第17話 離別

 ああ……。その姿を見たとき、ミーナの心が震える。

 来て下さったのだ。

 来て……下さったのだ!


 ああ……クラウディオさま……。


 ドカッドカッと、屋内であるのにもかかわらず、騎乗したまま広間へ侵入し、ヴァージンロードの上を駆けていく白い騎士。


 司祭の元にいるコリンとミーナの間に割り込む。


「ミーナ! すまん、遅くなった」

「いいえ!」

「さあ……こちらに……」

「それが、体が動かなくて」


 すると、剣を鞘に収めたがクラウディオは、片腕でミーナを抱き上げ、あっというまに馬の上に乗せる。

 有無を言わさないその迫力に、ミーナの心が痺れた。

 軽々とミーナを片手に抱え、片手で手綱を握っている。


「貴殿がコリン伯爵か…………貴様、魔と混じわったな……? だが、所詮……。色々と言いたいことがあるが、沙汰あるまで待っておくがいい」


 コリンの方向を向き、クラウディオが言った瞬間。

 白馬が雄叫びを上げ、前足を持ち上げ、コリンにのしかかるように迫った。


「うっうぉぉぉ」


 それまでの強気の姿勢が一気に崩れ、後ろに倒れ尻餅をつくコリン。


「なんだあの無様な格好は」

「それに引き換え……あの騎士の立ち振る舞いはどうだ」


 参列者から失笑が漏れた。

 すぐさまコリンを尻目に、白馬がくるっと反転し、入ってきた扉めがけて走り出した。

 参列者の間を駆け抜ける時、ミーナの耳に彼らの声が入ってくる。


「あ……あれは……クラウディオ殿下では……?」

「そうか。道理で見覚えがあるわけだ。しばらく姿を見なかったが、戻られていたのか……?」


 で、殿下?

 ミーナは、クラウディオの顔を見上げた。


 少しずつ、体の自由が戻って来ている。

 しかし、そのことには触れず、今成さなければならないことをクラウディオに伝える。


「ヴァネッサさんが……ヴァネッサさんが…………!」


 ミーナは、ヴァネッサが寝かされている部屋の方向を思い起こす。


「うむ、彼女はどこに?」

「あちらです!」


 ミーナの指示どおり、白馬が伯爵家の中を駆けていった。 


 白馬は、階段をものともせず下っていく。

 ヴァネッサがいる部屋は、先ほど婚姻の儀が行われていた場所の真下、地下にあった。

 ドアを白馬が蹴破り、突入していく。


「ヴァネッサさん……!」


 部屋に入るなり、馬を下りヴァネッサに駆け寄るミーナ。

 クラウディオも続く。

 しかし、どれだけ揺すっても、彼女は目を覚まさない。


 ミーナは異変に気付く。

 ヴァネッサの目の下にクマができており、肌も全体的に薄黒くなっていることに。


「これは……不味いな……。一旦引こう。まずはヴァネッサの体調を——」

「馬鹿め。さっさと逃げればいいものを……」


 部屋の入り口に、コリンの姿があった。

 醜悪を絵に描いたような表情をした彼は、ヴァネッサに命じる。


「私を守れ!」


 コリンが、大きく叫ぶ。

 その瞬間、ヴァネッサの目が開き、コリンの傍らに駆け抜けている。

 そして、ミーナとクラウディオをギロリと睨んだ。

 ヴァネッサの瞳の一部が、金色に変化している。


「ヴァネッサさん! どうして……?」


 コリンの顔が邪悪に歪んでいく。

 彼は勝ち誇ったように言い放った。


「だから、私の仲間になったと言っただろう? この女は……ほう、そこの騎士に仕えていたのか?」


 ミーナは、コリンがヴァネッサの思考を読んでいるように感じた。

 コリンと同じ金色になりつつある瞳が妖しく光る。


「おや……これは傑作だ。なんと、叶わぬ想いを秘めているようだぞ! 主である……お前を愛しているようだ! わはははは!」


 ミーナは、驚きより腹が立って仕方なかった。

 他人の心を読み、馬鹿にして笑う。

 誰が、そんな資格があるというのだ。

 何よりも、信頼しているヴァネッサを下に見て嘲笑っているのが許せない。


「伯爵、あなた……黙れ!」


 ミーナは我を忘れ叫んだ。

 熱くなったミーナを制するように、クラウディオが前に出る。

 そして、哀れむようにコリンを見て言った。


「ふん、下らん男だ。だとしたら、どうだというのだ?」

「なに?」

「結局、お前のような者には分からぬのだ。身分に関係なく、高貴という言葉に相応しい人の意思が、想いが、確かにあることを」


 クラウディオが何を言っているのかコリンは理解できない。

 理解もしようとせずに、コリンはヴァネッサに語りかける。


「……ヴァネッサ。その騎士を永遠に自分のものにするために……殺すのだ。そうすれば……自分だけのものになるぞ……お前が一番欲しいものを、手に入れるのだ!」


 しかし、ヴァネッサは、立ったまま、ピクリとも動かなかった。

 予想と違う展開に、コリンの焦りの色が増していく。


「ヴァネッサ! ならば、ミーナはどうだ。お前の愛している騎士を誘惑している——」


 コリンは、最後まで言葉を発することが出来なかった。

 なぜなら、ヴァネッサが反転し、安心しきったコリンの心臓を、短剣で突き刺したのだ。


「な……何を……」


 コリンが崩れ落ちる。

 胸に刺さった短剣を手に持ち抜こうとしたものの……その傷口から炎が舞い上がり、コリンの全身を覆う。


「うわあああ……なぜ……お前の欲望は……この騎士ではないのか……?」


 コリンが手を伸ばしヴァネッサに触れようとする。

 すると彼女は、すぐさまクラウディオとミーナの側まで行き、振り返ってコリンとの間に立つ。

 まるで、二人をコリンから庇うように。


「わ……私の……阻む……者は……」

「なにっ?」


 ヴァネッサの欲。

 たった一つの素直で、純粋なこと。

 ——愛する、が共にあること。

 それこそが、彼女のたった一つの、願いであり欲望だったのだ。


「はは……私は仲間裏切られるというのか……イヤだ……死にたくない……ミーナ……助けてくれ!」


 崩れていくコリンが苦しげにうずくまり、うめき続けている。

 自分が行った仕打ちを忘れたかのようにミーナに救いを求めた。

 そんな彼に、ミーナが反射的に近づこうとするのをクラウディオが抱き締めて制する。


「行くな」

「でも…………はい」


 初めて、ミーナは目の前で苦しむ者を見捨てようとしている。

 こうなる前に彼を救う手はなかったのか……?

 なんとも言えない感情がミーナの中に渦巻いていた。


「ああ……ミーナ——」


 コリンは最期の言葉と共に、崩れ落ちつつ手を伸ばす。

 しかしその手はもう何も掴み取れない。

 そして、彼の内側から湧き上がった黒い炎は、コリンの身体を焼き尽くしたのだった。

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