第15話 変わりました。

 ミーナが目を開けると、椅子に座らされていることに気付いた。


「ここは……」


 周囲を見渡す前に、ミーナは自ら身につけている服装に驚く。

 婚姻の儀に着るような、純白のドレスを身につけていた。


 なぜ……と思い立ち上がろうとすると、身動きが出来ない。

 何らかの魔法的な力が働いているようだ。


 呪いの解除すらミーナは司っているのだが、発動している魔法の種類に見覚えがない。

 一縷の希望に賭け、呪文解除の呪文を唱えるが、予想通り解除されなかった。


 ここでやっと周囲を見渡す。

 すると、質素なベッドの上に女性が寝かされていた。

 ヴァネッサさんだ!


 ああ……無事だったのかとミーナは胸をなで下ろした。


 ヴァネッサは、後ろ手に縛られ横たえられている。

 ミーナが何か異変がないか見て行くと、ヴァネッサの右手の裾が赤黒く汚れているのに気付いた。

 よく見ると……彼女の右手のひらに包帯が巻いてあった。

 しかし、右手の人差し指から小指までが無いような奇妙な手のひらの形をしている。


 まさか、拷問でも受けたのでは?

 全身が燃えるように熱くなっていくのを感じていると、不意にドアが開き、コリンが顔を見せた。


「やあ……ミーナ。これは驚いたな。とても綺麗だ」

「貴方の仕業だったのですね」

「ここに、よく戻って来たね。婚約破棄は撤回しよう……私の妻として住まい、これまでのように聖女として働くことを許そう」


 話がかみ合わない。ミーナは苛立ちを覚えた。


「それより、伯爵……あなた……ヴァネッサさんを……!」


 コリンは、彼の視線がベッドの上のヴァネッサに移ると、ああ、と言い話し始めた。


「彼女には、何もしていないよ。右手の指は元々無かった。侍女に包帯を巻くよう処置を頼んだのだ。感謝して欲しいくらいだよ」


 嘘は吐いていないのかもしれない。ミーナはそう感じた。


「私にこんな衣装を着せて……婚姻の儀でも行うつもり?」

「ああそうさ。私には君しかいない」


 コリンの言葉に、さらに苛立つミーナ。彼女はまっすぐコリンの目を見据えて対峙する。


「イヤよ。私はこのまま帰らせていただきます!」


 次は、ミーナの言葉にコリンが腹を立てる。

 この女はいつから、こんなにも反抗的になったのだろう?

 コリンは苛立ちを隠さない様子で、ミーナに詰め寄る。


「ミーナ、私には君が必要だ。勝手なことは許さんぞ」

「……カミラ様はどうされたのですか?」

「カミラ……? 誰だそれは?」

「……!」


 おかしい……ミーナもまた、コリンがすっかり変わってしまったように見えた。

 あの夜から……。

 いや。ひょっとしたら、この人は、元々こんな人だったのかもしれない。ミーナは思う。

 まともに向き合わないから……見えていなかった。

 ミーナは、争いを避けてきた自身を客観的に思い起こす。


「この女……。そうか分かったぞ。男か? 男だな! もう新しい男をたぶらかし乗り換えたのか?」

「だとしたら、どうだというのです。私はもともと、そんな女なのです」

「図星か。開き直りおって。どんな男だろうと、婚姻をし初夜を迎えてしまえばもう手を出せまい。今すぐ、式の準備を」

「私が従うわけ——」

「いいや、従いたくなるのさ」


 コリンが金色の瞳を輝かせ、ミーナに迫った。顔を近づけ、彼女の肩に手を触れようとする。


「や……来ないで……」

「ぐっ…………」


 しかし、ミーナに触れようとした瞬間、コリンは苦悶の表情を浮かべた。

 

「クソ……昨日から……なぜだ……?」


 コリンがミーナから少し離れると、彼の苦悶の表情が和らぐ。


「力を蓄えねば、触れられぬか……やはり式を進めなければ。いや、それより先に」


 コリンは、口角を歪めベッドに近づき、ヴァネッサの頬に手をやった。

 そして彼女を乱暴に、仰向けになるように転がす。


「何をするの? ヴァネッサさんから離れ……離れろ!」

「ふむ。たかだが侍女一人だと思っていたが、ミーナ、君の態度を見ているとやはり拐って正解だったようだな」


 長いスカートがはだけ、ヴァネッサの肢体があらわになっていた。


「なかなかどうして綺麗な顔をしている。私の勘だと、まだ初物だと思っているが……ミーナはどう思う?」

「やめて!」


 コリンの手が、ヴァネッサの肌に触れると、「う……ん」とヴァネッサの口からうめき声が漏れた。


「女を屈服させるのも悪くないが……」


 コリンが懐から黒い球を取りだし、ヴァネッサの口に含ませようとしている。

 決して良い効果があるものではなさそうだと、ミーナは直感的に感じる。


「何をするつもり?」


 ミーナは、ヴァネッサの口に黒い球が吸い込まれるように入っていくのを、ただ見守ることしか出来なかった

 口に異物が入った瞬間、ヴァネッサは眠っているのにも関わらず、突然胸を押さえ苦しみだす。


「何を……!」

「ふむ。私の時と違うな。心配しなくとも、死ぬわけではない」


 コリンは、ミーナの方を向き、いびつに口元をゆがめた。


 彼の言葉通り、ヴァネッサの様子が安定して静かな寝息を立て始める。

 見た目には、何も変わった様子がない。

 一旦は、安心かもしれない。

 ミーナが胸をなで下ろすと同時に、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「コリン様、式の準備が出来ました。お客様もお待ちです」


 そうか、分かったと侍女に告げるコリン。 

 彼はミーナに向き合って、まるで宣言するように言った。


「楽しみは後でもいいだろう。式を挙げた後、溜まった力でお前達を何度も抱いてやる」

「貴方の思い通りになるものですか」


 ミーナは顔を上げ、キッとコリンを睨む。 


「既に、君の体の自由を奪っている。もう逃げようがないさ。ヴァネッサと言ったか? あの女は既に私の仲間だ」

「何を言っているの?」

「そのうち分かるさ。君は操り人形にはしたくないから使わないが……彼女の無事を願うなら、私に逆らわないことだ」

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