第20話 あなたの願いが叶うとき。
太陽が街を照らす。
深い青色の空には雲ひとつもなく、まるで天が祝福しているかのようだった。
小鳥の声が朝を告げている。太陽の光は、まだ柔らかだ。
ミーナが目覚める。
隣で僅かに微笑んで眠るクラウディオの顔は、まるで子供のよう。
十年前に見た彼の顔と重ねても殆ど違いがないとミーナは思う。
薄い生地の掛け布団が、自分だけにかかっていることに気づき、起こさないように彼に掛けた。
が、結局その途中でクラウディオは目を覚ます。
「……ミーナ、おはよう」
「あ……お、おはよう」
ミーナはクラウディオと目が合うと、昨晩のことを思い出し、顔を真っ赤に染めた。
「起きたら君が隣にいるというのは、幸せなことだな」
「はい。私は幸せです」
思い残すことはたくさんある。
でも昨日、二人で決めたこと。
逃げずに……二人で前に進むこと。
……なぜだろう? 妙に体が軽い。
これから、死地に赴くとは思えないほど、早く早く、と急かすように心が弾む。
ミーナは、不思議な高揚感を抱き、体が震える。
「さあ、行こうか」
「はい!」
「おはようございます。もう少しのんびりされても——」
二人が寝泊まりした家を出ると、玄関の側にヴァネッサが待っていた。
彼女は馬に跨がり、クラウディオの愛馬も連れている。
「おはようございます」
「おはよう。これから魔王の元にミーナと共に向かう」
連れ添って歩く二人を見て、そうなのだろうなとヴァネッサは思っていた。
ああ、遂に……と。
「あの……。こんなことを言うのは大変差し出がましいと思うのですが、言わせていただきたいことがあります」
珍しく発言の許可を求めるヴァネッサに、クラウディオは驚く。
「どうした?」
「このまま、お二人で……どこか遠くに——」
「おっと、それ以上はいけない」
ヴァネッサの声を遮るクラウディオ。
ミーナはくすくすと笑う。
「もう。ミーナ様、何がおかしいのですか?」
「いえ、昨日クラウディオ様が言われたことと、同じ事を言おうとされていて……」
「えっ」
驚くヴァネッサに、クラウディオも笑いながら言った。
「そういうことだ。あっさり止められたよ。私の妻の肝は、我々より据わっているらしい」
「……確かにそのようですね」
「そんな顔、しないでくれ。死にに行くわけじゃない」
ヴァネッサは二人の顔を交互に見た。
そこには、死ぬという覚悟はどこにもないと思えるほど、清々としている。
勝利のために向かうのだという面構えだ。
「なるほど。確かにこれでは、私の出る幕はありませんね。私の説教は……もう必要ないようです」
完全に察したヴァネッサは、満足そうに頷いた。
「なあ、ヴァネッサ。なぜ君は私が育てた、みたいな顔をしてるんだ?」
「そう見えましたか?」
「ああ」
ふふふと笑い出すミーナとヴァネッサ。
クラウディオだけが取り残されていたが、なぜだか悪い気はしないと彼は思うのだった。
白馬に跨がる二人と、後を別の馬でついていくヴァネッサを、早起きの市民が見つける。
「おや、ミーナ様おはようございます……騎士様、お二人でお出かけですか」
「仲の良いことで……憧れますな」
閑散としていた広場に、ざわざわと人が集まって来ていた。
「騎士様はいつ頃お戻りで?」
「ミーナ様、またちょっと腰が痛くての。見てもらえないかね?」
街の人達は、クラウディオが王子であることを知らない。
気さくに騎士とミーナに話しかける住民の姿があった。
「はは……ミーナ。もの凄い人気だな」
挨拶をしつつ、街を抜けていく。
二人の姿を見つけ、追いかける街の人達が次第に増えていく。
「まるで、出陣する俺たちを見上げる騎士達のようだな」
「そうですか? 私たちを祝福するために見物にいらっしゃった方々ではありませんか?」
「じゃあ、その両方なのだろうな」
「はい。この街に必ず、戻って来ましょう」
ヒヒーン!
はあ、いちゃつくのはいい加減にしてくれよ、そう言いたげな愛馬の吠えに、クラウディオ達は真剣な眼差しに戻る。
これから、決戦だ。
全ては、この時のために。
ミーナを運命から救う。
十年越しの王子の願いは、今、叶えられようとしている。
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