などミーナは色々と聞いてみたくなったのだった。


 そうやって和気藹々と話していると……。


「魔法学園の方をお早くとお願いしておりますが……」


 部屋で控えていた、神経質そうな老人が声を上げる。

 彼は、三角帽子をかぶり、白い髭を貯える老人だった。


「ああ、そのことか。聖堂のこともあるから、もう半年ほど待ってくれ。それと紹介が遅れた、クラウディオ……彼は先日就任した王国の神官長だ」

「お久しぶりです」

「クラウディオ殿下。お久しぶりです。ヴァネッサもよく戻って来ましたね」


 彼は、順に声を順にかけるのだが、ミーナだけには軽く会釈をしただけだった。

 ミーナに色々と不満があるようだが、挨拶が終わると、とどめの一言を発する。

 ……それが地雷だと知らずに。


「聖堂など……ふん……。たかだか聖女ごときにそのようなこと……所詮使い捨ての——」


 ガタッ。

 クラウディオとヴァネッサが殺気を帯びて席を立った。

 ただならぬ雰囲気を漏らす二人は、突き刺すような視線をその愚か者へと向けた。


「なっ」


 あまりの形相に、腰を引かす神官長。


「神官長殿は知らぬだろうが、ミーナ殿を軽んじると怒る者がいてな……俺が何を言っても、この者らは止まらんから気をつけたほうがいいぞ」

「は……し、失礼しました」

「クラウディオ、ヴァネッサ。済まなかった。俺の顔に免じて許してやってくれ」


 第一王子ランベルトが神官長をたしなめた。

 当のミーナはと言うと、よく意味が分かっておらず、彼らが立ち上がった意味をよく理解していない。

 ただ美味しそうに、出されたお茶を飲むだけだった。



「じゃあ、次は父上だな。俺も一緒に行こう」


 いよいよ王との謁見に赴くことになり、ミーナの緊張はさらに増していく。

 もちろん、国王と言うより……クラウディオの父親に会うという意味で。


 しかし、それも杞憂であり、王の人柄の良さに安心するミーナだった。


 しかし、王は心配そうに眉間に皺を寄せ、こう言ったのだ。


「ミーナ殿、色々大変だとは思うが、ディオが暴走しないように色々とフォローをしてくれないか……。こいつは昔から言うことを聞かなくてな……」


 話が止まらなくなった王の愚痴を永遠に聞かされるミーナ。

 彼女は、真剣にその話を聞き、時に同情し、時に一緒に笑う。


 第二王子クラウディオは二人の様子を複雑な表情を浮かべながら見つめ、第一王子ランベルトは早々に……逃げたのであった。

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