エピローグ

第21話 あなたと共に。

 以前、クラウディオが来たときと同じように、聖堂の周囲にはもやが立ちこめている。


「私はここで」

「ヴァネッサ、今までありがとう。丸二日経っても戻ってこない場合、閉鎖・管理するように騎士団に連絡してくれ」

「はい。二人とも、お気を付けて」


 ヴァネッサは、いざというとき王子と聖女の話を伝え残す役目がある。

 失敗しても、またいずれ聖女が復活したときのために。

 二人の足手まといにならないために、あるいは保険として、ここに残ることを承諾したのだ。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってきます。必ず戻りますから、待っていてくださいね」


 ああ、この様子だと……どんな人間でも邪魔になりそうですね。

 ヴァネッサは、二人を誇らしく見送ったのだった……。




 慎重に、しかし確実に歩みを進める二人。


「この建物の中は、時の流れが異なるようだ。気をつけていこう」

「はい」


 クラウディオの横を、寄り添うようにミーナが歩いて行く。

 二人の周囲は、まるでくり抜くように瘴気が薄くなっている。

 そのためか、クラウディオは以前に感じた嫌な臭いをまったく感じなかった。


 ここを追い出されてから、たいした日数は過ぎていないのに、ミーナは随分久しぶりだと感じた。

 建物が薄汚れ、かなり朽ちている。

 時の流れが違うことを実感する。


 遂に建物中央の聖女の間に辿り着く。


 聖女の座に一人の女性が座っていた。

 見覚えのあるその姿。カミラだ。

 彼女は、怪我をしているらしく、ドレスの所々が破け、血がにじみ出ている。


 相当の時間が経っているはずなのに、クラウディオが与えた傷の修復が終わっていない。


「…………ぐうぅ…………また来たか。無駄なことを……お前には、我は倒せぬ」

「そうかい。だが、やってみなきゃ分からないだろう」


 クラウディオのやや後方に、ミーナが姿を現す。


「なぜ聖女ミーナが……。アイツめしくじりおって」


 魔王カミラと対峙したミーナは違和感を覚えた。

 カミラが、誰かに操られているように見える。

 それに、どうやら、まだ完全な状態ではないようだ。


 ついに、戦いが始まった。


 とはいえ、並みの騎士ならあっという間に殺されているだろう。

 しかし、そこは無敵のクラウディオ。

 ミーナを守りながら、圧倒的な強さで剣を振るっている。


 ミーナは感じていた。

 クラウディオと聖女の力が合わさり腹の底から力が湧いてきて、それが守ってくれていると。

 負ける気はもちろん、命を落とすことなど全くあり得ないとさえ感じる。

 それくらいの自信が、ミーナ自身の内側から生まれていた。


 戦いに目を向けると、必死の形相で剣を振るうクラウディオの姿が見える。

 魔法も併用しているが、そのどちらもクラウディオの方が勝っているように見えた。


「グッ……」


 ついに魔王カミラが全身から黒い血を吹き出し、膝を突く。

 今、完全に動きが止まったのだった。

 止めを指すチャンスが来たと、クラウディオは感じる。


「今だ……ミーナ!」

「はい!」


 ミーナは前に出て、クラウディオの持つ剣の柄を手に取った。

 改めて、その手を包むように握り直すクラウディオ。


 一方、必死に防衛魔法を唱える魔王カミラ。


「突撃!」


 クラウディオの声が聖女の間に響く。

 剣を天に掲げ、魔王カミラに向け走り出す二人。

 距離を詰めたら剣の切っ先を心臓めがけて水平に倒す。

 素晴らしい速さで繰り出された剣の切っ先が、生成された防衛魔方陣をまったく意に介さないように貫き、魔王に迫った。


 ミーナの心に、クラウディオの声が響く。


「ミーナ。すまない、この一撃だけ……この一撃だけ君の生命力を使う」

「殿下。謝らないで下さい。私の願いでもあるのですから」


 二人とも、迷いはなかった。

 しかし、どうしても……僅かな可能性の存在にクラウディオは心を痛める。


「もしも……もしも万が一、生命力の全てが奪われたときは……君一人を逝かせはしない。最期まで、私は君と共にある」

「心配はご無用です。なぜか……私は今全てが見渡せるのです。不思議と体の中から力が湧き上がってくるのです。あなたと共にあるからでしょうか? 負ける気も、命を落とす気もありません!」


 自信をみなぎらせて言いながら、ミーナはクラウディオを見て、にっこりと微笑んだ。

 それがクラウディオの力になる。


「確かに……感じるな」


 気のせいではない。ミーナもクラウディオも、体から溢れる力に包まれていた。

 それは決して不快なものでも怪しく感じるものでも無い。

 まるで、応援しているかのような不思議な力。


「はい! では行きましょう。クラウディオさま!」

「ああ、聖女ミーナ。共に行こうぞ……!」


 二人が放つ渾身の一撃。

 剣のきっ先が魔王の心臓を貫き、眩しい光を放った。


 その時、クラウディオとミーナは文字通り、共にあったのだ。

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