第12話 早く戻られますように。

 ミーナは結局丸一日眠った後、翌日の朝目を覚ました。


 隣で眠っていたはずのクラウディオの姿が見えない。

 それだけで、途轍もない不安がミーナの心を支配する。

 不安に負け、ミーナが彼を探そう、そう思ったとき、こんこんとドアをノックする音が聞こえた。


「クラウディオだ。ミーナ?」

「あっ、はい」

「入っても平気か?」

「はい!」


 一瞬にしてミーナの声が弾む。

 彼がまだ側にいる。それだけで、彼女の心は躍った。

 ギィ、とドアが鳴き、クラウディオの顔が覗く。


「おはよう。ゆっくり休めたかい?」

「はい。その……申し訳ありません。一回起きたのに……また眠ってしまって」


 惰眠を貪ったのだと恥じ、ミーナの頬が染まる。


「気にしないでいい。顔色もいいし、体調も良さそうだな」

「クラウディオ様のおかげです」

「そうか? 俺は何もしてないが……」

「一緒に眠って下さいました」


 ミーナはそう言って、さらに頬を染め視線を下げた。

 本当は、少しだけ……ほんの少しだけ……物足り無かったのだが、それを言い出す勇気はない。

 しかし、彼女が口を閉ざすのは、これまでミーナを支配していた「諦める」感情によるものではなかった。

 にやけそうになる口元を、必死で取り繕う。


「あっ……ああ。そうだな、あれで良かったのか……」


 自信なさげなクラウディオの表情。

 そんな姿でさえ、ミーナは素敵だと……可愛らしいとも思う。

 感情を隠さず、自分に向き合ってくれるクラウディオに益々惹かれていく。


「そうですね、とても温かくて——」


 ミーナは、続けて消え入りそうな声で言うのだった。


「——また、お願いできれば……」

「ああ、わかった」


 初めてクラウディオに会ったとき以来の、わくわくする気持ち、穏やかな気持ちにミーナの心は覆われている。

 色々と経験したことがない、楽しいこと、素敵なこと。

 ひょっとしたら寂しい思いや、切ない思いをすることもあるかもしれない。

 その全てが、楽しみで仕方がなかった。


 クラウディオが持ってきた食事を二人でいただく。

 パンにスープに、サラダ。

 侍女と街の住人が準備してくれたということだ。


 二人とも食器を丁寧に扱い、上品に静かに食事を楽しんだ。

 ただ、クラウディオはやや不満だったようだ。主に、その量に対して。 



「今日は、どうする?」

「まだ考えていなくて。あの、クラウディオ様は……?」

「私は用事があって少々出かけてくる。遅くても明日には戻るつもりだ」


 ミーナは、自分も一緒に連れて行ってくれないかと聞いた。

 しかし、危険なところにいくので、ここに留まって欲しいと説得されたのだった。

 クラウディオが放つ決して来ないで欲しいという空気を感じ、ミーナは渋々引き下がる。

 その代わり、というわけではないがと断りつつ、クラウディオは一つ提案をした。


「この領地での用事が終わったら、私は王都に戻らなければならない。一緒に……来てくれるか……?」

「はい、もちろんです!」


 ミーナは、即決即答し、嬉しそうに答えるのだった。



 そろそろクラウディオが出かけるというので、二人揃って聖堂の門に向かう。

 出口から足を踏み出すと、久しぶりの太陽に目が眩む。

 空は青く澄み切っており、僅かに感じる風が気持ちいい。

 久しぶりにのんびりと休み、心をが穏やかに落ち着くミーナだった。



「あら、ミーナ様」


 一歩踏み出したところで、ミーナは声を掛けられた。


「息子を助けていただきありがとうございます」

「お元気そうだ……。よかった」

「感謝しております」


 次々と、礼を言われるミーナ。


 聖堂の前にいた住民が声を次々に掛けた。

 目を覚ましたという知らせを聞き、お礼を言いいたいと集まっていたのだ。


「いえ……私はたいしたことなど……皆さんが頑張ったので、そのお手伝いをしただけです」

「何を仰るやら」

「謙遜も程々にしてくださらないと、私どもがお礼を言いにくくなりますぞ」


 照れるミーナを住民の賑やかな笑い声が包んだ。


「ミーナ様、ありがとう!」


 駆け寄ってきた幼い男の子が、一輪の花をミーナに渡す。


「わあ。ありがとう」


 襲撃の夜、二番目に助けた男の子。

 その後ろには、見覚えがある女性がいた。

 彼女は、何も言わず、頭を下げるだけだった。


 そんな、住民達に囲まれて笑うミーナの様子を、クラウディオは目を細めて見守った。

 彼は、市民が立ち去るまで静かにミーナを見つめていた。



「じゃあ、行ってくる。必ず戻るから、待っていてくれ」

「はい、お待ちしています。どうかご無事に」


 騎士を見送る聖女の姿が、聖堂の入り口にあった。

 駆け出すと、あっというまに馬に乗ったクラウディオの後ろ姿小さくなっていく。


「早く、戻って来て下さいますように」


 ミーナは、祈らずにはいられなかった。

 しかし同時に……。


「そうしたら、一緒に王都へ……」


 にへら、と頬が緩むのを抑えきれない。

 今まで発したことのない「えへへ」という声が漏れ、ミーナは慌てて自らの口を両手で押さえた。


 門の影から、めざとくその様子を見ていたヴァネッサに突っ込まれ、照れ笑いを浮かべながら頬を染めるミーナだった。

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